38 慕われる《先輩》
7月9日(土) 07:40 聖桜公園の前
学校が終わって帰る時は、わたしはだいたいいつも京と一緒だ。だが、朝は違う。お互いの暗黙の了解というか、一応、一緒に登校する時はここを待ち合わせ場所にしてはいるが、巻き添えの遅刻を防ぐために、それぞれの判断で先に行くようにしている。
それでも、今日は。高校生活で初めての遅刻をすることになろうとも、わたしは、ここで京を待つつもりでいた。
わたしはいつも朝8時にここへ来るようにしているのだが、その時はだいたい京が待ってくれている。……居ない時は、京は始業時間ぎりぎりに教室に入ってくることが多い。それはともかく。
今日は、京より先にここへ来たかった。昨日は京に変な心配をかけてしまったから、今日だけは、京を待たせたくなかった。
京を待つ間。
昨日、首を刎ねられたことを思い出す。あの時は本気で諦めた。京とまた会うことを。この先も生きて、純の子を産むことを。でも、わたしの体に黒龍並みの耐性があったおかげで──まあ、これはわたしの推測ではあるのだが──本当に偶然、今もこうして生きている。
そして、あの戦いで分かったことが2つ。
1つは、《根底の流れ》を利用する魔法で、管理者権限を強制的に発動させられること。世界そのものの《バグ》を悪用しているようで、自分で使う気にはならないが。
もう1つは、わたしの魔法関連の能力が飛躍的に成長しているらしいこと。あの施設の最奥で、200人を超えるであろう魔導士たちからの《光弾》の一斉射撃を、同じく《光弾》を応用したシールド魔法で、余裕で防げた。しかも、その後、シールドを展開しながら同時発動の《光弾》で、あの人数を10秒とかからずに始末している。今、《光弾》だけを同時発動するとしたら、たぶん20発は余裕だろう。
これだけを見るなら、特におかしなところは無い。だが。
内側の世界を自由に操作できる管理者。そんな管理者に、黒龍から人間に転生させられて、《世界のバグ》ともいえる現象に気づかされたわたし。
そのわたしの魔力は……おそらく総合ではなく瞬間最大の魔力は、《世界のバグ》をわたし単独で引き起こせるまでに成長している。まあ、魔力の成長そのものに関しては、たぶん筋トレと同じような理由で、このところ立て続けにギリギリの戦いを経験してきたからだと思うが。
……あまりにも個別の事象が線で繋りすぎている。何かの意思が働いていると捕えるのは考えすぎか? って、管理者の意思が働いているのは確かか。
その辺りまで考えていた時、
「あ。由ー美ー!」
遠くから京の声が聞こえてきた。わたしは考えていたことをとりあえず頭の隅へ追いやり、
「おはよう、京」
今日、京に会ったら真っ先に掛けるつもりだった言葉を口にした。
2人で歩き始めてすぐ。
「そういや、その髪どうしたの?」
やっぱりというか、京にはそのことを聞かれた。
「ああ、向こうでちょっとね。後で言うわ」
「ふーん……」
戦いに参加するということから察してくれたのか、京はそれ以上聞いてはこなかった。……聞かれないなら言わなくてもいいのか、それとも、わたしと京の間で隠し事──
「言いたくないなら、あたしは無理には聞かないよ」
「──っ!?」
まるでわたしの心を見透かされたような京の発言に、わたしは思わず足を止めた。京はそんなわたしの正面に回り込み、
「2人の間で隠し事は一切無し、なんて、そんな重い《親友》にはなりたくないからね」
と、いつもの笑顔で言う。
「……ありがと、京」
「いいってことよー。……んー、でも。ショートの由美もけっこうイイかも」
……感動を返せ、我が親友よ。
●
昼休み 2年6組の教室
「先輩!? その髪どうしたんですか!?」
唯は今日もうちのクラスへ遊びに来た。その唯にも、髪のことで驚かれた。が、わたしがどう答えようかと考えていると、京が助け船を出してくれた。
「あたしにも言えないことみたいだから、聞かないであげてよ」
「え……? あ、まさか……その。つ、次がありますよ!」
「失恋じゃないからね!?」
わたしは一応突っ込んでおいた。
「あ、違うんですか……良かったです」
それを言う間の唯は笑顔だったが……さっき、唯の顔から一瞬表情が無くなったように見えたのは、わたしの気のせいか?
