40 思う側と思われる側
7月10日(日) 14:40 前線基地司令室
アーゲンさんの部下だった男性、キースさんの案内で、わたしはこの基地の指揮官との面会が叶った。
この基地は、かつてアーゲンさんが属していた国と今まさに戦争をしている敵国の前線基地だ。……まあ、そのあたりの事情は、わたしにとってはどうでもいい。
「では、わたしはこれで」
指揮官との面会を終えて、わたしは席を立つ。
やはりというか、彼のわたしへの心証はあまり良くなかった。まあ、わたしはアーゲンさんに頼まれてこの国の砦を1つ陥落させたのだから、当然と言えば当然だが。
彼には、主にわたしの素性について聞かれた。もちろん、真面目に答える訳が無い。わたしの素性に関しては異世界の出身であるとだけ、今後のわたしの行動については、アーゲンさんと、彼の元部下たちと個人的に関わる以外の行動をするつもりは無いことを伝えた。
もちろん、こんな説明で指揮官が納得したようには見えなかったが。わたしを……砦1つを、その見張りの兵士が視認できるかどうかという距離からほぼ一瞬で、魔法による遠距離射撃だけで陥落させた相手を、下手に刺激することを恐れたのだろう。
指揮官は、わたしの言葉に特に異を唱えるようなことはしなかった。
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休憩室
司令室を出る際、キースさんは、わたしへの状況説明のためとして少しの休憩時間を与えられた。そのキースさんの説明によると。
アーゲンさんたちがこっちの国へ亡命した当初こそ、彼らは捕虜として収監された。しかし、その後割と早い段階で、監視付きではあったが、それなりに自由な行動を許されたらしい。
「なぜ、捕虜である我々に自由が認められたのかは、分かりませんが」
キースさんはそう締めた。
「……なんとなく、予想は付きます」
たぶん、少佐だったから内情もよく知っているだろうとか、その情報が利用できるとか、そんな話なのだろう。わたしとしては、アーゲンさんがこっちの国でそこそこ自由に動けていることが知れただけでも十分だ。
もともと、ベアゼスディートに来たこと自体が好奇心からのものだったが、こっちで友好的に知り合えた人物が居る以上、その境遇は気になる。その人物が、少なくとも今すぐ命の危機という状況では無さそうだったから安心した。それだけだ。
「その予想というのは……いえ、僕如きが耳にしないほうがよさそうですね。ところで、由美さんはどうしてまたこちらに?」
「ああ、実は──」
こっちの世界、ベアゼスディートで魔法の練習をさせたい人物が居る。わたしは、唯とのことをそんな風に、名前は出さずに説明した。
わざわざこっちの世界で魔法を練習したい理由については、わたしの故郷は《あまり魔法が発達していない》から、できるだけ他人には見られないほうがいい、と、少しの嘘を交えることになってしまったが。
「なるほど。確かに、誰も立ち入らないような山奥などでなら、問題は無いでしょうね。……ああ、そろそろ休憩時間も終わりですね。では、僕はこれで」
キースさんは持ち場へ戻っていった。
この後はすぐにでも、唯をこっちに連れてきて魔法を練習させてやりたいところだが……今朝のこともあるし、もう少し彼女が落ち着いてからのほうが良さそうだ。
わたしは家へ転移した。
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7月11日(月) 昼休み 2年6組の教室
「由美先輩ーい」
今日もまた、唯はいつもの元気な声でわたしのクラスに遊びに来た。……声を聞く限り、昨日のことはもう引きずっていないようだが。
恭子の席に集まってお喋りしていた、わたし、京、恭子の3人に唯も加わり、
「どうですか、先輩方」
と、唯は昨日美容室で整えた髪型を恭子と京に披露する。
「うん、いいね。かわいいよ」
「え。……どこが変わったの?」
やっぱり、京は気づかなかった。
「もう、京先輩?」
「だって、そんなビミョーな変化じゃ分かりづらいよ? あたしに気づいてもらおうと思ったら、由美くらい大胆に変わらないと」
いや、そこは自慢するところじゃないと思うぞ、京。
「ほほう。つまり京先輩はわたしに5分刈りになれと?」
そんな京に、唯は半眼を向ける。
「わぉ。なんか最近、唯が由美っぽくなってきてる」
「そりゃあもちろん。弟子は師匠に似るものですから」
弟子って、唯……まあ、間違ってはいない、のか?
