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【旧】日帰りRPG ~チート少女の異世界(往復自由)冒険譚~  作者: フェル
第1章 起

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19 こっちでまたまた急展開

  6月28日(火) 16:30 レディクラムの役所


 わたしがビザイン共和国で真っ当に暮らせるようにするための国民登録、ゴルテンさんと一緒に行ったレディクラムの役所で、その手続き自体はすんなりと進んだ。……が、手続きの最後で、なんだかキナ臭い雰囲気が漂ってきた。


『それでは、今回は黒龍を退治した特例ということで、その……申し上げにくいのですが、こちらで少々特別なお話を……』


 役人はそう言って、わたしとゴルテンさんを別の場所へ案内しようとする。

 大勢の人々が居る役所の窓口で役人が《黒龍を退治》と口にしても、それにいちいち反応する人は少ない。どうやら、わたしが黒龍を倒したことは、既にレディクラムの人々に広く知られているようだ。……まあ、あの時はあんな目立つ帰り方をしたんだから、当然といえば当然だが。

 手続きのために席についていたわたしは、役人の言葉に従うべきかどうか、そばに立ってくれているゴルテンさんを見上げて無言で意見を求めた。


『……まあ、デイラムも《ちょっと面倒なことになるかも》とは言ってたからな。ここは役人の言うとおりにしようぜ』


 わたしは頷き、ゴルテンさんと2人で役人に従った。

 案内されたのは、建物のやや奥まった所にある、ごく普通の応接室。……応接室といえば異世界研究所の件で嫌な思い出があるが、今回は地下という訳でもないし、特に気にすることは無い、か?


『ええと、竜之宮由美様。国民登録のお話をする前に、少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか』

『? ……ええ、別に構いませんが?』


 頭に疑問符を浮かべながらもわたしがそう答えると、役人は一旦部屋を出ていった。

 そして、数分後。さっきの役人は、立派な甲冑を纏った騎士風の男性と共に部屋へ戻ってきた。

 甲冑の男性が部屋に入った途端、ゴルテンさんの顔が険しいものになる。


『これはこれは……』

『知ってるの? ゴルテンさん』


 わたしが聞くと、それに答えたのはゴルテンさんではなく、甲冑の男性だった。


『知っているも何も、ゴルテンとは旧知の仲さ。なあ?』

『……ここでおまえが出てくるとは、《あの噂》はどうやら本当だったらしいな、ガディオン?』


 全然嬉しそうじゃないゴルテンさんの言葉に、甲冑の男性は同じく不満げな笑みで応えた。


     ●


 役人と一緒に入ってきた甲冑の男性、彼の名はガディオン・アズハウト。このビザイン共和国の軍人で、地位は副司令。総司令の1つ下だそうだから、軍のナンバー2だ。

 そんな大物がなぜわたしに会いにきたのか。その理由は、ゴルテンさんが口にした《あの噂》に関わるものだった。

 ガディオンさんが言う。


『竜之宮由美といったか。単刀直入に言おう。今、我が国は隣国レギウス王国と戦争の危機にある』


 ……は? 今、なんと? 戦争?

 あまりにも突然すぎて何も言えないでいるわたしに構わず、ガディオンさんは続ける。


『デイラム……レディクラムの冒険者ギルドは、我が国内の問題解決に《伝説の傭兵》の協力を仰ぐことによって、《レギウスで有名な人間がビザイン国内の問題解決に協力した》という形を作ろうとしているようだが、おそらく、それも──』

『ちょ、ちょっと待ってください! 戦争っていったい……!?』


 ようやく言葉が出たわたしに、ガディオンさんはやや不思議そうな顔をした。そして、ゴルテンさんに問う。


『なんだ、ゴルテン。まだ話してなかったのか』

『軍もまだ正式に発表していない段階の情報を、そうホイホイ言えると思うか?』

『確かに正式発表はまだだが、国民の間ではそういった噂は既に出始めているぞ?』

『それは……そうだが……』


 それから、ガディオンさんとゴルテンさんとで、そのことについて説明してくれた。

 きっかけは些細なことだったらしい。国境付近の領土を巡って小競り合いが、とか、そんな感じのものだ。ただ、その領土というのがレギウス王国でかなり有力な、しかも過激派の貴族の領地だったようで、その貴族はレギウス国王を通じて、ビザイン共和国に自身の要求を突きつけてきた。

