4 久しぶりの再会
【分体の視点】
11月3日(日) 16:40 アパート 由美の部屋
警察署での話が終わった後、わたしは京と純を抱えて転移で帰ってきた。警察署内では監視カメラの死角が殆ど無かったので、署を出て人目の無い場所を探すのに少し苦労した。
「結局、買い物には行けなかったな」
と、純がぼやいたことで思い出した。
「……ああ、そうだ。ちょうど今、わたしの本体が買い出しに行ってるから、良かったら一緒に買ってくるけど?」
2人に分体のことを教えておいて良かった。
わたしは2人から買い物のメモを預かり、その内容を覚えた。本体とは意識が共有されていることを2人も知っているから、それだけで疑問を持たれることも無い。
「悪いな、由美」
「ありがとね」
2人を見送って、わたしは今日これからの家事と明日の準備に取りかかった。
本体が買い出しから帰ってきてからは、一旦、純と京に頼まれていた分をそれぞれ届けてきた。その後、家事その他も2つの体で並行して進めて、今日する事は夕食以外もう無くなった。
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17:30
本体が夕食の準備に取りかかった頃、スマホに通話着信があった。発信元は唯だ。
「はい?」
「由美先輩、お久しぶりです。今、お時間いいですか?」
唯には2月前の事件の時、死霊術で入れ替えた魂も《バッテリーの寿命》は殆ど残っていないから、魔法は使わないように言ってある。
通信魔法が使えないから、お互い、連絡したい時はメールか電話だ。メッセージのやり取りができるスマホのアプリだ何だといった物は、既読無視がどうのと精神的に疲れるし、そもそも設定がめんどくさいから使っていない。唯も、わたしと付き合う──先輩・後輩として──ようになってからは使わなくなったようだ。
「ええ、いいわよ。どうしたの?」
「えっと──」
襲撃事件から2ヶ月が経って、橋本もファーレンさんの保護下でそろそろ落ち着いてきた頃だろうから、久しぶりに会ってみたい。唯が言ったのはそんな内容だった。
「……もしかしたら、あんたの見たくないものを見ることになるかもしれないけど、それでもいい?」
思った時にはもう、わたしはそのことを口にしてしまっていた。
「え……? 先輩、それはどういう……?」
「いや……ごめん、なんでもない。それじゃ、今からそっちに行くから、ちょっと待ってて」
「……? は、はい……」
唯の返事を確認して、わたしは通話を切った。
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17:40 ファーレン邸
唯を連れて転移した先は、この邸宅の客間……ではなく、まずは企業でいうところの受付とか窓口にあたる部署だ。
魔王を頂点とする魔族。しかし、その魔王の娘であるファーレンさんが魔王との敵対勢力を率いている都合上、彼女の邸宅は第2の魔王城のような役割も持っているらしい。
直接、わたしが橋本の居る客間へ転移してしまうと、ファーレンさんはともかく、彼女の部下、詳細を知らないであろう末端の魔族たちに混乱をきたすおそれがある。
だから、今回、事件後初めてでもあるので、わたしは正面から《客》として訪ねることにした。
しかし、その心配は無用に終わった。
「……! ああ、いらっしゃいませ。ファーレン様のご友人の、由美様ですね」
受付に立っていた魔族の青年は、突如目の前に現れたわたしを見て、最初こそ少し驚いたようではあったが、その後は特に警戒するでもなく、すんなりと招き入れてくれた。
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17:50 客室前の廊下
あの事件の時に唯たちにあてがわれた客間とは別の、2人用の小さな客室。客室というより、今はもう橋本が住むために改装してあるのだろう。
わたしたちをここまで案内してくれた魔族の青年が、翻訳魔法を発動させてから扉をノックする。室内からパタパタと足音が近づいてきて、
「はい、どなた……唯ちゃん!? それと、竜之宮先輩?」
開いた扉の向こうから顔を出した橋本は、わたしたちを見るなり目を丸くした。そしてすぐに、満面の笑みを浮かべる。
魔族の青年はわたしたちを一瞥すると、
「では、僕はこれで。それと、由美様。今後は僕たちに遠慮なさらず、彼女に直接会いに来てください。それがファーレン様……いえ、我らが主ファーレンのご意……意思ですから」
と、どこかぎごちなく言って、この場を去った。……魔族にも《対外的には身内に対して敬語を使わない》という文化があるらしいが、彼はまだそれに慣れていないようだ。
わたしと唯は、橋本に招かれて部屋に入った。
内装は、予想していたとおり、客をもてなすというより生活感のあるものだった。
「へえ……ここに住んでるんだ、桂子」
部屋の様子をあちこちと見回しながら、唯が橋本に聞く。
「うん。ファーレンさんが用意してくれたんだよ」
ほぼ2ヶ月ぶりに会うからか、橋本もどこか嬉しそうにはしゃいでいるようだ。唯を部屋の真ん中まで連れていったところで、くるりと踊るような仕草で1回転して、言う。
「この服もファーレンさんがくれたの。どう、似合ってるかな?」
華美すぎない装飾が施された、ゆったりめの服がひらりと舞う。普段着というよりは外出向けな気もするが、この邸宅がファーレンさんの自宅兼仕事場、つまりフォーマルな面も併せ持っていることを考えると、このほうが都合が良いのだろう。
「うん、似合ってる似合ってる」
「良かったぁ、唯ちゃんにそう言ってもらえて。この服、わたしも気に入ってるんだ」
それからしばらく、唯と橋本の2人でお喋りが続いた。……だが、しだいに、唯の表情が曇ってきた。当たってほしくなかった、わたしの予想どおりに。
橋本の話が続く。
「それでね、ファーレンさんは、この屋敷の敷地内なら自由に散歩していいって言ってくれて──」
「桂子……!」
「……ん、どうしたの?」
「ごめん、わたし……そろそろ帰らないと。また今度、先輩かシオンさんに連れてきてもらうから」
唯は作った笑顔でそう返す。
「そう? んー……分かった。じゃあ、また今度ね」
純粋に、次に会う時を楽しみにしている様子の橋本。唯は、そんな橋本から逃げるように、わたしの所へ歩いてきた。
「先輩、すみません。そろそろ……」
「……ええ」
わたしは、唯を抱えて次元の狭間へ飛び込んだ。
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18:30 アパート 由美の部屋
唯をそのまま彼女の自宅へは送らず、一旦わたしの部屋へ連れてきた。本体が夕食の後片付けをしている音が流し場の方から聞こえてくる。
わたしが抱えていた手を離した途端、床に崩れる唯。
「あ……あんな桂子……!」
唯の口から、嗚咽混じりの声が漏れる。わたしは……
「親を失った野生動物を保護した時、人間は、その動物が再び野生に帰れるように距離を置いて接するか、でなければ──」
「言わないでください!」
「……ごめん」
保護された野生動物と人間との関係が、そのまま人間と魔族との……橋本とファーレンさんとの関係に当てはまる。
橋本は、ファーレンさんに懐いてしまったのだ。……まあ、わたしも、そうなることを予期した上で、橋本が向こうに残ることを止めなかったのだが。
そうしなければ、橋本は自殺を選んでいただろうから。
あの時薬袋が言っていたように、つらくとも生きねばならない、そう思えるだけの生きる気力が橋本に残っていれば、こうはならなかっただろう。
自殺を肯定するつもりは、わたしには無い。だが、生きる理由を見失っている者に、根拠も無く《死んではいけないから絶対に生きろ》と言う気にもなれない。結局、《生き方は自分で決めろ》としか言えなかっただけだ。
この後、唯が落ち着くのを待って、わたしは唯を彼女の家へ送った。




