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8 2人の戦士

  6月23日(木) 龍の昼寝場所の少し手前


 昨日はだいぶ時間も遅かったので、日を改めて今日。学校が終わったらすぐにベアティスの町へ行き、カインと話をした。ちなみに、あの宿屋を待ち合わせ場所にするのはちょっと気まずいので、カインたちと会うのはやや町外れの裏路地にした。


 そして、今、わたしは《龍の昼寝場所》から少しベアティス側に戻った街道に1人で居る。カインたちは心配してくれていたが、もし黒龍を起こしてしまっても、わたし1人なら後のことを何も考えず、とにかく転移で次元の狭間へ逃げることだけはできるからだ。


「あーぁ、1日経って移動してくれてると思ったんだけどなー……」


 わたしの希望は見事に打ち砕かれた。遠目にも分かるほどの巨体が、そこに居座っていた。まあ、今日こっちに来た時点でまだカインたちが宿屋から動いてなかったから、なんとなく予想はついてたんだけど。……ていうか、これもう昼寝じゃなくてガチ寝だよね!? 見た目がまんまファンタジーものに出てくるドラゴンに似てたのは少し笑えたけど。

 未だ眠ったままの黒龍は体を丸めている今の状態で、周囲に大きさを比較できる物が無いのではっきりとは分からないが、たぶん機関車よりは大きい。


「さーて、それじゃあ行きますか」


 わたしは自分に《加速》をかけ、ゆっくりとその場に浮き上がった。そのまま上昇を続……げ。

 目を覚ましたらしい黒龍がこっちを向いた。


『……ほう、重力制御ができる人間か』


 直線距離で100m以上あるというのに、黒龍からと思われる通信魔法がわたしの頭に届く。通信を届かせるのもそうだが、この距離でたかだか2m弱のわたしを見つけるなんて……ああ、《雑音》のせいかも。

 黒龍が昼寝をしていたせいで、今は街道に人影が全く無い。魔法の使い手である人間──を含めて、ある程度高度な知能を持った生物──が殆ど居ない中で魔法なんて使ったら、そりゃあ気づかれるか。

 とにかく、気づかれたのなら上空を飛んでいくのはかえって危険だ。わたしは、今の位置から黒龍のすぐそばまで、斜めに下降していった。

 うん、でかい。首を持ち上げている今の状態で、体高はおよそ15m。翼を広げれば30mを超えるんじゃないだろうか。


『そのほう、(われ)の頭上を越えていこうとしておったな?』


 声が届く位置に居るのに、黒龍は通信魔法で語りかけてくる。たぶん、龍の口は人語を喋るのに適していない構造だからだろう。


『ええ。寝てるそばをずかずか歩かれるよりはマシでしょ?』

『ぐははは! 我を黒龍と知ってなお、物怖じしないその態度。気に入ったぞ』


 なんだか気に入られてしまったようだ。……物怖じしない訳なんかじゃない。おそらく、黒龍が本気を出せば、いや、ちょっとその気になるだけでも、わたしなんか文字どおり簡単に潰せるだろう。かといって、こちらがあまりにも下手(したて)に出すぎても、それはそれで黒龍の機嫌を損ねそうな気がする。

 真に力を持つ者の威厳というべきか、黒龍は、ファンタジー漫画に出てくるような、地位と権力に胡座(あぐら)をかいているだけの支配者とは全く異なる空気を纏っている。

 卑屈になってはいけない。虚勢を張ってもいけない。

 ()()()()()()で応じなければならない。

 ……まあ、本音を言えば、わたしのことを気に入りついでにこのまま通してくれないかなー、などと思っていたりするのだが。


『面白い、1つ我と遊戯に興じてみぬか?』

『遊ぶ……? あなたと?』


 一気に嫌な予感がしてきた。


『うむ。我は一切動かぬ。その間、そなたは好きなように、我に攻撃をするがよい。もし、どれほど小さくとも、我に傷を1つでもつけることができたなら、我はおとなしく、この場を去ってやろう。ただし、防御はさせてもらうぞ。……では、始める!』


 なんだか凄いことになった。……でも、その条件なら、通してもらえる見込みはある!


