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エンドリア物語

「ポットを届けに」<エンドリア物語外伝58>

作者: あまみつ

 届け物はガラスのポットだった。

 ダイメンの王都ブムレにある老舗の古魔法道具店【深魚堂】が、東方で作られた保温機能付きミルクポットを探しているとロイドさんが教えてくれた。桃海亭で一時期展示販売していたのを覚えていてくれたらしい。

 何回かの手紙でのやりとりの後、オレが【深魚堂】まで現物を持って行き、見てもらうことになった。

「ボクしゃんも行くしゅ」

 ムーがついてきたのは、ブレムで蚤の市が開かれていたからだ。古道具店の集まりの販売会には入場不可のムーだが、誰でも自由に出入りできる蚤の市は自由に見て回れる。

 もし【深魚堂】でガラスのポットが売れたら、オレも一緒に蚤の市を回って、いい魔法道具があれば仕入れるつもりでいた。

 届け物が極薄のガラスのポットなので、木箱に入れて緩衝材に木くずを詰め、歩いて届けに行くことになった。ニダウからブムレまでは、早朝に出て、野宿で一泊すれば、翌日の夕刻前は着く。ガラスのポットを見てもらって、宿で一泊。早朝から蚤の市を見てまわり、昼過ぎの乗り合い馬車に顔を隠して乗り込んで、ニダウに帰ってくる予定だ。

 出発の朝、空は晴れていた。オレはポットを入れた木箱と飯と着替えを詰めた背嚢を背負い、ブムレに向けて旅立った。

 オレとムーの徒歩の旅は静かだ。

 ムーは歩いている間は『考えるしゅ』だ。前もろくにみないので、最近は腰に紐をつけて、その端をオレが握っている。ムーが道から落ちたときや馬車が走ってきたときに引っ張って、事件にならないように気をつけている。

 ムーは自分が崖から落ちたことも気づかないほど思考に没頭する。だから、ムーから話しかけてくることはあまりない。それなのに、後ろを歩いていたムーがオレに話しかけてきた。

