27 向かうところ危機だらけ
7月3日(日) 09:30 レディクラムの町
朝食を食べ終えた後、わたしは、レディクラムの町で手に入れた《わたしの家》にやってきた。
この家は、黒龍を倒した功績……というより、あの時の役人からはどちらかというと、何か報奨を与えて満足させておかないと、不満の矛先を国に向けられても困る、といった雰囲気を感じたが……ともかく、誰も住まなくなっていた空き家を無償で譲ってもらったものだ。
《龍の昼寝場所》にイヴィズアークが居座っていたことで、あそこを街道として利用する冒険者や旅行者の足止めになっていた面は多少なりともあったようだから、わたしの《龍殺し》は、それを解消した功績と言えなくもない、といったところか。
土地と家の権利書はもう受け取っているので、後はこの空き家を住めるように修復し、生え放題の雑草などの処理をするだけだ。……なのだが。
「うわー……ほんとに《廃墟》って感じね、これ……」
わたしは思わず呟いた。
『ようこそ、あたしの元実家へ』
「うぉあ!?」
振り向いたらフォスティアが居た。……え? っていうか、実家?
●
わたしの《変成》、あるいはフォスティアの管理者権限を使えば、この空き家は簡単に修復できるはずだった。だが、さすがにこんな状態の土地と家が一瞬にしてきれいになったら、周りの人々に怪しまれてしまう。……まあ、《龍殺しの英雄の不思議な力》ということで強引に説得できそうな気もするが、できればこれ以上変な目立ち方はしたくない。
という訳で、デイラムさんに相談したら、ギルドの冒険者たちで土地の手入れから建物の解体、再建築までを引き受けてくれることになった。代わりに依頼を1つ請けてほしいと──成功報酬を空き家の修繕費用に充てるため、当然わたしに入る分は無い──頼まれたが、それくらいで空き家の手入れをしてくれるのなら、安いものだ。
デイラムさんが指揮を執り、着々と進められていく作業の様子をフォスティアと2人で眺めながら、わたしは、彼女の話を聞いていた。
『あたしの実家は、かつて旧レディクラムにあったメーデンハイト家……地球からこっちに飛ばされてきた父が、母の家に婿入りした、って聞いてる』
その後、父親はこっちの共通語に不慣れながらも、どうにか働き口を見つけることができたらしい。だが、フォスティアが8歳の時に母親が病死。それがきっかけとなって、父親も仕事がうまくいかなくなり──
『──あたしが10歳の時だったよ。父は、町の外へあたしを連れ出して、親子心中を図った』
しかし、その心中はフォスティアの抵抗により失敗。父親だけが死に、町の外で1人放り出されたフォスティアは、白龍シェルキスに保護されることとなった。
その後、色々あってフォスティアは白龍シェルキスと共に天使化。母親の実家であるメーデンハイト家は旧レディクラムが崩壊してからも当代が亡くなるまでは今のレディクラムで存続していたが、その後は家を継ぐ者がおらず、名が消えた。
『という訳で、この空き家は今は無きメーデンハイト家のものだったのです』
フォスティアは妙に明るい声でそう締めた。
……家が消える。なんだか、他人事には思えなかった。わたしも純も1人っ子だ。結婚すれば、どちらかの名を継ぐことになる。病院として《竜之宮整形外科》の名前が消えることは無いだろうが、家としての竜之宮家か岡家、どちらかは消えるのだろう。別にわたしは家制度にこだわっている訳ではないが、《生家》が消えるというのは──
『って、あれ? 由美ちゃーん、どしたのー?』
『──っ!? な、なに……?』
『何って、なんか妙に神妙な顔であたしの話を聞いててくれたみたいだけどさ。……何かあった?』
『あ……う、ううん、別に』
『そう? なら、いいけどさ。……でも、そっかー。この家を由美ちゃんが買ってくれたのかー』
『いや、買ったっていうか……』
わたしは事の成り行きを説明した。すると、フォスティアは妙に高いテンションで返してきた。
『おぉう。じゃあさじゃあさ、あたしも一緒にここ住んでいい?』
『え? ……まあ、わたしは普段は地球に居るから、その間はどうしてもここの管理とかできなくなるし。誰か信頼できる人が住んでてくれれば、嬉しいっちゃ嬉しいけど……いいの?』
