9 《神童》との面会(2)
【分体の視点】
11月6日(水) 13:10 ディナリウス家別荘 応接室
わたしの聞き間違いでないのなら、さっき、ディナリウス卿は《レギウス王国へ宣戦布告してほしい》と言った。それがわたしでも、ビザイン共和国でも構わないから、と。
好戦派の貴族であるディナリウス家が、両国間に戦争を起こしたがっている、というのは、まあ理解できる。だが、それならなぜ、レギウス王家にビザインへの宣戦布告を進言しないのか。
ディナリウス家は立場こそ第3貴族ではあるものの、国境の領地を守っていることと歴史的な背景から、第2、状況次第では第1貴族に匹敵する発言力があるらしい。そんなディナリウス家からの進言であれば、王家も無視はできないだろうに。
わたしがそんなことを思っていると、ディナリウス卿が再び口を開いた。
「やはり、驚かれますか。……分かりました。《龍殺し》様には、私の思うところを全てお話し致します」
彼が言うには。事の発端は、確かにディナリウス家の欲による領土要求だった。しかし、それとほぼ同時期に、レギウス国内で停滞していた抽出魔法の研究が飛躍的に進み、大陸制覇を本気で目論む派閥が出始めた。その筆頭は、レギウス王国の先王フォーデル・イル・ゾスト・レギウス6世。
フォーデルはディナリウス家に《現状維持》を命じ、つまり、ディナリウス家を隠れ蓑にして、大陸制覇に向けた活動を進めている。
「ちょ、ちょっと待って。事情は分かったけど、それがなんで今すぐレギウスへ宣戦布告してほしいことに繋るの?」
「戦争が起きれば──」
国境に面したディナリウス領は真っ先に戦場になる。先王の計画の隠れ蓑となっているディナリウス領が混乱に陥れば、秘密裏に研究を続けるのは困難になる。
逆に、このまま両国の睨み合いが続けば、いずれ研究は完成される。そうなった時、先王は必ずその技術を使って、大陸全土を巻き込んだ戦争を起こす。
「──あの技術を使った戦争で、奪う領土を残して勝利するということが可能だとは思えません」
ディナリウス卿はそう締めた。
なるほど。王家は、というか、先王は戦争に勝つことしか考えていない……いや、それしか目に入っていない、ということか。ビザインが守りの姿勢でいることを利用して、その間に準備を進めている、と。
抽出魔法を使わせないという点では賛成だが、そのために戦争を起こすというのは避けたい。
「……ディナリウス卿。戦争を起こさずとも、先王の動きを止められれば問題は無いのよね?」
「は……いや、しかし……」
わたしの提案に、ディナリウス卿は口ごもった。……わたしからにしろビザインからにしろ、《攻め込まれた》という形にして、戦後の処理を自分たちに有利に進めるつもりか? それとも、単に今の彼にはそれ以外の手が浮かばないだけなのか。
いずれにしろ、形だけとはいえ宣戦布告をして、無駄な戦争犠牲者を出す訳にはいかない。
「今回、わたしは白龍たちから、ある依頼を請けてるわ」
「……! は、白龍からですと!?」
ディナリウス卿と、ウィストも身を強張らせる。
「ええ。その内容は、もし、抽出魔法がレギウス国内で軍事利用されようとしているのなら、それを彼らに報告すること。そうすれば、彼らは抽出魔法に関わる全てを破壊すると言ってるわ。何人……何頭の白龍が動くのかは、わたしも知らないけどね」
ビザインやレギウスほどの大国が存亡を賭けて戦っても、追い払えれば幸運だとされる黒龍。それと同等の戦闘能力を持つ白龍が、複数で動こうとしている。
抽出魔法が完成しているならともかく、そうでないなら、どう足掻いても人間に勝ち目は無い。
圧倒的暴力で脅すような真似はできればしたくないし、シェルキスには……たぶん、彼は人語にはあまり詳しくないというのもあるのだろうが、一応《密偵》として頼まれた。だが、《このまま抽出魔法の開発を続けていたら白龍に攻め込まれるぞ》という警告は、どこかで人間側にも伝えなければならないと思う。
だから、今がその時、ということにする。
わたしは続ける。
「わたしも抽出魔法には反対だから、白龍と敵対する気は無いわ。……ディナリウス卿。戦争を起こさずとも、先王の動きを止められれば問題は無いのよね?」
改めて投げかけたわたしの言葉に、ディナリウス卿はしばし沈黙する。
わたしがここでのやり取りをシェルキスに報告する、あるいは、既に管理者権限でこの場を見られているか、どちらにしろ、白龍は行動を起こすだろう。だから、被害はどの道出る。戦争にはならない、というだけだ。
やがて、ディナリウス卿は了承の意を示した。
「分かりました。では、私共は今後どのように致せば……?」
「……今までの話を白龍に報告して、その時にあなたたちはどう動くべきなのかも聞いてくるわ。そ──」
「その必要は無いよ」
唐突に。わたしたちが会話している室内に、フォスティアが転移してきた。……管理者権限で見られているかもしれない、そう分かっていても、いきなり転移してこられると少しびくっとする。
わたしはそれで済むが、そもそも《転移》自体を見たことが無いであろうディナリウス家の面々は皆、今にも卒倒しそうな顔をしていた。
「驚かせてごめんね。あたしは──」
フォスティアは、ディナリウス卿たちに簡単な自己紹介をした。その際、管理者権限で作ったのであろう、こちらの神話やお伽話に出てくる《天使》と同じ武器や服装を纏っていた。
管理者イアス・ラクアに力を与えられた《天使》と、神話に登場する《天使》は別物だ。だが、今はそれを説明している時ではない、ということだろうか。
フォスティアは、てっとり早く《天使》だと理解してもらうことを重視したようだった。
それでも、彼らはまだ半信半疑といった顔をしてはいたが。
「本当は、天使は軽々しく人前に姿を現しちゃいけなんいだけど、そうも言ってられなくなったからね」
フォスティアはそう言って、わたしとディナリウス卿とが向き合っている、その中心に、管理者権限《中継》による映像を表示させた。
そこに映っていたのは、どこかの都市上空の景色と、そこから遠くに見える、空に浮かぶ島。
空に浮かぶ島。思わず2回言ってしまった。
わたしもディナリウス卿たちも言葉を失っている中、フォスティアが説明を続ける。
「たぶん、抽出魔法で《重力制御》と《風結界》を使ってるんだろうね。この《浮遊島》にかかる重力を遮断して、《風結界》で纏わせた風を一方向だけに噴き出して推進力にする、ってところかな。白龍たちは、もう動きだしたよ」
その声は低く、冷たかった。