「ウィルしゃん」

「なんだよ」

 振り向かずに答えた。

「ボクしゃん、天使になった気分しゅ」

「天使?」

 振り向いた。

 羽があった。

 ムーの背中から左右に広がっている。長さ1メートルをこす巨大な羽が左右に2枚ずつ生えている。

「天使の気分しゅ」

 蛾の羽を生やしたムーが言った。

 鱗粉のベースは茶色。羽の真ん中には大きな黒い丸がある。

「ムー」

「はいしゅ」

 声が心なしか高い。

 デカい瞳を輝かせて、満面の笑みを浮かべている。

 両手を左右に広げ、天使ポーズだ。

「羽が………」

 ムーの頭の向こう側に何か見えた。

 フサフサの触角があって、黒い複眼がある頭ががニョッキリと現れた。

 蛾だ。

 ムーに羽が生えたのではなく、巨大な蛾がムーの背中に張り付いているだけだ。

「ボクしゃん、空を飛べそうでしゅ」

 ムーの背中をつかんでいる。そのまま飛び立つ。どこか遠いところに、ムーを連れて行ってくれる。

「どうかしたしゅ」

「そろそろ、飛んでくれないかなと思っているところだ」

「大丈夫しゅ。こうして手を広げていると、このままお空に飛んでいける気がするしゅ」

 蛾がとがった口でムーの髪を突っついている。

 キャンディの甘い香りがするので、モジャモジャの白い髪を花と勘違いしているかもしれない。

 気配を感じ、後ろに思いっきり飛んだ。

 網が広がり、ムーと蛾に被さった。

「やったぞ!」

 遠くから走ってくる数人の男たちがいる。

「捕まえたぞ」

「逃げないように押さえてくれ!」

 そう叫びながら、駆けてくる。

「このモンスターは地上に降りることがほとんどないので捕獲ができなくて困っていたんだ。初めての捕獲例だ」

 数人で網からムーだけを引き出して、巨大蛾を包み込んだ。

「ありがとう、ありがとう」

 リーダーらしき人が、ムーの手を両手で掴んでブンブン振っている。

「お礼にこれをあげよう」

 ガラスの箱に入った蝶の標本をムーに渡すと「さあ、帰るぞ」と言って蛾を連れて、走っていった。

 彼らが現れて去って行くまでの間、オレもムーも一言も発していない。

 ムーの手にある標本を見た。

 小さい。

 3センチほどのガラスの箱に1センチほどの白い蝶が入っている。

「これはなんだ?」

「ダイメンホワイト。お守りに使われるしゅ」

「お守り?」

「ウサギの足みたいなもんしゅ」

「高く売れるのか?」

「知らないしゅ」

 あっさり言うとオレに渡した。

 背嚢に入れようと思ったが、ポットが邪魔で入らない。しかたないので、ムーの頭の上に乗せた。飛び跳ねている毛がクッションの代わりだ。

「ほよしゅ?」

「時間を食ったな。急ぐぞ」

 歩き出して10分ほどしたとき、4人乗りの馬車がオレ達の横を追い越した。スピードを落として、数十メートル先で止まった。馬車はそのまま停止していたので、歩いているオレ達は追いついた。個人所有の馬車らしく、派手なデコレーションが施されていた。全体が金色に塗られ、バラが絡まっている金属製の装飾が馬車の窓枠や屋根や手すりにされていた。