『む……見慣れぬ魔法だな。そういえば、先程の魔法も重力制御に見えて、わずかに違う。なんだ、これは』


 黒龍が言う。それはそうだろう。今、わたしが使っているのは《鏡化》、さっきの《加速》もそうだろうが、おそらくゼルク・メリスには存在しない魔法なのだから。

 わたしは、右手の手首から先に《鏡化》をかけ、黒龍にゆっくりと歩み寄った。そして、手刀で黒龍の皮膚を浅くかすめる。

 黒龍が苦悶の咆哮を上げる。

 いかにもこれから殴りかかります、みたいに突撃していたら、たぶん避けるなり迎撃されるなりしていただろう。しかし、わたしはごく普通に歩み寄り、誰もがおよそ攻撃とは認識しないであろう動作で、ゆっくりと手を振った。それこそ、目の前を飛び回る小さな虫を振り払うような動作で。

 だが、次の瞬間。


「──っ!?」


 唐突に背中に走る、極大の悪寒。それに突き動かされるように、殆ど反射的にわたしは飛び退(すさ)った。

 それと同時に、黒龍が立ち上がる。

 ただ、立ち上がっただけ。だというのに、まるでそこにあった空気が黒龍の巨体に弾かれたかの如く、暴力的な圧力の壁が、後ろへ跳んだわたしに襲いかかる。

 わたしの体は激しく吹き飛び、何度か地面に叩きつけられた。

 飛ばされているさなか、どうにか《加速》を発動させて空中に退避する。地面に叩きつけられたせいで体のあちこちから血が滲んでいたが、今はそんなことを気にしている余裕は無い。


『おのれ、人間風情が……! よもや本当に()が肉体に傷を付けることができるとは思わなかったぞ』


 なんて身勝手な! というか、さっきまでの威厳はどこいった!? ……まあ、どうせ初めから傷つけられるだなんて思ってなかったんだろうけど。

 それに、あの状況で『わたしはここを通りたいだけです』などと返して黒龍の誘いに乗らなかったとしても、それはそれで機嫌を損ねていただろう。結局、黒龍に興味を持たれた時点で逃げ道は無くなっていた、ということか。

 黒龍の口に魔力が溜まっていく。……ブレスか!?

 そう思った時、わたしは何かを考えるより先に《それ》を実行していた。そして、《それ》が無事に成功した後、この時のわたしが何をしていたのかを思い返してみた。


 黒龍の口に魔力が溜まる、ということは、この後に飛んでくるであろうブレスは魔法によるものである可能性が高い。

 ゼルク・メリスの魔法は、何か《大いなるモノ》の補助によって作られた仮想空間の中で任意の現象を発生させ、現実空間に反映させる。ということは、その逆の処理を行えば、現実空間に生成された現象を再び仮想空間に戻せるはずだ。そのままでは仮想空間が容量オーバーして何が起きるか分からないから、入り口だけでなく出口も作って、例えば自分のお(なか)側に入り口、背中側に出口を設定すれば、黒龍のブレスを無傷でやり過ごせる。


 ……失敗していたら、わたしは文字どおりこの世から消えていただろう。成功して良かった。

 ブレスの直径はわたしの身長の倍はあったので、さすがに全体を仮想空間に通すことはできなかった。外から見たら、わたしがブレスに飲み込まれた後、無傷で出てきたように見えただろう。

 再び、黒龍と目が合う。


『くくっ、なんとも奇抜な手で我がブレスを切り抜けたものよ。……面白い! 我が敵として不足無し!』


 ちょっ!? まさか黒龍に敵認定されるとか、どんな無理ゲーよ!? ……ええい、こうなったら仕方ない!


『いいだろう! このわたしを敵に回したことをあの世で後悔するがいい!』


 大げさな身振りと共に宣言すると同時、わたしは《変成》で、結果的に黒龍の両翼と両後ろ足、そして左前足を破壊する。結果的に、というのは、さっきの大げさな宣言をしながら、しかも《変成》を使うために《加速》を解いたせいで自由落下しながらだったので、細かい制御が全くできなかったからだ。

 殆ど暴発のような状態で発動した《変成》によって、黒龍の両翼と右前足以外の四肢は、まあ、詳しい描写は避けるが、さながらゾンビのような有様になっていた。……けど、おかげで黒龍にも《変成》が有効なことが分かった。これが効かなかったら正直詰んでいた。まあ、その時はその時で次元の狭間に逃げればいいだけではあるのだが。

 黒龍は雄叫びを上げるだけだ。もはや、通信魔法でわたしに語りかける余裕すら無いのだろう。それなら、このまま押し切るまでだ!


