11 守られる安心
緒方唯の視点。
9月3日(火) 14:00 聖桜高校 会議室
今日、佐々木君のお父さんが殺されたことは、わたしの《前世の記憶》には無かった。というか、そもそも記憶に残っていることのほうが少ないくらいなのだが、それでも、明日、《わたし》が《緒方さん》を庇うことだけは確かだ。その先がどうなるのかは分からない。
だから、わたしが朋美ちゃんに魔法を教えてあげられるのは今日が最後かもしれないのだが……えーと、うん。地面に《の》の字書いていいかな?
「え、えっと……緒方先輩。こんな感じでどうでしょうか……?」
壁、床、天井の半分が凍り付いた室内で、朋美ちゃんは自信無げにそう言った。もちろん、部屋を凍らせたのは朋美ちゃんの魔法だ。
「あ、ああ……うん。たった半日の練習でここまでできれば、言うことは無いわね。……ちょっと悔しいけど」
相手が佐々木君の妹だからだろうか、わたしは、つい本音をこぼしてしまった。
「え……悔しい……?」
「あ、それは……──」
わたしは短い溜息をついた。つい、とはいえ、口にしてしまったものを今更誤魔化すのも憚られたので、抱いている気持ちは全て吐き出すことにした。
わたしが初めて魔法に触れた時、由美先輩に魔法を教わった時は、まともに魔法が使えるようになるまで数日かかった。それを、桂子も志織も半日で同じレベルにまで達した。朋美ちゃんに至っては、桂子たちより少ない練習時間で、それ以上の……おそらく魔物と1対1で戦って勝てるくらいには強くなった。
これを嫉妬せずにいられる訳が無い。
「そんな……緒方先輩の教え方が上手だからですよ」
部屋の半分を覆っていた氷を消した後、朋美ちゃんはそんなことを言ってくれる。そして、その後を継ぐように佐々木君が。
「そうだね。部活でも、後輩に楽器を教えるのがうまかったし」
「教え方、ねぇ……」
実力でも技術でも、わたしは先輩の足下にも及ばない。そのわたしが、《教え方がうまい》なんて言われるというのは、なんだか理解できないが。……まあ、考えていても仕方ないか。
わたしは朋美ちゃんに告げる。
「とにかく、少し休憩を挾んだら、次は実際に魔物と戦ってみようか」
「は、はい……! よろしくお願いします!」
●
15:20 住宅街
今、わたしは朋美ちゃんと2人で歩いていた。……同じ妹の立場として、兄か姉かの違いはあれど、離れて行動するというのがどれほど心細いかは分かるつもりだ。まあ、わたしの場合は、お姉ちゃんは魔法のことを知らないから、わたしが守る側になるんだけど。
それはともかく。
佐々木君も、妹のことが心配なはずなのに、《戦える人間が3人も固まって行動するのは効率が悪い》と、別行動で魔物退治に向かってくれた。
それが、仇になった。
佐々木君と別行動をしてからここまで、由美先輩の《手駒》のおかげもあって、それほど危険な目には遭わずに魔物と戦ってこれた。しかし、今。
「お、緒方先輩……」
朋美ちゃんが不安げな声を出す。
わたしたちは今、狭い丁字路で、各方向に2体ずつ以上の魔物に囲まれていた。丁字路の《丁》の、横棒の方向にはそれぞれ2体ずつの計4体、縦棒の方向に3体。
由美先輩を呼べればいいのだが、ここで先輩への通信魔法を使おうとすると、魔物たちに隙を見せることになる。……と、そんなことを考えていたら、魔物たちが一斉に襲いかかってきた。
「きゃっ! 緒方先ぱ──!」
「喋る前に戦え!」
朋美ちゃんに気を配っている余裕は無い。とりあえず、わたしは縦棒の方向の3体に向けて《光弾》を撃った。光の弾丸が、3体のうち1体の胸を貫く。
由美先輩に教わった、魔力を壁状に展開するシールド魔法……わたしは《光壁》と名付けたが、その魔法を展開し、残る2体と、別方向の2体、計4体の突撃に備える。その間、ちらりと朋美ちゃんの方に目を向けてみたが、凍結魔法で魔物2体を同時に足止めできていた。これなら……
魔物4体が《光壁》にぶつかる。
「──っ!」
《光壁》が受けたダメージは、そのまま術者の魔力消費としてのしかかってくる。受ける攻撃が強力であればあるほど、消耗する魔力も多くなる。
わたしは《光壁》を解き、《光弾》で正面から来ている魔物2体の頭を立て続けに貫いた。朋美ちゃんも、足止めした2体の片方を倒せたようだ。後はわたしが、《丁》の横棒のもう一方……朋美ちゃんから見て真後ろから来ている2体を倒してから、朋美ちゃんが足止めしている残り1体を──
「きゃあっ!?」
「朋美ちゃん!?」
足止めしていたうちの1体を倒した時の弾みで、もう1体の拘束が解けてしまったようだ。
……くそっ!
