33 龍殺しとしての生き方
7月4日(月) 17:50 アルフィネート家
伯母さんとの話を終え、そろそろ帰ろうかと思った頃。
『ああ、そうだ、由美ちゃん』
伯母さんは思い出したようにそう切り出した。
『ん、何?』
『ディオス洞窟に行くんだったら、イリスに話を聞くといいわ』
伯母さんは言った。あの洞窟の下層は、今年の1月5日、冒険者の遂行能力試験の時にイリスが見つけたのだと。そして、この町のギルドには伯母さんから話をしておいてくれる、とも。
『分かったわ。ありがとう』
わたしは、とりあえず次元の狭間へ飛び込んだ。
イリスの気配を探す。イリスたちは今日は野営のようで、熊車の御者らしき人物2人と共に、街道から少し離れた所でテントを張っていた。テントはイリスたちの物と御者の物の2つ。野営場所からグラストンまでの距離を考えると、イリスたちは明日の昼過ぎにはグラストンに着くだろう。ディオス洞窟の件はその時に聞いてもいいが……
「……やっぱり、今のうちに聞いとこう」
行動に移すならできるだけ早いほうがいい。わたしはまず、お母さんに今日の晩ご飯はゼルク・メリスで食べてくることを伝えた。その後、デイラムさんの店で弁当を1つ買って、イリスと伯父さんの所に転移した。
●
イリスたちのテントへ転移したら、2人には真っ先に体の心配をされた。……伯母さん、アイゾムさんには《おとなしくしてれば夫には話さないでおく》みたいなことを言ってたのに、ちゃっかり伝えてあったのか。
『レフィアにも言われたと思うが、あの騒ぎはおまえのせいではない。あまり気に病むなよ』
伯父さんはそう言ってくれた。
『うん。……ありがとう』
『それで、由美があたしたちに会いにきたのはなんで?』
出発前に用意しておいたのだろう、自分の弁当をつつきながら、イリスが聞いてくる。
わたしは、ディオス洞窟の依頼について話した。
『ああ、あの件ね』
『そうだな。俺とレフィアで組んでも、何体居るか分からん岩蚯蚓を相手にするのは厳しいだろうし』
伯父さんの言葉で、岩蚯蚓がどれくらい強いのか、なんとなく分かってきた。若かりし頃の伯父さんと伯母さんとで、死にかけの緑龍をどうにか退治できる。岩蚯蚓はそれよりは弱いが、並の冒険者では手も足も出ない、といったところだろう。
『イリスは、岩蚯蚓と戦ったことは?』
『あるよー。お母さん特製の《光剣》でどうにか勝てたってところだけどね』
なんだか気になる単語が出てきた。
『ん、《光剣》?』
『そ、これこれ』
イリスは道具袋から《それ》を取り出し、見せてくれた。
それは、アイゾムさんが使っていた《光の剣》の握り部分によく似ていた。だが、微妙に意匠が違う。……なるほど。イリスのそれが伯母さん特製ということは、アイゾムさんが使っていたのは市販の汎用品、といったところか。
『これ、魔道具?』
『そうだよ。使ってみる?』
そう言うイリスに《光剣》を差し出されたが、
『いや、やめとく。どうも、わたしは魔道具との相性が最悪みたいだからね』
わたしは、わたしの遂行能力試験の時に《魔灯》を使った経験を話した。
『へえ、由美も冒険者登録……え!?』
『な、何……?』
イリスは意外な反応を返してくる。そして、そんなイリスに、わたしが答える前に伯父さんが答えた。
『別に構わないのではないか? こちらの世界では、複数の国に同時に国民登録しても何の問題も無いのだ。彼女の世界にも同様の制度があったとして、仮に多重登録が禁じられていたとしても、こちらでの冒険者登録や国民登録は、向こうでの《多重登録》には当たらないだろう』
『そ、そりゃそうだけど……じゃあ、由美はもう国民登録も?』
イリスの問いに、わたしは答えるのを少し躊躇った。けど、ここで隠していても何の意味も無い。素直に答えることにしよう。
『ええ、ビザイン共和国にね。レディクラムに家も持ったわ』
ついでに、黒龍とのことも含めて、今のわたしに分かっていることを全て話しておく。冒険者たちの噂話やギルドを通しての通信魔法などで既に知られているかもしれないが、わたしは黒龍を倒したことで《龍殺し》と呼ばれるようになったこと。その黒龍の生まれ変わりがわたしであること。
