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【旧】日帰りRPG ~チート少女の異世界(往復自由)冒険譚~  作者: フェル
第1章 起

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Side5 (Side1b)日常は唐突に終わらなかった

 吉田京の視点。

  1月11日(金) センター試験会場からの帰り道


 少し先の丁字路の信号が赤になったので、スロットルを戻してブレーキの準備をする。

 明日(あした)は大学入試センター試験だ。あたしは試験会場までの道順を確かめるため、前日の今日、地図を見ながら会場までバイクで行ってきた。今はその帰り。

 第一志望はもちろん由美と同じ大学、学部だ。……正直、進学なんて言っても、自分が本当にしたいことが何なのか、まだ全然見えていない。だったら、今までいろんな意味であたしを助けてくれた由美と同じ道を歩んでみたい、そんな軽い気持ちで第一志望は選んだ。まあ、あたしの成績で医学部なんて受かるかどうか分かんないけどね。第一志望C判定だったし。


 歩道に1人の中年男性が居た。ただ立ち尽くしていてどっちへ歩いていく訳でもないし、なんか怪し──!?

 男性はいきなりこっちを向いて、手に持っていた何かを放り投げた。


「危な──」


 投げられた《何か》をかわそうとして、あたしはバイクごと転倒した。エンジンブレーキでいくらか速度は落ちていたとはいえ、まだ30km/hは出ていただろう。あたしの体はバイクから投げ出され、先の丁字路へどんどん近づいていく。

 最新の衝撃吸収機能付きライダースーツのおかげで、舗装路との摩擦によるダメージは殆ど無い。路上を滑る勢いも急激に弱くなってきてるから、丁字路の反対側のガードレールにぶつかる心配はなさそ──

 ぶちゅ! ごきっ! ごしゃっ!


「……………ごぼっ」


 息ができない。お(なか)から下の感覚も無い。口から出てくるのは、赤黒い泡だけ。……何が起きた?

 目の前に広がるのは、ひたすらに青い空。どうやら、あたしの体は路上で仰向けになっているらしい。頭を動かせる範囲で、周囲を見渡してみる。

 仰向けのあたしから少し離れた所に、あたしがさっきまで乗っていた、ひしゃげたバイクが転がっていた。その向こうには、タイヤから赤黒い跡を引きながら走り去るトラック。

 ……ああ、あたしは轢かれたのか。

 なんでこんなことになったんだろう。由美はあんなことに巻き込まれても無事に帰ってきたっていうのに。あたしといえば、こんな一瞬で。

 死ぬ、んだよね、これ。死んじゃったら、もう由美に会えなくなるんだよね。そういえば、由美と初めて会ったのって、いつだったかな。

 視界が霞んできた。……やだ。死にたくないよ。お母さん。お父さん。……由……………


     ●


「──て。起きて、京」


 ……あれ? どこかで聞いたような声が聞こえる。あはは……死んじゃったら、今までの思い出の中にずっと居られるのかな。それなら、死ぬのも案外、悪くない、かもね。


「起きて、京!」


 今度ははっきりと聞こえた。これ、由美の声だ。あれ? あたし、死んじゃったんだよね? なのに、なんで由美の声が聞こえるの? まさか、由美ももう死んじゃってて、あの世で再会したとか? うーん、死んでも由美に会えるのなら、それはそれで嬉しいような、でも、由美も死んじゃったのは嫌なような……はっ!?

 ようやく意識がはっきりしてきた。あたしは今、由美にお姫様抱っこされてる。トラックに轢かれて潰れたはずのあたしのお(なか)から下も、トラックに轢かれたのがまるで嘘だったかのように、元どおりになっていた。

 見上げると、そこにはあたしを見下ろす、由美の優しげな瞳がある。


「え? ゆ、由美!? なんで……あたし、トラックに轢かれて死んだはずじゃ……!?」

「わたしが助けたのよ。まあ、ちょっと神様の力を借りたけど……でも、わたしの目が届く限り、あんたを死なせはしないわ」


 事も無げに由美は言う。……ああ、また由美はあたしを助けてくれた。こんなことされて、惚れるなっていうほうが無理でしょ。


「立てる?」


 由美があたしに聞いてくる。あたしは……


「……もうちょっと、こうしていたい、かな」


 抱かれてるから既に密着してるんだけど、それでももっと由美の体温を感じたい、もっと由美の柔らかさを……由美ってけっこう筋肉ついてるから意外と硬いんだけど、とにかく感じたい、そう願って、あたしは、自分の顔を由美の胸に近づけた。……いつもなら、ここで無言の拳骨が飛んできたりとかするんだけど。


