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【旧】日帰りRPG ~チート少女の異世界(往復自由)冒険譚~  作者: フェル
第1章 起

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45 龍殺しから神殺しへ

  7月14日(木) 18:40 次元の狭間


 (うち)へ転移するために、一旦次元の狭間へやってきた、その時。わたしは、覚えのある感覚に襲われた。


「え……こ、これは……!?」


 次元裂に巻き込まれて初めてゼルク・メリスへ行った時に感じた、見えない袋に詰め込まれたような拘束感。しかし、あの時と違うのは、今回は地球からどんどん遠ざかっていること。

 だというのに、わたしは、自分でも意外なほど落ち着いていた。ついに《この時》が来たか、と。

 それは4日前、フォスティアと話していた時に予感したこと。

 わたしは、管理者イアス・ラクアに作られた、別の管理者を殺すための《武器》ではないのか。そして近い将来、管理者レベルの騒動に巻き込まれるのではないか。

 近い将来は、本当に近かった。……近すぎた。


「あー、ちょっとぐらい《オーバーフロー》の練習しとくべきだったかなー……」


 そんなことを呟いても、たぶん、もう遅い。ぶっつけ本番でやるしかない。

 他の管理者、特に攻撃対象に気づかれないよう、イアス・ラクアがわたしを《武器》に仕立て上げるのを秘密裏に行っていたのだとすれば。この後、イアス・ラクアからは殆ど何も説明されないまま、わたしは攻撃対象の(もと)へ送られるはずだ。

 ……これがわたしの取り越し苦労で、この拘束感にイアス・ラクアの意思が絡んでいないのなら、行った先で改めて地球へ転移し直せばいいだけなのだが。

 これだけ状況が調っていて、実は取り越し苦労でした、なんてオチには、期待できそうにない。

 そんなことを考えているうちに、わたしは、おそらく《世界の壁》と思われる何かを越えた。


     ●


 そこは、わたしが初めてイアス・ラクアと会った時のような、水晶のような物質で構成された場所だった。床、というか足場は一応あるが、周りにはただ漆黒が広がるのみ。そして、この場所に居たのは、1人の、見た目は少女。


「あーあ、イアスのヤツ。せっかくあたしがティアで遊んでたのに、こんな邪魔を()()してくるなんて」


 少女の声音は、一言で言うなら無邪気な邪悪。まだ善も悪も知らない小さな子供が、知らないが故に平気で残酷な行為に及ぶような。

 少女は続ける。


「でも、あたしを駆除するために《内側の存在》を使ってくるなんて思いもしなかったわ。まさか、()()()()にあたしが倒せると、本気で思ってるのかしら?」


 その言葉が発されると同時に。


「……え?」


 わたしの体が傾いた。いや、違う。

 右足が、太股の半ば辺りから消滅していた。わたしは慌てて《変成》で止血する。襲ってくる痛みまではどうしようもないが、ここで倒れたままでいると、それこそ何も出来ずに消されてしまう。文字どおりに。


「……へえ、そんな体でまだ立てるんだ」


 無邪気な、しかし邪悪な笑みと共に少女が言う。

 今度はわたしの左腕が消えた。肩口から。

 その激痛を気力でねじ伏せて、《変成》で止血する。

 遊ばれている。おそらく、この《少女》もイアス・ラクアと同等の力、というか、管理者権限を行使できるはずだ。それなら、わたしを消すのに、こんな風に体の末端からチマチマ攻める必要は無い。……だったら!


 わたしがイアス・ラクアの《武器》かどうかなんて、この際どうでもいい。目の前のこいつを、こいつ自身が言っていたように《駆除》しなければ、わたしが消されてしまう。

 今はまだわたしで遊んでくれているようだが、それなら、黒龍の時のように、本気になる前に押し切ってやる!

 アールディアの地下施設で見た、戦車の砲塔のような物体。あれが放っていたのが、おそらく強引に発動させた管理者権限だ。あれに使われていた《式》から、この空間そのものを消し去る効果を発揮するよう、書式の解読と、後は勘で《式》を組み立てる。

 発動に失敗すればわたしが消される、文字どおりの1発勝負だ。


「──!?」


 唐突に悪寒がしたので、適当に跳んでみた。


「……《内側の存在》のくせに、もう見切ったっていうの?」


 少女の声に露骨に怒りが表れる。やっぱり、さっきわたしが感じた悪寒は管理者権限だったか。

 さっきまでわたしが立っていた所が、ちょっとしたクレーターになっている。消滅させる対象が直接指定(わたし)ではなく座標指定(ばしょ)だったのは幸運だった。

 片腕片足が無くなった体で無理に跳んだせいで、わたしは受け身も取れず床に倒れた。が、この空間を消すための《式》は完成した。少女が消えるか、わたしが消えるか。

 わたしがやろうとしていることに気づいたか、少女の顔色があからさまに変わる。


「こ、このガキ……!」


 さっきまでの余裕が一気に無くなる少女。わたしは、最後に何か決めゼリフでも、と思ったが、そんなことをしている暇は無い。《式》ができたのならさっさと撃たないと、こっちが消される。

 わたしは、《それ》を発動した。


     ●


「……ごふっ」


 あの少女が消えて、何も無くなった……空間すら無くなった、どこか。どっちが上かも分からない、いや、そもそも上とか下という概念すら無いであろうこの場所で、わたしは血を吐いた。

