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【旧】日帰りRPG ~チート少女の異世界(往復自由)冒険譚~  作者: フェル
第3章 転

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8 面会準備

【分体の視点】


  11月6日(水) 09:40 レディクラムの宿酒場


 ディナリウス家はわたしの希望どおり、今日の正午からの面会を約束してくれた。そのことを、わたしはこの店に来てすぐ、デイラムさんに聞かされた。

 今日の正午から、というわたしの希望をガディオンさんに伝えたのが、昨日(きのう)の10時前。そこからビザイン政府を通してディナリウス家に伝えられて、返答もこれの逆順で伝わってくるはずだ。

 それにもかかわらず、昨日の17時頃には、返答はもうデイラムさんまで伝わっていたそうだ。


「あんたの《今日の正午から》ってのにも驚いたが、それを受け入れたあちらさんにも驚いたよ」


 そう言うデイラムさんの顔や口調からは、本当に驚きが伝わってくる。……その無茶な希望を出したわたしが言うのも難だが、同感だ。

 まあ、とりあえず希望は通ったのだ。後は、わたしがどう動くか。

 デイラムさんは言う。


「それで、何時頃にゼナンに行くつもりだ?」


 ……ふと思う。デイラムさんも、わたしが転移できることにもう慣れてしまったのか、その口ぶりは《ちょっとそこまで》といった風だ。しかし、このレディクラムから国境都市ゼナンまで、この世界(ゼルク・メリス)で最速の移動手段──ある程度快適さを求めての熊車ではなく、最小限の荷物と身1つで角熊を飛ばした場合──でも1月(ひとつき)はかかる。

 カウンター席でわたしの隣に座っていた、初めて見る顔。おそらく最近ここに来たであろう冒険者の、口に運びかけていたパンを持つ手が止まっていた。


「11時頃かな。その前に寄りたい所もあるから、ここを()つのはもう少し早めにするつもりだけど」

「そうか。分かった」


 わたしとデイラムさんとのやり取りが終わると、冒険者の手からパンが滑り落ちた。

 ディナリウス邸があるのは、ゼナンではなくその隣の町だ。だが、ディナリウス卿は今、《神童》のお披露目のために、人の行き来が多く報道関係者にも接触しやすいゼナンの別荘に滞在しているらしい。

 わたしとの面会もそこで行いたい旨の要望が、面会希望への返答に含まれていた。まあ、要望とはいっても、今日の正午からという日程を考えればほぼ決定事項だが。

 わたしは、面会場所についての要望を受け入れる旨を通信魔法でガディオンさんに伝え、その後は予定の時刻まで適当に時間を潰した。


     ●


  10:20 アイズホート 冒険者ギルド


 ゼナンでの《神童》との面会の前に寄りたかった所、というか、やっておきたかったこと。それは、イリスをアイズホートから退避させることだ。

 わたしはイリスの(もと)に転移し、


「イリス、今いい?」

「え? いいけど……?」


 了解を得てから、彼女を次元の狭間へ連れ出した。

 店内にいきなり《龍殺し》が転移してきて、イリスを連れてすぐに転移で消える。その光景はギルドに居たほかの冒険者たちを驚かせてしまっただろうが、気にしてはいられない。

 次元の狭間で、わたしは、イリスをアイズホートから連れ出した理由を、一昨日(おととい)シェルキスに聞かされた話を交えつつ説明した。

 その理由とは、ディナリウス家……好戦派の貴族と《龍殺し》とが面会するにあたって、抽出魔法の研究施設がある町に《龍殺し》の友人を滞在させておきたくないから。


 今日の面会は、面会というより、実質は交渉になるだろう。もし、アイズホートの研究施設とディナリウス家に何らかの関係があったとしたら。

 イリスを殺されたくなければ我々の言うとおりにしろ。そんな風に、イリスを交渉材料に使われるかもしれない。

 イリスがそこらの相手に負けるとは思えないが、抽出魔法でどんな魔法が発動できるのかが分からない現状では、楽観はすべきではない。そして、そうやって彼らがイリスを利用しようとした時に、抽出魔法が暴発する可能性も考えておいたほうがいいだろう。