 年輩の女中が降りてきた。

「おっしゃるとおりです。ダイメンホワイトが乗っていました」

「見せておくれ」

 ピンクのドレスを着た30代の女性が降りてきた。ムーの頭に乗った蝶の標本をのぞきこんだ。

「綺麗なダイメンホワイト。これをくださいな」

 そう言うと、ムーの頭から標本を取り上げた。

「これを代わりに差し上げましょう」

 そう言うと丸いガラス瓶を乗せて、馬車に戻った。続いて、年輩の女性も乗り込んで、馬車は動き出した。

 ムーの頭の上に、丸いガラス瓶。

 オレもムーも、馬車が現れてから去っていくまで、一言も話していない。

「これ、なんだ?」

「わからないしゅ」

 真ん丸の瓶の開口部にはコルクが差し込んである。

「ダイメンで聞いてみればわかるかなぁ」

 ムーの頭の上に瓶を戻して、歩き出した。

 10メートルほど歩いたところで、ムーが転んだ。

 頭から瓶が転がり落ちて割れた。

「すごい匂いだな」

 甘い匂いが、周りに広がった。砂糖水を香りにして、100倍に煮詰めたような甘い甘い匂いだ。

「ミロンの実の匂いしゅ」

「なんだ、それ」

「香水の原料しゅ。売れば高かったしゅ」

 ムーのポシェットに突っ込むべきだったと反省しているオレの耳に聞き慣れない声が届いた。

「助かった、助かった」

 声の方を見ると、割れた瓶の陰に2センチほどの小人がいた。定番の三角帽子に先のとがった靴を履いている。

「ミロンの実の香りに誘われて、瓶に入ったらコルクで栓をされて逃げられなくなった。助けてくれて、ありがとうよう」

 小さすぎて、容姿がよくわからない。声からすると若い男のようだ。

「ささやかだが、礼だ。受け取ってくれ」

 そう言うと、わずかな煙を残して消えた。

 オレもムーも、小人とは一言も話していない。

「お礼?」

「ほよしゅ?」

 地面には何も置かれていない。

 頭上で風きり音がした。

 みあげると何かが落ちてくる。

「おっ!」

「ひょ!」

 オレとムーが飛び退いた地面に、落下した。

 高さ約3メートルの巨大ドングリ。

 先端が地面に突き刺さって、立っている。

「これをどうしろっていうんだ?」

「運ぶしゅ」

「こんなデカいもの運べるかよ」

「軽いしゅ」

 試しに持ってみた。

 軽い。

 普通のドングリと同じで、振るとカラカラと音がする。

「持って行って、何かに使えるのか?」

「簡易物置しゅ」

「物置?」

「堅くて防水がきいているしゅ。地面にグリグリと刺すと、すぐに物置になるしゅ」

「扉はどうするんだ?」

「ウィルしゃんが開けるしゅ」

 叩いてみた。

 薄いが硬度がありそうだ。

「オレの拳だと壊れないかもしれないぞ」

「ノコギリを使うに決まっているしゅ」

 ムーに投げつけようとして思いとどまった。

 オレが初めてみたドングリだ。ブムレで高く売れるかもしれない。

「このドングリしゃんは、売れないしゅ」

 オレの考えを見透かしたようにムーが言った。

「なぜだ?」

「物置以外に使えないしゅ」

「物置の材料として売れないのか?」

「物置になれば売れるしゅ」

「オレにわかるように言えよ」

「中身があると売れないしゅ」

「中身に問題があるのか?」

「違うしゅ。中身があると、困ったものがくるしゅ」

「何が来るのかオレにもわかったみたいだ」

 森から大型の熊が飛び出してきて、もの凄い勢いでオレ達の方に向かって駆けてきている。その数、約20頭。

「これ、いるか?」

「あきらめるしゅ」

「よし」

 オレは巨大ドングリを熊達にむかって放り投げた。一番近い熊が飛びついて、殻を割って食べだした。他の熊もどんぐりに群がっている。

「行くか」

「はいしゅ」

 そう言ったムーは、足下に残っていた巨大ドングリについていたボウシと呼ばれる部分を頭に被った。ムーには大きすぎるが、ツバが広いので日除けにはなる。

 オレとムーはブムレに向かって歩き出した。




「ずいぶん汚れているけど、何かあったのかい?」

「大丈夫です。大したことはありませんでした」

 ブムレの【深魚堂】には予定通り、次の日の夕刻に着いた。商品のガラスのポットを見てもらうと、いたく気に入ってくれて約束の価格に上乗せして買い取ってくれた。

「ありがとうございます」

「旅館は予約してあるから」

 旅館までの地図をもらい、行ってみると風呂付きだった。汚れた身体を洗いさっぱりとして、ベッドに潜り込んだ。

