表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/116

3 日常って何だっけ ★

  6月19日(日) 正午


 人を殺した、というショックから立ち直った頃、既にカインは後始末を終えてくれていた。


『その目は……吹っ切れたみたいだね』

『ええ。ごめんね、迷惑かけて』

『いや、むしろ僕のほうこそ助けられたよ』

『え……?』


 カインが言うには、わたしが居なければあの襲撃者にはなすすべも無く連れていかれていただろう、と。あれほどの実力者が居たことを、カインも知らなかったようだ。


『さて。襲ってきた奴らはみんな始末したし、当分は大丈夫だと思うけど……念のために詳しい話をするのは場所を変えてからにしようか』


 辺りを警戒しながらカインが言う。確かに、もし相手が第2波を送り込んできていたのなら、ここに留まっているのは危険すぎる。……それなら。


『じゃあ、わたしたちは一旦向こうへ帰るわ。この2人には落ち着いた場所で説明したいから』

『それはいいけど……またこっちへ来る時は大丈夫なのかい?』

『ええ。行き来する時は知っている場所と、人も目印にできるからね』

『分かった。じゃあ、僕は先に行ってるよ』


 そう言うとカインは角熊アクスに跨り、森の出口へと駆けていった。

 わたしは、京と久坂さんには詳しいことは向こうで話すとだけ説明し、2人を連れて次元の狭間へと飛び込んだ。


     ●


 日曜日の昼間だからか、小さいとはいえ聖桜公園では数人の子供たちが遊んでいた。もちろん、その親であろう大人たちの姿もある。そのど真ん中へ、わたしたちがいきなり出現したら混乱を招くことは間違い無い。

 わたしは次元の狭間から《こっち側》への転移先として、公園から少し離れた路地裏を選んだ。ちょうど辺りに人影も無かったので、そのままゼルク・メリスでの襲撃事件について京と久坂さんに説明する。


「じゃ、じゃあ、あの時……その、あいつの頭が吹っ飛んだのって……」


 久坂さんがつっかえながら言う。わたしを気遣って言葉を選びながら、というより、そもそも自分がその言葉を口にしたくない様子だ。


「ええ。わたしが魔法でやったんです」


 答えるわたしは迷い無く言いきった。人を殺すという一線を越えて理性が壊れてしまったという訳では、たぶん、ない。襲撃者を殺した後、立ち直るまでの間に思い出した、お母さんに格闘を教わっていた時に言われた言葉がある。


     ※ ※ ※


「由美。もしあなたが誰かに追い詰められて、そいつを殺さなければ自分が殺されるかもしれない、って状況になった時、あなたはどうする?」


 この時、わたしは「分からない」と答えてから聞き返した。


「相手を殺してしまった後で、もしかしたら別の……殺さずに済むやり方もあった、って知ってしまったら?」

「後になって《もし》は通用しないわ。その時最善だと思ったことをやりなさい。そして、自分が選んだ道なら、決して振り返らないこと。いいわね?」


     ※ ※ ※


 あの時、あいつが本気でわたしを殺すつもりだったのかは、今となっては分からない。でも、あいつはわたしに敵意を向けた。向けられた敵意に敵意で返すのは、間違ってはいなかったはずだ。

 わたしの行為が間違っていたかどうかはともかく、それを京と久坂さん……《日本の常識》を持つ人間に見られてしまっている、ということについて、今のところ懸念事項が2つある。


「つ、つまり、竜之宮さんが……あいつを殺した、と……」


 怯えた様子の久坂さんに、


「でも、由美があいつらを殺……倒してくれたおかげで、あたしたちはこうして無事に帰ってこれたんですよ」


 京が言葉を返す。京の声も震えていたが、どうやらわたしの気持ちは理解してくれているようだった。まあ、実際わたしも京のことは疑ってはいない。なんでと言われれば返答に困るが……親友だから、とか?


