34 異界の武器と女の子
7月5日(火) 16:00 ガディオンの部屋
ガディオンさんに会うために、わたしが一昨日にも訪れた軍のこの施設。これは、ビザイン共和国の首都であるこの町、ギアハウトのほぼ中心部に位置している。ここから大統領官邸までは熊車で20分ほどらしいから、今から出発すれば十分間に合いそうだ。
『おお、お待ちしておりました、由美殿。では、早速こちらへ』
ガディオンさんに先導されて、わたしは施設の正面玄関に用意されていた熊車に乗り込んだ。
わたしが乗った熊車こそ、車内ではわたしとガディオンさんの2人きりだったが、先導の兵士や脇を固める護衛などを含めると、ちょっとした行列と言えるくらいの規模があった。
国賓を招くともなれば、国の面子やら何やら、色々とあるのだろう。加えて、わたしが……《龍殺し》がそれに値する存在であると周囲に知らしめる意味もあるのかもしれない。
思っていたより、事態は大きく動いているようだ。
『……緊張なさらずとも、我らが大統領とは自然体でお会いいただければ結構ですよ』
わたしの様子を察してか、ガディオンさんがそう言ってくれる。そういえば、日程の話をしていた時も、面会時の態度や正装などについての話は一切されなかった。
ガディオンさんは、わたしが日本ではまだ学生だということを知っている唯一の軍関係者だ。だから、学生ではこういう正式な場の経験は無くて当然なのだから気楽に構えていろ、と気遣ってくれているのか、それとも……いや。
『ええ。ありがとうございます』
あまり疑いすぎるのは良くない、か。
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事件は、官邸に到着した熊車からわたしが降りる時に起こった。
移動中の車内でガディオンさんに教えられた話によると、本来、こういった要人を招く際は、暗殺や襲撃を警戒して裏口から建物に入るらしい。だが、今回はこの世界にとって未知の人間である《龍殺し》の顔見せの意味も含めて、正面玄関で盛大にわたしを迎え入れる手筈になっていた。
先に熊車を降りたガディオンさんに手を引かれ──形式的なエスコートだろう──わたしが熊車の扉から顔を出した、その時。
乾いた音が、官邸前に響き渡った。この世界で聞くはずの無い音、軍事もののゲームでは聞きなれた音、銃声。わたしは熊車の床を蹴り、ガディオンさんを押し倒すように飛び出した。
『由美殿!?』
2人でもつれるように地面を転がり、それぞれすぐに立ち上がる。
騒然となる官邸前。警護にあたっていた兵士の1人、おかしな風に兜が変形した彼が、ゆっくりと倒れていく。……ということは、その反対側!
わたしは自分に《加速》をかけ、上空から周辺を捜索する。怪しい挙動をしている人物は……居た。
ほぼ全員が熊車の方に注目しているか、あるいは無秩序に逃げ惑っている中、迷い無くまっすぐに走っている男。わたしは、その男の頭上に着地した。そのまま地面に組み伏せ、男の手から拳銃を奪い取る。
『く、くそっ……! この異界の武器なら簡単に仕留められると思ったのに!』
『残念でした。わたしもその《異界》の出身なのよ。知ってる武器なら、どうとでも対処はできるわ。まあ、それが《こっち》に持ち込まれてるとは思わなかったけどね』
と、言ってから思う。たとえ拳銃のことを知っていても、銃声が聞こえた時点ではどこから飛んでくるか分からない銃弾を、見てから回避するなど、普通の人にはまず無理だ。
この後、わたしは遅れてやってきた兵士たちに拳銃についておおまかに説明して、奪った拳銃と男の身柄を引き渡した。
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18:00 どこかの山中
大統領との面会、というか、会談は無事に成功した。とりあえず、わたしがビザイン共和国に対して敵意は無いことを示せたし、大統領も、可能な限りわたしを戦争に巻き込まないようにすることと、《龍殺し》を危険視している過激派への牽制を約束してくれた。それはいい。
『珍しいね、由美ちゃんのほうからここへ来るなんて』
フォスティアがわたしに声を掛けてくる。帰宅する前にわたしがここへ来たのは、会談前にあった事件のことで、フォスティアに聞きたいことがあったからだ。
『ええ。ちょっと──』
わたしは、そのことをフォスティアに話した。
おそらく、次元裂でゼルク・メリスへ飛ばされてきた地球人が持っていた物であろう拳銃。それがどんな経緯を経て、今ここにあるのか。ゼルク・メリスで、拳銃は武器として普及しているのか。
あの男が持っていた拳銃は、彼から取り上げた時に《変成》で解析済みだ。わたしは、フォスティアに管理者権限で材料を作ってもらって、それを《変成》で組み替えてあの拳銃を再現した。
『へえ……《爆裂》の魔法で鉄の弾を撃ち出す武器か』
フォスティアは言う。どうやら、彼女も拳銃は知らないようだ。
