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7 異世界といえば火を吐くアイツ

  6月22日(水) 放課後 聖桜高校屋上


 普段は生徒の立ち入りが許されていない屋上。京と2人で居るというのに、ひたすら自分の鼓動だけを感じる時間がどれほど経ったか。

 やがて、京が口を開いた。


「……だ、だよねー。うん、分かってたから。ごめんね、変なこと言って。これからもよろしく頼むぜ、親友!」


 照れ隠しのためか、やや大げさに笑いながら、京は拳を突き出してきた。わたしは安堵の息を吐き、京の拳に自分の拳を合わせる。

 ……もし、これが本当に恋愛ゲームだとしたら、今の状況は……うーん、どんなイベントなんだろう。今まで親友だと思っていた相手との百合ルート? ……やめよう、かえって混乱しそうだ。それに、もう純ルートに入ってるのに今から別のルートを選ぶだなんて、バッドエンドの未来しか見えない。

 ……? 不意によぎった悪い予感。

 ルート。バッドエンド。恋愛ゲームで、ルートに入らなかった攻略対象キャラの未来が描かれることは少ない。が、ルートに入った時のシナリオから主人公を外して考えると、見えてくるのはけっこう悲惨な結末が多い気がする。……まさか、ね。


「そ、それで、由美からの話っていうのは、何なの?」


 やや強引に、京が話題を変えてきた。わたしとしても、早く気持ちを切り替えたかったので、強引だろうが何だろうが、正直、ありがたい。

 わたしは京に、今のゼルク・メリスの状況と、クラウスさんやカインのことなどについてひととおり話した。そして、最後に。実はこれこそ京に言いたかったことなのだが、随分遠回りをしてしまった。


「向こうでクラウスさんと合流してからのことなんだけど、クラウスさん、京に自分の娘さんを会わせたいみたいなの」

「え……? あたしに?」


 きょとん、とする京。それだけではなく、京の表情にはどこか怯えの色も見える。というか、わたしも全く同じ気持ちだ。

 お母さんが通信魔法でクラウスさんにレディクラムでの状況を説明した時、クラウスさんから頼まれたらしい。


『理由は後で本人に説明させる。おまえの娘の友人に吉田京という少女が居るはずだ。彼女に、俺の娘を会わせてやってほしい』


 と。お母さんを初めてゼルク・メリスへ連れていった時、お母さんはクラウスさんと通信魔法で話をしていた。が、その時クラウスさんには《結婚して娘が1人居る》ということを話しただけだという。

 つまり、クラウスさんは京のことを知っているはずが無いのになぜか知っていて、しかも京に自分の娘を会わせたいと言ってきたのだ。まあ、さすがにこれはお母さんも(いぶか)ったようで、京に会わせるのはお母さんとわたしの立ち会いの下で、ということになったが。……と、その経緯を今ここで京に説明した。


「でも、なんであたしなんだろ……?」

「さあ、ね。案外、わたしたちが異世界転移なんて目に遭ったんだから、あんたのことをよく知る誰かが、ゼルク・メリスでクラウスさんの娘に転生した、とかかもよ?」

「んー……そうだとしても、カインのお姉さんか妹でしょ? その人が生まれた時って、あたしも生まれてるかどうかだと思うんだけど」

「魂は必ずしも未来に転生するとは限らない、なんてね。タイムスリップものの漫画とかもあるんだから、過去へ戻っての転生なんてのもあるんじゃない? 分からないうちからああだこうだ考えても仕方ないって」

「むー……」


 釈然としない顔の京を引っ張り、わたしは元の女子便所の個室へ転移した。


     ●


  ゼルク・メリス とある町の宿屋


 夕飯にはちょっと早いかなという頃、わたしはなんとなくカインの所へ行ってみた。京にも説明したように、カインとクラウスさんが合流するまで、わたしがこっちでできることは無い。だから、ここへ来たのは本当にただなんとなくだ。

 例によって店の裏へ転移し、それから入店する。


『はい、いらっしゃい。こんな遅い時間に大変だねぇ』


 レディクラムのような宿酒場ではなく、ここは純粋な宿屋のようだ。受付か、それとも女将(おかみ)か、おばちゃんが柔らかい笑顔で出迎えてくれる。


『ごめんなさい、泊りにきた訳じゃないの。カイン・アルフィネートって人がここに泊ってると思うんだけど、会えないかな』

『……あんたの名前は?』


 おばちゃんの目が相手を射抜くような鋭いものに変わる。……負ける気はしないが、なるほど、冒険者たちを相手に営んでいるだけのことはある、ということか。


『別に怪しい者じゃないわよ。竜之宮由美』

『ふん、どうだか……』


 疑念たっぷりの声で吐き捨てて、バ……コホン、オバサンは手元の何かを弄り始めた。そして、誰かと会話しているかのように喋りだす。……通信魔法を応用した内線電話みたいなものだろうか。


