3 今ある手札をどう切るか
緒方唯の視点。
9月2日(月) 11:40 聖桜高校 校長室
皆への説明では、わたしは《佐々木君の生まれ変わり》ということにしておいた。由美先輩が言うには、佐々木君とわたしとは魂が繋っていないから、たぶん記憶を持っているだけの別の存在だろう、とのことだったけど。
そこまで説明すると、今以上に皆を……特に薬袋君を混乱させてしまいそうだ。
「……だから、色々と知ってたって訳か」
薬袋君は不機嫌を隠さずに言った。
とはいえ、これから何が起きるのか、この事態はどういう展開を辿るのか、そのあたりのことは、わたしにも本当に断片的な記憶しかない。《ポートを開く》というのも、去年、先輩に連れられて死霊術で使い捨てられた魂の回収をしている最中に、たまたま知ったことだ。
今日、佐々木君たちが聖桜公園でシオンさんと出会うということは《前世の記憶》に残っていたが、そこでどうやって魔法を使えるようにしてもらったのかは抜け落ちていた。
次の話をどう切り出そうかとわたしが考えていると、シオンさんが1歩進み出て、話を始めた。
「さて、唯君の話が一段落したところで、次は僕の話を聞いてもらえるかな。──」
シオンさんは言う。この後、彼は一旦自分の世界へ帰り、魔物の討伐隊を編成して再びこっちへ戻ってくる。その討伐隊の準備が調うまでの数日間、申し訳ないが、わたしたちで魔物を食い止めてほしい、と。
その申し出に、薬袋君が異議を唱える。
「ちょっと待った! 俺たちで、って、緒方と竜之宮はいいとして、俺や啓太も数に入ってるのかよ。ついさっき魔法とやらを使えるようになったばかりだぞ?」
「申し訳ないが、そういうことだ。唯君が僕に君たちのポートを開かせたのも、おそらくそれが目的のはずだ」
シオンさんの言葉に、わたしは首を縦に振る。
……この魔物騒ぎに決着を付けるだけなら、由美先輩にちょっと本気を出してもらうだけでいい。ただし、それには《この町が地図から消えても良いのなら》という前提条件が付く。
それに、そんな戦略兵器みたいな実力を個人が持っていると周りに知られたら面倒なことになる、と、先輩にも口止めされている。だから、どっちにしろ、ここでそれを口にすることはできない。
シオンさんは転移でここを去った。……やっぱり、先輩の転移とは違って《雑音》が非常にうるさい。
「ひととおり、話は終わったようだね。──」
校長先生がおもむろに口を開く。その内容は、今後の学校としての対応を告げるものだった。
天使様……フォスティアさんが守ってくださっている校内に限っては安全だ。だから、学校側としては、国防軍にしろシオンさんの討伐隊にしろ、防衛戦力が調うまでは、全生徒と教職員を校内で保護する。彼らのご家族などに《ある程度の犠牲》が出てしまうのは、無念だが仕方ない。
……校長の言葉には、わたしも内心で唇を噛んだ。
わたしが先輩に魔法を教わり始めてから丸2年。その間に、ほかのクラスメートたちにも魔法を教えるなどしていれば、今よりももっと大規模な準備をすることもできただろう。そうしていれば、彼らはそれぞれの家族を自分で守ることができたはずだ。……しかし。
未来に発生する事態のための準備を、その目的を伏せて事前に調える。そんなことをすれば、いざその事態が起きた時、その《事態》そのものが自作自演であると疑われるおそれがある。
逆に、当初から目的を明かして準備を調えようとすれば、その時点で、なぜ未来に起きる事態を知っているのかに疑念を持たれる。どちらにしろ、事前準備そのものができない。
「……! そうだ、緒方。てめぇ、こんなことが起きるって知ってたんなら、なんで今まで黙ってたんだ!?」
タイミング良くというか悪くというか、ちょうどそれに気づいたらしい薬袋君が、わたしに詰め寄ってくる。
「事前に話していたら、あなたはまともに取り合ってくれたの? 《2年後に異世界から魔物が攻めてくる》なんて話を、あの時の薬袋君は信じてくれてたのかしら?」
わざと冷たく言い放ったわたしに、薬袋君はわずかに鼻白む。
「そ、そんなこと、言われてみなきゃ分からないじゃ──」
「一真!」
それでも引き下がらなかった薬袋君を、佐々木君が止めた。
「……なんだよ、啓太」
「いい加減、緒方さんを責めるのはやめなよ。今、実際に魔物を目にしてても一真はここまで緒方さんに突っかかってるんだから、事前に言われてたら信じてた、なんてある訳ないでしょ?」
……止めたというか、とどめを刺したというか。
とにかく、佐々木君のおかげで、薬袋君がそれ以上何かを言うことは無くなった。佐々木君は続ける。
「ごめんね、緒方さん。それで、僕と一真はこれからどうすればいいの?」
