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【旧】日帰りRPG ~チート少女の異世界(往復自由)冒険譚~  作者: フェル
第1章 起

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Side7 エクストラステージ

 竜之宮由美(84)の視点。

  7月16日(土) 竜之宮総合病院・病室


 枕元で誰かが喋っている。たぶん、わたしの名前を呼んでいるのだろう。

 女神、いや、管理者イアス・ラクアのおかげで、わたしは息子2人と娘1人の、3人の子宝に恵まれた。息子の1人はわたしと同じ灰の者になってしまったが、その息子本人は、そのことでわたしを恨んではいない、と言ってくれた。

 わたしが父から受け継いだ、竜之宮整形外科。わたしは積極的に病院を大きくしようと思っていた訳ではなかったが、気がつけば、今は息子が院長を務めるこの病院は、県内でも有数の規模を誇る総合病院へと成長していた。

 孫にも恵まれた。()()()()()によって異世界研究所の研究内容が表社会に流出したり、ゼルク・メリスとは別の新たな異世界ゼンディエールと地球とが繋ったりで、今はわたしの子や孫らも魔法を使えるようになった。そして、ゼルク・メリスと同じように、学校のカリキュラムに魔法が組み込まれるようになった。……ただ、こちらもゼルク・メリスと同じように、魔法が戦争にも利用されるようになったのは、地球人として……地球を故郷とする者としては恥ずかしい限りだ。


 だが、魔法がもたらしてくれた恩恵も、非常に大きなものがあった。今は世界中の研究機関や航空機メーカーなどが協力し合い、世界初の魔法を利用した航宙艦の開発が進んでいるとか。

 異世界研究所の研究内容は、別の真っ当な研究機関が引き継いで研究を続けた。しかし、魔法技術の応用は宇宙開発に()かされたのみで、異世界への渡航は、《根底の流れ》が地球と共通するゼンディエールを除いて実現しなかった。……つまり、ゼルク・メリスとを行き来できるのは、わたしが知る限り、わたしと、わたしの2人目の息子の瑞樹(みずき)、そしてフォスティアだけだ。そのわたしも、もう……


「おばあちゃん!」

「母さん……!」

「お義母さん!」


 わたしの手が握られる。……握り返す力も、もう……無い。

 純は、5年前、わたしを置いて先に逝ってしまった。わたしももうすぐ、純の後を追える。……17歳の時、白龍に《灰の者は生殖能力を持たない》と言われて、純の子を産みたいという夢が絶たれた時のことが思い出される。それを思うと、十分、幸せすぎる人生だった。

 そして、自宅ではないが、息子の病院で最期を迎えられるというのは……母親としても……(しあわ)……………


     ●


 鼻から挿入されている酸素吸入のチューブがなんとなく気持ち悪く、わたしは、目が覚めたら真っ先にそれを引っこ抜いた。その後、ベッドの上で体を起こし、左腕に刺さっていた点滴の針も抜く。……看護師さん、インシデントレポートを書かせちゃうけど、ごめん。だって、体はどこも悪くないのに、こんなのが刺さってたら……え?

 部屋を包む妙な空気に気づき、わたしは周囲を見回した。


「か、母……さん? その、姿は……?」


 今年で55歳になったわたしの最初の子、この病院の院長でもある竜之宮雄源(ゆうげん)が恐る恐る聞いてくる。


「え? その姿って?」


 と、喋ってみて自分でも驚く。その声は、まだわたしが若かった時、20歳前後の頃そのままの声だった。目の前に自分の手をかざして確認もしてみたが、しわだらけの見慣れた手でもない。それこそ、白龍に初めて出会った頃のような、張りのある瑞々しい手だった。


「ちょ、ちょっとごめん!」


 わたしはベッドから飛び降り、病室に備え付けの便所へ駆け込んだ。そこにある、鏡で自分の姿を確認するために。


「これ……この、姿は……」


 20代、いや、10代後半から20歳になるかどうかといったところか。とうに昔のものとなった全盛期の自分の姿が、その鏡には映っていた。


「それがあなたの《代償》」


 不意に、背後から静かな声が聞こえてくる。そこに居たのは。


「イアス・ラクア……」


 振り返ったわたしは、その名を呟いた。この世界……地球、ゼルク・メリス、ゼンディエール、全ての世界の管理者。


「今はこの部屋以外の時間を止めてあるわ。あなたとわたしと、どれだけここで話し込んでいても、外の世界では1秒も動かない」


 そして、イアス・ラクアはわたしに、わたしの《代償》について説明してくれた。

 わたしが……灰の者が子を産めるようになることの代償。その1つは、生まれてくる子が、わたしの中の地球人の遺伝子とゼルク・メリス人の遺伝子、そのどちらを持って生まれてくるかが事前に分からないということ。

 もう1つは、わたしは寿命を全うした後、生まれた子の寿命の合計分の期間を天使として生きなければならない、ということ。この期間を全うするまで、わたしは自殺すら許されない。生きているだけ、何も活動していなくてもいいから、とにかく《生きる》ことが義務づけられる。そして、この義務期間中は、わたしにも管理者権限が与えられる。

