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9 棚ボタなんて言わないで

  6月23日(木) 夕暮れ ベアティス付近の街道


 切り落とした黒龍の首を持って、わたしはベアティスの町への街道を歩いていた。黒龍の首はそれだけでわたしの身長ほどあるので、《加速》で鉛直上向きに1G弱をかけて、体感で風船並みの軽さにしてある。

 黒龍との戦いでわたしが受けた傷は、《変成》で塞げるものは全て塞いだので、後は打撲なんかの残っている痛みが消えるのを待つだけだ。普通に歩く分にはまだちょっときついが、大きな支障は無い。


 町の入り口が見えてきた。そこには……え?

 町の入り口にはそれぞれ角熊に乗ったカインとオージンが居て、その2人を町から追い出すように、けっこう大きな人だかりができていた。そして、わたしがその様子に気づくのとほぼ同時に人だかりがわたしの方へ向かって移動し始め、カインたちが人だかりとは逆方向に走りだす。

 まずい! 直感が告げる。

 人だかりを見た感じ、冒険者などの戦闘職は殆ど居ないようだが、わたしもまだ本調子ではない。走って逃げるのは、無理だ。

 わたしは迫ってきた人の波から逃げるため、自分にも《加速》をかけて上空5mほどまで浮き上がった。


「って、ちょ──!?」


 これは予想外だった。わたしが上空へ逃げた時、迫ってきた人々の動きが一瞬止まった。これは、まあ予想の範囲内だ。ゼルク・メリスの人々にとって、わたしの魔法はおそらく見たことの無いものだろうから。

 予想外だったのはその後だ。人々はわたしに向かって光の弾を飛ばしてきた。とっさに、わたしは黒龍の首を盾にしてその弾を防ぐ。

 何発もの光の弾が黒龍の首、というか顔面に直撃する。が、そこはさすがに黒龍、死体になってもその強靱な鱗と皮膚はびくともしない。そして、これで少しとはいえ考える余裕ができたことで、わたしはこの《光の弾》がどういうものなのか、なんとなく分かってきた。

 この《光の弾》は、威力こそ大幅に劣るものの、黒龍のブレスと同じ性質のもののようだ。たぶん、魔力を物理的な破壊力に変換して撃ち出す、というたぐいの魔法だろう。

 と、そんなことを考えていると、黒龍に話しかけられた時のように、頭に直接声が聞こえてきた。


『由美、とりあえず今は逃げて。事情は後で説明するから。デイラムさんの店で落ち合おう』


 この声はカインか。そういえば、カインも通信魔法が使えるって言ってたっけ。足下を見下ろすと、人だかりから少し離れた所で立ち止まっているカインたちがわたしを見上げている。

 ああもう! 黒龍との戦闘が終わったばかりで疲れてるっていうのに!

 わたしは黒龍の首を盾にしつつ、《加速》を制御してレディクラムの町へ向かって飛び始めた。


     ●


 カインたちを追い越して一足先にレディクラムに入ったわたしは、町の人々の喚声に出迎えられた。その内容は、主に驚愕と賞賛。たぶん、カインが事前に通信魔法でデイラムさんに連絡しておいてくれたのだろう。店からデイラムさんも出てきて、わたしは人の波にもみくちゃにされながら色々と聞かれた。


