16 人間の皮を被った魔王と魔王
【分体の視点】
9月4日(水) 12:40 ガイア勢力領上空
黒龍ディアーズライドに抱えられて基地上空を旋回飛行しながら、わたしと彼女との2人で基地を空爆していく。爆撃に使う魔法は《光弾》。
わたしたちが最初の爆撃を行った直後、基地には防御魔法による障壁が張られた。が、わたしの《光弾》は一瞬食い止められる程度で、ディアーズライドの《光弾》はそもそも障壁なんて存在していないかのごとく、余裕で障壁を貫いていく。
……これでも、わたしは《光弾》に込める魔力を同時発動の個数より攻撃力に多めに割り振っていて、20発。ディアーズライドはどういう判断をしているかは分からないが、同時発動数は30発。
どちらも、攻撃間隔は1秒弱だ。魂は同じでも、人間の体はやはり弱い。
それはともかく。
今回、ディアーズライドの呼びかけに応じてくれた黒龍は全部で15人。それぞれ、ファーレンさんの作戦に従って単独で各方面を攻めているが、その際、わたしから1つの提案をした。
その提案はファーレンさんも黒龍たちも快諾してくれて、今、各地の黒龍からわたしに、続々と通信魔法による報告が入ってきている。
『アークガイル、完了』
『ベルズホルト、完了だ』
『こちらセヴィンカイト。いつでもいいぜ』
……報告を受けるたび、決めたはずの覚悟が少し揺らぐ。各地の制圧を終えたということは、当然、その魔王軍の基地に居たはずの……奴隷として働かされていたり、食料として確保されていたであろう人間たちもろとも殲滅したということだ。
今回の地球への襲撃で魔王軍が殺した地球人の数と、その反撃でわたしが──黒龍たちの協力を得てではあるが──間接的に殺したゼンディエールの人間の数とでは、果してどちらが多いか。
だが、わたしはここで立ち止まるつもりは無い。もとより、全ての人間を守れるとは思っていない。少なくとも自分の故郷くらいは守りたい、というだけだ。
魔族に、人間の確保先として地球……わたしの故郷だけは選ばせない。
ともかく、ついさっき、今回わたしが提案した作戦の鍵となるセヴィンカイトからの報告があった。
わたしはディアーズライドに一言断り、一旦セヴィンカイトの下へ転移した。
●
何も無い、半径数kmはあろうかというクレーター。元、魔王軍基地だった場所。そこに彼は居た。
『おお、来たか。ついに《あれ》を使うのだな?』
『ええ、お願い』
龍語で話しかけてくるセヴィンカイトに、わたしも龍語で答える。人間の口では龍語を発することはできないから、通信魔法で、だ。
わたしの言葉に応えて、セヴィンカイトが《封魔》を発動させる。今回、彼らに協力の依頼を取り付ける際、わたしが彼らに教えておいた魔法だ。死霊術と同じく、わたしのベアゼスディートでの経験から解析、《式》に独自の変更を加え、魔法の有効範囲を、魔力の許す限り無制限にしてある。
この《封魔・改》の有効範囲を指定するための各頂点は、各地に散った黒龍たち。魔法を発動させるのは彼、セヴィンカイトだ。
その彼に、わたしは1つ確認を取る。
『どれくらい発動していられそう?』
『ふむ……俺たちにこの後も戦ってほしいというのなら、約30分。これに全力をかけてもいいのなら、その倍……3倍は少々厳しいな』
『了解。それじゃあ、30分で切ってくれて構わないわ』
『心得た』
彼の返事を確認して、わたしは、ディアーズライドが今攻めている基地に居る魔族のうち、最も巨大な魂の所へ転移した。おそらく、それが魔王だろうから。
●
12:50 司令室らしき場所
部屋の中央にある席に着いているのは、おそらく魔王ガイア。筋骨隆々の偉丈夫、という訳ではなく、どちらかといえば優男と評するほうがしっくりする。
彼以外にも、室内を一瞥しただけで10人の魔族が目に入る。
わたしが室内に転移した瞬間こそ、魔王を含め魔族たちは驚いた様子を見せたものの、一瞬の後にはすぐさま戦闘態勢になる。……このあたりは、さすがは強い者が偉い種族、といったところか。
わたしは普通に口を開きかけ、ここでは翻訳魔法が効いていないことに思い至る。自力だけで魔法を発動させる方法に勘づかれるおそれはあるが、そうしないと会話すらできないので、仕方ない。
「あなたが魔王ガイアかしら? この状況でも落ち着いてるなんて、さすがね」
「いいや、驚いているよ。そなたのような人間が居ることを初めて知った」
魔王は泰然とそう答え、着いていた席から立ち上がった。そして、わたしの方へ歩み寄りながら、続ける。
「いかにも、我が名はガイア・デストラード。強き人間よ、望みを聞こう」
わたしは思わず拍子抜けしそうになった。魔王ともなれば、自力だけで魔法を発動する方法を知っていても不思議ではない。《封魔・改》の影響下にあっても、配下はともかく魔王の魔法を完全に封じられる保障は無い。そう、思っていた。
「……どういうつもり?」
「もし、そなたが我が立場にあった時、そなたならどうする?」
わたしの問いに、魔王は問いで返してきた。……種族全体の王として、配下を束ねる立場にあった時、どうするか、か。
自分と同等の強さを持つ相手。その相手は、手段は不明ながら、都市1つをまるごと《封魔》の影響下に置く力──自力ではなくとも、それに手を貸してくれる勢力──を背後に持つ。