「それはそう……だけど」


 それでも納得できていない様子の久坂さん。

 1つめの懸念事項、それは、単純に向こうの世界で《わたしが人殺しをした》ということ。そうなるに至った事情はもちろんある。しかし、噂話というものはえてして表面的にしか伝わらないものだ。しかも、その表面的な内容さえ伝わっていくうちに歪んでいく。

 2つめは、これは、京はともかく久坂さんまでがわたしと一緒に向こうを冒険したいと言いだした時に、いや、そもそも久坂さんにわたしの能力を説明しようとした時に気づくべきだった。

 《手を触れずに人体を含むあらゆる物体を破壊する能力》、そんな能力をわたしが持っていると他人に教えて、向こうに居る間はいい。しかし日本に戻ってきた時、そのことを公表されれば、わたしの日常はおそらく失われる。下手すれば周りの人間、わたしの両親や京などをも巻き込んで。

 久坂さんが1人で言いふらしている分には、たぶん問題は無い。変人の戯れ言と流されるだけだろう。しかし、久坂さんがもしあの時の様子をビデオで撮影していたら……?


「……久坂さん」

「な、なんだい……?」

「向こうでの事は忘れてください。もし何か撮影していたのなら、今ここで全部削除して。あなたは異世界になんて行かなかった、それでいいじゃないですか。たぶん、そのほうが幸せですよ」


 自分でもちょっと意外なほどの冷たい声。しかもここは路地裏で、互いの身長差ゆえに久坂さんを若干見下ろす形で言ったこのセリフ。久坂さんは一瞬ビクッとして、


「……そ、そうだね。僕は赤い髪の女の子なんて見なかった。うん」


 と、しばらくビデオカメラを画面をわたしに見せながら操作した後、ギクシャクとした動きでこの場から去っていった。画面をわたしに見せながら操作したのは、今日撮影した動画や写真を本当に全て削除したのかを確認させるためだったのだろう。今朝、オッサンを撃退した時の動画も削除していた。

 わたしはポリポリと軽く頭をかきながら、


「ちょっと怖がらせすぎたかな」

「え……どういうこと?」


 と、その呟きに京が反応する。


「いやぁ、実はさ」


 わたしは、懸念していたことを京に全て話した。もちろん、さっきまでの作った冷たい声ではなく、普段どおりの声、口調で。京と、もう1人わたしの幼馴染みにはわたしの能力など全てを話してあるので、今更警戒することはない。


「あー、それは……ねぇ」


 わたしが話し方を戻したせいか、京もいくらか緊張が解けたようで、その声にはいつもの明るさが戻っていた。そして、その声で続けて言う。


「ところで……あたしももう、由美にくっついて向こうには行かないほうがいいかもね」

「っ!」


 思わず、というか、もう顔に出てしまっていた。正直なところ、もしあの襲撃者と同程度に強い敵とまた遭遇してしまったら、京を守りながら相手を仕留める自信は無い。今回は、あいつが余裕ぶっこいていたところを《変成》で仕留めることができたが、次もそううまくいくとは限らない訳で。

 ゼルク・メリスを冒険したがっている京をどうやって説得しようかと考えていたところに、京が自分から言いだしてくれた。


「あ、説得する手間が省けたとか思ってるでしょ?」


 さすが我が親友、鋭い。


「まあ、ね。というか、あんたを守りながら戦う自信が無いのよ」

「分かってるって。そんじゃ、あたしは土産話でも期待して待ってるから、死なない程度に頑張ってね」


     ●


 次元の狭間を経由して再びゼルク・メリスへ。角熊アクスに乗って移動中のカインは、ちょっとした自動車くらいの、おそらく時速40キロ程度は出ているだろう、そんな速度で走っていた。

 わたしは次元の狭間からゼルク・メリスへの転移と、自身への《加速》とを同時に行い、走っているカインの横に並ぶ位置で低空飛行しながら、カインとの相対速度を合わせた。

 《加速》で自身にかかる重力を相殺し、かつ進行方向への加速度を適切に加えれば、ファンタジー漫画などに出てくる飛行魔法のように空を飛ぶことができるだろうと判断してぶっつけ本番で試してみたが、どうやらうまくいったようだ。しかも、この方法の利点は重力の相殺以外には加速のためだけに加速度を加えれば良く、速度が出た後はある程度慣性飛行ができること。


 わたしと目が合ったカインは驚きの表情を見せ、アクスを急停止させる。って、なぜ!?