 イアス・ラクアは言う。


「管理者権限は、天使化する際のオマケみたいなものよ。それ自体には代償は要らないわ」


 そして、天使がどういうものかについても説明してくれた。

 ……そういえば、フォスティアももともとはシェルキスと同等の命を欲して天使化したと言っていた。管理者権限を願った代償として天使化した訳ではない。


「それじゃあ、これからのあなたの生き様をわたしに見せてちょうだい」


 楽しげにそう言うと、イアス・ラクアは、わたしの前から姿を消した。

 わたしは、とりあえず管理者権限で服を……イアス・ラクアと出会った頃の自分が1番気に入っていた、薄い水色のトレーナーと紺のジーパン、そして髪留め2つを生成し、それに着替えてから皆の所へ戻った。……その際、さっきイアス・ラクアが使った管理者権限、指定範囲以外の時間経過を止める《時間凍結》を、今度はわたしが、病室内を範囲として発動させた。


     ●


 病室に集まってくれていた親族に事情を──子を産むための代償として、のくだりも含めて──説明し終えたところで、わたしは、今後は皆の前から姿を消すことを……たまには会いに来るが、それも頻繁にはしないことを提案した。


「そんな……母さん、なんで?」


 雄源が疑問の声をあげる。わたしは、天使とは何かも説明しつつ、その問いに答える。

 天使化した今、わたしには食事や睡眠など、《生物》としての生命維持活動の一切が必要無くなった。できなくなった訳ではなく必要が無くなっただけではあるのだが、それでも、その気になればどこかの山中なんかでぼけーっと1晩過ごすこともできるだろう。管理者権限を使えば、現代のあらゆる探知・捜索システムの目をごまかすのも容易だ。

 つまり、今のわたしは、物理的には生きているが、社会的に生きているかと言われると疑問符が付く。


「どこかの山中でなんて言わないでくれよ。母さんさえ良ければ、またあの家で一緒に暮らそうじゃないか」


 あの家とは、わたしが高校卒業まで両親と共に暮らしていて、今の竜之宮総合病院の前身、父が経営していた竜之宮整形外科を継ぐために帰ってきてからまた住み続けた、かつての自宅だ。純が死に、わたしが入院生活になってからは雄源の家族と、瑞樹の夫婦が住むようになった。

 瑞樹はわたしと同じ灰の者で、子供は居ない。


「ありがとう、雄源。でも、永遠に年を取らないわたしを住まわせるためだけに、子々孫々にわたってあの家を守らせ続けるのは、ちょっとかわいそうじゃない?」

「それは……」

「それに、本来ならわたしはもう死んだ身よ。それが、女神の代償によって()()()()()だけ。……いつまでも親と一緒には居られないことぐらい、あんたも分かってるでしょ? 通夜や葬儀代が浮いて得したとか、それくらいに思っときなさい」


 わたしは言った。……でも、まあ、やろうと思えば、たぶん、わたしがまた現役に復帰することもできるだろう。不老の院長として、竜之宮総合病院に君臨し続けることも不可能ではないと思う。

 だが、正直なところ、物理的に生きるだけなら不要となった活動をしてまであの家に居続けたいとは思わないし……1度無くした居場所をまた取り戻してしまうと、今度こそ、離れるのが怖くなってしまいそうだった。


「気が向いたら会いに来てあげるから、とりあえず……さよなら」


 それだけを言い残し、わたしは、転移でこの場所を去った。


     ●


 さっきの病室を去り際、わたしは《時間凍結》を解除し、その後、転移で向かった先は、同じ病院内の別の病室。さっきと同じように、ここでの用件を済ませるまでの間も、この病室内を範囲として《時間凍結》を発動させることにする。


「──っ!? あ、あなたは……!?」


 そこに居た人が、突然現れたわたしに驚きの視線を向ける。彼女は、京が入所していた老人ホームの職員。つまり、この病室に入院しているのは……京だ。末期の癌で、もう回復の見込みは無い。

 わたしは、自分の死後、子を産むための代償で天使化するであろうことはなんとなく予想できていた。だから、もし、わたしが京より先に死んだのなら、そして、その時に間に合えば、京にしてやりたいことがあった。……間に合ってよかった。


「お久しぶりです、鈴木さん」

「ま、まさか由美さん!? でも、そのお姿は……!?」

「後で説明します。今は……京に挨拶させてもらえませんか?」

「は、はい……!」


 職員、鈴木さんに場所を譲ってもらい、わたしは、鎮痛剤のせいで殆ど意識の無くなっている京の手を握り、聞こえているかも分からないまま、語りかけた。


「京、今までよく頑張ったわね。……ほんと、馬鹿よ、あんたは。わたしが純と結婚しても、あんたはずっと独りで。そんなに……わたしのことを思い続けるなんて……」


 なぜ、老人ホームの職員が京の最期に立ち会いに来ているのか。……最期を()()ってくれる家族が、京にはもう、居ないからだ。

 だから、わたしは、その役はわたしが務めなければならないような気がしていた。わたしが元気なうちに間に合ったのなら、それでも良かった。だが、わたしのほうが先に倒れ、結局、こうなってしまった。


