35.5 前日というフラグ
7月7日(木)
今日は、登校前に伯父さんとイリスをレディクラムへ送っていった。皆は今日の午前中にはレディクラムを出発し、半日程度の余裕を持ってアールディア付近へ到着できるようにする、とのこと。わたしとお母さんは伯父さんを目印に転移する手筈になっている。
学校での過ごし方も、いつもどおりだった。アールディアの地下組織壊滅作戦の前日だから……漫画やゲーム風に言えば《決戦前日》だからといって、これといって変に力んでいるとかは無い。
昼休みには、これももう日常の風景となりつつある、唯がわたしの教室を訪ねてきた。唯は、わたしが3日前から彼女に教え始めた通信魔法の練習を昼休みが終わるまで続けて、自分の教室へ帰っていった。
そして、今日の終業の学活が終わった。
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15:55 2年6組の教室
帰り支度を終えて、京の席へ行く。
「あれ、由美。今日は行かないの?」
京には、そんなことを聞かれた。
「ええ、今日は」
今までほぼ毎日、わたしは放課後になったらすぐ教室を出て、人目の無い所からゼルク・メリスへ行っていた。だから京は、まだ教室に残っているわたしを見て不思議に思ったのだろう。……と、思っていた。が。
京はわたしの耳に口を近づけて、
「もしかして、まだイリスと仲直りできてないの?」
と、心配そうに、そしてほんの少し、わたしを責めるように聞いてきた。
「……ああ。ううん、それはもう大丈夫」
わたしは首を横に振る。
「そう? ならいいけど」
「ごめんね、心配かけて」
「気にしない気にしない。ま、理由は帰り道ででも聞かせてもらいましょーか。あ、言えないなら無理に言わなくていいからね」
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16:10 聖桜公園の前
明日、ゼルク・メリスで大事な作戦がある。今日はそのための準備に充てる日だから、わたしはわたしの準備をするために、向こうには行かず早めに帰宅する。京にはそんな感じで説明した。
そして、わたしと京との帰り道が分かれる、ここにやってきた。
「そういえば、あたしたちが向こうに飛ばされたのって、ここが最初だったんだよね。……って、あたしはあれからはもう行かなくなったんだけどさ」
唐突に京が足を止め、そんなことを言う。……そうだ。あの時、わたしはなぜ自力で行き来ができるのかが知りたくて、カインと共に行動することを決めた。
その結果が、今だ。自分が灰の者で、しかも黒龍の生まれ変わりだと知った。
灰の者には生殖能力が無いことを白龍シェルキスに知らされて絶望したのも束の間、管理者イアス・ラクアのおかげで子を産める体にしてもらえた。
あの時、もし、カインについていかなかったらと思うと……って、待て待て。なんだか本当に決戦前夜みたいな雰囲気になってきてないか?
今ここで「じゃあ、また明日」とか言って京と別れたら画面が暗転して、
これが親友との最後の別れになることを、この時のわたしはまだ知らなかった。
なんていうテロップが黒背景に挿入されるとか、やめてほしい。
……いや、センター試験前日に死んだ京の生まれ変わりであるイリスがそれらしいことを言っていなかったということは、少なくともわたしもその時までは生きているということだ。
……いや、それとも。イリスが今日までそれを言わなかったのは、わたしへの気遣いだったとしたら?
いやいや! 殆ど騙したようなものとはいえ黒龍と、緑龍にはガチでやり合って倒しているわたしが、今更人間相手に……
「……何してるの? 由美」
「──はっ!?」
掛けられた声に気づいて振り向けば、半眼をわたしに向ける京の顔がそこにある。
「小学校からの長い付き合いだけど、なんだか由美の新たな一面を発見した気分だよ。由美ってこんなにコロコロ表情変わる人だっけ?」
呆れ顔でそんなことを言ってくる京。……決戦前日に、親友と普段しないような会話をする。やばい、これもフラグにしか見えなくなってきた。
「……ねえ、京。死亡フラグって、どうやったら折れるのかな?」
「……………は?」
京の顔が、半眼な上に口の端まで曲がり始める。
京は続ける。
「なんか由美、昨日からおかしいよ? いくらあの日だからって……いや、ごめん。それだけ大事な作戦、ってことなんだよね」
……京にも気を遣わせてしまった。
そうだ。わたしが代償を受け入れてまでイアス・ラクアに願いを叶えてもらったのは、イリスを、京を、その両方を守りたいと思ったからだ。純の子を産みたいというのももちろん大事だが、それと京と、どちらかを選べと言われたら、そう言ってきたヤツを潰す。
わたしにそんな選択を迫る者が居たら、たとえそれが神であろうと……管理者であろうと、殺す。
迷う必要は無い、わたしはわたしの決めた道を進むだけだ。
「心配かけてごめんね、京。それじゃ、また明日」
「え? ……う、うん。じゃあ、また明日」
短い言葉を交わした後、わたしたちは、それぞれの帰途に就いた。




