24 それは命の冒涜か
6月30日(木) 16:50 司令室
隊長の案内で、わたしとフォスティアは彼らの作戦司令室へ招かれた。控え室のような所で少し待たされたものの、ここでの全権を任されているというアーゲン少佐は、最優先でわたしたちと会ってくれることになった。……最優先、というあたり、なんだかまた嫌な予感がする。
まずは、わたしたちをここまで案内してくれた隊長ガルトスさんが、わたしたちのことをアーゲン少佐に簡単に説明する。
「ほう……虚空から突然現れた、と?」
立派な髭を蓄えた、中年にはまだ届かないといったところか。アーゲン少佐はわたしたちを好奇心に満ちた眼差しで見詰め、
「先程は部下が失礼した。部下に代わり、わたしが詫びよう」
妙に低姿勢で、しかも、どこか好意さえ感じる態度を示した。
これにはフォスティアがあからさまに不審そうな顔をする。
「……あたしらがこんなこと言うのもなんだけどさー、威嚇とはいえ、いきなり攻撃魔法ぶっ放した相手にそんな低姿勢……なーんか怪しいんだよねー」
それにはわたしも同感だ。先に武器を向けてきたのは彼らだとはいえ、こんな出方をされたらさすがに少し困惑する。
少佐は少しの沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。
「さすがに、お見通しだったか。だが、それなら話は早い。早速、我らの思惑を話すとしよう。まずは現状だが──」
彼らの今の状況、それは、よくある……まあ、ファンタジー漫画なんかではよくある、戦乱の世ゆえの争い。この局地戦に敗北すれば国土の2割近くを失うという、かなり重要な戦争のようだ。
彼ら後方部隊の主任務は、主力部隊が進軍する際の障害となる敵伏兵の排除と、補給線の確保。このうち、敵伏兵の排除、可能ならば主力部隊への参加について、少佐はわたしたちに協力を頼みたい、と言った。
「な、なんでわたしたちに協力を……?」
わたしは思わず聞き返していた。ここに来てすぐ、たしかにわたしは彼らに向かって威嚇の《光弾》を撃ったが、威力はかなり抑えていた。あれを威嚇だと、本気ではないと見抜かれていたとしても、そんな戦局を覆すような実力を持っているようには見られていないはずだ。
「ふむ……少し失礼な言い方をさせてもらうよ。君たちがこの世界に入ってきたばかりの時、我が軍の兵に威嚇の魔法を放ったらしいが……君たちの本当の実力はあんなものじゃないと、わたしは睨んでいるのだよ」
わたしも、おそらくフォスティアも、少佐の言葉には驚愕を隠しきれなかった。あの《光弾》1発でそこまで見抜かれていたこともそうだが、何より、彼が《この世界に入ってきた時》という言い方をしたことに、だ。
少佐は言った。
この世界では、《根底の流れ》が共通する異世界同士を行き来する手法が確立されている。だが、そのための魔法を使うと、尋常でない《魔力の揺らぎ》が──たぶん、これはわたしが《雑音》と表現しているものと同じものだろう──発生する。
だというのに、わたしとフォスティアがこっちへ入ってきた時は、その《雑音》が全く発生しなかった。それがどんな魔法によるものかは彼らには想像もつかないが、少なくともわたしたちには、それをするだけの高度な実力があるのだろうと推測した。
だから、わたしたちには今からでも主力部隊に加わり、彼らの国を助けてほしい、と。そうすれば、答えられる範囲でわたしたちの疑問には全て答えるし、わたしたちを国賓として扱うよう、軍上層部に掛け合うことも約束してくれた。
条件は悪くない。どころか、むしろわたしたちに有利だ。……だが、わたしとしては、戦争だろうが個人のケンカだろうが、自分がその当事者でない限り、争い事には可能な限り関わりたくはない。
絶対の正義なんて無い、立場が変われば正義もひっくり返ってしまうからだ。様々な漫画やゲーム、あるいは戦記物なんかで何度も描かれてきた物語の、裏を読めばそれが見えてくる。
「……少し、2人で相談させてください」
わたしはそう少佐に断ってから、翻訳の魔法を止め、フォスティアに話しかけた。
『どうしよう、フォスティア』
『どうするも何も、あたしは管理者権限が無かったら、中身は普通の灰の者だからね。魔力にしたって、由美ちゃんどころか《天才魔導士》にすら及ばないよ。だから、この件は由美ちゃんが決めなきゃ。……ま、彼らとの関係をこの場限りと開き直るのなら、手を貸してあげてもいいんじゃない?』
フォスティアの言葉は、無責任にこの状況を楽しんでいるだけのようにも聞こえる。だが、それだけではない……なんだろう、わたしに、自分で選ぶことの意味を教えてくれている?
