43 異種の友情 同種の衝突
7月13日(水) 17:30 岩蚯蚓の巣
ディオス洞窟の下層、岩蚯蚓の巣で出会った1体の岩蚯蚓。わたしは彼との意思疎通に成功し、わたしがここへ来た理由を説明した。
「そういうことだったのか。……あの時はうちの若いのが悪いことをした。俺も、つい、敵からの攻撃かと思ったほどだからな」
岩蚯蚓は言う。最初にイリスに襲いかかったのは、あの時別の魔物がイリスに向けて放った《光弾》を、イリスからの攻撃だと勘違いしたからだった。その時の岩蚯蚓はイリスに倒され、イリスも洞窟から去ったので、それ以上は彼らもイリスを追撃しなかった。
その後、最近ここへ派遣されたレギウスの調査隊に襲いかかったのは、自分たちの巣を守るための当然の行為だ。
今また、ここへ来たわたしも排除するつもりだったが、わたしからは黒龍に匹敵する魔力を感じたため、玉砕覚悟で突っ込むか、あるいは、わたしが積極的にここを攻めないのなら、その間に別の場所へ巣を移すかを考えていた、と。
岩蚯蚓は続ける。
「しかし、崩落したあの上は人間たちの生活圏だったか。……強き人間よ。我らの長に、あの上には決して出ないよう、俺から伝えておくことを約束する。だから、人間たちも我らの安寧を妨げぬよう、おまえたちの長に伝えてはくれないか」
まさか、こんな交渉を持ち掛けられるとは思っていなかった。岩蚯蚓は凶暴な魔物だと聞いていたが、それは人間のほうから彼らの巣に無断で立ち入ったが故の結果だったのか。
「ええ、分かったわ。……ただ」
そう言いかけたわたしの言葉で、岩蚯蚓から怒りとも困惑ともつかない気配が漂い始める。だが、これは言っておかなければならない。
「一言で《人間》と言っても、いろんなヤツが居るわ。素直な人間、乱暴な人間、利他的な人間、利己的な人間。今、あなたが話してくれたことは、もちろんわたしたちの長に伝えるけど……」
言っていて悲しくなってくる。自然界で共食いする生物は、あまり居ない。居ても、それは生存競争としての共食いだろう。それに比べて、人間は己の利益のためだけに、生きるために必須でないのに、平気で同族殺しをする。
わたしは続ける。
「上層との境界は、わたしが塞いでおくわ。それで少しはマシになると思うから」
岩蚯蚓はしばらく黙り込んだままだったが。
「分かった。今後、我らと人間との間で何があろうと、少なくとも、俺はおまえを責めはしない。……俺が人間か、おまえが岩蚯蚓か。同種に生まれていれば、我らは良き友になれたのだろうな」
「……ええ」
妙な名残惜しさを感じつつ、わたしは、上層と下層との間の穴を《変成》で塞いでから、まずはアルフィネート家へ転移した。
●
17:50 アルフィネート家
とりあえずイリスの下へ転移し、伯父さんと伯母さんを呼んできてもらうように頼む。
『呼んできたよ、由美』
『ああ、ありがと』
『岩蚯蚓のことで、何か進展があったのか?』
伯父さんが聞いてくる。
『ええ、実は──』
わたしは、翻訳魔法のことから岩蚯蚓との交渉まで、伯父さんたちに全てを話した。……で、まあ、伯父さんたちからは、なんとなく予想どおりの反応が返ってきた。思考がフリーズというか、呆気にとられるというか、そんな感じだ。
『驚いたな。まさかそんな魔法があるとは』
伯父さんは言う。
わたしも、自分で使っておきながら難だが、驚きを禁じ得ない。《封魔》の中で使った時もそうだったが、自分が相手の言語を知らないのに、それぞれの母語で聞こえるというのだから。おそらく、言語として変換しているのではなく、思考を直接読み取るとか、そのへんの処理をしているのだろう。
伯父さんは続ける。
『だが、それをレギウス政府に報告したところで……』
『たぶん、信じてはもらえないでしょうね』
わたしは答えた。ゼルク・メリスには翻訳魔法自体が無い。だから、わたしが岩蚯蚓と交渉してきた、ということが、そもそも《あり得ない》のだ。それが分かっていたから、わたしはあの岩蚯蚓に、わざわざ人間の信頼を落とすようなことを言わなければならなかった。
『……こっちは俺がなんとかしてみよう。由美、おまえはレディクラムで依頼の完了報告をしてきなさい』
『ええ、そうするわ。ありがとう、伯父さん』
この後、転移をしようとした時に、わたしはふと思った。イリスの方を向いて、
『どうする? イリス。今のうちにもう、わたしと一緒にレディクラムへ行っとく?』
と、聞いてみる。イリスも、ビザインでカインと一緒に行動するつもりだと言っていた。それなら、今のうちに一緒に転移で向こうへ行っておけば、手間が無い。
『んー……そうだね。じゃ、お父さん、お母さん』
『ああ、気をつけてな』
『行ってらっしゃい』
●
18:30 レディクラムの宿酒場