 わたしは再び《加速》を発動させ、落下の衝撃で骨折しない程度に勢いを弱めて着地する。できれば足に負担をかけないよう、ふわりと降りたかったのだが、そんな暇は無い。落下時の痛みで呻く一瞬すら惜しい。

 地面に《変成》をかけ、岩でできた剣を即席で作る。作ったらそれを手に持ち、黒龍との距離を詰めるべく、足での跳躍と《加速》とで飛び出す。

 黒龍は動かない。わたしは真っ正面から無策で突っ込んでいるだけなので、今ブレスや魔法なんかを撃たれたら()(すべ)は無いのに。

 おそらく、黒龍はさっきわたしが土壇場で思いついて成功した、ブレスをやり過ごした時のアレを警戒しているのだろう。

 ある程度知能の低い生き物であれば、己の死が迫っていれば最期のあがきとばかりに抵抗してきただろうが、その点、黒龍は()()()()()()()。この敵には効果が無いと学習した攻撃を2度は使わない。それがわたしの狙いだ。

 真っ正面から突っ込むわたしを尻尾では迎撃できず、残っている右前足も己の巨体を支える最後の砦となっているので動かせない。……詰んだ。と、黒龍は思ったことだろう。

 わたしは黒龍の足下でほぼ直角に軌道を変え、急上昇する。強烈なGで全身が引き千切られるかのような感覚に襲われる。思わず出そうになる呻きを飲み込み、《加速》を解いて《鏡化》を岩の剣にかける。目前に迫る、黒龍の首。

 岩の剣は、何の抵抗も無く黒龍の首を飛ばした。


     ●


 生物は首を切り落とされても、脳に酸素が届かなくなって機能停止するまでのわずかな時間は、まだ生きているらしい。

 切り落とした黒龍の首、その顔がたまたまわたしの方に向いて地に落ちたため、わたしと黒龍とは最期に目が合った。


『見事、だ。そなたのような人間に敗れたこと、誇りに思うぞ。……叶うのならば、また生まれ変わり……そなたと……………』


 通信魔法による言葉ではあったが、それが、黒龍の最期の言葉だった。


『……はっ、首だけになっても魔法が使えるようなやつとの再会なんて、わたしはもうごめんよ』


 光の消えた黒龍の目に語りかける。もう黒龍に言葉が届くことは無いと分かっていたのに、なぜか日本語ではなくこっちの言葉で喋ってしまった。

 そして、大きく息を吐く。

 わたしは満足していた。ほぼ死が避けられない状況から奇跡的に勝利を収められたことに、ではない。黒龍に自分の死を理解させてやったことに、だ。

 最初に黒龍の両翼と四肢を半壊させた後、確実に勝利のみを得るのなら、黒龍が己の状況を理解する前に、再び《変成》で黒龍の頭を潰すだけでよかった。しかし、それをすると黒龍は《自分が死んだ》ということを理解しないまま息絶えてしまう。

 わたしは、『自分に傷を付ければ通してやる』という約束を(たが)えた黒龍への怒りと、本来ならば取るに足らない相手であるはずのわたしを《敵》として認めてくれたことへの返礼として、黒龍に己の敗北を認識させながら勝利したかった。わたしと黒龍とのレベル差を考えると、まず黒龍を生かして勝つなどというのは不可能だから、勝つとはすなわち殺すということになるのだが。……最初の《変成》で黒龍を殺しきっていれば、こんなことを考えずに済んだのだろうか。


「……さて」


 こういうファンタジー世界での常識、かどうかは知らないが、漫画なんかでは、目的の魔物を討伐した時は、その証拠として魔物の牙などといった体の一部を持ち帰っている。

 この際だから、落とした首を丸ごと持っていくことにしよう。

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