 その内容は、《小競り合いでわずかにレギウス側に移動した国境を元に戻し、かつ、この騒ぎを起こした責任として、国境を元に戻すことで得られる領土と同等の領土を、さらにレギウスに提供する》こと。

 要は、国の領土の話にかこつけて、自分が失った領地の倍の領地を寄越せと言ってきているのだ。


 ビザインとレギウスは大陸を2分するそれぞれ大国で、国境の殆どは湖や険しい山脈を通っているから、人が行き来できるようになっているのは実質2ヶ所。

 小競り合いがあったのはそのうち大陸の北側にあるほうで、アールディアの件で伯父(クラウス)さんとイリスが通ろうとしている関所は南側だ。レディクラムからは南側の関所のほうが近い。

 ガディオンさんの、というより、ビザイン共和国軍としての要望は、わたしに……《龍殺しの英雄》に、レギウスに対する切り札になってほしい、ということらしい。(くだん)のレギウスの貴族が挑発的行動に出た場合に、《こちらには黒龍を単独で殺した英雄が居る。我が国への態度を改めることを期待する》のような警告の材料として使いたい、と。

 そしてもし、この問題が両国の戦争という事態に発展してしまった時は……まあ、そういうことだ。


 そして、さっきガディオンさんが少し喋った、デイラムさんが伯父さんに依頼することでどうこうという話。

 あれは、デイラムさんは本当に偶然、レギウスとの問題がこじれ始めた今、カインがアールディアの件をデイラムさんに話したことで思いついたらしい。形はどうあれ、《レギウス国民である伝説の傭兵が、ビザインの問題解決に協力した》ということにすれば、戦争を回避できるのではないか、と。

 でもこれ、《ビザインは自国の問題すら自力で解決できない》と取られる可能性もあるんじゃ……?


 この問題について、現状のビザイン側の公式表明は《国境を元どおりにする準備はある。それ以上の要求には応じられない》というもの。小競り合いを最初に起こしたのはレギウスの貴族のほうだったらしいが、その貴族は小競り合いの結果領地を少し失ったのが納得いかなかったようで、《必要以上に我が領地を奪ったのは過剰な侵略だった》と、怒りを(あらわ)にしているようだ。

 こんなめんどくさい問題、進んで関わりたいなどと思う訳が無い。


『……もし、この件をわたしが断ったら、どうなりますか?』


 わたしの問いに、


『申し訳ないが、君の国民登録の《特例》を認める訳にはいかなくなる』


 ガディオンさんが苦い顔で答えた。わたしの《特例》、国民登録はするが納税等の全免除、それを認める代わりに軍に協力しろ、ということか。……しかし、その程度で済むのなら、正直、わたしとしては断りたい。ゼルク・メリスでの《便利な拠点》を得られなくとも、わたしには殆ど不都合は無いからだ。

 そのことを、わたしが言うより先にゴルテンさんが切り出した。


『悪いが、ガディオン。由美にその交渉は無意味だ』

『何? どういうことだ?』


 ここで、ゴルテンさんは一旦わたしの方を向く。


『話してもいいか?』

『……いや、わたしから話すわ』


 わたしは、ガディオンさんにそのことを説明した。

 わたしが地球出身の灰の者であり、かつ《伝説の傭兵》の姪であること。アールディアの件には、《伝説の傭兵》の妹であるお母さんも関わっていること。そして、わたしの自宅は地球にあり、ゼルク・メリスで国民登録ができなくても何ら問題は無いこと。

 わたしの国民登録を担当してくれた役人もこの場に居たが、まあ、聞かれても問題は無いだろう。どうせデイラムさんの店の人たちはほぼ全員が知っていることだ。


『ですから、国同士のいざこざに巻き込まれるくらいなら、国民登録はしません。アールディアの件が終われば、わたしがこの国を訪れることも、もう2度と無いでしょう』


 わたしがそう言いきると、ガディオンさんと、特に役人はあからさまに動揺し始めた。

 役人の(すが)るような視線を受け、ガディオンさんは……なっ!?