『ま、待って待っ──』「あ(いた)っ!」


 不意に体に走った痛みに叫び、わたしは倒れるようにうずくまった。同時に、押し寄せてきた人の波が少し下がる。


『悪い。見た目怪我が無さそうだったから、つい加減を忘れちまった』


 そう言ってデイラムさんが肩を貸そうとしてくれる。


『ごめん、触れるだけで痛むから、しばらく触らないで』

『お、おう』


 その後、デイラムさんは集まった人たちを引き下がらせてくれた。わたしが持ってきた黒龍の首は、後でデイラムさんの知人に頼んで剥製にしてくれるらしい。

 さすがにあんな物を日本へ持って帰る訳にはいかないので、わたしは、剥製はデイラムさんの店に置いてもらうことにした。

 集まった人たちがほぼ全員下がった頃、ようやく怪我の痛みも落ち着いてきた。


『大丈夫そうだな。……すまなかった』


 立ち上がったわたしに、デイラムさんが頭を下げる。その所作に、わたしは少し驚いてしまった。

 わたしが驚いたことに、デイラムさんも驚く。


『な、なんだ? 俺が謝ったことがそんなに意外か?』

『ごめんなさい、そうじゃなくて』


 わたしは、日本の《おじぎ》という文化について簡単に説明した。そして、続ける。


『こっちに……ゼルク・メリスに来てから、挨拶としてのおじぎを見たことが無いからさ。てっきり、こっちには《頭を下げる》っていう文化が無いのかと思ってたのよ』


 だから、わたしもこっちではあまり頭を下げないようにしてきた。


『ああ、そういうことか。……っと、ここで話し込むより、まずは店に戻ろうぜ』


 デイラムさんに促されて歩きだし、わたしたちはそのまま歩きながら会話を続けた。

 デイラムさんが言うには、他の国はともかく、少なくともこのレディクラムがあるビザイン共和国では、頭部はその人の最も大事な部分であり、その人の魂が宿っているとされている。その大事な部分を相手より下に位置させることは、《自分は相手より格下である》と認めることになるので、よほどのことがない限り人前で頭は下げない、とのこと。

 そして、その文化のせいで、身長の高低や、単純に相手より高い位置に居るかどうかなどによる差別や(ひが)みが少なからずあるんだとか。……ベアティスでわたしが宿屋のオバサンに小娘呼ばわりされたのは、もしかしてそれもあるのだろうか。

 この話が終わる頃、わたしたちはちょうど宿酒場に着いた。


 宿酒場に着いてからは、デイラムさんの『龍殺しの英雄にまずは1杯奢らせてくれ』との言葉に甘えて、わたしは銘酒レディクラムを傾けながらカインたちを待っていた。こっちで飲む分には合法だからね。

 カレンダーも見せてもらったけど、日本のそれと全く同じで、1年は365日だった。だから、年齢の数え方の上でも問題は無い。

 で、カインたちを待っている間、デイラムさんにベアティスの人々の反応について聞いてみた。


『ああ、黒龍を倒して帰ったら《光弾》をぶち込まれたんだったか』

『《光弾》……?』

『ああ。あんたがベアティスの連中に食らわされた魔法の名前さ。魔力をそのまま攻撃力、っつーか打撃力に変えて撃ち出す、って魔法らしい。俺も詳しくは知らんがな』


 ゼルク・メリスの魔法にも個別に名前があったのか。……って、そりゃあるか。でないと、いちいち《○○の魔法》とか言わなきゃならないし。

 それから、デイラムさんはわたしの疑問に答えてくれた。

 デイラムさんが言うには、ベアティスと、《龍の昼寝場所》を挾んだ反対側にある町は、あの盆地が《龍の昼寝場所》と呼ばれるようになったきっかけがあってから、つまり、あそこに白龍と黒龍が現れるようになってからできた町らしい。

 今から約100年前。盆地に黒龍が現れるようになり、何日か待たされていた冒険者や行商人たちが集まって自然とできたのが、両側の2つの町だと。

 だから、デイラムさんの推測では、町ができたきっかけである黒龍が居なくなったら町が寂れてしまう、人々の間にそんな焦りがあったのだとすれば、結果的にとはいえ黒龍を倒したわたしは、人々からは町を滅ぼす悪魔に見られていたのだろう、と。


『何それ。そんなの、ただの屁理屈じゃない』

『そうだな。あんたが黒龍を倒していなくとも、今後黒龍があそこ以外の場所を昼寝場所に選ぶ可能性もあったんだ。だいたい、100年もあそこに黒龍と白龍が居続けたことのほうが珍しいくらいだしな』


