7 強い女性
佐々木啓太の視点。
唯、志織、桂子が体育館で魔法の練習をしている頃。
9月2日(月) 14:00 学校周辺
学校に出入りする時は職員用の通用口を使うように。僕と一真は、校長先生にそう言われていた。その理由は、僕たちが自由に動けていることを、教室に集められている他の生徒たちに不審がられないようにするためだ。
とにかく、そうやって学校を出た僕たちは、町中に溢れている魔物を相手に、実戦で魔法の練習をしていた。……妹の朋美のことが気になるけど、少なくとも校内に居る限りは安全だろう。
「そっち行ったぞ! 啓太!」
魔法で生み出した《光の剣》を振り回しながら、一真が叫ぶ。もともと剣道が得意だったからか、一真は、緒方さんやシオンさんに教わった《光の弾》を飛ばす魔法より、こっちのほうがやりやすいみたいだ。そして、僕はというと。
「……!」
僕の目の前で、全身を凍り付かせた魔物が砕け散った。
僕が最も使いやすいと感じたのは、これも緒方さんたちに教わった魔法ではなく、氷の塊を作り出して相手を閉じ込める、という魔法だった。魔法で作ったこの氷自体は、魔法を解いたら消えてしまう。でも、それで相手の体内に含まれている水分を凍り付かせることもできるし、もっと早い話、尖った氷を作り出して物理攻撃もできる。
「へへっ。どうにか、俺たちだけでも魔物を狩れるようになってきたな」
一真が得意げにそう言いながら、僕の所まで歩み寄ってくる。
「シオンさんや緒方さんのおかげだね」
「けっ……癪だけどな」
僕が緒方さんの名前を出した途端、一真は不機嫌になった。まあ、今朝からの緒方さんの態度を考えれば、無理も無いのかもしれない。
普段の緒方さんは、あんなに強引に物事を進めるような人じゃない。それでもああいう行動に出たのは、できる限り、僕たちや学校のみんなに犠牲を出したくなかったから、だろう。
彼女は僕の生まれ変わりで、今回の襲撃のことを事前に知っていたから。
その出来事は、僕にとっては《未来のこと》でも、緒方さんにとっては、前世の記憶に残る《過去のこと》だから。過去の……!?
「お、どうした啓太。耳まで真っ赤にして、氷使いから炎使いへの転身か?」
一真が茶化すようにそんなことを言ってくる。
「な、なんでもない……!」
「……? ははぁ」
やっぱり、気づかれたか。一真は意地の悪そうな目をしていた。
「か、一真……?」
「そーかそーか。いやぁ、気づかなくて悪かったな、啓太。そりゃあ惚れた女を貶されるってのは、気分の良いもんじゃ──」
「ち、違う違う! いや、違わないけど……!」
確かに、僕は緒方さんに片思いしている。今までの部活動の中で、彼女に淡い恋心のようなものを抱くようになったことと、勇気が無いせいで未だに告白できないでいることは認めよう。
「あん? 違うけど違わないってか?」
「緒方さん、僕の生まれ変わりだって言ってたでしょ?」
「……ああ、そういうことな」
一真も気づいたようだ。
緒方さんが僕の生まれ変わりで、前世の記憶も持っているということは、緒方さんは、今、僕が彼女に対して恋心を抱いていることも知っているということだ。
一真は言う。
「それなら、もう告っちまえよ」
「そ、そんな……今は魔物で大変なんだよ? ……もし、告白するとしても、この戦いが終わってからにするよ」
「ふーん……ま、おまえがそれでいいっつうんなら、それでいいさ。……さて。あんまり魔法の練習ばっかってのも難だし、一旦学校へ戻るか?」
「……いや。学校じゃなくて、僕たちの家へ行ってみない?」
一真の言葉に、しかし僕はそう提案した。