そして、シェルキスやフォスティア、管理者イアス・ラクアについても。
『はいはーい。ただいまご紹介にあずかりました、フォスティア・メーデンハイトでーす!』
「うぉあ!?」
相変わらず心臓に悪い登場の仕方をする人だ。イリスは《光剣》、伯父さんも腰の剣に手を掛ける。わたしは慌てて彼らの間に割り込んで、言った。
『待って待って、この人は敵じゃないから』
2人を落ち着かせるのに少し苦労はしたが、改めて考えると、このタイミングでフォスティアが出てきてくれたのは、むしろ良かった。
さっきの説明の中で天使や管理者の話題になった時、2人には疑念の雰囲気が漂い始めていた。この話を信じてもらうためにも、その天使本人に説明してもらえるのは、正直、ありがたい。
●
夕食を食べ終えた後、わたしたちはテントの外へ出た。寝ずの番か、それとも定期的に交代するのか、御者の1人がテントの外に出て焚火のそばに座っている。その彼と、わたしの目が合う。
『うお!? 誰だあんたら!?』
『ああ……えっと、女神の関係者です』
咄嗟にうまい返し方が思いつかず、なんとも変な答え方をしてしまった。
『……はぁ?』
案の定、「こいつ頭大丈夫か?」な顔をする彼。しかし。
『由美ちゃん、うまい!』
なぜか、フォスティアは妙に高いテンションで親指を立ててくれた。
そんな訳で、もう1人の御者も呼び出して、フォスティアが天使であることを分かってもらうために、管理者権限を披露することになった。
フォスティアが見せたのは、物質の生成。《根底の流れ》の補助を受ける魔法で仮想的に生み出した炎や氷、あるいは純粋な魔力の塊は、魔法を解いたら消えてしまう。わたしの《変成》でも、あれは既存の物質を組み替えるだけなので、何も無いところから何かを出すことはできない。
『まさか……《雑音》が全く無い!?』
イリスが驚愕の顔つきで固まる。
管理者権限は魔法ではないから、当然、《雑音》も発生しない。生み出された物質も消えない。質量保存やエネルギー保存の法則なんかを全く無視して、物質の生成や消滅を行える、のだと思う。
『んっふふー、あたしが天使だってこと、信じてくれた?』
いつもの軽い口調で言うフォスティアに、
『……これだけのものを見せられては、信じぬ訳にはいくまい』
伯父さんは驚きを隠しきれない様子で、一言ずつゆっくりと答えた。
と、ここでフォスティアは急に御者の方を向く。
『あ、そだ。そこのおじさんたち。なんなら寝ずの番を代わってあげよっか?』
『え!?』
『いや、その……』
いきなり話を振られて、どう答えるべきか戸惑っているのか。
『それとも、ぽっと出のあたしのことなんか信じられない、って言うんなら、無理にとは言わないけどさ』
フォスティアの言葉に嫌らしさは無い。たぶん、表現が直球すぎるのだろう。御者の2人は互いに話し合って、しばらく考えていたようだが。
『そ、そういうことなら、お願いします、天使様』
『はいよー、任されましたー』
●
焚火の番をフォスティアに任せ、わたしたちは再びテントの中に戻ってきた。そして、まずは伯父さんが口を開く。
『なあ、由美。あのフォスティアという天使……様、とお呼びすべきか、ともかく、どのようなお方なのだ?』
なぜだろう。《天使様》という呼び方に物凄く違和感がある。シェルキスに対してなら……うん、違和感どころか、むしろぴったりかもしれない。
『どんな、って言われても……わたしも彼女とは最近知り合ったばかりだからよくは知らないけど。……見た感じは軽そうなノリだけど、信頼はできると思うわよ』
初めて出会った時からわたしに色々と教えてくれたし、ベアゼスディートでは一緒に戦ってもくれた。何より、レディクラムで手に入れた《わたしの家》の件では身の上話もしてくれた。
たぶん、彼女は基本的に面倒見がいいのだろう。ただ、それを素直に外に出すのは恥ずかしいのか、やたら軽いノリで誤魔化すというか、照れ隠しというか。
『お婆ちゃんは色々と若者の世話を焼きたがるもんなのよー』
フォスティアの声が頭の中に届く。……が、声と同時に感じる《雑音》からは、この通信魔法は限定発信でも、広域発信でもなさそうなことが分かる。これは……?