『今までの非礼をお詫びする。だから、《龍殺しの英雄》殿、どうか我が軍にご協力いただきたい』


 ガディオンさんはその場に(ひざまず)き、(こうべ)を垂れて(うやうや)しく、その言葉を口にした。……この国では、頭部を相手より下にするのは最大限の敬意、もしくは謝罪を意味する。それを軍の幹部が……わたしに……?

 これには、わたしはもちろん、ゴルテンさんも驚きを隠せなかったようだ。


『おい、ガディオン……!?』

『あ、頭を上げてください。わたしにできる範囲でなら協力しますから』


 うっかり承諾してしまった。……もし、これがガディオンさんの作戦なら……いや、そこまで疑うのは、今はやめよう。


『ご協力に感謝する。……では、改めて、わたしから事の子細を説明致しましょう』


 ガディオンさんはゆっくりと立ち上がり、その話を始めた。

 今回の小競り合い、ビザイン共和国とレギウス王国との間に2つある関所の1つ、北側の関所で起きたこの問題が、ただちに両国の全面戦争に発展するおそれは、今のところ無い。しかし、レギウス王国には未だに大陸制覇を狙っている貴族が居るらしく、今すぐに全面戦争という事態にはならないものの、そのきっかけになる可能性は十分にある、と。

 南側──伯父さんたちが通過しようとしている側──の関所付近の情勢は今のところ安定しているし、両国の国民同士の感情もまだそれほど反感は(いだ)き合っていないので、全面戦争になるとしても、早くて数年後という見通しではある。だが、もしレギウスが本腰を入れて攻めてきたら、国力でわずかに劣るビザインは不利。


 冒険者ギルドは基本的に国家間の政治問題には介入しないが、ギルドに所属している冒険者個人としては、国から命じられれば、逆らうのは難しい。その意味で、レギウスが《伝説の傭兵》《天才魔導士》《天才魔導士の再来》を切り札として利用する可能性は十分にあり、ビザインとしても、どうにか対抗できる切り札が欲しい。

 ……聞いていて実に胸糞の悪くなる話だった。なぜこうも、(ことごと)くわたしの血縁者が政治に、戦争に利用されるのか。

 わたしの向かい側の席で役人は怯えて縮こまり、ガディオンさんもどことなく硬くなっているようだった。……まあ、ね。こんな話を聞かされて、すこぶる機嫌の悪い《龍殺し》が目の前に居れば、しかもその《龍殺し》は三白眼気味で目つきが鋭いとくれば、まともに目を見ることすら怖くなるのも無理はないとは思う。


『……できる範囲で協力すると言った以上──』


 自分でも驚くほどの低い声。その声に、役人が一瞬びくっとする。……わたしは続ける。


『──《龍殺し》の名前は自由に使ってください。ただし、《伝説の傭兵》とその関係者とは、わたしは戦いません。国からの《お願い》を聞くかどうかはわたしが判断しますし、命令ならば聞きません。《龍殺し》……1国の存亡を賭けて相打ちに持ち込めるかという黒龍、それを(ほふ)る者の意味を、よくお考えください』


 少しのハッタリも織り込みつつ、わたしはそう答えた。

 ゼルク・メリスは、わたしが生きる世界ではない。もし、地球で同じ交渉を持ち掛けられたら、たぶん、同じ答え方はできなかっただろう。いつでも逃げられる、その安心感が、わたしに少しの無茶をさせている面は確かにあった。

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