「あ、ああ、えっと……特にこうしてほしい、というのは無いわ。できれば魔物を倒してきてほしいところだけど、今のあなたたちでは積極的に戦いにいくのはまだ危険だろうし。とにかく、生き残ること」
「分かった」
佐々木君は一言そう応えた。
この後、わたしたちは校長に昼食を取るよう促された。だいたいの話は終わったし、時間的にもちょうどそんな頃だ。ただし、教室には戻らず校長室で食べるように、と。
今は全生徒が各教室に集められて、自由な行動を制限されている。そんな中、自由に動けているわたしたちがそれぞれの教室へ戻ると、生徒たちの間に混乱を招く。という、校長の判断だ。
わたしたちが昼食を取っている間も、校長は……おそらく関係各所への連絡だろう、パソコンを触ったりどこかに電話をしたりしていた。
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13:00 聖桜高校 3年4組の教室
昼食後、わたしは自分の教室へ行った。校長には行かないほうが良いと言われていたが、わたしと由美先輩以外に戦えるのが佐々木君と薬袋君だけというのは、あまりにも戦力として少なすぎる。
クラスメートにも何人か魔法を使えるようになってもらう、わたしが教室へ来た目的はそれだ。
予想どおり、わたしが教室に入った途端、クラスメートたちが騒ぎ出した。この状況を問い詰める声、わたしが自由に動いていることの追求や疑問、学校に来ていない生徒や家族の安否を問う声等々。
それらを、担任の兵藤勉先生がとりあえず鎮めてくれる。どうやら、教職員……いや、各クラスの担任だけかもしれないが、ともかく、最低限の連絡だけは行き届いているようだ。由美先輩と校長のおかげだろう。
「皆、落ち着いて。まずは緒方さんの話を聞くように」
先生のその言葉に続いて、わたしは簡潔に今の状況を説明した。そして、教室の窓ガラスに向かって軽く《光弾》をぶち当てる。その光景や音に、先生を含めてクラスメート全員が体を強張らせるが、フォスティアさんが守ってくれている《学校の建物》には、当然傷1つ付かない。
わざわざこんなことをしたのは、校内に居れば安全ということを皆に分かりやすく示すためと、魔法を実演してみせるためだ。わたしはそのことを皆に説明し、
「できれば皆にも魔法を習得してもらいたいと思ってるわ。そうすれば、魔物と戦うにしろ大事な人を守るにしろ、この状況で生き残る手段にできるから」
そう締めた。
……由美先輩なら、シオンさんのように皆のポートを開いてあげることができる。でも、わたしたちの中でも最大の戦力であるあの人に、こういう後方支援をしてもらう訳にはいかない。本体と分体の両方とも来てもらえばこの問題は解決するが、同じ人間が2人居るというのは、それはそれで混乱を招くから、避けたほうが良い。
「……魔法、だっけか。このままあの化物共にやられっぱなし、ってのは面白くねえからな。あたしにも教えてくれ、唯」
最初に声をあげたのは北条志織。実家が空手の道場で、高校に入学した当初は空手部に入ったものの、《部員が弱すぎるから》と、すぐに辞めたそうだ。
去年、わたしは彼女と1度だけ、本気で殴り合うほどの喧嘩をしたことがある。それがきっかけで、いわゆる《拳の友情》が生まれて、今に至る。
「わ、わたしも! 家族を守れるようになるのなら……!」
もう1人はわたしの中学からの友達、橋本桂子だ。読書好き、というのと関係があるかは分からないが、かなり度のきつい眼鏡をかけている。わたしと同じ吹奏楽部で、楽器はチューバだったから筋力だけはある。
この2人以外には、魔物と戦うと名乗り出る生徒は居なかった。しかし。
「そういや、緒方。なんでおまえだけ魔法が使えるんだよ」
1人の男子がそう言いだしたのを皮切りに、次々と、わたしと魔物との関係を疑う声が出始めた。
「今になって急に魔法に覚醒しました、なんてありえねーだろ!」
「前から使えてたってのか? だったら、この化物共は……!?」
「自分で襲わせといて救世主気取りか? おいしい真似しやがって!」
兵藤先生も彼らを鎮めようと頑張ってくれているが、その言葉を聞く生徒は居ないようだ。……わたしは、こんなヤツらを守ろうとしていたのか。
「だ──」
「うるっせえぞ! てめえら!」
わたしがブチ切れる寸前、それを遮って志織が怒鳴った。水を打ったように静まり返る教室。
「戦う根性は無いくせに文句だけは一人前に垂れやがって。その文句が、誰のおかげで言えているのかを考えてみろ! 今すぐてめえら全員、教室の外へ放り出してやろうか? あぁ!?」
志織の言葉に、反論は出なかった。
わたしは、志織と桂子を連れて、教室を出た。
北条志織……このキャラクターの名前は、あいはらまひろ氏制作のフリーソフト【ヒロイン・ジェネレーター】を使用して決定しました。
 