2人のやり取りに呆れていたら、
「ああ、確かに。この目つきとか、ちょっと似てるかも」
恭子にもそんなことを言われた。
でも。
ここまでのやり取りを聞いていて、思う。どうやら、唯は唯なりに、気持ちの切り替えができているようだ。そのことに、わたし自身も安堵している。
中学の時に仲の良かった後輩からの告白を断ったことで、彼女とは疎遠になった。今回は、同じ事が繰り返されずに済みそうだ。
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16:00 レディクラムの宿酒場
一旦家に帰り、お母さんを連れてここへ転移。既に店に戻ってきていたデイラムさんたちと再会し、アールディアの件についての説明を受けた。
まず、アールディアの地下組織に出資していた裏の大物たちは今回の件を完全に無かったことにしたいようで、組織支部への攻撃を担当していた各地のギルドからも、それらしい情報は入ってこなかった。つまり、アールディアの地下組織は、裏社会から切り捨てられた形になる。
次に、今回の作戦に伯父さんが参加したことについて。結果的に組織のボスを殺したのはわたしだが、伯父さんが……《伝説の傭兵》が参加したという事実に変わりは無い。
わたしもそんな細かいところに突っ込むつもりは無いことをデイラムさんに伝えたら、ビザイン共和国政府には《伝説の傭兵が壊滅作戦への参加要請を受諾し、実際に参加した》と報告することになった。というか、この話をしている最中に、デイラムさんが通信魔法で報告していた。そして。
確認が取れただけでも、今回の作戦における死者は99人。
デイラムさんは、重々しく、沈んだ声で、わたしたちにそれを告げた。そして、《作戦に参加したギルド関係者の中で》とは、あえて言わなかった。
わたしたちも分かっている。今までに捕えられた被害者たちは、誰1人として救出できなかったことを。彼らまで《死者》に含めると、目を背けたくなる数字になることを。……小さなことかもしれないけど、わたしのせいで桁を1つ増やす、なんてことにならなくて、良かった。
ほかの皆には既に説明を終えているようで、わたしとお母さんへの説明が終わったら、デイラムさんは以前のようにカウンターの向こうへ戻った。
この後、わたしとお母さん、伯父さんとイリス、そしてカインは、1つのテーブルに着いた。とはいっても、結局、話が合うのはお母さんと伯父さん、わたしとイリスとカインな訳で。
『終わったね、由美』
『ええ』
『ちょっといいか?』
イリスと話し始めたわたしに、カウンターの奥へ行ったはずのデイラムさんが声を掛けてくる。その手に握られているのは、1本の瓶。銘酒レディクラムだ。
デイラムさんは言う。
『あんたとの約束だったからな』
そしてわたしの目の前に置かれるその瓶と、グラス。
『え? ちょ……由美!?』
イリスがなんだか目を丸くしているが、デイラムさんは落ち着いた様子で切り返す。
『あんた、クラウスさんの娘さんだったか。レギウスじゃあ、たしか酒が飲めるのは18からだったな。だが、この国じゃ17からだ』
『あ、いや……それは知ってますけど。……由美って、今いくつだっけ?』
『17。……そういや、年齢の話ってしてなかったわね』
答えて、イリスがなぜ驚いたのか理解した。ビザインでの飲酒年齢を知らなかったのではなく、わたしがその年齢に達していることを知らなかったようだ。
『……あんたら、けっこう仲良さそうなのに、互いの年も知らなかったのか?』
デイラムさんはどこか呆れたように、というか、素直な疑問か、そんな雰囲気で言う。そして、
『まあいいや。じゃあ、飲みきれなかったら、また蓋をして返してくれ』
そう言って、デイラムさんは再びカウンターの向こうへ戻っていった。
わたしは早速銘酒レディクラムの栓を開けて、グラスに注ぐ。イリスはその様子を眺めながら、
『じゃあ、それ飲み終わったら早速ディオス洞窟へ行こうか?』
と。……わたしは危うくグラスの中身を溢れさせそうになった。
『イ、イリス。あんた、アールディアから帰ってきてすぐだというのに、よくそんな元気があるわね』
呆れるわたしに、
『イリスは昔からこんなだよ、由美』
わたしにとっては久しぶりに顔を合わせるカインが、フォローになっているのかどうか微妙な切り返し方をする。
カインは続ける。
『それより、なんだか悔しいな』
『え……何が?』
わたしは思わずそう聞いた。イリスは……表情を見るに、どうやらカインの《悔しい》の理由を分かっているようだ。
『僕が旅を始めたのは、お父さんを叔母さんに……ユマさんにまた会わせてあげる方法を探すためだったんだ』
その言葉で、伯父さんが固まった。
 




