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【旧】日帰りRPG ~チート少女の異世界(往復自由)冒険譚~  作者: フェル
第1章 起

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20 死期と危機とは違います

  6月28日(火) 17:30 レディクラムの役所


 軍への協力の件と国民登録の件、両方の話が終わった後、わたしは、ガディオンさんに《まずはビザイン共和国の大統領に会ってほしい》と言われた。大統領との面会自体を断るつもりは無かったが、ガディオンさんには首都への移動用に専用の熊車を仕立てると言われたので、そちらだけは断った。


『では、由美殿はどうやって首都へ行かれるおつもりで?』


 不思議そうな顔をするガディオンさんに、わたしは熊車を断った理由を説明した。

 地球ではわたしはまだ学生で、日中は学校に行かなければならないこと。

 ゼルク・メリスとの行き来にも使っている転移で、知っている人が居る場所ならどこでも自由に行き来ができること。それゆえに、ガディオンさんが1人で首都へ行っても、そのガディオンさんを目印に転移できること。


『──それと、これはまだ試していないので分かりませんが、わたしの独自の魔法と《風結界》とを組み合わせることで、熊車の10倍程度の速さで、空を飛んで移動することもできると思います』


 これは以前、イリスを背負って《加速》で高速飛行した時、彼女が《風結界》で空気抵抗を殆ど打ち消してくれたことからの推測だ。《風結界》くらいの魔法なら、再現さえできれば《加速》との同時発動に問題は無いだろう。ただし、この方法が仮に可能だったとしても、わたし1人か、わたしが抱くか背負うかできるくらいの体格の人と一緒に、が限度だろうが。


『なるほど。そういうことなら、明日にでもわたし1人で首都へ向かうとしましょう』


 こうして、役所での話は全て終わった。


     ●


 ゼルク・メリスから自宅へ帰ってくる時は、できるだけお母さんの目の前に転移するようにしている。いきなり出現したら驚かせるかも、という不安より、いつ帰ったか分からないことでかける心配のほうを減らしたいからだ。

 今回もそうやってお母さんの目の前、(うち)のリビングに転移したのだが、なんだかお母さんの様子がいつもと違っていた。


「ああ、由美。ちょうどいい時に帰ってきたわ」

「? どうしたの?」

「落ち着いて聞いてね──」


 お母さんの口から出てきたのは、驚愕の言葉だった。

 京が、誘拐された。

 ついさっき、犯行グループの主犯と思われる人物から(うち)に電話があったようで、それによると《警察には通報するな。我々が指示する場所へ由美1人で来い。おかしな真似をしたら京の命は無いと思え》とのこと。

 ……自分の歯ぎしりの音が聞こえそうだった。

 京が誘拐されたのは、時間的に考えてもおそらく今日の下校途中だろう。だとすれば、もう1時間以上経っている。


「由美……お母さん、なんとか頑張ってみるから──」

「相手が真っ当じゃない手に出てきたんだから、こっちもそれなりの対応をすればいいじゃない」


 ゼルク・メリスで胸糞悪い話を聞かされてすこぶる機嫌の悪い今のわたしにこんなことをするなんて、いい度胸だ。京に……わたしの親友に手を出したことを後悔させてやる!

 わたしは次元の狭間へ飛び込んだ。


     ●


 京の気配はすぐに見つかった。同時にイリスの気配も見つかったが、そっちは今は……いや、イリスといえば。

 以前、わたしはイリスに《京はセンター試験前日に死ぬ》と言われて、それまでは京に命の危機が迫ることは無い、と安心しきっていた。……甘かった。京はセンター試験前日()()()()()()()というだけで、イコール命の危機が無いという訳ではない。

 わたしは、京が監禁されているどこかの倉庫と思しき場所へ転移した。


     ●


 監視カメラの死角へ転移し、室内に居た男2人を《加速》で壁に叩きつけて気絶させる。監視カメラとマイクを《変成》で破壊し、京の(もと)へ。

 京がかまされていた猿轡(さるぐつわ)も《変成》で分解して、


「由──!」


 不安げな表情から一転、声を上げかけた京の口にわたしは手を当てる。こくこく、と、何度か首を上下に振る京。

 わたしはそのまま京を抱え、一旦わたしの家に転移する。

 転移する際、わたしは目的地のみをピンポイントに認識している訳ではなく、その周辺もある程度把握できる。だからこそ、初めてデイラムさんの店に行った時に《カインが居る店の裏手》に転移できた訳で。