『ああ、由美は知らないかな。これは範囲発信といってね、特定の個人じゃなくて範囲を指定して発信するやり方だよ』
わたしの様子に気づいたらしいイリスが説明してくれる。……範囲発信、か。便利そうだし、後で再現しておこう。
『それより、その《若者》には俺も入っているのですか?』
伯父さんが同じく通信魔法でフォスティアに問う。
『あー、敬語なんて使わないでおくれ。あたしゃ堅苦しいのは苦手だからさ。んで、《若者》ねー。137歳のお婆ちゃんから見れば、《人》として生きてる者は、みーんな若者だと思うんだよ、うん』
『はは、確かに』
伯父さんは納得したようだった。……というか、最初にフォスティアがここへ現れた時もそうだったけど、フォスティアがわたしたちの会話を知っていたことには誰も突っ込まないのか。わたしはまだ、管理者権限の《中継》のことは話していないのに。と、思っていたら、
『……あれ? そういえばフォスティアさん、なんであたしたちの会話が聞こえてるの? さっきも、まるで狙ったようなタイミングであたしたちの前に現れたし』
イリスが今それに気づいたようだった。
『気づくの遅っ!』
フォスティアも突っ込む。そして、《中継》について説明した。
『あー、そういうことだったんだ』
『そういうこと。そんじゃ、何かあったら呼んでねー』
その言葉で、フォスティアからの通信魔法は切れた。
と、ここでイリスが思い出したようにわたしの方を向く。
『あ、そういやディオス洞窟の件はどうする? あたしが岩蚯蚓と出くわした所までの案内ならできるけど──』
イリスは言う。明日にはグラストンに着くだろうが、カインたちと合流した後は、一旦イリスと京とを会わせることになっている。その後は、レディクラムへ行ってアールディアの地下組織壊滅作戦が始まる。だから、いつ行こうか、と。
『アールディアの件が終わってからでいいんじゃないかな。もともと、ザールハインのギルドはレディクラムからわたしを……《龍殺し》を呼ぶつもりだったみたいだし、少なくとも1月以上は余裕を見てあると思う。あ、それと──』
明日は、イリスたちがグラストンに着いても、とりあえずレディクラムへ連れていくだけしかできない。その理由、大統領との面会があることも含めて、わたしはイリスと伯父さんに説明した。
この話に、2人は急に険しい顔になる。まず、口を開いたのは伯父さんだ。
『由美。今、ビザインとレギウスの関係が危うくなっているのは、もう知っているな?』
『……ええ』
『その今、ビザインの大統領と会うということは、おまえは《龍殺し》として、ビザインに協力するつもりなのか?』
伯父さんの口調は、険しいが、わたしを責めるようには聞こえない。純粋に、わたしの意見を聞いてくれているのだろう。
『形の上ではね。でも、もしビザインが伯父さんやイリスと……レギウスに《切り札》として利用されそうな人たちと戦え、あるいは先手を打って始末しろとか言ってきたら、わたしはビザインから手を引くわ。レギウスの味方もしない。……伯父さんたちの……イリスの味方をするつもりよ』
『そうか。……では、国がおまえを《兵器》として扱ったら。例えば、本来なら1つの部隊を充てる局地戦を、おまえ1人で沈めろと言われたら、どうする?』
一瞬、伯父さんの言葉が胸に刺さるように感じる。……向かってくる敵兵を殺すことができるのか、を聞かれているのだろう。
『国のほうから裏切らない限り協力する、ってもう言っちゃったからね。手は抜かないわ。……わたしが生きることを邪魔する者は、排除する』
『……そうか』
伯父さんは短くそれだけを答えた。
わたしがあそこまで言いきることができたのは、《龍殺し》として……いや、単に前世の黒龍の力をほぼそのまま持っていることを、《自分の力》として自覚し始めたからだろう。社会的地位は、ゼルク・メリスでも地球でもまだ無いが、それはこれから築いていくものだ。
どっちの世界で生きるにしろ、黒龍の力という物理的地位は、使いどころが難しくはあるだろうが、最大限に利用しよう。