 慌ててわたしも後進方向に急加速、要は急減速する。と同時に、エレベーターが動き始めた時の感覚を思いっきり強くしたような、喩えるなら急ブレーキをかけた車内で体が前へつんのめるが如く、体内で内臓が一斉に減速の向きと反対方向へ押しつけられるような不快感に襲われる。というか、実際にわたしの内臓は振り回されていたのだろう。《加速》による飛行をする時は、ちょっと気をつけたほうがいいかもしれない。

 着地して落ち着いてから辺りを見回すと、遠くに街道らしきものが見える以外はどこまでも草原が続いていた。


『ゆ、由美……? 今のは?』


 歩いて追いついてきたカインが、恐る恐る聞いてくる。


『加減速を制御する魔法を応用した飛行だけど、こっちにはそういう魔法は無いの?』

『あるにはあるけど……僕も話に聞いたことがあるくらいの高位魔法だよ』


 なるほど。だからさっきカインは驚いていたのか。

 それから、わたしはカインと並んで歩きながら、こっちの世界について色々と話を聞いた。

 まず、わたしがあの襲撃者を殺した時に使った《変成》のように、物質を直接分解、再構築するような魔法は無いということ。だから、カインが言うには、こっちでもわたしの能力はあまり他人に見せないほうがいいだろう、と。

 まあ、それはそれで構わないが、それよりもわたし以外に《変成》を使える人間は居ないということを知れたのは大きい。あれがどれほどの脅威なのかは、使用者であるわたし自身が一番知っているからだ。カインが知らないだけで実は、という可能性も無くはないが、それはそれで、こっちにも居るかもしれない《変成》の使い手とわたしたちが遭遇する可能性はもっと低いだろう。

 そして、もう1つはこっちでの魔法という技術そのものについての簡単な説明だった。要約すると、こっちでの魔法は《仮想的に何らかの現象を発生させ、それを現実空間へ持ち込む》という方法によって発動しているらしい。だから、重力制御のように《仮想的に発生させてから現実空間に反映》というプロセスを経ず物理現象に直接作用する魔法は、かなり高度な技術が必要とのこと。

 仮想的な現象、現実空間への反映……待てよ?


『カイン、ちょっと試したいことがあるんだけど』


 わたしはそう言って、カインが頷いたのを確認してから《それ》を実行した。

 まず、ゼルク・メリスと地球とを行き来する時に経由する次元の狭間を思い出し、《現象を発生させるためだけの仮想空間》をイメージする。と、その瞬間、どう表現すればいいのか、とにかくこの星そのもの、あるいはもっと大きな《何か》と魔力的に繋ったような感覚がして、イメージしていた仮想空間がわたしのすぐそばに生成されていく。

 すぐそば、といっても、この現実空間で目に見える場所ではなく、どちらかというと次元の狭間に近い。そして、どうやらその生成された仮想空間の中では自由に現象を起こすことができるようで、今回はとりあえず氷の塊を生み出してみた。

 最後に、その仮想空間と現実空間とを繋げたら、わたしの目の前、これは本当に今見えているこの目の前に、生み出した氷の塊が出現した。まあ、すぐに消えたけど。


『すごいよ、由美! 簡単な説明をしただけですぐにこっちの魔法を使えてしまうなんて!』


 なんだか興奮しているカイン。

 魔法を使えた? あれで? 魔法を使いたいと念じたら、なんだか勝手に仮想空間が生成された。あれでは《加速》や《変成》と、後もう1つあるが、とにかくわたしが普段使っている──もちろん、使う時は人目を避けて、だが──魔法と比べて、《自力で魔法を発動した》という実感が薄い。


