25 それぞれの生き方
7月1日(金) 16:00 砦
昨日、わたしは主力部隊が砦を完全に制圧したところを見届けてから家に帰った。そして今日、フォスティアと共に改めてその砦を訪れた。
入り口の見張りに話をすると、そのまま臨時の司令室へ通された。その司令室で、昨日と同じくアーゲン少佐が出迎えてくれる。
「昨日は助かったよ。おかげで作戦を2日早めることができた」
純粋に謝意を示してくれる少佐のそばには、昨日、わたしたちが初めてこの世界に来た時に出会った魔導士の男が立っていた。
「フォスティア君、だったか。彼女の《中継》という能力で戦場の様子を見せてもらっていたのだが、由美君はどうも、死霊術に何か思うところがあったようだからね。彼……死霊術師のディゾア君も呼んでおいたのだよ」
わたしの視線に気づいたのか、わたしが問うより先んじて少佐が言う。
「ご紹介にあずかりました、死霊術師のディゾア・バークスです。以後、お見知りおきを」
昨日の様子とはまるで異なり、どこか冷たい声で名乗るディゾア。……いや、むしろ、おそらくこちらがもともとの彼の話し方なのだろう。
わたしたちは互いに自己紹介を済ませ、その後は質疑応答の時間となった。とはいえ、わたしは、こっちの国際情勢には全く興味は無い。《魂の淀み》から分離した魂、そのうちの1つを適当に選んで、その行き先に転移したらたまたまこの星だった、ということだけを彼らに話した。
最初は、そのことさえ彼らには話さないでおくつもりだった。ただ死霊術についてだけ知りたい、と。だが、フォスティアに《魂の淀み》のことも話そうと言われ、結局、話すことにした。
「凄いですな……死霊術師でもないのに、魂の流れがお分かりになるとは」
なんだか少佐が甚く感心している。そして、ディゾアも。
「しかし、《魂の淀み》ですか。道理で、直近に死者が居ない時でも、なんら問題無く死兵を造れた訳です。……ああ、死兵というのは──」
死体に魂を強制的に宿らせて、死霊術師の言いなりに動くようにした手駒。ディゾアはそう言った。……要は、自由に操れるゾンビみたいなもの、か。
《根底の流れ》を利用してとはいえ、《魂の淀み》から直接魂を切り取る方法があったのには驚いた。だが、それを言うなら、新たな命が誕生する際には──転生などによる魂の割り込みが無ければ──その両親は我が子の《器》に入れる魂を、そうと理解してはいなくとも《魂の源泉》から汲み上げているはずで。
それを考えると、死霊術も特段驚くようなことではないのかもしれない。
わたしは、次の質問を口にする。
「なるほど。……では、最後に、この星の名前を教えてもらえますか?」
わたしが発した《最後》の言葉、その一言に、ディゾアの顔が一瞬動いた、ように見えた。……一応、警戒はしておくか。
「おお、そういえば、あなた方はゼンディエールという星を探しておいでだったとか。しかし、残念でしたな。この星の名はベアゼスディート。お探しの星とは違います」
少佐の表情や口調には、純粋にわたしたちを気遣ってくれている雰囲気がある。……ということは、おそらく彼はシロ。
わたしは、最後の一言を口にする前に、フォスティアに目だけで合図を送る。そして、
「そうですか、ありがとうございました。では、わたしたちはこれで──」
わたしが席を立ちかけたところで、ディゾアが動いた。彼と、わたしたちを囲むように立っていた、おそらく司令室付きの兵士4人とで、それぞれ5角形の頂点になるように宝玉を掲げる。
『***!?』
少佐が何かを叫ぶ。翻訳魔法が切れたせいで何を言っているのかは分からないが、その表情から読み取れるのは、驚愕。
『こりゃ、《根底の流れ》との接続を断たれたっぽいねー。《内側》の魔法が管理者権限を上回ってるとは思えないけど……ゼルク・メリスの魔法も使えなくなってるとは……!』
フォスティアがどことなく焦りの見える口調で言う。ゼルク・メリスの魔法も、というのは、おそらく、《根底の流れ》を模倣する能力が効いていないことを言っているのだろう。……推測だが、あれは飽くまでも《根底の流れ》を読み替えるだけであって、干渉自体が阻害されていれば、魔法は使えなくなるのだと思う。
ディゾアが兵士たちに何かを命令している。少佐は、そばに居た別の兵士に剣を突きつけられ、動けないようだ。
彼らにも複雑な内情があるのだろうが、わたしはそんなものに興味は無い。
ここから逃げるだけなら。次元の狭間への転移は魔法ではなく単なる《移動》、つまり、歩いたり走ったりするのと同じことなので、今この場にかけられている魔法封じの影響を受けること無く転移できるだろう。
だが、それだとこいつらに文字どおり《逃げた》と思われてしまうだろうし、何よりわたしが、恩を仇で返すような真似をされてなお逃げ出すのは、癪だ。
こいつらには、わたしを罠にはめたツケを払わせてやる。
《根底の流れ》に干渉できないのなら、今までそれに丸投げしていた処理を全部自分で実行すればいい。殆ど無視できていた魔力消費や意識の集中なんかが《変成》並にまで増大してしまうが、こいつらの言葉が分からないよりはいい。
