2 面倒はどうやら重なるものらしい
【本体の視点】
11月3日(日) 13:00 国境都市ゼナン
ビザイン政府にわたしと《神童》との面会の場を設けてもらう話は、とりあえず、ビザイン軍副司令ガディオンさんに伝えておいた。
わたしが大統領に直接交渉することもできる──直接会いにきても良いと大統領本人に言われている──が、たとえ大統領がわたしの要求をのんでくれたとしても、それだけですぐに要求を実現できる訳ではない。
このビザイン共和国は、大陸のほぼ半分という国土の広さゆえに、共和国という形ではあるものの、実質連邦制のような体制をとっている。それだけ各州の自治権が強く、特に領土問題が起きているその現地の州に関わることでは、どうしても慎重にならざるを得ないようだ。
《龍殺し》の名前を使って強引に話を進めることもできなくはないだろうが、そういう強硬手段はできれば使いたくない。要求が通るかどうかが分からないのなら、わざわざ直接会いにいって、大統領の手間を取らせるのは申し訳ない。
ともかく、そんな訳で、わたしと国との交渉にはガディオンさんに窓口的な役割を担ってもらって、わたしからの要望は彼に伝えることにしている。
そして、今。デイラムさんの店で昼食を取り終えたわたしは、領土問題が起きている現地の町、国境都市ゼナンに来ていた。砦があるだけの南側の国境グラストンとは違い、こっちは関所を中心に町として発展している。それだけ人の行き来がグラストンより多いということだろう。そして、暑い。
ビザインとレギウスの2国があるこの大陸は、この星の、地球でいうところの赤道を跨いで、やや南半球寄りに広がっている。
大陸の北端は北半球にあるのだが、北端から少し南下したこの町はほぼ赤道直下にある。わたしがそんな地域に、当然、日本の11月に適した服装なんかで来る訳が無い。
この2年の間に、わたしは冒険者として活動する傍ら、ビザイン国内の主要都市を1度は訪れ、転移で移動できるようにしておいた。その時に、この地域の気候に適した、日差しから守るために肌の露出は少ないながらも、風通しが良く、熱がこもりにくい服を買っておいたのだ。今はそれを着てきている。
今日、この町へ来た理由は、もし《神童》との面会が叶った時のために、とりあえずここの現状を知っておくためだ。しかし、たった今、わたしの目の前でそれどころではない事件が起きた。
人も物も行き来が盛んな国境都市。当然、そこを行き交うのはいわゆる《良い人》ばかりではなく、表通りを外れればいつ襲われるかは分からない。そんな裏路地の1つから、その音は聞こえてきた。
かつて、首都ギアハウトの大統領官邸前で聞いた音、銃声。……ただ、異様だったのは、この世界には存在しないはずの音を聞いたであろう町の人々の反応が、あまりにも無さすぎたことだ。反応が無いというより、どちらかというと、日常として受け入れてしまっているというべきか。
それとも、2年前の事があったから、こっちでも既に銃のことが広く知られていて、本当に日常に溶け込んでしまったか。だが、それならそれで、銃の怖さも知られているはずだ。
とにかく、銃声に反応して音源の方へ駆けだしたわたしのほうが、町の人々には奇妙に見えているんじゃないかという雰囲気だった。
●
袋小路になっている路地に居たのは、追い詰められていた側は、商人風の男が1人。追い詰めていた側は、いかにもゴロツキですといった風貌の男が3人。
薄暗い路地の地面に商人風の男は倒れ、頭から血を流していた。
「……おっと、どうやら見られちまったようだな」
最初にわたしに気づいた男が振り向き、持っていた銃を構える。やや遅れて、後の2人もわたしの方に向いた。
最初の男は銃の引き金に指を掛け……そこで固まった。顔面に、恐怖の色を張り付かせて。
「どうしたの? 撃ちなさいよ、ほら」
魂の力を誇示しながら、わたしは言う。
魔物ならば本能で相手の魔力を悟るが、こうすれば、普通の人間にもわたしの力を見せつけることができる。やり過ぎて沈めてしまわないように気をつけながら、わたしは彼らに近づいていく。
「お、おまえ……まさか、あの……!」
銃を構えていた男が震える声を絞り出す。
わたしは、彼の手から銃を取り上げて、答えた。
「ええ。名前ぐらいは聞いたことあるんじゃない? 《龍殺し》。レギウスとの領土問題で、この国に手を貸しているわ。……もう銃は持ってないわよね?」
《龍殺し》であることを名乗ろうか、わたしは一瞬迷ったが、結局は名乗ることにした。
「は、はひ……! そ、その1つだけです!」
ディナリウス家の長男、《神童》が成人のお披露目をした数日後に、そのディナリウス家と領土問題を起こしている現地の町に《龍殺し》が姿を見せる。
わたしやビザイン共和国にそのつもりが無くとも、レギウスに、何より当事者であるディナリウス家に、挑発返しだと取られる可能性が非常に高い。迷った理由はそれだ。
しかし、わたしはガディオンさんを通して《神童》との面会を要求している。どんな形であれ、《神童》が成人のお披露目をした直後に《龍殺し》が動いた、という点では、大して変わらない。だから、迷う意味が無いと判断した。