昼食後からの実戦練習で、僕も一真も、1対1でなら魔物を仕留められるようになった。竜之宮さんが死霊術で生み出したという《手駒》も、さっきから僕たちを守るように、一緒に戦ってくれている。それなら、それぞれの自宅まで、魔物に囲まれでもしない限り、安全に行けると思う。
一真は少し考えてから、答えた。
「そう……だな。じゃあ、まずおまえん家から行こうぜ」
●
14:40 佐々木家
ここまでの道中、何件か壊された家を見てきたから不安になっていたけど、幸いにも、僕の家は無事だった。
「……ただいま」
玄関を開けて、僕は控えめに声をあげる。お父さんは鉄道運転士だから不規則な勤務だけど、お母さんは専業主婦で家に居る。……たまたま外出中だったところを魔物に襲われたりしていなければ、帰宅した僕を迎えてくれるはずだけど。
しばらくして。
「啓太!?」
廊下の奥から、お母さんが姿を見せた。……お母さんが無事だったことにとりあえず僕は安堵したものの、それはすぐにひっくり返された。僕が分かる範囲で今の状況をお母さんに伝えて、その後。
お母さんは、今朝からの出来事を僕と一真に説明してくれた。それによると……
今朝、お母さんが買い物に出かけようと家を出た直後、お母さんは路上で魔物に襲われた。その時、危うく魔物に殺されるというところを間一髪で助けてくれたのが、竜之宮さんだった。
今は説明している暇は無い、と言う竜之宮さんに、お母さんはただ一言《鉄道運転士をしている夫は無事か》と聞いた。
竜之宮さんは、偶然見つけたというその現場へお母さんを連れて転移。魔物の攻撃で破壊され鉄屑と化した、おそらく回送列車が、線路脇に転がっていた。
竜之宮さんが魔法で車両の残骸をどかしていった、その一番下に、運転士の制服を着た、潰れた肉塊があった。
かろうじて読み取れた制服の名札は、佐々木義明。お父さんの名前だ。
お父さんだったものを見て泣き崩れるお母さんを、竜之宮さんは無理やり担いで、またこの家へ転移で連れ戻したそうだ。
「彼女には、色々ときつく当たってしまったわ。戦えるのなら、なぜもっと早く夫の下へ駆けつけてくれなかったのか。夫の遺体を鉄屑に埋もれたままにしておくなんて、この人でなし。……ってね」
お母さんの声は沈んでいた。でも、虚ろではなかった。……僕なんかより、強い。そんなお母さんに、僕ではなく、一真が反応する。
「……その時、あいつは何て言ってましたか?」
その声には、わずかな怒気が含まれている。どうやら、一真はまだ竜之宮さんに不信感を抱いているようだ。
「《そうね、あなたの言うとおり、わたしにはあいつらを倒す力がある。そのわたしに、こうしてぐだぐだ絡んでくるなんて、今この瞬間にも、あなたのご主人みたいに助けるのが間に合わなくなる人が増えるかもしれない、ってこと、分かってるの?》って、冷たい声で叱られたわ」
お母さんは小さく苦笑しながら答えた。
「あの野郎……!」
「薬袋君!」
声を荒げかける一真を、お母さんが制する。
「で、でも……!」
「彼女は正しいわ。あなたが彼女の立場だったら、どうする?」
「そ、それは……」
一真はそれ以上何も言わなかった。緒方さんたちのおかげでそこそこ魔法が使えるようになったからだろう、《救えたはずの命が救えなかった》という状況が、容易に想像できるのかもれしない。
「それにね──」
お母さんは、どことなくすまなそうに言う。
「──この家から去り際に、彼女は、夫を助けられなかったことを謝ってくれたのよ。たった一言、《間に合わなくてごめんなさい》って」
「……!?」
「え……?」
それは、僕にとっても意外だった。
「……彼女は強すぎるのよ」
玄関の外へ遠い目を向けて、お母さんは言った。その言葉は、僕の心に強く残ることになった。