『ええ。ちょっと貸して』
《魔灯》でさえ吐き気がするほどの拒絶反応が出たわたしがこれを使うのは暴発が怖いので、実際に撃ってみせる前に、魔道具の本体ともいえる《魔石》を外す。まあ、実際に撃ってみせるといっても、拳銃なんてわたしもゲームでしか撃っているところを見たことはないのだが。
魔石に書き込まれている《式》を解析し、《爆裂》を再現する。そして。
管理者権限で作ってもらった、人体を再現した生肉の塊。……何の肉かは聞くまい。どうせ、試射が終わったらまた管理者権限で消すのだ。だが、これがもし本物の人体だったら、間違い無く即死レベルのダメージではあった。
『これは……なんとも驚異的な威力の武器だな』
シェルキスが冷静な、しかし驚きを秘めた声で呟く。
『うーん……だけど、あたしもこんな武器は初めて見るよ。ごめんね、力になれなくて』
『ううん、気にしないで。わたしも、もしかしてフォスティアなら、お父さんが地球人だから知ってるかな、って思っただけだから』
と、言ってはみたものの、正直なところ、あまり期待はできないかな、とも思っていた。お母さんに教えられたゼルク・メリス共通語、その中に《バイク》もそうだが、《拳銃》も無かったからだ。
あの頃、わたしが小学校に上がる前は、まだお母さんがこっちの出身だとは知らなかった。だから、お母さんも《故郷の言葉》以上に詳しくは言えなかったのだろう。こっちに無い言葉をわたしが聞いた時は、「もう日本に来てだいぶ経つから、忘れちゃったわ」と、はぐらかされていた。
『じゃあ、今日はもう帰るわ。またね』
わたしは拳銃をフォスティアに預けて、転移で帰宅した。
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7月6日(水) 昼休み 聖桜高校2年6組の教室
京、恭子と一緒に、ちょうど弁当を食べ終えた頃。
「ねえ、竜之宮さん」
わたしは、同じクラスの女子に話しかけられた。彼女とは仲が悪い訳ではないが、共通の話題も無いので特に話すことも無い、要はごく普通の同級生だ。
「ん、何? 山崎」
何の用かと聞き返すと、彼女、山崎美里は両手で小さい四角形を作り、小声で聞いてきた。
「これ、持ってる? あたし今日、予備を持ってくるの忘れちゃって。友達も今日は学校休んでてさ」
なるほど。積極的に関わりはしないとはいえ、山崎もわたしとの仲は悪くはないから、ほかのグループの女子にはそもそも声を掛けづらい、ということか。……でも。
「ああ。持ってるけど、こっちよ。入れるほう」
と、わたしはそれを見せながら言う。お母さんに格闘を習っている都合上、激しく体を動かすことも当然あるので、使うのは専らこっちだ。
「あー、そっか。……じゃあ吉田さんか北見さんは?」
山崎に話を振られた2人も、揃って首を横に振る。京は、イベントの時などで長時間座りっぱなしのことがあるから。恭子は、筋トレが趣味だから推して知るべし。
「あぅ……」
山崎は机に両手をついてうなだれる。……と、そんなやり取りをしていたら、
「由っ美せっんぱーい!」
と、弾むような唯の声が聞こえてきた。よし、唯にも聞いてみよう。
わたしは唯を教室へ招き入れ、そのことを聞いてみた。が。
「ごめんなさい、山崎先輩。わたし、昨日終わったばかりだから持ってきてないんです」
……山崎の頭上に黒い縦線が見えるようだ。
さて、どうするか。
選択肢その1、山崎にも今あるやつを使ってもらう。
選択肢その2、わたしに転移能力があることを山崎にも明かし、一緒にどこかの薬局かコンビニへ買いにいく。ついでに魔法もいくつか教える。だが、この方法だと《平日の真っ昼間に高校生が店に来ている》ことを店員に怪しまれてしまう。
選択肢その3、諦めてもらう。……これは却下か。
やっぱり、無難なところで選択肢1だろう。
「ごめん、山崎。今日のところはこれを使ってくれないかな」
「うう、やっぱりそうなるよね。あ、文句言ってるみたいでごめんね」
こうして、わたしはこれの使い方を教えるために、山崎と一緒に女子便所に行った。……個室から出る時に、また別の女子に見られてしまったが。
くそぅ、なんでこうも便所運が無いんだ、わたしは。
……ふと思う。
女に生まれた以上仕方ないとはいえ、こんなもの、今までは鬱陶しいとか面倒くさいとか、その程度にしか思っていなかった。だが、今日、先月より1日早くその日を迎えて、なぜか少し嬉しくなっている自分に気づく。
女神に子を産める体にしてもらって、これで純の子を産めることが確実になったからなのか。しかし、それをいうなら、そもそもシェルキスに灰の者についての話を聞かなければ、気づかないままずっと《面倒くさい》以外の感情を持つことは無かったはずで。
「……? どうしたの、竜之宮さん」
「あ、ううん。なんでもない」
女子たちの変な視線を感じながら、わたしと山崎は教室へ戻った。




