18 それぞれの決断
緒方唯の視点。
9月4日(水) 17:30 唯と舞にあてがわれた客室
由美先輩に、このファーレン邸でわたしとお姉ちゃんにあてがわれた客室のベッドへ運ばれたところまでは覚えている。でも、その後は?
魂のバッテリー切れで少しずつ体が動かなくなっていって、最後には、体の中に消えかけの意識だけが残っているような状態になった。そこから、さっき目覚めたところまで記憶が飛んでいる。
この間、わたしは気を失っていただけなのか、それとも、本当に死んでいたのか……
今は、体はまだ少し重いが、ベッドの上で上半身を起こすくらいなら全く問題は無い。
ベッドの周りにはみんなが居たが、わたしを見るその目は、信じられないものを見たとでも言わんばかりに見開かれている。……由美先輩を除いて。
「あの……由美先輩。わたし、どうなったんですか?」
わたしは先輩に聞いてみた。魂のバッテリー切れをどうにかする方法は無かったはずだ。それを知った上で、《それでも魔物と戦う》と、一昨日、わたしは先輩に告げた。
「……そうね、まずはあんたに事情を話したほうがいいわね」
先輩はそう言って、皆を退室させた。皆は……特に薬袋君は不満そうではあったけど、それでも、最後には素直に先輩の指示に従ってくれた。
ベッドの中のわたしと、そのそばに立つ先輩。
先輩は、特に重苦しい雰囲気を演じるでもなく、普通に話し始めた。それによると、わたしの……より正確には、今のわたしの魂は、先輩が死霊術で宿らせた、新たな魂だという。新たな、といっても、その魂自体が《魂の淀み》から切り取ってきたものなので、魂の力、バッテリー残量は、前のわたしの魂と大差は無いらしいが。
先輩は言う。
「保障はできないけど、今後、2度と魔法を使わなければ、たぶん、寿命まで生きられると思──」
「そ、それより……!」
「……何?」
話を遮ってしまったというのに、先輩の声は、表情は、柔らかい。
先輩の説明を聞くにつれて、わたしの中にある不安が渦巻き始めた。
魔法を使い続ければ死ぬ、と先輩に言われた時、わたしは死を覚悟した。だからか、自分がどれくらい生きられるのかよりも、抱いた不安のほうを先に確かめたくて、つい、先輩の言葉を遮ってしまった。
「わたしは……《今のわたし》は、この体で生きていてもいいんでしょうか……?」
わたしは、抱き始めた不安を吐き出した。
この体は《緒方唯》の体だ。その体が持っている記憶も、当然《緒方唯》の記憶だ。でも、これらはこの体に宿っていた前の魂のものではないのか?
この体に宿った《わたし》は、確かに体も記憶も《緒方唯》を引き継いだ。でも、
「……アニメでさ」
「は、はい……!?」
わたしが話している最中に、唐突に先輩が話を割り込ませてきた。
「途中で声優が変わったキャラが居たとして、あんたは、それを《声優が違うからこれは違うキャラだ》って、そのキャラそのものを否定する? アニメじゃなくても、ドラマの役と役者でもいいわ」
先輩が何を言いたいのか、一瞬分かったようで、それでも、どこかもやもやする。
わたしは、分からないなりに、とりあえず先輩の言葉に答えることにした。
「それは……たぶん、しないと思います」
「だったら、それでいいじゃない。あんたは、前の魂から《緒方唯》という役を引き継いだ。それは視聴者から見ても《緒方唯》に変わりはなく、当然、物語の登場人物であるわたしたちから見ても、《緒方唯》以外の何者でもない」
不思議と……先輩の言葉は、わたしの中にすっと入り込んできた。さっきまでの不安が、その言葉できれいに流されていく。
「……ああ、そういうことなんですね」
わたしは、知らず呟いていた。
●
18:20
先輩が再び皆を室内へ招き入れ、事情も説明してくれた。
お姉ちゃんと佐々木君は交互にわたしを抱き締めてくれたし、桂子も志織も、わたしを受け入れてくれた。
「そういや啓太。おまえ、緒方妹のことをいつの間にか名前で呼ぶようになってたよな」
「そ、それは……!?」
薬袋君が佐々木君をからかう。その流れで、佐々木君がわたしに向かって頭を下げて……
「ご、ごめんね、ゆ……緒方さん。嫌だったら、また前のように──」
「わたしがいつ嫌だって言ったのよ」
「……え?」
「へーへー、末永く爆発しろお2人さん」
それから、わたしたちは他愛ない話で盛り上がった。
地球のことが心配ではあるが、もう、わたしたちがどうこうできるレベルを超えている。後は先輩とシオンさんに任せて、わたしたちは、おとなしく全てが終わるのを待つべきなのかもしれない。
先輩は転移で……帰宅したのか、それとも、まだやることがあるのか、とにかく、この部屋を去った。
わたしたちの様子を見に来た魔族の青年は、とりあえず状況が落ち着いているらしいことを確認すると、すぐに部屋を出ていった。
やがて皆もそれぞれあてがわれた部屋に戻り、この部屋には、わたしとお姉ちゃんの2人だけとなった。
お姉ちゃんと異世界で迎える初めての夜は、静かに更けていった。
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9月5日(木) 13:15 ファーレン邸 客間
正午より少し前、シオンさんの討伐隊が帰還したらしい。それから諸々の後始末も終わり、ようやく、わたしたちが元の世界へ帰れることになった。
わたしたちを送っていく役目は、シオンさんの部下ではなく先輩がしてくれることになった。1度に全員を転移させるのは無理でも、数回に分ければ大丈夫なのだそうだ。
転移はこの客間で行うことになり、見送りには、忙しい合間を縫ってファーレンさんが来てくれた。
「名残惜しい、と言いたいところだが、やめておこう。あなた方にとって、我々は厄介事に巻き込んだ元凶でもあるのだから」
申し訳なさそうな彼女の言葉に、わたしたちはそれを否定する言葉を口々に発した。
「それでも、あなたは僕たちを対等に扱ってくださったじゃありませんか」
「……ま、そうだな。俺はあんたを嫌いにはなれなそうだ」
「えっと、その……あ、ありがとうございましたっ!」
「まあ、ね。魔族ん中にもいいヤツが居るってことが知れて、良かったわ」
「わたしたちを保護してくださって、ありがとうございました」
「……けどよ、人肉食の問題が片付いた訳じゃねぇんだろ? そこをどうにかしないと、また同じ事が起こるぞ」
志織が言ったところで、ファーレンさんは厳しい顔をする。
「それについては、由美さんを交えて……国防軍といったか、そちらの防衛に関わる組織の者と話をつけてある。軍事機密にも触れるゆえ、多くは話せないが、しばらくはシオンとその部下がそちらに駐留することになった」
つまり、また襲撃があった時は、ただちに対応に当たれるようにしてある、ということか。
ファーレンさんは元の穏やかな顔に戻り、続ける。
「さて、あまり話し込んでいても仕方あるまい。そろそろ──」
「あ、あの……っ!」
その言葉を遮り、桂子が急に声をあげた。
「な、なんだよ、橋本」
薬袋君が驚きつつも不思議そうな目を桂子に向けている中、桂子はわたしたちから離れて、ファーレンさんの側に移動する。そして。
「け、桂子……?」
「唯ちゃん、みんな……ごめんね。わたしはこっちに残るよ」
桂子が発した言葉に、わたしたちは誰1人、すぐに応じることができなかった。