『あんたにお客さんが来てるんだけどね──』


 うわ、気持ち悪いくらいの《良いおばちゃん》演技。そしてここから嫌悪モード突入。


『タツノミヤユミ? とかいう得体の知れない小娘なんだけどさ』


 悪かったわね小娘で。一応レディクラムでは酒の飲める年齢なんですけどねぇ。……と、内心で悪態をついていると、オバサンの手元にある電話のようなものから、離れていても聞こえるほどの大声で怒声が響いてきた。なお、室内に響き渡ったその声はカインのものではない模様。


『テメェコラババァ! まさか近くに由美さんも居るんじゃないだろうな! クラウス・アルフィネートの姪御さんに向かって《得体の知れない小娘》とはどういう了見だゴルァ!』


 ぶ。

 思わず、取り繕っていたポーカーフェイスそのままで噴き出してしまった。

 響き渡った声は、たしかデイラムさんの店の常連客の1人、カインよりちょっと年上という感じの青年オージンだ。デイラムさんが言うには、悪い人ではないらしいんだけど、なんというか……まあ、ちょっとクラウスさんに傾倒しすぎている人だ。……で、それはともかく。

 ここは宿屋1階の大広間。いわば、フロントとかラウンジのような場所だ。当然、ここでくつろいでいる宿泊客も何人か居る訳で。《クラウス・アルフィネートの姪御》という言葉に反応して、一斉にわたしに視線が向けられる。


『と、とにかく、会わせてくれるの? くれないの?』

『あ、ああ……いいよ、行きな。204号室だ』


 とにかくここから逃げ出したいわたしと、オージンの怒声にびびって萎縮しまくっているオバサン。殆ど交渉らしい交渉をすることも無く、すんなりと……と言ってもいいのかなー……? とにかく、カインに会うことが許された。


     ●


『オージン!』


 部屋に入って開口一番、わたしはそこそこの声量で叫んだ。あまり大声で叫ぶと他の宿泊客に迷惑だからだが、それでもこの怒りは抑えられそうにない。いや、怒りというよりは恥ずかしさか。


『やあ、由美さん。てっきり、俺らがクラウスさんと合流するまでこっちには来ないもんとばかり──』

『そんなことより! なんであんなことを大声で喋ったのよ!』

『あんなこと……ああ、あんたがクラウスさんの姪御さんだ、ってことっスね』


 オージンのほうがわたしより年上だ。だから、デイラムさんの酒場で壊滅作戦の説明が行われた時、わたしはオージンに敬語で挨拶した。そうしたら、オージンに『敬語なんてやめてくださいっス』と言われてしまい、それ以降、こんな妙な関係が続いている。

 オージンは言う。


『だって、許せなかったんスよ。由美さんはクラウスさんの血縁で、しかもゴルテンさんよりも強いんスから。そんな由美さんにあのバ──』

『あー、分かった分かった。もういいから。ごめん、怒鳴ったりして』

『……そ、そっスか?』


 なんだか話が長くなりそうな気がしたので、わたしは無理やり話を変えることにした。


『そ、それで、カインたちはなんでまだこんな所に?』


 今まで視線を泳がせつつも沈黙を守っていたカインに話を振る。次元の狭間からこっちへ転移する時、おおまかにレディクラムからの距離を見てみたのだが、角熊で丸1日かけて移動したにしてはあまり離れていなかったからだ。

 角熊がどの程度走り続けられるのかは分からないが、移動手段として使われているというぐらいだから、それなりの距離は走れるはずだ。


『ああ、それなんだけどね──』


 カインは言う。

 この町、ベアティスからもう少し進んだ所には《龍の昼寝場所》という広大な盆地が広がっている。普段、そこに龍は居ないか、居ても争いを好まない白龍(はくりゅう)であることが殆どのため、普通に通ることができる。が、たまに気性の荒い黒龍(こくりゅう)が居ることがあり、その時は冒険者でも通ろうとする者はまず居ない、と。