ここへ来る前に一旦家へ帰り、お母さんに晩ご飯はレディクラムで食べてくることを伝えた。
ちょうどカインもこれから食事のところだったようで、イリスと3人、わたしたちはカウンター席に並んで座った。並び方はカインを中央に、左右にわたしとイリスだ。
デイラムさんはわたしたちの前に食事を並べながら、
『カイン、両手に花だな』
と、からかうように言ってくる。わたしには銘酒レディクラムを出そうとしていたが、わたしはそれを断ってお茶にしてもらう。
『2人とも血縁だよ。妹と従妹』
『……そうか。あんたは母親似なのか』
『ちょっと!? なんで急にしみじみ言うのさ!?』
カインの突っ込み。……確かに、伯父さんの身長は190cmを超えているかもしれない。その妹であるお母さんも、たぶん180cmはある。わたしもお母さんに似て178cmあるし、イリスも髪の色や身長など、わたしに似ている。
しかし、カインは、髪は伯母さんと同じ色だし、小柄なところも伯母さんそっくりだ。わたしたちが並ぶと、カインだけ背が低い。年齢的にも両親の関係でも、カインが《長兄》なのに。
『あ、なんか由美まで笑ってない?』
『ごめんごめん、お兄ちゃん』
『ぶ』
カインはカウンターに突っ伏して、静かに噴いた。……悪いね、カイン。1度言ってみたかったんだ。
『……で、まあ冗談はこれぐらいにして』
わたしは、伯父さんたちに話したのと同じ内容を、カインと、依頼の完了報告も兼ねてデイラムさんに話した。
『調査を諦めろ、か』
呟くようにデイラムさんが言う。
『ええ。人間から手を出さない限り、岩蚯蚓も上層には近寄らないと約束してくれたわ。……こんな説明を、レギウスが信じてくれるとは思えないけど』
『まあ、そのへんのことはうまく言っとくつもりだが……いいのか?』
デイラムさんは声を潜めて、妙に念を押すような口調でわたしに聞いてくる。
『……? 何が?』
『これだと岩蚯蚓を《討伐》していないから、依頼は失敗ってことにせざるを得ない。《龍殺しの英雄》が依頼を失敗した、って評判が立っちまうぞ?』
『ああ、いいわよ別に。戦う意志の無い相手を叩きのめしてまで、名声はいらないから』
『……なるほどな。分かった』
デイラムさんはそれだけ答えて、依頼の後処理を始めた。……その時。
『この臆病者!』
店内でそんな叫び声があがった。
声のした方を振り向いてみると、30代はまだ行っていないか、といった戦士風の、おそらく冒険者が立ち上がり、怒りと侮蔑を含んだ目をわたしに向けている。
『どうせ岩蚯蚓が怖くて逃げてきたんだろうが! 転移だぁ? そんな力を持ってるくせに、よくそんな子供だましにもならない言い訳なんざする気になったもんだなぁ!』
初めて見る顔だ。そして、たぶん、酒に酔っている。
彼は続ける。
『なにが《龍殺しの英雄》だ。どうせマグレで勝ったってだけなんだろうよ。本当にそれだけの力があるってんなら、今、ここで、もう1回龍を殺してもらおうじゃねぇか!』
……まあ、黒龍を倒したのは本当に紛れだから、そこは反論しないでおこう。それより。1つ、試してみたいことがある。彼には悪いが、彼でそれを試させてもらおう。
わたしは、次元の狭間で《魂の淀み》を見た。唯の魂と死体の魂とが共鳴するところを見た。魔物たちがわたしの魂に恐れをなし、逃げ出すところを何度も見てきた。
だから、意識的に、自分の魂の大きさを誇示することができないか。それを試してみたい。
『おら、どうした! さっさと龍を……っ!?』
『龍を……なんだって?』
自分で試しておいて、自分でも驚いている。まるで、わたしの背後に牙を剥いた黒龍の姿が見えるようだ。わたしに噛みついてきた彼だけでなく、ほかの人たちまで震え上がっている。
わたしはカウンター席を降り、彼のそばへ歩いていく。そして、その顎に手を伸ばし、軽く持ち上げる。……黒龍の顎が、その頬を撫でるように。
『あ……ぁひん……』
彼はあっけなく沈んだ。
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『ごめん、やり過ぎた』
再びカウンター席に戻り、わたしはデイラムさんに謝った。
『お、おぉ……いや、まあ……なんだ。気にすんな』
デイラムさんはそう言ってくれたが、口調や動作はまだどこかぎくしゃくとしていた。そして、続ける。
『けどよ、こんなこと言っても今更なんだが……アールディアん時にそれができてたら、だいぶ楽にケリがついたんだろうな』
『あー……まあ、ね』
我ながら同感だ。今後、あれに匹敵するような騒動に巻き込まれるとしたら……起きてほしくはないが、ビザインとレギウスとの戦争、か。
わたしは、グラスに残っていたお茶を一気に飲み干した。




