Side4 願いと代償
白龍の視点。
6月23日(木) どこかの山中
人間たちの町に挾まれた盆地、彼らは《龍の昼寝場所》と呼んでいるようだが、それはあながち外れてもいない。普段は俺があそこを昼寝場所にしているし、俺があそこを使っていない時は、我が友、黒龍イヴィズアークが使っている。
「おぉ、イヴィ君大ピンチ。シェル君、お友達なのに助けに行ってあげないの?」
俺の隣で元人間のメス、フォスティアがそんなことを言う。元がどうのなどというのなら俺も元白龍のオス、となる訳だが、まあ、今はそれはいい。
俺たちの目の前には、空中の何も無い所に映像が映し出されている。俺やフォスティアの持つ管理者権限によって中継されている、イヴィズアークと名も知らぬ人間のメスとの戦いの場面だ。
「助けに行ったところで、それでやつを救うことはできても、やつは満足せんだろうさ。それに、1対1の戦いに横やりを入れるなどという無粋な真似をするつもりも無い。……貴様もそれを分かっているからこそ、このように面白がって見ているのだろう?」
「まーね。だけど、人間が黒龍を相手に《戦い》に持ち込めてる、っていうのが、あたしゃ驚きだよ」
フォスティアは言う。その《戦い》に持ち込めている最大の理由が、実はイヴィズアークの勘違いにあるのだから、我が友ながらなんとも間の抜けたやつだ。
決着はすぐについた。どんな魔法を使ったのかは分からないが、あの人間がイヴィズアークの首を刎ねることで、この《戦い》に勝利を収めた。
あの人間が真正面から突っ込んでいったあの時、もし、イヴィズアークが《圧縮光弾》を──人間たちは《龍のブレス》と呼んでいるようだが、あれは口の中で超圧縮した《光弾》だ──放っていれば、あの人間にはなすすべは無かったことだろう。その直前の状況で、ただ空中で静止していた時とは違い、高速で低空飛行しながらでは同じ方法でやり過ごすことはできなかったはずだ。もし、できたとしても、地面との距離が近すぎて、やり過ごした《圧縮光弾》が着弾した時の余波で吹き飛ばされる。
「あーあ、やられちゃった」
「それだけあの人間が優れていたということだ。……しかし、イヴィズアークはあの人間と生まれ変わっての再会を望んだというのに、なんとも」
「ん? どういうこと?」
「いや、気づいていないのならいい」
この世界ゼルク・メリスと、おそらくあの人間の故郷の世界もそうだろうが、その世界の中で生きる我らが強く望めば、双方の世界の管理者である我らが女神は、ある程度その願いを聞き入れてくれるらしい。俺もフォスティアも、そのおかげで今こうして管理者権限をある程度行使できるようになった。
しかし、管理者権限にしろ転生にしろ、女神に願いを聞き入れてもらうための代償は当然ある。だから、いざ女神にその機会を与えられたとしても、選択はこちらに委ねられる。とはいえ、女神が動くほどの願いなのだから、選択を委ねられてもまず断る者は居ないだろうし、選択を迫られた記憶が残らない、無意識のうちに了承していることもあるだろう。
女神に願いを聞き入れてもらえた事例で最近のものというと、イリスか。あの少女は、あちらの世界からこちらの世界へと、前世の記憶を引き継いだまま転生させられた。
この時の代償は、おそらく《前世の記憶を引き継ぐこと》。それは、彼女自身は己がそれを望んだと思い込んでいるだろうが、おそらく実際に願ったのは別のことだ。
イヴィズアークの願いは、おそらくあの人間との再会。代償は……
「……くくっ。いずれ機会があれば、俺もあの人間に会ってみるとするかな」
我が友よ。貴様の願いは、確かに叶ってはいると思うぞ。その自覚は、貴様には無いだろうがな。
 