 とにかく、京を助けたさっきの一瞬で、あの部屋がどこにあるのかは分かった。


 お母さんに京を任せ、あの部屋がある建物の場所も教える。そして警察にも通報してもらうように頼んで、わたしは再びあの倉庫らしき場所へ。

 部屋は入り口の扉が開き、見張りと思われるまた2人の男が、室内の様子を調べているところだった。わたしはその2人のうち片方の背後に転移し、回し蹴りで頭を蹴り飛ばす。その男が床に伸びて動かなくなり、わたしが回し蹴りの体勢から正面に向き直ったところで、残った1人が銃を──今回は異世界研究所の時とは違って実弾の銃だ──構えた。


 そいつが銃を構えた時、わたしは既にそいつとの距離を詰めていた。そして、わざとやや大振り気味に拳を繰り出す。当然、この攻撃はそいつにはかわされるが、それはわたしの想定内だ。

 そうやって何度かかわされる前提の攻撃を繰り返すうちに、この男の顔に余裕が見えてくる。……たぶん、もう1人を1撃で蹴り飛ばしたのはまぐれで、わたしの実力はこの程度、とかいう感じに勘違いしてくれているのだろう。

 男の余裕は、その背中が壁に触れた時に消え去った。ここでようやく男は思い知っただろう。わたしが、こいつを壁際へ追い詰めるためにわざとかわされる攻撃を繰り返していたことを。

 わたしは口の端をつり上げる。そして、後が無くなった男の腹部へ、渾身の膝蹴りをぶち込んだ。


「──っ!?」


 目を見開き、陸に打ち上げられた魚のような顔をする男。膝蹴りの衝撃は、背後が壁であるためにどこへも逃げること無く、その全てが男の腹部に突き刺さった。

 わたしは男の正面から横へ退()き、その後、男が崩れ落ちる。そして、

 びしゃっ!

 男は胃の中身を盛大に吐いた。……あの攻撃でも意識を失わず、ただの嘔吐で済んだのはさすがと言うべきか。


「あーあ、汚しちゃったわね」


 見下ろすように、わたしはそう言いながら、腹を抱えて(うずくま)っている男の後頭部を踏みつけ、男の顔面を()()の池へ沈める。……と、ここで。

 この部屋へ複数の足音が近づいてくる。が、どうやら異世界研究所での騒ぎはここの連中にも伝わっているようで、駆けつけた警備員だか戦闘員だかの連中は部屋のそばまでは来ても、わたしから見える位置には姿を現さずにいた。……そっちがそう来るなら。

 わたしは、頭を踏みつけていた男を《加速》で廊下に放り投げた。その体が部屋から出た瞬間、蜂の巣にされる男。


「撃つな! それはデルタ(ツー)だ!」


 誰かが叫ぶが、時既に遅し。デルタ2と呼ばれたその男は、ボロ雑巾のような姿に変わり果てていた。

 ……さて。相手も姿を現さない、わたしも迂闊に部屋から出られない。いや、出ることはできるし、あの程度の装備と人数なら、はっきり言ってわたしの敵ではない。だが。

 避けるべきは、監視カメラにわたしの姿と声を記録されること。この部屋の中だけなら、既に《変成》でそれらの記録機器は全て壊してあるが、廊下はまだだ。……いや、待てよ。あ。


 これからどうしようかを考えていたら、部屋に手榴弾を投げ込まれた。わたしのほかにもやつらの仲間と思われる男がまだ3人居るのに、まとめて吹き飛ばすつもりか。

 わたしは《変成》で、手榴弾そのものではなく、その下の床に穴を開け、爆発寸前のソレを下の階へ落とした。もちろん、落下を確認したら床の穴は再び《変成》で塞いでおく。

 足下から轟音が響いてくる。運悪くそのフロアに居たであろうこいつらの仲間の冥福を……誰が祈るかボケ。

 それより、さっき思いついたこと。監視カメラなどの機器があるということは、当然それらを動かすための電源も来ているということだ。それらを全て短絡(ショート)させれば、建物全体のブレーカーを落とせるかもしれない。当然、非常電源はあるだろうが、回路を短絡させたままにしておけば、非常電源に切り替わった瞬間にまた落ちるはずだ。

 早速、わたしはそれを実行した。

 ばぢん! ぶうぅぅん……

 暗闇に包まれる室内。同時に、部屋の外が一気に慌ただしくなる。その気配から、わたしはやつらがだいたいどこら辺に集まっているのかの目安をつけて、《変成》を発動させる。

