13 乱れた国の行く末は
【分体の視点】
11月6日(水) 19:50 ディナリウス家別荘 応接室
「で、では《浮遊島》は……?」
驚き半分、安堵半分といったところか。ディナリウス卿は目を丸くして、ソファから半ば立ち上がる勢いでわたしに聞いてくる。
事の顛末をフォスティアに報告した後、わたしは、あの時の黒龍──《浮遊島》の攻略中に通信魔法でわたしに話しかけてきた黒龍──に会いに行った。後で話す、という彼との約束を果たすためだったのだが、会いに行ったその場で《浮遊島》が完全に破壊されたことが確認できたのは幸運だった。
そのあたりの事情を、今、ディナリウス卿には細部をぼかして説明し終えたところだ。
「ええ。抽出魔法の関連施設は白龍たちが処理してくれるだろうし、今後、同様の脅威が現れる可能性はまず無いと見ていいんじゃないかしら。まあ、レギウスにとっては、今回の件は災難だっただろうけど」
イアス・ラクアの気まぐれで、再び天使が現れでもしない限りは。……その言葉は、飲み込んだ。
後は、例えば研究施設から持ち出されていて、破壊を免れた資料が残っていた、なんてことがあれば、そこから研究が再開される可能性はある。
まあ、それは今から気にしても仕方のないことだが。
ディナリウス卿は青い顔をしている。この様子では、魔石銃について彼に聞くのは、日を改めたほうが良いだろうか。
今日、わたしが彼に、というか、《神童》に会いに来た理由──この時期に《神童》の存在を公表した意図を探ること──は、《浮遊島》の件が解決したことで無くなった。
魔石銃についても、ザイアンさんには、銃を作る馬鹿共に灸を据えるのは思い出した時でいい、と言われている。
無理に探し出してまで銃を……もともと武器が身近に存在するこの世界に、新たな武器として普及しつつある魔石銃を、壊して回る必要は無い、か?
わたしは小さく息を吐いてから、言った。
「それじゃあ、わたしはこれで失礼するわ。あなたにはもう1つ聞きたいことがあったんだけど、それはまた別の機会に……まあ、余裕ができた時にでも、冒険者ギルドを通して、わたしに連絡して頂戴」
その言葉に、ディナリウス卿ははっと顔を上げる。そのまま何かを言うようでもなかったので、わたしは、転移のために次元の狭間へ飛び込んだ。
ガディオンさんには、直接会って報告したい。さすがに、通信魔法だけで報告するには、ちょっと事情が複雑すぎる。
その後、ゼナンとレディクラムそれぞれの冒険者ギルドの長、シゲールさんとデイラムさんにも報告しに行った。
全てが終わってアパートへ帰ってきた時には、時刻は22時になっていた。
明日は、大学へは分体で行くつもりでいた。既にそのつもりでいる本体はもうベッドで寝息をたてているから、今、分体が《明日は本体で大学に行く》と思い直したとしても、その意思を本体が知るのは、朝、目が覚めた時だ。
慌ただしくはしたくない。かといって、今からわたしが寝たのでは、朝、いつもの時間に起きるのは少しつらい。
「……あ」
本体の寝顔を眺めながら考えていた時、ふと、あることを思いつく。一旦、分体を消して、本体が目覚めた時に改めて分体を生成すればいいのではないか。
分体は《分体能力を発動した時点の本体》の状態をそのまま複製して生成される。ということは、睡眠時間や眠気などといった生理現象も、その時点の本体と同じ状態になるはずだ。
この思いつきも、本体がそれを知るのは目覚めた時だから、どの道慌ただしくはなる。が、これが成功すれば眠気の無い分体で大学に行けるのだから、状況は今より悪くはならない。
最悪でも、本体で大学に行って、準備していない弁当の代わりには何か買っていけばいいだけだ。
そう決めると、わたしはゆっくりと風呂に入り、23時を少し過ぎた頃、《分体消去》で分体を消した。
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【本体の視点】
11月7日(木) 05:30 アパート 由美の部屋
目が覚めた時、わたしは、久しぶりに分体に対して恐怖を抱いた。分体能力をイアス・ラクアに授かったばかりの頃、分体の自我が本体から独立して勝手に振る舞い始めるのではないか、などと思ったことがあったが、あれに近い感情だ。
まるで、分体が本体と意識を共有しているだけの他人に思えてくる。
そんな恐怖を抱いた原因は、昨日、寝る前までは確かに出していた分体が、今朝起きた時には消えていたから。
分体の記憶が本体に統合された時にその恐怖はほぼ消えたが、片方が寝ている間ももう片方が起きて活動している、ということが、思っていたより怖いことだと、今更ながらに思い知った。
……そういえば、今までは本体と分体の就寝、起床時刻は極力揃えるようにしてきた。今思えば、無意識にこの恐怖を避けていたのかもしれない。
わたしは、昨夜の分体の思いつきのとおりに、改めて分体を生成した。
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後日、ディナリウス卿にはギリオール商会との関係についての話を聞くことができた。彼の手引きで、ギリオール商会の会長バスクとも直接会って話ができたのだが、両者のいずれも、《ギリオール商会は、今回のレギウスとビザインの領土問題には全く関係が無い》と言っていた。
ゼナンの裏路地でわたしが遭遇したゴロツキ共。ディナリウス家が彼らに魔石銃を売ったのは、貴族として……まあ、政治的に色々と裏とも繋りを持っておいたほうがいいとの判断からだそうだ。
あの時の被害者も、ギリオール商会の関係者ではないらしい。
そして、王都を失ったレギウス王国は瓦解した。その経緯は、おおまかに次のようなものだ。
王族の殆どは王都アントバードに住んでいたため、《浮遊島》の空爆で町もろとも蒸発した。
それを知った国内各地の第1貴族たちは《自分こそが正統な王家の血筋だ》と名乗りを上げ、あるいは婚姻などで王家を離れた者を祭り上げ、旧レギウス王国領のあちこちで《新レギウス王国》だの《レギウシアナ王国》だのといった新たな国家を立ち上げていった。
レギウス王家に心から忠誠を誓い、なんとか王国の瓦解を食い止めようとする貴族たちも、居るには居た。しかし、彼らは新興勢力に《旧王家の復興を企む一派》と見なされ、結局、《新興勢力の1つ》として、新たな国を興す、という形を取らざるを得なかった。
結果的に、旧レギウス王国は大きく3つに分かれた。
1つは、旧レギウス王国領のほぼ南半分。前述の《旧王家の復興を企む一派》が、同派の第1貴族バートラス家に嫁入りした元王族の女性──今は亡きレギウス王の姪──を擁立し興した、バートラス王国。初代女王となったその女性の意向で、レギウスの名は残さないことにしたそうだ。
残る北半分を分けたのは、ディナリウス領とそれ以外。ディナリウス家は自身の領地をビザイン共和国の属州とすることを望み、残った地域に、その他の貴族たちが興した国々がひしめくこととなった。
わたしは国の喧嘩には興味が無いので、この騒動には直接手を貸してはいない。まだ暴れ足りない様子の黒龍ベイスニールを、《今度はこの人に協力してあげてね》と、カインに押しつけてきたくらいだ。後は知らん。
バートラス建国の英雄、《黒龍騎士》アルフィネート兄妹なんて、知らん。
第3章・終