『使ったっていうか……何か《大いなるモノ》の補助を受けて使わせてもらった、って感じがするんだけど』

『それがこの世界の魔法だよ。その《大いなるモノ》の存在を感じ取ることが難しいんだ』


 なんだか釈然としない。まあ、それを言うなら魔法とか魔力とか、地球ではおそらくわたし以外誰も使える人なんて居ないだろうから、その時点で何かがおかしい気がしなくもないが。

 この後、当面の目的地である次の町までは1日以上かかるとのことだったので、わたしは一旦日本へ帰ることにした。


     ●


  6月20日(月) 08:25


 私立聖桜(せいおう)高校。わたしや京が通うこの高校は、学校指定の制服はあるものの、登下校や在校時の着用義務は無い。全校集会などの行事の際は制服で出席しなければならないが、普段は私服で通学しても構わない。

 わたしのクラス、この2年6組では、生徒30人のうち私服通学者がわたしを含めやや半数超えの17人で、残り13人が制服だ。

 始業ぎりぎりに登校してくるやつ、朝練を終えて教室に戻ってくるやつ、そんな同級生たちの姿を自分の席からぼけーっと眺めながら、わたしは昨日の事を思い出していた。

 学校に通って、友達と他愛のないことで()()って、そんな生活こそがわたしの《日常》のはずだった。そろそろ進学か就職かを考えなければならない時期だとはいえ、少なくとも殺すか殺されるかなどという生活ではない。


「どうしたの? 由美」


 わたしの席から少し離れた斜め前方、制服姿の京が自分の席を立って、わたしの席まで歩いてくる。


「ううん、なんでもない。ちょっと《向こう》でのことを考えてただけよ」


 こっちであまり突っ込んだ話をすると、他の同級生たちに不審がられてしまう。それは京も分かっているようで、わたしのこの一言で、それ以上聞いてくることは無かった。


「ふぅん。……あ、それよりさ。明日(あした)はうちの学校の創立60周年記念式典があるってこと、忘れてないよね?」


 京に言われて、わたしはぼんやりと頬杖をついた姿勢のまま思考がフリーズする。


「……………え?」

「んっふふー、久しぶりに由美の制服姿が見られると思うと、気持ちも高まってくるというものよ」


 アホなことを言っている京は置いておいて、それは本気で忘れていた。いや、わたしが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだが、今年がその年だということは意識の中からすっかり抜け落ちていた。


「そっかー、今年だったかー……」


 頬杖をついていたその手で顔を覆いながら、わたしは溜息混じりに呟いた。


「ほんと、由美って制服着るの嫌がるよねー」


 京がからかうように言ってくる。そう、わたしは記念式典そのものが嫌な訳ではない。記念式典ということは学校行事である訳で、ということは制服を着なければならない。

 女子の制服はスカートだ。スカートを穿いているとなんだか腰回りがスースーするし、ヒラヒラして動きにくい。それに、わたしは素肌を晒すのがあまり好きではない。制服着用が義務づけられていた中学の時と、今でも制服を着る時はスカートの下にタイツを穿く。そんな訳で、わたしはスカートというものが大嫌いなのだ。

 と、机の上でorzしていたら、始業のチャイムが鳴った。

登場人物紹介 3


イラストは【よみ34号】様に描いていただきました。

無断転載、2次利用を禁止します。

【よみ34号】Twitter @797fo


挿絵(By みてみん)

カイン・アルフィネート 性別:男

誕生日:5月17日 本編開始時の年齢:18歳

身長:165.3cm 体重:68.3kg

100m走:9.12秒

握力 右:56kg 左:59kg


 遠目には少女と見まがうほどの容貌を持つ少年。

 穏やかな性格で、喋り方も、ついでに声も無垢な少女のように優しげではあるが、幾多の戦場を経験してきた魔法剣士の実力と冷徹さも持つ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