 ……この町にあの施設があることは、ガイスさんには既に話してある。今日、わたしが《神童》と面会することをガイスさんに伝えて、後は、町のことは彼に任せよう。


「……分かった。そういうことなら」


 表情の奥にかすかな怯えが見えた気がしたが、イリスは笑顔でそう答えてくれた。

 わたしはまず、ガイスさんに《神童》との面会のことを通信魔法で伝え、その後、転移でイリスをビザイン共和国の首都ギアハウトへ連れていった。

 ギアハウトでは、今はカインが、イリスと同じく戦争回避のために活動している。アイズホートから退避した後、イリスがそのまま何もしないでいるよりは、兄妹(きょうだい)で一緒に居たほうがいいだろう。


「それじゃあイリス、カインへの説明をお願いね」

「ちょ……! 由美!?」


 カインと合流した後、わたしはカインへの状況説明をイリスに丸投げして、面会前に済ませておきたいもう1つの用件、その目的地へ転移した。

 ……ごめん、イリス。本当はあんたをザールハインへ連れていくつもりだったんだけど、急遽(きゅうきょ)カインと合流させることを思いついたから、こうするしかなかったんだ。後で説明するから許してね。


     ●


  10:50 ギアハウト ビザイン軍司令部 中庭


 中庭では、黒龍の幼体ベイスニールが一般兵と(たわむ)れていた。……まあ、《戯れている》と思っているのはおそらくわたしとベイスニール本人だけで、付き合わされている兵士たちは黒龍と死闘を繰り広げている気分なのだろうが。

 わたしが《龍殺し》と呼ばれるようになったきっかけでもあり、わたしの前世でもある黒龍イヴィズアーク。そして、2ヶ月前の魔族の襲撃時に力を貸してくれた、イヴィズアークの妻ディアーズライド。

 ベイスニールは、彼らの息子だ。


『あ、お父さ……じゃない、由美さん!』


 魂そのものの力ともいえる魔力、黒龍ともなればそれを直接感じ取れるからか、わたしはいまだに、ベイスニールに《父》と呼ばれることがある。

 兵士たちとの《戯れ》を切り上げて、わたしの方に顔を向けるベイスニール。彼がわたしに話しかけてきたのは、龍語だ。……もしかして、わたしが龍語を理解できることも、彼にとって《人間と話している》という意識を薄れさせている一因なのだろうか。

 それはともかく。

 わたしは、彼に《神童》との面会に同行してほしい旨を話した。《龍使い》とも呼ばれているわたしの、その異名は偽りではないと、先方に思い込ませるために。


『うん、いいよ。ここで待ってるよりはずっと面白そうだしね』


 ベイスニールは、これから遊園地に連れていってもらう人間の子供のような口調でそう言った。

 わたしは、彼と共に次元の狭間へ飛び込んだ。転移先は国境都市ゼナン、ではなく、そこからビザイン側に3kmほど離れた山中だ。


     ●


  11:00 ゼナン付近の山中


 険しい岩場の、わずかに開けた場所に転移する。当然、こんな所に冒険者や旅行者が居る訳も無く、ゼナンの警備隊詰所──遠くまで警戒監視するためのやぐらがある──からも見えないはずだ。

 ベイスニールはわたしに不思議そうな視線を向ける。


『あれ? 町へ行くんじゃないの?』

『ええ、目的地は町よ。……山の向こうから黒龍が姿を現す、なんて、面白そうじゃない?』


 転移で直接行くと、町中に黒龍が現れた、という一瞬の驚きで終わってしまう。それよりは、遠くから黒龍がゆっくりと近づいてくるほうが、町の人々に持続した驚き、というか、むしろ恐怖だろうが、ともかく、もったいつけることができる。

 わたしは、そのことをベイスニールに説明した。


『わあ……! それ、面白そうだね!』


 ベイスニールは目を輝かせてそう言うと、早速わたしを抱えて翼を広げた。

 ……もし、この《演出》でディナリウス家が、好戦派が痺れを切らして、抽出魔法による砲撃なんかをしてきたとしても、わたしがベイスニールを連れて次元の狭間へ逃げ込む余裕は、たぶんある。

 その後は、シェルキスにそのことを報告すれば、この件でのわたしの役目は終わる。最悪の形で。

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