37 地下組織壊滅作戦(2)
7月8日(金) アールディア地下闘技場
まずいまずいまずい! 首から下の感覚が無くなった。回転する視界に一瞬、首から上が無くなった自分の体が映る。その瞬間、理解する。
わたしは首を刎ねられた。
まずはどうすればいい? この下には《敵》に足払いをかけられて尻餅をついているイリスが居る。このままでは、わたしの体から……首の切断面から噴水のように噴き出す血がイリスにまともに降りかかってしまう。まずは、胴体側の首の太い血管を《変成》で塞ごう。次は?
次は、《敵》の一掃だ。幸い、伯父さんたちはまだこっちの状況に気づいてはいなそうだ。それなら、こっちのことで気を取られることも無いだろうから、あっちの《敵》は伯父さんたちに任せておけば安心だろう。
問題はこっちだ。わたしはもう戦えない。イリスも尻餅をついている。首を刎ねられて、まだ意識が残っている今のうちにわたしにできることは……同時発動した《光弾》で、こっち側に残っている全ての《敵》を1撃で倒しきる。
刎ねられたわたしの首がイリスのお腹に着地する頃、同時発動した《光弾》は、無事に全ての《敵》を沈黙させた。
幸か不幸か、わたしの首は、イリスと目が合う向きで彼女に抱かれる形になってしまった。だから、イリスの、今にも発狂しそうなその顔が、嫌でも目に入ってしまう。
少し遅れて、わたしの首から下も、断面をイリスの方に向けて倒れてきた。
……ごめん、京。明日の朝、いつもの聖桜公園で、いつもどおりに「おはよう、京」って挨拶してあげることが、もう、できなくなった。今すぐ、例えば通信魔法でイリスに頼んで、刎ねられた首を元どおりにくっつけてもらえば、《変成》で繋ぎ直すこともできそうだけど。
脳に血液が届かなくなって、脳死に至るまでは確かに数分の猶予はある。だが、それよりもはるかに早く、意識は消える。脳が低酸素状態に陥って、まともな覚醒状態ではいられなくなる。そんな状態で、《変成》で首を繋ぎ直すなんてできる訳が無い。
だから、わたしはもう、終わりだ。なんともあっけない最期だったが、その瞬間までイリスの顔を見ていられるのは、最期の幸せか。できれば、彼女の笑顔を最期の光景にしたかったが、さすがにそれは贅沢──
『い……イヤぁぁぁっ!? 由美! 由美ぃぃっ!』
イリスがわたしの首を抱えて絶叫する。耳元でそんな絶叫をあげられたら、少し、いや、けっこう耳が痛い。それに、この声にはさすがに伯父さんたちも気づいて……って。なんでわたしがその状況をこうもはっきりと認識できているのか。
首から下が無くなって呼吸ができず、確かに息苦しくはある。だが、今のところそれだけだ。意識が無くなるどころか、薄れすらしない。……だが、それなら、その理由を探す前にすることがある。まだ、終わらずに済む!