今は亡き母の実家。それを、所有者が変わったとはいえ、また同じ家に住む。そのことに、何か思うところは無いのだろうか。わたしはそんなことを心配していたが……
『いいのいいの。どうせ昔の面影なんて全然無くなるくらいに建て直すんでしょ? だったら、あたしもここは《かつてのメーデンハイト家》じゃなくて《由美ちゃんの家》のつもりで住むからさ』
本当に気にしていないのか、それともそういう風に振る舞っているだけなのか。……どちらにしろ、その本人が構わないと言っているのなら、わたしが気にすることではない、か。
『分かったわ。じゃあ、わたしが居ない間の管理もお願いね』
『任されましたー』
●
一旦フォスティアと別れ、作業の指揮にも一段落ついたらしいデイラムさんと共に、わたしは店に戻った。まあ、実際にはまだまだ指揮を執らなければならない作業はあるらしいのだが、店主であるデイラムさんが長時間店を空ける訳にもいかない。
『で、あんたに請けてもらいたい依頼ってのはだな──』
デイラムさんはわたしに1枚の紙を見せた。
グラストン砦付近で緑龍の目撃報告あり。状況を確認し、もし報告が事実だった場合は、速やかに軍への連絡を求む。《依頼者:ビザイン共和国軍》
『これ……!?』
自分の目を疑った。いや、黒龍と白龍を既に見たことがあるのだから、緑龍が居ること自体に驚愕した訳ではない。
『ああ。ちょうど、カインとオージンが迎えに行ってる《伝説の傭兵》、クラウスさんとの合流地点になってる、あの関所だ』
デイラムさんは苦々しげに言った。
ゼルク・メリスでは、人や物の最速の移動手段は熊車であり、都市間の移動に──日本なら新幹線で2時間で行けるところを──数日とか要するのが普通だ。だが、情報のみの移動に限っては、通信魔法があるおかげで地球のインターネット並に速い。
しかし、その通信を行うのは人間、通信担当の魔導士な訳で。しかも、魔導士の力量の限界から、どうしても何人もの魔導士を中継せざるを得ず、情報は伝達速度が速いだけで、信頼性は伝言ゲーム並らしい。……お母さんと伯父さんみたいに、都市間どころか山脈1つ越える距離でも平気で通信するような変態超人たちと比べてはいけないんだろう、きっと。
そんな訳で、ここレディクラムから熊車で数日かかるらしい首都から、緑龍との戦闘も想定した大規模な調査隊を派遣するより、まずは現地の冒険者ギルドに依頼を出して確認してもらうほうが効率が良い、ということなのだろう。
『グラストンに1番近いギルドは、実はここだ。盆地の手前のベアティスにも、そして反対側のドーディスにもギルドは無い。……頼む。黒龍を倒したあんたなら、もし緑龍と出くわしても……何の準備も無しに倒せるとはさすがに思っちゃいないが、うまく逃げることくらいできるだろう?』
デイラムさんはそう言って頭を下げた。……いや、あの。これ、わたしに1人でその調査に行ってこい、と? 空き家の修復の対価としてこれじゃあ全然安くないよ!?
……まあ、わたしが行くのが最も確実で、安全ではあるのだろう。カインも、《伝説の傭兵》と《天才魔導士》とが組んで、寿命で死にかけの緑龍をどうにか倒したぐらいだと言っていた。それも、おそらく全盛期の、という前置きが付いて。
単純な肉体能力なら、わたしは今の伯父さんにすら遠く及ばないだろうが、魔力だけなら黒龍並みだ。総合的な戦力としては……周辺環境の破壊を考慮しなくてもいいのなら、おそらくわたしのほうが上。
わたしは、短い溜息と共に言った。
『……分かった。じゃあ、とりあえず行くだけ行ってみるわ』
『すまん。報酬は出せないが、せめて酒くらいなら奢ってやるから』
『じゃあ、銘酒レディクラムでお願い。……あ、そうだ──』
わたしは出発の前にまず、連絡のための通信魔法について、デイラムさんにわたしの事情を話した。見様見真似で再現はできたが、実際にはまだ使っていない、と。
そして、再現した魔法で間違いが無いことを確認してもらった後、わたしは、転移のために次元の狭間へ飛び込んだ。
●
10:45 グラストン砦
転移でベアティス付近へ移動し、そこからは《加速》と《風結界》で目的地まで飛行。熊車で丸1日かかる距離を40分ほどで移動し、グラストン砦に到着。
砦の見張りの兵士に事情を話したら固まるほど驚いていたが、とりあえず緑龍の情報を教えてもらうことはできた。その情報にあった、とある冒険者が緑龍を目撃したという辺りを上空から調べ始めて程無く。