 さっきの、空間を消す《式》を発動させる瞬間、カウンターのようにあの少女が使った管理者権限。おそらく、その効果だろう、わたしの腹部は大きく抉れていた。()()も殆ど持っていかれ、背骨と、その周囲のわずかな皮膚や筋肉だけで、かろうじて下半身が繋っているような状態だった。


 ……この後、たぶん、イアス・ラクアはわたしの体を修復してくれるだろう。だが、そうだとしても、その後できた子を、わたしは、《わたしの子》と呼べるのか。

 体を修復してくれたのが管理者……神にも等しい存在だとはいえ、1度消えて再生成された体で産んだ子を、自分の子だと、愛情を持って接せられるのか。

 体のほぼ半分を失い、子を産む以前に己の生存すら危ういにもかかわらず、頭に浮かんでいたのはそんなことだった。ここで死にたい訳ではないが……いっそ、この後イアス・ラクアが助けてくれるまで、気絶することができればどれほど楽だろうか。

 そんなことを考えていると、また、あの拘束感に包まれた。


     ●


 気づいたらわたしの部屋に居た。失った手足や抉れた腹部も、さっきまでのことが夢だったかのように、元どおりになっている。前に、腕や首を落とされて《変成》で繋ぎ直した時のような違和感も無い。

 そして、目の前にはイアス・ラクアが立っていた。


「ありがとう、よくやってくれたわね」

「……ええ、まあ。はい」


 わたしはなんとも素っ気ない返事をしてしまった。

 今回の件は、予測できる材料がありすぎた。それがわたしの妄想で終わる可能性もあったのだが、たとえ妄想レベルでとはいえ、そういう事態を思い浮かべることができていた。それなら、いざそれが現実になっても、驚きはあまり無い。まさか本当にあったとは、という程度だ。

 そして、再生成された体で産んだ子がどうのという悩みも、実は物凄く今更な悩みだと気づいていた。

 わたしは本来、生殖機能が無いはずの灰の者だ。それをイアス・ラクアに願いを聞いてもらって、子を産めるように体を作り替えてもらっている。《管理者のおかげで産んだ子》という意味では、どっちも大して変わらない。


「どうやら、そっちの悩みも解決したみたいね」


 イアス・ラクアは言った。わたしの顔色から察してか、そもそも《内側の存在》の思考は筒抜けなのか。まあ、管理者を相手に考えても意味の無いことだが。

 この後、イアス・ラクアはわたしに、代償と引き換えに願いを叶えるのとは別に、褒美を与えるとも言ってくれた。

 あの少女……管理者候補ピュリフィアを通常の手段で駆除するには、《内側の世界》が2桁消えるだけの犠牲が必要だった。わたしのおかげで、その必要が無くなったから、と。……主人公の行動が世界の存亡に直結する物語は珍しくないが、それが2桁単位で消えていたかもしれないとは。

 イアス・ラクアは言う。


「代償の取り消しとかも考えたんだけど、たぶん、今のあなたは《体が2つ欲しい》なんて思ってるんじゃないかしら」


 ……うん、それは思う時がある。というか、今まさに思っている。

 唯に聞かされていた、ゼンディエールからの侵攻。それがあるのが、わたしが大学に進んですぐの頃。そのほぼ同じ時期に、ゼルク・メリスでも大国同士の戦争が起こりかねない。

 体が2つあれば、大学への出席とそれらの事態への対処が同時に進められる。

 わたしは、その案を受け入れた。


「それじゃあ、この力の使い方を説明するわね」


 イアス・ラクアは言う。まず、飽くまでも《本体》はわたしの、この体だ。この本体を基盤としつつ、分身となる《分体》を、本体とは別の肉体として《内側の世界》に出現させる。

 わたしには、そのための限定的な管理者権限が与えられる、と。


「説明を聞くだけより、実際にやってみたほうがすぐ分かるわ」


 イアス・ラクアに言われて、わたしは早速それをやってみた。

 目の前に、わたしと全く同じ姿をした体が生成された。……危うく、体だけ生成して服を作り忘れるところだった。

 感覚的には、体の一部だけ……例えば右手だけを別座標へ転移させるのに近い。わたしの魂は飽くまでも1つで、世界に干渉するための《肉体》という端末が2つあるような感じだ。


 分体にも脳があり、思考は完全に分かれている。視覚や聴覚などといった五感も本体と分体とで独立しているが、分体側の思考や五感は、本体側で統合している。文字どおり、《自分が2人居る》ような感覚だ。


 分体は魔法で作った仮想的な肉体ではなく、管理者権限で生成した《物質》だ。だから、本体と同じように分体も生命活動を行っている。心臓の鼓動もあれば、きちんと呼吸もしている。まあ、栄養補給なんかは管理者権限でまかなえるので、いわゆる食い扶持は1人分で済むようだが。

 そして、本体が死なない限り分体は何度殺されても……つまり、その肉体が壊されても、本体に影響は無い。……分体が壊される際の苦痛に耐えられるのならば。


「使いこなせたら本当に便利ね。ありがとう、イアス・ラクア」

「どういたしまして。ああ、そうそう。分体が増えたからって、瞬間最大の魔力が2人分になったりとかは無いわよ。あれは《魂が発揮できる魔力》だから、魔力という蛇口は1つで、肉体という出口が2つに分岐してるようなものだからね」

「なるほどね……了解」


 わたしがそう(こた)えると、イアス・ラクアは姿を消した。

 わたしは、早速この能力をお母さんとお父さんに話すことにした。

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