わたしは、通信魔法を広域発信する。
『イリス! わたしはまだ生きてるわ! 早く、この首を元どおりにくっつけて!』
言葉自体はイリスに向けたものだが、伯父さんとお母さんにも状況を知ってもらうため、あえて広域発信にした。
『えっ!? ……わ、分かった!』
イリスはわたしの頭部をしっかりと抱え、目の前に倒れているわたしの体、その首の切断面に、断面同士の向きを合わせて押し当てる。
わたしの体は俯せになっていたが、イリスの足にのしかかるように倒れていた。だから、イリスが膝を少し曲げるだけで、簡単にわたしの体を持ち上げて、断面の向きを合わせやすい体勢にすることができた。
加えて、わたしは首を刎ねられた直後、胴体側の首の切断面から噴き出す血がイリスにかからないようにとだけ考えて、胴体側の血管を塞いだ。結果的にそれが、体から血が失われすぎるのを防いだ。
そして、首を刎ねられたのにわたしの意識はなぜか薄れず、刎ねられた首を繋ぎ直すための《変成》を完全な形で発動することができた。
3つの偶然が重なり、わたしの命は、どうにか繋ぎ留めることができた。
●
首の接合が終わり、伯父さんたちも《敵》を一掃し終えた後。
『良かった……由美……!』
わたしは、お母さんに抱き締められた。伯父さんにも、《光剣》を使えるから、と、わたしとイリスとを組ませた判断ミスを謝られた。だが。
『ここは戦場でしょ? そういう話は、全て終わってからにしようよ』
わたしは言った。
『……そうだったな。よし、では行くぞ』
伯父さんは言う。お母さんも、わたしを抱き締めていた手を離して、走りだした。
『行こう、イリス』
『う、うん……』
わたしとイリスも駆けだす。
最初にわたしが四肢を潰した男の尋問を終えたゴルテンさんは、男の首を落としてから、わたしたちの最後尾についた。
通路を走りながら、わたしは思う。イリスには心的外傷を残してしまったかもしれない、と。自分の目の前で、前世の親友が首を刎ねられたのだ。しかも、その刎ねられた首が自分の体の上へ落ちてきて、目も合った。……それがわたしの、敵に背を向けるという未熟さの結果として。
わたしは思わず唇を噛み、
『……由美』
そこへイリスが小声で話しかけてくる。
『ん、何?』
『助けてくれて、ありがとね』
確かに、わたしは、《敵》の足払いで体勢を崩したイリスを助けはした。だが……いや。
素直にその礼を言ってくれるということは、目の前でわたしの首が刎ねられるところを見せてしまったことは、あまり気にするなということか。
イリスは続ける。
『でも、髪、切れちゃったね』
『ああ……』
わたしの後ろ髪は肩の少し下まであった。首を刎ねられたことで、その髪は中途半端に切れてしまっていた。首を繋ぎ直した時、飛び散ってしまった髪の切れ端まで全て探すのが面倒だったので、髪の再接合まではしなかったのだが。……まあ、いいか。また伸びてくるまで、ショートにでもしよう。
『そろそろ着くぞ。気を引き締めろ』
先頭を走っていた伯父さんが言った。
●
今まで走ってきた通路は、迷路かというほど道が分岐していた。敵は……この施設の主は、わたしたちを奇襲しようと思えばいつでもできただろうに、その気配は全く無かった。
その理由は、ここへきて判明した。
ちょっとしたコンサートホールくらいはありそうな部屋。その中央には有刺鉄線が張り巡らされた、格闘技のリングのような物があり、《観客席》には、空席が殆ど無いくらいに人が……おそらく、攫われた被害者たちが座らされている。そして。
会場中からの、《光弾》の集中砲火。わざわざここへ来るまでの通路で奇襲せずとも、ここで一気にわたしたちを叩くつもりだったのだろう。さっきの部屋にあった《乗っ取り権限》の砲撃じゃない分まだマシだが、おそらく、わたしでなければ凌ぎきれる攻撃ではない。
『下がって!』
わたしは皆の先頭に出て、《光剣》の応用、魔力を一定範囲に循環させる魔法を発動する。その魔法で、わたしたち全員を包む半球状に魔力を展開し、バリアというかシールドというか、ともかく、そういう半透明の結界を生成する。……前世である黒龍の魔力の影響か、展開したシールドは漆黒の輝きを放っているという、なんとも禍々しそうなモノになってしまったが。
だが、今までの……特に緑龍との戦いで、わたしの瞬間最大の魔力は大幅に鍛えられたのか。ほぼ全力で展開しているこのシールドは、200人は下らないと思われる魔導士たちからの《光弾》の集中砲火にもびくともしない。