 デイラムさんは苦笑していた。


『……あ、もうすぐ晩ご飯だからそろそろ帰らないと』


 何気なくスマホで時間を確認したら午後6時ちょっと前だった。わたしは、ちょうど空になっていたグラスをカウンターに置いた。


『なんだ、もう帰るのか? 晩飯も奢らせてほしかったんだが』

『さすがにそこまでしてもらっちゃ悪いわよ。それに、お母さんもわたしの分を作って待ってくれてるだろうし』

『そこまで、って……あんた、自分が成し遂げたのがどれほど凄いことなのか分かってねえな? 黒龍退治なんて、国1つが存亡をかけて、周到な準備の上で全軍で挑んで、それでもどうにか深手を与えて追い返せるか、ってところだぞ。……まあ、今回のは国の存亡とかじゃなくてあんたの個人的理由みたいだが、それでもあんたは一生遊んで暮らせるだけの対価を貰っても、誰にも文句は言われないと俺は思うがね』


 デイラムさんは言う。

 そこでふと、わたしはあることを思いついた。それはデイラムさんへのお願いだが、デイラムさんの口ぶりから考えると、たぶんこれくらいのお願いなら大きな問題は無いと思う。もしダメだったとしても、デイラムさんの性格なら笑って無かったことにしてくれるだろう。


『じゃあ、さ。わたしがこの町で真っ当に暮らせるように、小さくてもいいから住む家と、えっと……国民登録、だっけ、してもらえないかな?』


 お母さんを何度かこっちへ連れてくるようになって、お母さんから1つ言われたことがある。それは、ゼルク・メリスには日本でいうところの《戸籍》に当たる物が無いということ。国内に限れば、各国ごとに独自に管理している国民登録制度があるので問題は無いが、1度国外に出れば、自分がその国の出身であることを証明することはできないそうだ。

 自分が国民登録している国にその証明書を発行してもらうことはできるが、その国以外の正式な場では証明書としての効果は無い、つまり、パスポートとして使えない。まあ、だからこそゼルク・メリスにとって異邦人であるわたしが、今こうして普通に客として来店できている訳ではあるのだが。


 どこの国でもいいのだが、とりあえず今はこのビザイン共和国に居るので、ここで国民登録をしようと思う。登録する理由は、まあ、これもなんとなくだ。《どこかの誰かさん》よりは、《ビザイン共和国の竜之宮由美》のほうが、たとえそれを正式に証明することはできないとしても、ゼルク・メリスで活動する上で何かと都合が良い、と思う。

 で、デイラムさんにそのことを言うついでに、1つ条件、というか希望を付け加える。これが通らないと、こっちで国民登録する意味は薄い。


『一生遊んで暮らせる対価に値するっていうのなら、わたしがこっちで国民登録するにあたって、税金とか、そういう諸々を全部免除してほしいのよ。要は、とりあえずこっちで拠点が欲しい、でも面倒は嫌、そんなところ』


 我ながら随分贅沢な注文だと思う。でも、デイラムさんの言葉を信じるなら、たぶんこれでも小さすぎる望みだと思う。……まあ、デイラムさんがわたしを陥れようとしている可能性も無くはないが、その時はその時で、今後関わらないようにすればいいだけだ。


『……くくっ。まったく、欲の無い姉ちゃんだな』


 デイラムさんは笑いを堪えながらそう言った。そして、わたしの隣で夕食を食べ始めたゴルテンさんに声を掛ける。


『聞いてたなゴルテン、そういう訳だ。由美に次の月曜以降で都合のいい日を聞いて、役所へ連れてってやってくれ』

『おうよ』


 なぜ次の月曜以降なのか。デイラムさんに聞いたら、役所へ紹介状を書いておいてくれるとのこと。冒険者ギルドの長というのは、わたしが思っていたよりかなり高い地位にあるようだ。


『おっと、そうだ由美。今日はもういいが、明日(あした)また俺んトコへ来てくれないか? あんたがその気になればでいいんだが、俺からも1つ頼みがあるんだ』

『ん、分かったわ』


 わたしは短くそれだけ答えて、(うち)へ転移した。

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