2.5 ギリオール商会の表と裏
【本体の視点】
11月3日(日) 15:30 ゼナンの冒険者ギルド
ディナリウス家とギリオール商会について調べたいと申し出たわたしに、店主のシゲールさんが紹介してくれた冒険者、ゾンケイスさん。彼の説明によると、この2者はどちらも、実に《きれい》なのだそうだ。
ディナリウス家は、好戦派ということを除けば、領民からの人気は悪くない。ギリオール商会も、今までにいわゆる《黒い噂》が流れたことはあったものの、その証拠が出てきたことは無いらしい。
両者に取引があることはこの町では広く知られており、国境の関所を中心に発展してきたこの町、そのこちら側では、ギリオール商会を《売国奴》などと罵る者も多い。《黒い噂》は、そんな連中が流したものだろう、とも。
……おかしい。ゴロツキ共が言っていたことと、内容が食い違っている。
「ん? どうしたんですかい、《龍殺し》……っと、由美さんよ。なんだか難しい顔をしてるみたいですが」
ゾンケイスさんがわたしの顔を覗き込むように聞いてきた。どうやら、知らずわたしは俯いていたようだ。
「ああ……ちょっと、まだ公表しないほうがいいであろう話があるんだけど……」
わたしは顔を上げつつ、声をひそめてそう切り出した。もし、ゾンケイスさんが言うように、ディナリウス家やギリオール商会に関する汚い話がまだ表沙汰になっていないのなら、ゴロツキ共に聞いた話を、ほかの客もいるこの場でする訳にはいかない。
わたしの言葉には、ゾンケイスさんではなくシゲールさんが、
「そういうことなら、こっちへ来てくれ」
と、わたしたちをカウンターの奥へ手招きして応えてくれた。
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案内されたのは、日本でいうところのバックヤードのような場所。この部屋で、わたしはシゲールさんとゾンケイスさんに、ゴロツキ共から聞いた話をそのまま伝えた。
わたしがゴロツキ共から奪った魔石銃は、彼らがディナリウス家から買った物であること。
彼らは、彼らの雇い主である《あの人》に、被害者の抹殺を命じられていたこと。
魔石銃はディナリウス家から買うように、《あの人》から命じられたこと。
ディナリウス家とギリオール商会との関係、そして、彼らが抹殺を命じられた被害者も商人だったこと。
これらのことから、彼らなりに、《あの人》というのはおそらくギリオール商会の関係者で、何かしらの弱みを握られた商売敵を始末したかったのではないか、と、推測していたらしいこと。
わたしが全てを話し終えると、2人は険しい表情で互いに顔を向き合わせていた。
「ちょっとぐらい、叩けば埃の出ることはしてるだろうと思ってたが……」
ゾンケイスさんと、
「こうも真っ黒だったとはな」
シゲールさんがそれぞれ溜息のように吐き出す。わたしもほぼ同感だった。
異国の貴族と商人との間に取引関係があること、それ自体におかしなところは無い。
貴族にも自らの領地を守る都合上、武器は必要だろうし、その購入先が自国より隣国のほうが手間が無いのなら、それもそれでいい。
汚い話も、その是非は別として、まあ、ある所にはあるのだろう。
問題はそこではない。
問題は、両国が戦争の危機にある中で、その危機の原因を作っている者がそれに絡んでいて、しかも、それが表沙汰になっていないことだ。
ギリオール商会も、いくら以前から取引があるとはいえ、その相手が自分たちの敵になりかねない状況になってもなお武器を売ったりはしないだろう。……実は両国に武器を提供していて、裏でこの領土問題の糸を引いていたのはギリオール商会でした、のようなオチでなければ、だが。
もちろん、まだギリオール商会が完全に黒だと決まった訳ではない。しかし、ゴロツキ共の言う《あの人》は、魔石銃をギリオール商会からではなくディナリウス家から買えと彼らに指示している。もし、《あの人》が本当にギリオール商会の関係者でないのなら、なぜ武器商人からではなく、他国の貴族から買えと指示したのか。
シゲールさんが言う。
「それで、これからあんたはどうするんだ? ギリオール商会から魔石銃の仕入れ先を聞き出して、潰すのかい?」
「そうしようと思ってたんだけど……その相手が今回の領土問題に絡んでるかもしれないのなら、迂闊に動くことはできないでしょ。しばらくは様子を見ることにするわ」
と、答えてふと思う。
魔石銃をこの世界に普及させないというのは、ザイアンさんの個人的な願いだ。もし、管理者が《ゼルク・メリスに魔石銃が普及する》ことを見越して、あるいは、そうなっても構わないつもりで、ザイアンさんの魂を転生させていたのなら……いや。
こんなことでわたしが悩むことも、アレの想定内か。
わたしは頭を切り替え、シゲールさんとゾンケイスさんに向き直った。
「とにかく、ありがとう、ゾンケイスさん、シゲールさん。……あ、そうだ」
彼らに礼を言ったところで、わたしはふと、あることを思いついた。
「ん、なんだい?」
「シゲールさんって通信魔法は使えるのよね?」
「そりゃあ、な。長距離の通信魔法が使えないと、ギルドの長にはなれないからな」
シゲールさんは言う。ゼルク・メリスの通信魔法で《長距離》というと、だいたい2つ隣の町、または熊車で5日程度の距離のことをいう。メートル法でいうと700~800kmくらいだ。
「だったら、いつでもわたしに通信してくれて構わないわ。まあ、この近辺に居ないことも多いけど、何かあったら遠慮無く話しかけてきて」
わたしは言った。シゲールさんは目を見開いて驚いているようだったが、まあ、仕方ないだろう。
見ず知らずの者や初対面の相手に対していきなり通信魔法で話しかけるという行為は、国や地域によっても多少違うらしいが、この世界では、痴漢、とまではいかないものの、それに近い、非常に失礼な行為だとされている。
友達同士など、気の置けない関係ならともかく、そうでないなら、立場が上の者が下の者に《通信魔法で話しかけてくる許可》を与えるのが普通のようだ。
「い、いいのか? 《龍殺し》が、こんな一介のギルドの長に……?」
「というより、ギルドの長だからこそ、ね。入ってくる情報も多いだろうし。言える範囲でいいから、何か、レギウスとの間に動きがあったら教えて頂戴」
「……ああ、分かった」
こうして、わたしとシゲールさんたちとの話は終わった。
……ギルドの長より《龍殺し》のほうが立場が上。確かに、それは間違ってはいないだろう。しかし、わたしは《龍殺し》であると同時に1人の冒険者でもある。その視点で見るなら、彼のほうが立場が上だ。
それを指摘しなかったのは、彼がそのことを知らない様子だったからだ。
ギルドの長同士の通信魔法で、わたしがレディクラム所属の冒険者だということは、デイラムさんから伝わっているはずだ。そうではなさそうだということは、デイラムさんはこのことを、もしかしたらレディクラム以外のギルドには伝えていないのかもしれない。
だったら、それをわたしが自分で明かすというのは、しないほうが良いだろう。
ともかく、わたしは分体が行けなかった今日の買い出しに行くために、一旦アパートへ戻ることにした。