この後、唯は何かを思いついたような顔で、
「あ、それじゃあ、明日一緒に美容室へ行きません? 京先輩も一緒に。最近できた良さそうな店を知ってるんです、わたし」
と、わたしと京を誘う。
「ええ、いいわよ。というか、わたしはもともとそのつもりだったし。京はどうする?」
「んー、あたしはまだいいかな。2人で行ってきなよ」
ということは、わたしと唯とで、か。……唯を疑いたくはないが、いい機会かもしれない。
さっきの京の言葉を受けて、唯が言う。
「じゃあ、わたしと由美先輩とで、ですね。ちょっと遠いんで、自転車で来てください。待ち合わせ場所は──」
「あ、ごめん。わたし自転車は持ってないの。400ccのバイクならあるんだけど」
わたしがそう言うと、唯は喋っていた姿勢のまま固まった。……仕方ない、ガディオンさんの時も使った手を使うか。けど、その話を教室で口に出してするのはちょっとまずい。
わたしはまず口で唯に別のことを説明し、その後、通信魔法を唯に限定発信して本題を説明する。
「じゃあ、どうやって行くかは後で……放課後にでも話し合おうか」
「先に唯1人でその美容室へ行っててよ。わたしは、後で転移で行くから」
この通信魔法を終えた後、唯は、
「そうですね。そうしましょうか」
と、うまく口裏を合わせてくれた。
そして、今日の放課後。わたしは唯と、待ち合わせの時間と場所だけを話し合って帰宅した。
●
7月10日(日) 10:00 商店街のある一角
昨日、唯と話し合って決めた待ち合わせの時刻。唯はその時刻ぴったりに、待ち合わせ場所に来ていた。その様子をわたしは次元の狭間から見ながら、転移先をどこにしようか迷っている。
唯が言っていた美容室は商店街のある一角にできた新しい店舗のようで、その店舗が面している表通りは人通りがけっこう多い。そんな中で人目が殆ど無い場所といえば……
「やっぱり、公衆便所かー……」
便所の個室。
路地裏も考えたが、ゼルク・メリスとは文字どおり人口密度の桁が違う日本では、たとえ路地裏でも隣接する建物に誰も居ないという場所が無い。
最近、用を足す以外の目的で便所に入るのが増えてきた気がするが、ともかく、わたしはどうにか唯と合流することができた。
●
10:50
美容室でのカットを──わたしとしては《散髪》と言いたいところだが──終え、わたしと唯は当ても無く商店街を歩いていた。
「先輩って、髪型とか拘らないんですね」
首を刎ねられた時の不自然な髪型から、今の唯のようなショートになったわたしの髪を見て、唯が言う。
「拘る? ……ああ、《凝る》ね」
「え……?」
「後で辞書引きなさい。それより髪型の話だけど。全くの無頓着、って訳でもないわよ。今回はそのお気に入りの髪型が崩れてしまったから、また伸びてくるまで適当に整えただけ」
「……それを無頓着って言いません?」
唯はそう言いながらもスマホを弄りだし、
「あ! 拘るってそういう……!」
と、1人で納得していた。
まあ、髪型に凝るかどうかはともかく。基本的に、わたしはあれこれこと髪型を変えてみたりといった、いわゆるイメチェンなどは全くしない。だから、
「わたしのことより、唯。あんた、いったいどこが変わったの?」
それが不思議だった。
「ええーっ!? 先輩、気づかないんですか? 一緒にカットしてもらってたのに?」
「いや、そういう意味じゃなくて──」
わたしのカットが終わった後、それまでに要したのとほぼ同じ時間が、さらに唯のカットやらシャンプーやらに費やされた。それだけの時間をかけてどこが変わったかといえば、毛足が2cmほど短くなったくらい。ほかにも色々と細かいところで変わってはいるが……たぶん、純や京なら絶対に気づかない。
「先輩も女の子なんですから、それくらい髪には拘り……じゃなくて、とにかく、気を遣いましょうよ」
「わたしはいいわ、めんどくさいし。……ところでさ、唯」
ちょうど、商店街の端に着いた頃。
「な、なんですか?」
「あんた、以前、わたしのことを《先輩として好き》って、言ってくれたわよね?」
「は、はい……言いました、けど?」
唯は目を泳がせて答える。そんな唯に、わたしは、唯の目を正面から見据えて、言った。
「わたしの己惚れだったら笑ってくれていいんだけど……本当に《先輩として》なの?」