 行う処理は、まず廊下の空気中に含まれる水蒸気を、一旦水素と酸素に分解。その直後に、分解した水素と酸素とを再度反応させ、爆発を起こす。


 さっきの手榴弾、階下からの轟音をはるかに凌ぐ……もはやソレを音と認識するのを脳が拒むような音が生じ、鉄筋の壁がひしゃげる。

 廊下は静かになった。あまりの爆音にわたしの鼓膜が逝ってしまった、という訳ではない。はずだ。

 目指すは社長の居場所。わたしは窪みに水たまりのできた廊下を駆け抜けつつ、襲撃の合間に目についた、コンセントや監視カメラなどの電源線を適当に《変成》で短絡させていく。こうしておけば、こいつらがブレーカーを復旧させようとしても、その瞬間にまた落ちるだろう。わたしが弄った箇所を全て直さない限り、ブレーカーは復旧できない。

 周囲の状況把握も兼ねて、次元の狭間経由の短距離転移を繰り返しつつ、わたしは、ついに社長を追い詰めた。


     ●


 びしっとスーツで決めたいいオジサンという感じの社長は、ご丁寧にも建物の屋上に居た。お約束(?)の、ヘリでの逃亡を図ったようだ。

 わたしが京を助けてから今まで、おそらく30分も経っていないと思うが、この短時間でよくヘリを準備できたものだと感心する。……あるいは、いざという時のためにいつでも離陸できるよう、常に準備していたか。

 もちろん、おとなしく逃がすつもりは無い。《変成》でヘリの構造を解析し、燃料タンクから燃料を吸い上げる部分を閉塞させた。同時に、この場に居る全員、社長1人とヘリのパイロット1人、護衛2人、それぞれが持っている武器も、全て分解しておく。


「……こ、ここ、殺せぇっ!」


 ゆっくりと社長の方へ歩を進めるわたしを指さし、社長は護衛2人に怒鳴った。

 わたしに向かって飛びかかってくる護衛たち。わたしは彼らにそれぞれ、《加速》で下向き5Gをかける。

 べしゃっ。

 護衛2人は屋上の床に張り付いた。どうにか立ち上がろうと腕を立てるが、そこから先ができない。


「な、何が……!?」


 腰を抜かす社長。

 わたしは護衛の1人の頭を踏みつけ、視線は社長の方を向けて、言う。


「異世界研究所で、わたし、言ったわよね? わたしの周囲の人間に手を出したら、あんたたちにも相応の被害が出る、って」


 言いながら、踏みつけている頭を蹴り、護衛を気絶させる。もう1人も同様に。彼らの意識が無くなったのを確認して、《加速》を解除。


「こ、小娘の分際──ひぁっ!?」


 今度は、何かを言いかけた社長に《加速》をかけ、屋上のフェンスの外、下は地上数十階の高さの空中に浮かばせる。


「ああ、ヘリのパイロットさん。今のわたしにちょっかいを出したら、わたし、お宅の社長にかけた魔法の制御を失ってしまうかもしれないから。地上に汚らしい花を咲かせたくなかったら、そこでおとなしく見てることね」


 ヘリから降りてきたパイロットに釘を刺し、屋上と建物内部との出入り口は事前に《変成》で固めて封鎖してあるので、これでもう邪魔が入ることは無い。

 わたしは社長のそばへ、屋上のフェンスのそばへ歩いていき、冷たく言い放つ。


「さあ、最期に言い残すことはあるかしら?」

「ひ……ひぁ……あぅ……」


 短く空気が漏れるような声しか出てこない社長の口。そして、下からは……スーツの股間には染みが広がっていく。


「……はぁ」


 わたしは短く溜息をつき、社長をフェンスの内側へ勢いよく飛ばした。社長の体が屋上の床を数回転がったところで、わたしはその襟首を掴んで持ち上げる。《加速》はもう解いているので、わたしが持ち上げるにつれ、社長の首は絞まっていく。


「ぅぎ……っ!」


 社長は膝立ちのような姿勢になり、苦悶の声をあげる。わたしはさらに社長の襟首を持ち上げ、自分は身を屈めて、鼻先が触れるくらいの距離で上から睨みつけた。


「今回は殺さないでおいてあげるわ。けど、次は無いと思いなさい」

「わ、分かっ……助け……!」


 今にも消えそうな声で命乞いをする社長を投げ捨て、わたしは、社長の服や体に付着したわたしの痕跡──指紋や髪の毛など──を《変成》で全て分解してから、京の所へ転移した。

 後で京に聞いたところ、京は、捕まっていた時にいわゆる()()はされなかったようだ。それが聞けただけでも、わたしは安心できた。

 ご協力者


◆元ROM専様

 空気中の水蒸気を酸素と水素に分解し、再度反応させることで爆発を起こすシーンの爆発力、および、それによるダメージの表現方法について、ご助言を頂きました。

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