『……なんだか、おばあちゃんに見守ってもらってるみたい』
『あ、ひどっ。って、実際137歳のおばーちゃんだけどさ。いひひ』
フォスティアは軽い感じで笑っていたが、たぶん、照れ隠しだろう。……ありがとう。
わたしは、再び翻訳の魔法を発動させて、少佐の言葉に答えた。
「あなた方の指揮下には入らず、わたしの判断で動いてもいいのなら、力を貸しましょう」
●
アーゲン少佐に聞いた話では、とりあえずの目的は、主力部隊が向かう先にある砦を陥落させること。ただし、制圧した後はこちらの拠点として使うため、施設の破壊は最小限に抑えなければならない。
無差別に壊してもいいのなら、異世界研究所でやったように、口の中に魔力を溜めて一気に照射する手が使えたのに。……ん? 今思うと、それって黒龍も使ってたブレスじゃ……?
うん、記憶は無くても無意識に前世の得意技を使ってたとか、そういうことにしておこう。
とにかく今は、フォスティアは司令室に残って管理者権限の《中継》でわたしの様子を観察しつつ、わたしは少佐に見せてもらった作戦地図に従い、《加速》と《風結界》で空から主力部隊に合流することになっている。
わたしが直接砦へ降りてもいいのだが、それだと建物の破壊は免れない。というか、建物を壊さずに制圧する自信が無い。ただ暴れるだけでいいなら簡単なのになー。
主力部隊の先頭は、砦の目と鼻の先で足止めを食っていた。後方部隊が伏兵潰しをしていたはずだが、結局、砦の中に居た戦力が出てきて正面からのぶつかり合いになっている。……そして、こちらの主力部隊の中に《それ》は居た。
「何……これ……!?」
この時、わたしの心を支配した感情は、恐怖。本来動くはずが無いモノが動いていることへの恐怖と、それを彼らが……わたしの当面の味方となっているはずの彼ら主力部隊が運用しているという、おぞましさへの恐怖。
「おや、あなたは死霊術をご覧になったことが無いので?」
主力部隊の後方へ着地したわたしに、先にアーゲン少佐から連絡を受けていたであろう、部隊の指揮官が話しかけてくる。
死霊術。ファンタジーものの漫画やゲームでは割と一般的な、死霊や死体を操る魔術だ。
「話に聞いたことはありますが、実際には……」
とりあえず嘘ではないので、指揮官にはそう返しておく。
わたしの目の前で、敵だろうが味方だろうが、戦闘で死んだ兵がすぐさま、あるいは少し時間をおいてから起き上がり、こちらの部隊の先兵として再び進撃していっている。……まさか、《魂の淀み》から分離してこの世界へ入ってきた魂って……!
とにかく、その可能性があるのなら、今すべきはこの戦闘を速やかに終わらせることだ。わたしは、まず《変成》で足下の地面を周囲より2mほど高く隆起させた。その隆起させる分の体積は周囲の地面から取ったので付近一帯が少し窪んだが、気にしない。
「それは……まさか魔法!? いや、それより! そんなことをしたら敵に狙われ──」
「大丈夫ですよ」
うろたえる指揮官に、わたしは短く答える。そして、翻訳魔法を解除してから《光弾》を5つ同時発動し、ちょうど今わたしに気づいたらしい敵兵たちに時間差射撃でひたすら撃ち込む。わたしの位置から敵兵たちの所までは少し距離がありすぎるので、細かな狙いはつけず、殆ど乱射だ。
今わたしが撃っている《光弾》1発あたりの威力がどれぐらいあるのか、ほかの人が《光弾》を使ったところをじっくりとは見たことが無いので比較はできないが、地面に着弾した所は割と大きなクレーターになっている。それが5発の時間差射撃だから、毎秒10連射。敵兵に直撃せずとも、近くに着弾した時の衝撃だけで、重傷は免れないだろう。
戦場で誰1人犠牲者を出さずに勝利するなど、端から考えてはいない。既に始まってしまった戦闘をできるだけ少ない犠牲者数で勝利するには、最初から全力で、相手を蹂躙するしかない。蹂躙して、相手の抵抗の意志を挫くしか、ない。……だから、争い事は嫌いなのだ。
砦から白旗が揚がるまで、さして時間はかからなかった。