そんな相手と、《封魔》の影響下で対峙する。
「……わたしの同胞を大勢殺しておいて、よくそんなことが言えるわね」
「ならば、我を殺すか? 今のそなたならば容易かろう」
殆ど降伏を宣言するも等しい発言。危うく、わたしは驚きを顔に出してしまいそうになった。
魔王は続ける。
「魔族で最も強いのは我だ。我亡き後、そなたに勝てる者は居るまい。食料のつもりで異世界の人間に手を出し、返り討ちで滅んだ種族とでも、好きに語り継ぐがよい」
言い終えた後、何やら騒ぎ始めた配下たちを手で制する魔王。
魔王の言うとおり、今ここで、わたしが魔王を殺すのは簡単だろう。しかし……いくら《封魔》の影響下にあるとはいえ、まさか、こうも潔い反応をされるとは思っていなかった。
ここへ来るまでは、わたしはファーレンさんに協力して、ガイア勢力を徹底的に潰すつもりでいた。そのための手っ取り早い方法は、絶対的支配者である魔王をむごたらしく殺すこと。
種族の王を虐殺し、わたしのほうが上だと知らしめること。
人間に、というか、わたしに手を出したら報復されると魔族に思い知らせ、その間に、また魔族に攻め込まれても対処できるように、地球でも準備を進めておく。
そのためには、《わたしが魔王を完膚なきまでに叩き潰す》という構図が必要だった。だが、これでは降伏した相手をただ殺すようなものだ。……それとも、現状でも魔王は敗北を認めたようなものだから、あえて殺さず、このまま事を進めてもいいのか?
魔王の真意が分からないが、とりあえず、話を進めてみよう。
「……それじゃあ、魔王ガイア・デストラード。わたしが魔族に何を要求するつもりなのかは、分かってるわよね? それに加えて、今後、地球や地球人に対して、友好以外の目的で接触することも禁止するわ。もし、わたしの機嫌を損ねたら、今度こそ魔族が滅びると心得ておきなさい」
わたしの命令に対し、動いたのは魔王ではなく配下の1人。わたしを見下すような、というより、文字どおり家畜に対するような態度で吐き捨てる。
「はっ。そんなこと、できるものならやってみせてもら──」
鉛直下向き100Gを付与。わたしの《加速》で、その魔族は床ごと突き抜けていった。
「はい、やってみせたわよ」
改めて翻訳魔法を発動し直して、わたしは言う。さっきまでざわついていた魔族たちは静かになった。……魔王を除いて。
初めて魔王の表情が変わった。あまりにも微妙すぎて、どう変わったのかまでは読み取れないが。
わたしと数歩の距離まで詰めていた魔王は、踵を返して再び席に着いた。
「分かった。そなたの言うとおりにしよう」
絞り出すように発された魔王の言葉。そこからは、今までの余裕は感じられない。
わたしは直感した。今度こそ、魔王を屈服させた、と。だが、念のために保険をかけておくことにする。まあ、フォスティアがやられたことの仕返しでもあるのだが。
「ありがとう。約束が守られ続けることを期待しているわ。……ああ、それと」
わたしは、《変成》で魔王の四肢を分解した。余った肉塊を適当に再利用して、傷口は塞いでおいてやる。せめてもの情けだ。
魔族たちが固まっている中、わたしは、
「配下の責任は王が取らなきゃ、ね」
そう言い放ち、転移でこの場を去った。
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13:10 セヴィンカイトと合流
魔王の基地でディアーズライドと合流し、再び転移でセヴィンカイトの所へ。
『魔王にはとどめを刺してこなかったのか?』
『ええ』
セヴィンカイトの疑問に、わたしは短く答える。そして、《後で転移するから》と、ファーレン邸へ帰還する黒龍たちを見送り、少し考え事をする。
ファーレン勢力、というより、人魔共存派の主張は、人間を家畜・奴隷扱いしないこと。昔から人肉食の文化を持つ魔族としては、むしろこちらが異端だ。
この思想を魔族全体に認めさせる、人肉食文化を廃れさせるために、ファーレンさんは現魔王を失脚させるか、力による排除を行うつもりでいた。次期魔王には、ファーレンさんでもわたしでも、とにかく人肉食に反対する者が就けば誰でも良い。
今回は、たぶん、魔王にとって未知の魔法、わたしの独自の魔法を目にしたことが理由だろうが、とにかく、魔王をわたしに従えさせることができた。と思う。
今後どうするかは、わたしが魔族にとって脅威でいられる間──わたしが肉体的な全盛期である今の戦闘能力をいつまで維持していられるか、という年齢の問題──に、ファーレンさんが次の手を考えてくれるだろう。
わたしが気になっているのはそこではない。魔族が地球を襲うのを、今すぐ確実にやめさせるのは不可能だ。だから、この問題は時間をかけて考えていくとして。
魔王による絶対統治。考えようによっては、種族全体が1つの国家を成していると言え、ある意味最も《安定した》政治体制だ。
そんな種族が、なぜ《強い者が偉い》と、まるで戦うことを前提としたような文化を持っているのか。なぜ、自分たちの世界だけでなく、異世界に手を出してまで、人間を確保する必要があるのか。
周囲に何も無くなったクレーターの中心で、わたしは言い知れぬ不安を感じていた。
 