まあ、そんなことをせずとも短距離転移でこの5角形の範囲から出ればいいだけなのだろうが、わたしの力を見せつけるためにも、まずは完全に自力での翻訳魔法を発動させるとしよう。
「なるほど、黒幕はあんただったって訳ね」
わたしがそう言うと、ディゾアは面白いほどに狼狽しだした。
「ば、馬鹿な!? 《封魔》の中でなぜ魔法が使える!?」
「この砦を一瞬で落としたわたしの実力を舐めないでもらおうかしら」
言った直後、わたしは翻訳魔法を解除し、《光弾》を兵士の1人に向けて飛ばす。その兵士の方すら見ずに撃ったためか、さすがにかわされたが、もともと当てるつもりで撃っていない。まあ、脅しくらいにはなっただろう。
そして、フォスティアを次元の狭間へ連れ出し、わたしだけでまたあの部屋へ戻る。事情を説明している暇は無かったが、彼女なら察してくれるだろう。
室内への転移先は今度は5角形の外、さっき《光弾》を撃ったのとは別の兵士の背後へ。その兵士の、宝玉を掲げているせいでがら空きになっている脇腹へ回し蹴りを叩き込む。脇の下は胸当てに守られていたが、その下、脇腹はほぼ無防備だった。
5角形の1角が崩れたことで《封魔》が解け、《根底の流れ》との接続が回復した。
わたしは《光弾》を4つ同時発動し、ディゾアを除く残り3人と、少佐に剣を突きつけている1人を仕留める。その後、短距離転移で少佐のそばへ移動し、そのまま彼と共に今度は室内の別の場所へ歩いて移動。
少佐を疑いたくはないが、万が一ということもある。限定的にとはいえ異世界とを行き来する魔法を知っている人物を、次元の狭間へ連れ込むのは危険だ。そして、この移動する最中に、口の中に魔力を溜めておく。
さっきの短距離転移で、この周辺の間取りは把握済み。今、わたしと少佐が居る位置からディゾアの方に向けてならば、その先に砦の他の部屋はあるが、そこに人は居ない。
狼狽から立ち直っていないディゾアのすぐ脇をかすめるように、わたしは、口の中に溜めた魔力を──威力こそ大幅に劣るものの、黒龍のブレスと同じ攻撃を──撃った。黒い閃光が、砦の壁という壁を全て撃ち抜き、空の向こうへ抜けた。……うん、威力は劣るというのは黒龍のそれと比べてであって、人間が使う魔法として見るなら十分シャレにならない威力を持っていた。
●
砦から少し離れた山中。あの後、わたしはアーゲン少佐に話を聞き、彼と、彼に付き従う兵士たちの合計12人を、フォスティアにも手伝ってもらってここまで連れ出した。もちろん、転移は使わずに歩いて、だが、わたしがブレスで砦の壁に開けた穴を使えば、それほど苦労はしなかった。
一息ついたところで、少佐が口を開く。
「き、君たちはなぜ、見ず知らずのわたしにここまでしてくれるのだね?」
「んー、あたしはただ、由美ちゃんに手伝ってって言われたから手伝っただけだよー」
フォスティアはいつもの軽い口調でわたしに話を振る。
「まあ、乗りかかった船ですし。あの状況だと、たぶんあなたがディゾアに陥れられたんじゃないかな、と思って。……それより、ここはあの砦からは反対側ですが、こっちで良かったんですか?」
「ああ。以前から、あの国にはどこかきな臭いものを感じていたからな。これを機に、亡命するつもりだ。……助かった。後は我々だけでどうにかする。たっしゃでな」
そして、少佐は兵士たちの方に向き、話を始めた。
わたしは翻訳魔法を解き、
『帰ろっか』
『んだね』
フォスティアと共に、次元の狭間へ転移した。
●
『そういやさ、由美ちゃん』
次元の狭間での別れ際、唐突にフォスティアがわたしに話しかけてきた。
『ん、何?』
『アーゲンのおっちゃんにさ、由美ちゃん、なんで《魂の淀み》のことを話そうとしなかったの?』
『ああ、あれは──』
隣接する《側面》同士の間に限ってとはいえ、異世界を行き来する手段を持っている彼らに、あまり詳しく話してしまったら。地球の存在に気づかれるかもしれない。もし、気づかれたら。もし……地球に攻め込んでこられたら。
『──あの星がゼンディエールの可能性もあったからね。わたしが《ゼンディエールからの侵攻》の原因に、なんて、なりたくなかったのよ』
まあ、今回のことがきっかけとなって《ベアゼスディートからの侵攻》が今後起きる可能性はできてしまったが。少なくとも、起きることが分かっている事象の原因を自ら作るような真似だけはしたくなかった。
そのことを、わたしはフォスティアに話した。
『おー、まさに《今を生きてる》って感じがしますなー。あたしとしちゃ、別にどこの世界でどこの国が戦争しようが知ったこっちゃないけどねー。……人生、なるようにしかならんよ?』
『ちゃ……ううん、なんでもない』
茶化さないでよ。そう言おうとして、やめた。フォスティアにとっては実際そのとおりだろうし、それに、最後の一言が妙に心に残った。
人生、なるようにしかならない。
おどけているように見えても、やっぱりフォスティアは年長者なのだ。そう、わたしは実感していた。