「……あんたは、それで満足なの?」


 今日の由美の反応は、いつもとは違った。あたしはそれに驚いて、思わず顔を上げた。あたしの目に映った由美の顔は、普段あまりあたしに見せたことの無い、困惑? それとも、悩み? そんな、複雑な顔をしていた。


「え……どういう……?」

「わたしが恋人として好きなのは純よ。あんたのことも好きは好きだけど、それは親友としての《好き》。だから、わたしがあんたの思いに応えてあげることは無い。あんたはずっとわたしに片思いし続けることになるんだけど、それであんたは満足なの? ……振り向いてくれない相手を追っかけ続けることに……耐えられるの?」


 ……たぶん、由美はあたしに《振り向いてくれる相手を探せ》と言ってるんだろう。そして、それでもあたしとは親友で居続けてくれる、とも。だけど、あたしは……もし、あたしに振り向いてくれる相手が現れたとしても、あたしが、その相手の方へ振り向く自信が無い。……由美以外を、見る自信が無い。

 これがドロドロの昼ドラなんかだったら、純を殺してでも由美を振り向かせる、とかいう展開になるんだろうけど。そんなことをしたら、由美はますますあたしから遠ざかってしまう。親友でさえ、居てくれなくなってしまう。

 あたしは、上げていた顔をまた俯かせた。そして、


「……分かんない」


 その一言を口にするのがやっとだった。

 抱かれたまま、呼吸のリズムでかすかに動く由美の体だけを感じる時間が流れる。

 その動きが何度か繰り返された後、一際大きな……いや、これから喋るために、呼吸より少し多めに息を吸っただけだろうけど、そんな動きがあった。


「あんたがそれでもいいって言うのなら、友達以上恋人未満になってあげてもいいわよ。……純の許可も貰ったし、ね」


 あたしは思わず由美の顔を見上げた。


「いい……の……?」

「……純も言ってたんだけどね、わたしが苦しむところを見るのが一番嫌だ、って。わたしも同じ。あんたが少しでもつらい思いをしなくて済むのなら……無理に《親友》のままで居続けさせはしないわ。……ほら」


 そう言うと、由美はあたしを地面に立たせた。そして、あたしの肩に手を回し、自分の方へ抱き寄せる。


「さっきも言ったけど、わたしの恋人は純よ。それは変わらない。だから、これはただの傷の舐め合いなんだろうけど……それで少しでも、傷の痛みが小さくなるのなら……」

「由美……っ!」


 あたしは、自分からも由美の背中に手を回して、その体をしっかりと抱き締めていた。


     ●


 冷静になってから、ふと思う。あたしたちは平日昼間の路上でなんて真似をやらかしてしまったのかと。

 抱きついていた由美から慌てて離れると。


「何をそんなに慌てているの?」


 由美が不思議そうに聞いてきた。


「だっ、だってその……平日だよ? 真っ昼間なんだよ!?」


 顔から発火しそうな気持ちになって、あたしは由美に畳み掛けた。でも、由美にはそれを意に介した様子は無く。


「ああ。周り、見てみなさい」

「え……?」


 由美に言われて慌てて辺りを見渡してみる。……あ。


「ここ……由美が転移する時に使ってた……」

「そ、次元の狭間。《もうちょっと、こうしていたい》の辺りから、なんだかおかしな雰囲気になりそうだったからね。あの付近の風景をそのままここで再現して、転移したの。気づかなかったでしょ?」


 由美は悪戯っぽく笑いながら言った。

 あたしも、なんだか笑いがこみ上げてくる。


「……ぷっ。おかしな、だなんてひどいよ、由美」


 それからしばらく、由美と2人だけの空間で、あたしたちはひとしきり笑い合った。

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