「この1つだけ、ね。……これをどこで手に入れたのか、教えてくれるかしら?」
手元の銃に視線を落としながらわたしが聞くと、
「そ、それは……」
「お、おい! それを喋るのはさすがに……!」
「けど、相手は《龍殺し》だぞ。あの人とどっちがヤバいかなんて、比べられるモンじゃ……」
3人は顔を見合わせて相談し始めた。そして。
「分かった。俺らもこんな稼業やってる以上、いつでも死ぬ覚悟はできてる。おまえには全部教えてやるよ」
最初に銃を持っていた男は、吹っ切れたような顔でそう言った。なんだか、喋って帰ったら《あの人》に殺されて、喋らなければわたしに殺されると思い込んでいるようだが……少なくとも、わたしには彼らを殺すつもりは無い。まあ、その場合でもこの銃だけは貰っておくが。それはともかく。
彼らに話を聞いた後、わたしは彼らをこの町の役所へ突き出した。そのほうが、ここで彼らを見逃して、彼らの言う《あの人》の所へ帰すよりも、彼らにとってはまだ安全だと思ったからだ。
●
14:00 ゼナンの冒険者ギルド
この町のギルドも、デイラムさんの店のようにギルド窓口兼宿酒場になっている。その店を訪ねた時、わたしは、見知らぬ顔が来たことへの好奇心ではない、値踏みされるような視線を店内から感じた。
大統領官邸前での暗殺未遂から2年。《龍殺し》の名前と顔は、おそらく市井にまで知られているのだろう。それを裏付けるかのように、
「いらっしゃい。まさか、《龍殺し》がうちの店に来てくれるとはね。俺はシゲール・ランハルトだ、よろしく」
と、この店の主がわたしを出迎えてくれた。彼は、荒くれ共をまとめるおやっさん、というよりは、ごく普通の酒場の店主といった雰囲気を漂わせている。……名前に反して頭部は全然茂っていないけど。
「初めまして。もう知られてるみたいだけど、わたしはこの世界で《龍殺し》と呼ばれている者、名前は竜之宮由美よ。よろしく」
「……この世界? なんか引っかかる言い方だな」
シゲールさんは片眉を曲げる。
「ええ。わたしは、次元裂の向こう……異世界の出身だからね」
地球、とは言わないでおいた。灰の者しか行き来できないのだから大丈夫だとは思うが、念のためだ。
「……なんか、もう感覚が麻痺しちまってるのかな。《龍殺し》が異世界出身だと言われても、かえって納得しちまったよ。で、その《龍殺し》がなんでうちの店……いや、この町に来たのか、聞いてもいいかい?」
「いちいち《龍殺し》って言わないで、名前とか《あんた》とか、もっと適当に呼んでくれていいわよ」
シゲールさんに答える前に、わたしはそう前置きをした。
ビザイン共和国には、敬語や丁寧語を使う程でもない、軽い敬意を表したい時に、相手の肩書きや異名で呼ぶ、という文化がある。2年前に大統領と会談した時、わたしは《国賓扱いはしないでほしい》と、大統領と報道陣の前で宣言したが、それでも、デイラムさんたち以外でわたしと対等に接してくれる人は少ない。
わたしは続ける。
「それで、わたしがこの町に来た理由なんだけど、ディナリウス家と、こっちはついでなんだけど、武器商人のバスク・ギリオールについて、ちょっと調べにね」
言い終えるが早いか、シゲールさんの表情が鋭いものになった。ディナリウス家やバスクについて調べてどうするのかをわたしに問いただす、というより、わたしの真意を探りたい、といったところか。
……バスクについても言及したのは、ちょっとまずかったかもしれない。
あのゴロツキ共から聞いた話では、彼らが使っていた銃はディナリウス家から買った物だ、とのことだった。その話のついでに、ディナリウス家はこのゼナン出身の武器商人バスクと、バスクが取り仕切るギリオール商会と懇意にしているという情報も聞いた。
戦争の危機にある相手国の貴族。その貴族と取引のある自国の商人。その2者について調べている《龍殺し》。事情を知らない人間がここだけを見たら、どう思うか。
わたしは、シゲールさんが何かを言う前に口を開いた。
「あー……バスクについて知りたいっていうのは、今回の領土問題とは無関係よ。これの原作者との約束で、ちょっとね」
そう言いながら、ゴロツキから奪った銃をカウンターに置く。
我ながら無駄に律儀だとは思うが、ザイアンさん……この世界に存在しないはずの武器、銃を、魔法技術で再現した男との最期の約束を果たしたい。それだけだ。
「こいつは……最近この近辺で使われるようになってきた、奇妙な武器じゃねえか。原作者って、どういうことだい?」
シゲールさんの疑問に、わたしは、細部をぼかしつつ事情を説明した。
この世界での銃……《魔石銃》とでも呼ぼうか、これを作ったのは、わたしと同じ世界を故郷とする者。
おそらく、今この世界で出回っている魔石銃は全て、彼が作った原作を模倣して作られた物。
そして、今は亡き彼の遺言で、わたしは模倣品も含めて、魔石銃とそれに関わる技術を見つけ次第破壊していること。
ディナリウス家について調べたい理由も聞かれたので、そっちは《近いうちに面会の場を設けてもらうようビザイン政府に頼んだから、そのための事前調査》と、正直に答えた。
シゲールさんは、たまたま店内に居た、そういう事情に詳しい冒険者を呼んでくれた。
 