「……………由……美……?」


 うっすらと、京は目を開けた。後ろから、鈴木さんが驚く様子が伝わってくる。……正直、わたしも驚いた。だが、今はその驚きを顔に出してはいけない。

 今、わたしはわたしの人生の中で初めての、そして最後となる嘘を、京につく。……事情を説明している時間が今の京に無い以上、つかざるをえない。

 ベッドの上へ身を乗り出し、京の目を見詰めて、


「ええ、わたしよ。……昔はよく一緒に学校へ行ってたよね。ついさっき、わたしは、あんたより一足早く死んじゃったからさ。昔みたいに、今度は()()()へ……さあ、一緒に逝こう? ……それとも、もう少し頑張ってみる?」


 そう言いながら、わたしは、京の……骨と皮ばかりになってすっかり()せこけてしまった京の体を、ふわりと抱き締めた。……女神に願えば、京も天使にしてもらえるかもしれない。でも、それは()()()()願ってはいけないことだ。()()()()それを願わないのなら、京には、安らかに逝かせてやるべきだろう。ここで京が「嫌だ」と言わない限り、わたしからそれを言いだしてはいけない。


「由美……ううん。一緒に……逝こう……ね……!」


 ぴっ、ぴっ、ぴっ……ぴーーーーーー──

 おやすみ、京。……もし、またどこかで生まれ変わったあんたに会ったら、その時は、嘘ついたことを怒られてあげるから……さ。


     ●


 わたしが初めてイアス・ラクアに会い、願いを聞き入れてもらった後にフォスティアたちと交わした、約束ともいえないような、簡単な言葉。それを頼って、という訳でもないが、なんとなく気になり、わたしはまた、あの場所へ行ってみた。


『なんで……あんたが……』


 そこに居た人物、その姿を見た時、わたしはすぐには言葉が出なかった。

 そこに居たのは、フォスティアとシェルキス、そして……イリス。ついさっき見送ってきた京とは違い、しかし魂は京と同じものを持つイリスは、今のわたしと同じように、かつての若々しい少女の姿でそこに立っていた。


『京は……今の京は、満足して逝けたんだね』


 イリスが言う。


『……え、ええ。でも、なんであんたも天使に……?』

『だって、あたしはあの時の事故で死んで……満たされないままイリス(あたし)に生まれ変わった京なんだよ』


 イリスはそう言って、わたしに縋るように抱きついてきた。そして、続ける。


『もう純も居ないんでしょ? あたしの半身だって満たされたまま逝けたんだし、今度はあたしが満たされる番でも……いい、よね?』


 わたしは動けなかった。天使化しているということは、イリスも女神に何かを願ったということだ。その願いの代償として天使になったのか、それとも、天使になること自体を願ったのか。……いや、そもそも。

 イリスも天使化したのなら……死んでいなかったのなら、その気配が消えることも無かったはずだ。イリスの気配は確かに、彼女が78歳の時に消えた。純が死んで、そのことを知らせにいこうとしたら消えていた。

 フォスティアやシェルキスの気配はあの時から今までずっと感じ続けているので、天使化したら魂の気配が無くなるというのは考えにくい。


『イリス……あんた……』

『……とことん卑怯だよね、あたしって。天使になれたのをいいことに、純が死ぬのを……由美も天使になるのを待ってたんだから』

『それはいいから。……なんで──』

『転移であたしの気配を感じなかったか、だよね』

『──!?』


 イリスはそのことを、天使化するに至った事情も含めて説明してくれた。

 寿命を迎えて死ぬ間際、イリスにもイアス・ラクアが接触してきたらしい。そして、近いうちに純が死ぬことと、わたしが84歳で死んで、その後天使化することを教えられ、イリスも天使化すれば、今度こそ、わたしと一緒になれるかもしれない、と言われた。

 京の願いは、わたしと結ばれるか、それが叶わないのなら家族になりたい、というもの。そのうち《家族になる》ほうは、わたしの従姉妹(いとこ)に生まれ変わることで叶えられた。《結ばれる》ほうは、人として生きている間に叶うことは無かったが、わたしの思い人である純が人として死に、しかし、わたしとイリスとは人としては死ねず、天使として生き続けなければならなくなった。

 イリスは、自分が天使化したことを、わたしが天使になる前には知られたくなかった。だから、管理者権限で魂の気配を隠していた。


『だから、さ。……こんな言い方するのはひどいって……由美を傷つけることだ、って分かってるけど……由美!』


 と、ここでイリスは俯けていた顔を上げ、わたしを正面から見据える。


『《純の妻》としてエンディングを迎えた人生(ゲーム)の、エクストラステージとして……今度は、あたしの方を向いてください!』


 今にも泣きだしそうな、しかし、真剣なイリスの顔。わたしは……

 わたしは……言葉で答える代わりに、唇を、イリスのそれに重ねた。

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