『これは……!?』
伯父さんが短く驚きの声をあげる。そんな伯父さんに、わたしは1つの確認をする。
『伯父さん、彼らは、もう……?』
『……あ、ああ。おそらく、さっきの部屋に居た被害者たちと同じだろう。楽にさせてやってくれ』
『了解』
わたしは、あえて事務的に答えた。展開したシールドの表面から針状に魔力を放出し、《観客席》に縛られている被害者たちを順に撃ち抜いていく。
10秒もかからないうちに、《観客席》は完全に沈黙した。
『……貴様ら』
わたしがシールドを解いた直後。範囲発信の通信魔法による声が、わたしの、おそらく皆の頭にも、直接届く。短い言葉だが、強烈な怒りを含んだ声。
声は続ける。
『よくも我らの施設をこんなにしてくれた。だが、覚えておけ。我々の後ろには巨大な──』
『つべこべ言ってないで、さっさとここへ出てきなさいよ、臆病者』
わたしは送られてきた声の《雑音》を解析し、その発信元へこちらから通信魔法を送った。わたしからの通信魔法は限定発信で送ったが、向こうからこちらへの範囲発信が終わる前に割り込んで送信したせいか、わたしの声はループバックのように向こうからも聞こえてきた。
声の相手は黙り込み、伯父さんたちも固まる。
しばらくして。
《観客席》の一部にある、おそらく控え室のような場所へ通じているのだろう、その通路の奥から、豪奢な鎧をまとった男が姿を現した。怒りに歪んだ形相で。
『へえ。見た感じ、あんたがここの親玉、ってところかしら?』
わたしはわざと相手を小馬鹿にするような口調で言う。だが、そこはさすがに敵の大将……たぶん。見え見えの挑発に乗ってはこない。
『1度は首を刎ねられた女がよくも言う』
その言葉で、イリスの……いや、わたしを含めて全員の表情が一瞬歪む。
男は続ける。
『だが、ここはおとなしく負けを認めるとしよう。貴様らは本当によくやった。我らの関連施設のことごとくを、周到な準備の下に潰していったのだからな。この施設に入り込んだ貴様らの仲間も、今は撤退を始めているところだろう。……何の収穫も無く、な』
男は、言葉の最後で不敵な笑みを浮かべた。……被害者の救出に向かった彼らが、何の収穫も無く撤退。……くそ。
それに、少し前のこいつの言葉からは、こいつらの背後にはもっと巨大な組織があることが、そして、ここのような地下組織がまだほかにも数多く存在していることが窺い知れる。……まあ、当然と言えば当然だが。裏社会というものが、この組織1つだけのはずが無い。
わたしは《変成》で男の鎧を分解し、続いて《加速》で、無防備になった男の体を、部屋の中央、リングの有刺鉄線に叩きつけた。お母さんは当然わたしの魔法を知っているし、伯父さんにもイリスが説明してくれているだろう。……ゴルテンさんには後で説明しよう。
『……ククッ。こ、これで……満足、か?』
有刺鉄線に体の半分ほどまでめり込んだ男が、声を絞り出すように言う。
わたしたちの位置からでは殆ど聞き取れなかったその声が、男の最期の言葉となった。
●
20:30 野営地
作戦完了後の合流地点、それがここ、アールディアの町から少し離れた所に設営された、デイラムさんが取り仕切っている野営地だ。闘技場のボスと思われる男を殺した後、わたしたちは転移でここに戻ってきた。だから、デイラムさん以外、ここにはまだ誰も居ない。
この野営地へ転移する際、ついでに次元の狭間から施設内をくまなく探したが、今回の作戦に参加しているギルドのメンバー以外に人間の反応は無かった。だから、本当にあいつが闘技場のボスだったのかはともかく、この施設が壊滅したことだけは確かだ。わたしは、そのことをデイラムさんに伝えた。……わたしが首を刎ねられたことを除いて。
余計な心配はかけたくなかったし、首を切られても無事生還したことで変な異名を……例えば《不死身の龍殺し》なんて付けられたら堪ったものではない。
『おう、お疲れさん。後は俺たちでやっとくから、あんたとユマさんはもう帰るか? 明後日……いや、3日後にでも、また俺の店へ来てくれ』
デイラムさんはそう言ってくれる。
わたしはお母さんの方を向き、
「どうしよう……?」
聞くと、お母さんは少し考えてから、言った。
「せっかくだし、お言葉に甘えちゃいましょ」
わたしは再びデイラムさんの方を向いて、言う。
『分かったわ。じゃあ、3日後にまた』
『おう、それじゃあな』
デイラムさんに見送られ、わたしはお母さんを連れて、家へ転移した。




