10 守れない悔しさ
緒方唯の視点。
校長室で橋本一家が入居するマンションが崩落した話をしている頃。
9月3日(火) 08:50 聖桜高校 校長室
「あんたには戦う力がある。その力を持って、悲しむのは後回しにして今は魔物と戦うか。それとも、その力を眠らせて悲しみに暮れるか。どうする?」
どこか演技がかった由美先輩の言葉。先輩なりに桂子を励まそうとしてくれているんだろうとは思う。……でも、その言葉を受けて、桂子は、
「……戦います」
底冷えさせるものを感じる声で、そう答えた。
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桂子なりに考えてのことだろう。たぶん、桂子はわたしと組みたかったに違いない。
「唯ちゃん……ううん。志織ちゃん、行こう」
「お、おう……」
桂子はわたしに声を掛け、しかし、結局志織を誘って校長室を出ていった。
桂子と志織なら、2人で組めば魔物とどうにか戦える。桂子とわたしが組んでしまうと志織が戦力外になってしまうから、こうする以外の選択肢は無い。
校長室に残されたのは、わたしと由美先輩、フォスティアさん、校長先生の4人。
「……先輩、なんで桂子にあんなことを言ったんですか?」
わたしは先輩に聞いた。
桂子は、家族を一遍に無くして失意の底にあったはずだ。そんな桂子を無理やり戦いの場に引きずり出すような先輩の物言いに納得できないものがあったからか、わたしの声は低く、先輩を責めるような言い方になってしまった。
「なんでって……単に、戦うのをやめるか、戦い続けるかを選んでもらっただけのつもりなんだけど」
答える先輩の声に迷いは無い。
「でも……あんな聞かれ方をしたら、《戦いたくない》なんて言いづらいじゃないですか!」
「だったら、あんたはなんでわたしに答えを求めたの?」
「え……?」
「橋本の家が……マンションが崩れ落ちたことを知った時、わたしを呼ばずにあんたが橋本を慰めることもできたはずよね? なんでそうしないで、わたしを呼んだの?」
先輩の声が、少し厳しくなる。
「そ、それは……わたしより、こういう経験が豊富な先輩のほうが、適切なアドバイスができるんじゃないかと思って……」
「だったら、わたしの判断に文句をつけないで!」
「……!?」
わたしは思わず一歩後ずさった。先輩がわたしの前で声を荒げるところなんて、殆ど見たことが無い。……でも、
「最初からあんたが橋本を慰めてれば……! ……ごめん」
先輩はそう言って、わたしから目を逸した。
「い、いえ……わたしのほうこそ……」
どことなく気まずくなり、わたしも先輩の顔を見ていられなくなる。
「……ちょっと、《手駒》を増やしてくるわ」
そう言って、先輩はどこかへ転移していった。
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09:15
先輩が転移で姿を消した、少し後。
たぶん翻訳魔法を使っているからだろう、わたしの頭に、目の前に居るフォスティアさんの声が届く。
「あたしが言うことじゃないかもしれないけどさ、由美ちゃんの気持ちも分かってあげてね」
一瞬、わたしはさっきの先輩とのことで叱られるのかと身構えたが、フォスティアさんの口ぶりは穏やか、というか、優しげだ。どうやら、わたしを叱るつもりではなさそうだ。
「……と言うと?」
「唯ちゃんも知ってるでしょ? 由美ちゃんが本気を出せば、こんな魔物たちなんて一瞬で消し飛ばせる、ってこと。でも……」
「は、はい。この町ごと吹っ飛ばしてしまう、ですよね。魔物の数が多すぎて、いちいち選り分けていられない……あ」
「……そういうこと」
町を守るために、まとめて吹っ飛ばさずに魔物だけを選り分けている。でも、そのせいで選り分けるために時間がかかり、手が回らないところで被害が出る。
魔物を潰す力はあるのに、町を守る力は足りない。
フォスティアさんは言う。
「だから今の由美ちゃん、けっこう苛立ってると思うんだよね」
「先輩……」
わたしは、さっきまで先輩が立っていた場所をぼんやりと見詰めながら呟いた。
その直後、校長室の扉が数回ノックされる。校長先生がわたしとフォスティアさんに目を向けてきたので、わたしたちはそれぞれ小さく頷く。もう話は終わった、という意思表示だ。
「どうぞ」
校長の言葉から一呼吸置いて扉が開く。その向こうから現れたのは、佐々木君と、
「朋美ちゃん……?」
わたしが思わず名前を口にした、佐々木君の妹だった。
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佐々木君のお父さんも、魔物に襲われて亡くなった。校長室に入ってきた2人に聞かされたのは、そんな話だった。……何故だ。
何故こうも、わたしに近しい人が立て続けに殺されるんだ!?
「──っ!」
わたしは言葉にならない叫びをあげ、桂子が座っていたソファに身を沈めつつ、その肘掛けに拳を叩きつけた。佐々木君兄妹が一瞬びくっとするのが視界に映る。
……ああ、そうか。先輩が抱いていたのも、たぶん、こんな感情なんだろう。あの人は、それを自分の身近な人だけでなく、町の人全員に対して感じているのだ。
今更ながらに、先輩の大きさを思い知らされる。
「お、緒方さん……?」
わたしの顔を覗き込むように、佐々木君が聞いてくる。
「あ……ああ、ごめんなさい」
わたしは顔を上げ、できるかは分からないけど、気持ちを切り替えたつもりで答えた。
佐々木君が言うには、朋美ちゃんにも魔法を教えてほしい、とのことだった。
シオンさんの討伐隊がいつ来るか分からないし、今後、お父さんの時のように《手駒》の護衛が間に合わない時があるかもしれない。だから、最低限、自衛できるだけの力は着けさせてやりたい、と。
先輩が居れば、朋美ちゃんのポートを開いてあげてもらえるん──
「それはやめたほうがいいと思うよ」
不意にフォスティアさんの声が頭に響いてきた。思わずびくっとして、彼女の方に目を向ける。
わたしと目が合うのを待っていたかのように、フォスティアさんは続ける。
「ごめんね、管理者権……っと、天使の力で心を読ませてもらったよ。簡単に言うと──」
《ポートを開く》というのは、魔力を体の外へ放つ方法を、細かい理屈を抜きにして、《とりあえずやり方だけ教えてもらう》ようなものだ。地道に練習して魔力の出し方を微調整できるようになった場合と違って加減が分からないから、魔力を一気に出しきってしまうおそれがある。
「──だから、いきなり襲われて余裕の無かった啓太君や一真君の時はともかく、今はやめといたほうがいいと思うよ」
フォスティアさんはそう締めた。
「そういうことだったんですか……」
呟くようにわたしは言った。
とはいえ、体育館には今朝から町の人々が避難し始めてきているから、練習場所としては、もう使えない。かといって、いきなり魔物を相手に実地訓練というのも無茶すぎる。
そうやって、練習方法でわたしが悩んでいると、
「どうしたんだね、緒方さん。何か迷っているようだが」
と、校長がわたしに聞いてきた。
「いえ、実は──」
わたしは、考えていたことを校長に話す。
「そういうことなら、この第2校舎の3階にある会議室を使うといい。天使様、どんなに暴れても、校舎は一切傷つかないのでしたな?」
「そうだよー」
フォスティアさんとのやり取りの後、校長はわたしに会議室の鍵を貸してくれた。練習を始める前に備品を片付けてから、とは言われたが。
「ありがとうございます、校長先生、フォスティアさん」
わたしは、佐々木君兄妹と共に会議室へ向かった。