「……居た」
緑龍は割とすぐに見つかった。グラストン砦から直線距離で3kmほどの、まず人間は立ち入らないだろうという山の中腹、その深い森が少し開けている所に居た。
そして、わたしが緑龍を見つけるのとほぼ同時に、緑龍もこちらに気づいたようだった。
だが、緑龍はわたしに気づきはしたようだが、それで自分からもこちらへ接近してくるような素振りは見せていない。
旧レディクラム遺跡で魔物たちを倒していた時にわたしもなんとなく気づいてはいたのだが、どうも、魔物たちは相手の魔力というか気配というか、《存在そのものの大きさ》を本能的に察知しているようだ。だからこそ、わたしの……体は人間だが魂は黒龍のそれを持つ者の姿を見ただけで逃げ出す魔物が居た訳だろうし。
カインは、龍の中でも赤龍と緑龍は最も知能が低いと言っていた。だが、それは龍の中では低いというだけであって、おそらく人間よりは高い知能を持っているはずだ。それだけの高い知能を持っているのなら……
今回の依頼内容は飽くまでも緑龍の調査。緑龍が居ることさえ確認できれば、後はそれを報告して、軍に任せてしまっても問題は無いだろう。というか、任せてしまいたい。
野生の……龍を野生の獣扱いしても良いのかはともかく、野生の生き物に背を向けるのは危険な気もするが、高い知能を持つ龍なら、ここでわたしが逃げ出せば無意味に追ってきたりはしないはず、と思いたい。
という訳で、わたしはまず、空中で緑龍の方を向いたまま少しずつ後進する。転移でさっさとグラストン砦に帰りたいところだが、そうすると、目の前でいきなりわたしが消えるという事態を目にした緑龍がどんな行動に出るか分からない。グラストン砦からそれほど離れていないこの場所では、できるだけ不確定要素は排除したい。
ある程度距離を取って緑龍に背を向けた時。背後で、巨大な質量が一気に跳躍する衝撃があった。振り向いている余裕は無い。
わたしは《加速》を制御し、空中でほぼ真横へ移動する。その直後、さっきまでわたしが居た空間を緑龍の巨大な口が飲み込んだ。……この状況をどうしろと?
とにかく、《加速》を使い続けなければならない空中戦は不利だ。わたしは《加速》を解き、その落下中、眼下に広がる深い森の広範囲へブレスを拡散照射した。
直径1kmほどに亘って見通しの良くなった元森林に着地。そのわたしから数十mほど離れた所に緑龍も降り立った。
カインから、緑龍は臆病な性格だと聞いていた。だが、《臆病》と一言で言っても、中には極力争いを避けたがる者も居るだろうし、逆にぎりぎり勝てそうな相手であれば、先手を打って打倒することで脅威を遠ざけようという考え方もあるだろう。……わたしの前にいるこの個体は、どうやら後者のようだ。
黒龍より弱いとはいえ、龍は龍だ。いきなり《変成》で体を破壊しようとしても、事前の《雑音》を察知されて妨害されるだろう。加えて、今はイヴィズアークの首を落とした時のように、龍の太い首に届くほどの《長い武器》も持っていない。作る余裕も無い。
緑龍が先に動いた。ブレス、ではなく、《光弾》を連射してくる。短距離転移で場所を変えても状況は変わらないだろうから、わたしも同じ方法でやり返す。《光弾》を5つ、いや、1つ減らしてその分の魔力を攻撃力に回し、連射。
緑の閃光と黒の閃光がぶつかり合い、爆音と衝撃が辺りに轟く。
……いける! 以前、わたしはシェルキスに《瞬間最大の魔力は今のわたしの体しだい》と言われ、肉体的にははるかに龍に劣る人間の身では、今のような龍との撃ち合いは不利だと思っていた。実際、今もほぼ全力で《光弾》を連射しているが、余裕はまだ緑龍のほうがありそうだ。
だが、それでもどうにか正面からの撃ち合いに耐えられるのなら、イヴィズアークと戦った時のように搦手に頼らずとも、まともな勝機が見えてくる。
緑龍からの《光弾》の雨が止む。そして、一気に空高く飛翔する緑龍。……このまま真下に向けてブレスを撃ってくるつもりか。ならば、わたしも全力のブレスで応じてやろう。もし撃ち負けても……ぎりぎりでの転移が間に合えば、最悪でも死は免れる。この勝負、乗ってみるのも面白い。
緑と黒、触れた物全てを消し炭と化す2つの光が、真っ正面からぶつかり合った。
次回の更新予定は3/9(木)~10(金)頃です。