 ちなみに、迂回路はあるにはあるが、普通に登るだけで命がけという山脈を越えて、かつ、かなりの大回りをしなければならないらしい。

 ……うん、なんとなく話が見えてきた。


『ということは、今は……』

『そう、黒龍が昼寝してるんだよ』


 溜息と共にカインは言った。

 それにしても、龍かー。まさかとは思っていたけど、本当に居るとはね。

 それから、わたしはカインに、龍について簡単に説明してもらった。

 龍は、その強さによって色の違いがある。これは、弱い個体が強くなったら進化して色も変わる、という訳ではなく、完全に別種らしい。たぶん、例えば同じ《鳥》という(くく)りでもカラスとハトは別種、というのと似たようなものだろう。

 で、その色による龍の違いは、まず黒龍が知能も戦闘能力も最も高く、好戦的。

 次いで白龍が、黒龍とほぼ同等の知能と戦闘能力を持ち、しかし黒龍ほどは好戦的ではない。むしろ戦いを嫌う傾向にある。

 赤龍(せきりゅう)は、黒龍や白龍に戦闘能力で1歩劣り、知能もやや低いが好戦的。

 そして最も弱いのが緑龍(りょくりゅう)で、知能は赤龍とほぼ同等だが臆病。


『昼寝中の龍のそばを通ることもできなくはないけど、もし起こしてしまったら命は無いと思っておいたほうがいいね』

『カインでも倒せないの?』


 ダメかなーと思いつつ、一応聞いてみた。


『冗談! 伝説の傭兵なんて言われてたお父さんでも、天才魔導士と言われたお母さんと協力して、どうにか緑龍を倒したくらいだよ。それも、寿命の尽きかけた緑龍を……たぶん人間でいうところの()()()みたいな状態だったんだろうね、人里へ迷い出てきてたやつをどうにか仕留めた、ってだけみたいだから』


 伝説の傭兵と天才魔導士の子、カイン。どんなサラブレッドだよ。……っと、今驚くべきはそこじゃない。おそらく、ゼルク・メリスの人類ほぼ最強と思われる2人組が挑んで、老いて死にかけの緑龍を倒せる程度、かぁ……

 勝てる気がしない。

 たぶん、わたしの《変成》なら、体組織そのものを分解するから、相手がどんなに強かろうが関係無いとは思う。が、問題は分解までにかかる時間だ。

 《変成》の発動プロセスは、対象の解析、分解、再構築。これを分解までで止めることで、対象を原子レベルで破壊することができる。ただし、ほぼ一瞬で終えられるとはいえ、解析と、分解の完了までにも、ごく僅かに時間がかかってしまう。

 そして、今までは意識していなかったのだが、他人が魔法を使っていると、その魔法が発動する様子が《魔力の流れ》として感じられる。イメージとしては、雑踏の中であちこちから聞こえてくる話し声とか足音とか走り去る車のエンジン音とか、そういう雑音みたいなものと言えばいいか。

 ゼルク・メリスに来て初めて人混みの中に入った時、実はちょっとその《雑音》に酔いかけた。

 もし、わたしが《変成》を使おうとしていることが、この《雑音》によって黒龍に気づかれたら。黒龍の体を分解しきる前にやられる可能性は十分にある。

 起きる前にさっさと分解してしまうという手もあるにはあるが、まだ敵意を示していない相手を先手を打って攻撃なんて真似はしたくない。


『……ねえ、カイン。黒龍のそばじゃなくて、上空を飛んでいく、っていうのはダメかな』

『え……?』


 わたしは、カインとオージンにそれを説明した。

 わたしはまず、この近辺の地図を見せてもらった。それによると、確かにベアティスから先の街道には大きな盆地があり、その先、盆地を挾んでベアティスの反対側にもう1つ町があった。

 そこで、まずわたし1人だけで盆地を、そこで昼寝している黒龍の頭上を、《加速》を応用した飛行で飛び越えて反対側の町に行く。町に着きさえすれば、知っている場所ならどこでも行き来できる転移でカインたちを迎えに行ける。たぶん、上空1000m辺りを飛べば黒龍に気づかれることも無いだろう。


『危険だけど……』

『それしか無さそうっスね』


 カインとオージンは渋々ながらといった様子だったが、賛成してくれた。……賛成してくれたのなら、あまり考えたくはないが、もう1つ確認しておかなければならないことがある。


『もし、黒龍を起こしてしまったとしたら……黒龍の怒りがベアティスやあっち側の町に及ぶおそれは?』

『由美さん……!?』

『……そうだね。ちょっと女将さんに、この町の歴史について聞いてくるよ』


 その後、部屋に戻ってきたカインに聞いたところ、今まで黒龍の怒りに触れて文字どおり消し炭になった冒険者や旅行者などは何人か居たものの、龍が町を襲ったという記録は無い、とのことだった。

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