わたしは朋美ちゃんを抱えるように蹲り、全力の《光壁》を張った。
「緒方先輩……!?」
「大丈夫、心配しない……ぐっ!?」
3体の魔物に次々と拳や爪を《光壁》に叩きつけられ、そのたびにわたしの意識が飛びそうになる。魔力を削られる痛み、と表現するのは適切でないが、とにかく、その刺激に、このままでは5分耐えられるかどうか。
反撃しようにも、《光壁》を解いた瞬間、戦い慣れしていない朋美ちゃんが集中的に狙われるのは明らかだ。……手詰まり、か。
「人の妹に何しとんじゃコラァ!」
不意に女性の怒声が聞こえた直後、わたしたちを襲っていた魔物3体が続けざまに殴り飛ばされた。……素手で。
わたしたちを庇うように立つ女性。それは。
「お姉ちゃん!? なんでここに……! ていうか、なんで……!?」
わたしは思わず叫んでいた。
そこに立っていたのは緒方舞、わたしの姉だ。
「昨日、テレビでこの町の惨状が中継されてたのよ。あんたのことが心配になって、大学をサボって来てみたら……危機一髪だったみたいね」
お姉ちゃんはわたしに背を向けたまま答える。
「そ──」
「話は後よ。今こいつらをぶっ飛ばしてあげるから、そこで見てなさい」
お姉ちゃんはそう言うと、丸腰で魔物たちに向かっていった。魔物たちは魔力で肉体強化しているから、殴ったり切ったりという物理攻撃は効きにくいはずなのに、お姉ちゃんはそれを余裕で殴り飛ばしていく。
数分としないうちに、魔物たちは動かなくなった。
●
16:00 聖桜高校 校長室
お姉ちゃんと合流したわたしたちは、フォスティアさんに詳しい話を聞くために、ここへ戻ってきた。なぜ、魔法を使えないはずのお姉ちゃんが、魔力で肉体強化している魔物たち──だからこそ、殴ったり切ったりという物理攻撃が殆ど無効化される──を素手で殴り飛ばせたのか。
「んー……それじゃあ、ちょっと舞ちゃんと2人だけで話をさせてくれる?」
フォスティアさんはそう言って、お姉ちゃんと2人で校長室を出ていった。転移ではなく、歩いて。
2人は15分ほどで戻ってきた。
「ただいまー。舞ちゃん、リヴァ・マディア体質だね」
「……はい? リ、リヴァ……マ……?」
わたしは思わず聞き返していた。
フォスティアさんは困ったような表情で軽く頭をかいた後、ゆっくりと説明してくれた。
「んー、地球には対応する言葉が無いみたいだから、正しく翻訳できないっぽいんだよねー。リヴァ・マディア体質っていうのは──」
呼吸する、手を伸ばす、物を掴む。そういった《意識せずとも自然に行える行動》の1つとして、魔力を体の外へ放出できる体質。
リヴァ・マディア体質でない者が魔法を使うには、《これから魔力を放出して魔法を発動する》という認識を持たなければならない。しかし、リヴァ・マディア体質の者にはその必要は無い。
魔法に関して同等の知識・技術を持つ者同士で、片方がリヴァ・マディア体質だった場合、双方が同時に《魔法を使おう》と思っても、実際に魔法が発動するまでに一瞬の差がある。だから、この体質でない者は、魔法の発動速度で絶対に勝てない。
「──だから、舞ちゃんは魔法としての知識が無くても、無意識のうちに魔力を使って肉体強化してたんだと思うよ」
フォスティアさんはそう言って説明を終えた。
「へえ、お姉ちゃんがねぇ……」
わたしは改めてお姉ちゃんの顔を見詰めて、そんなことを呟く。そんなわたしに、
「何よ、その意外そうな目は」
「あはは、ごめんごめん」
ジト目で返してくるお姉ちゃんとの、何気ないやり取り。
「……唯?」
「あ、あれ……?」
立っていられない。わたしの足から急に力が抜けて、その場に尻餅をつくように、座り込んでしまう。視界もぼやけてきた。まさか、由美先輩に言われた《魂のバッテリー切れ》が、もう……?
いや、違う。
「……そっか。唯、あんた、今まで1人で頑張ってきたんだもんね」
「うぅ、お姉ちゃん……っ!」
わたしは、お姉ちゃんの腕の中で……少し、子供になった。