 昨日、ムーがドングリの帽子を被って歩いていると、火の粉が飛んできてドングリの帽子が焼けた。旅の一行が昼飯を作るために河原で焚いた火が風で散ったらしい。代わりに使って欲しいと、羽飾りのついた布の帽子をもらった。それを被って歩いていくと、帽子の上に白い鳥が乗った。クチバシで帽子についた羽根飾りを取ろうと突っついていたが、疲れたのか途中でやめた。しばらく帽子の上に座っていたが2時間ほどで飛び立っていった。その後には、白い卵が2つ。昼飯のおかずに蒸し焼きにして食べることにした。土を掘って、卵を置いて、葉っぱを大量に被せて、ムーがファイア!卵型の炭が完成。食料を無駄にしたこと反省して、土に埋めようとしたら卵の隣に黒こげ蛇を発見。オレ達が置いた卵を食べにきて、一緒に天国に旅立ったらしい。黒こげ蛇を埋めようとしたら、通行人が欲しいと言ってきて、オレ達が何も言わないのに蛇を持って行き、代わりにダイメン特産のデカデカイチゴを2個置いていった。オレとムーで食べながら歩いていくとムーと同じサイズの男の子が走ってきて、オレに両手をつきだしてちょうだいをした。オレが渡すと美味しそうにデカデカイチゴをかじりながら、オレ達についてきた。食べ終わると男の子は自分のかぶっているビロードでできた濃紺のベレー帽とムーが被っている羽根飾りのついた帽子を交換した。濃紺のベレー帽には小さな花が刺繍してありムーが喜んだ。そのまま3人で歩いていくと前からやってきた高級なローブを着た3人組がムーを見て驚いた。そして、手をつかんで連れて行こうとした。ムーが短足で逃げながら、異次元召喚をした。体長3メートルくらいのゴツゴツの人参が現れた。頭の葉っぱを振り回して暴れ回り、3人の魔術師は逃げていった。召喚は成功だったようで、ムーは人参の肩に乗り、オレと男の子は徒歩でブレムに向かって歩き始めた。数分で人参が縮みはじめ、30分ほどでオレと同じサイズになった。肩に座れなくなり、ムーは人参から降りた。オレとムーと男の子と人参で街道を歩いていくと、前方から馬が走ってきた。乗っていたのは偉そうな壮年の男性。ムーと男の子を見比べて、男の子をつかまえて馬に乗せた。男の子の知り合いだったようで、男の子は走り去るとき手を振ってバイバイをした。オレとムーは手で、人参は頭に生えた葉っぱで、バイバイをした。人参はどんどん小さくなり、夕刻には中指サイズになったので、ムーのポシェットに入れた。代わりにチェリースライムが出てきた。堅パンと水の夕食をとった後、街道沿いの平らな空き地にスライムテントに張り、寝た。夜中に盗賊とモンスターがテントの外で騒いだので、紙に【桃海亭の極悪コンビ睡眠中】と書いて、外から見えやすい場所に置いたところ静かになった。その後は爆睡して、早朝に気持ちのいい目覚めを迎えた。チェリーテントはなくなっており、ムーもいなくなっていた。代わりにいたのは、丸まると太ったロック鳥。起きたオレの隣に座り込んでいた。ロック鳥のクチバシにショッキングピンクの布が挟まれていた。クチバシを蹴ると、クチバシがパカッと開いた。中にあったのは、金色に輝く宝石のついた王冠。喉の入り口にひっかかっている。頭を突っ込んで、王冠を引っ張り出した。ロック鳥は嬉しそうに一声鳴くと、どこかに飛んでいった。背嚢からパンと水筒を出して代わりに王冠を入れた。パンをかじりながら歩いていくと、道にムーがうつぶせに倒れていた。上着の背中の部分がなくなっている。突っついてみると、飛び起きてオレの持っていたパンにかじり付いた。オレは背嚢からもう一本パンを出すと。ムーと2人でパンをかじりながら街道をブレムに向かった。昨日、ムーを連れ去ろうとした魔術師3人組がやってきたが、丁寧なものいいでムーにビロードの帽子を譲って欲しいと申し出た。断ると高額な金額を提示した。それでもムーが拒否すると魔術師のひとりが高速飛翔をしてムーの帽子を奪い取った。慌ててムーが魔法を打った。使った魔法がファイアだったので、ビロードの帽子は焼失した。持っていた魔術師も火傷を負ったが残りの2人が魔法で治療にあたり、すぐに回復した。帽子がなくなってしまったので、3人は肩を落として帰って行った。その後はムーについているミロンの香りに誘われたらしい小人の集団に追いかけられたり、豆粒サイズになった人参と別れを惜しんだり、街道を通行している人から、いきなり魔除けの札を投げつけられたりしたが、大きな事件に出会うことなく無事にブレムについた。

「蚤の市でいい品物に出会えるといいな」

 明日を夢見て、オレは目を閉じた。




「盛況だな」

「はいしゅ」

 ブレムの蚤の市というから、さほど期待はしていなかったが出店数の多さに驚いた。ブレムの町の中心にある広場を、露店が埋め尽くしている。年代物を売っている商店は少なかったが、自宅でいらなくなったものを並べている個人の露店は200以上ある。

 ムーとブラブラ歩きながら、オレ用の古着を数点買った。

 オレのシャツをムーが強く引っ張った。

「あれしゅ」

 個人で出している露店だった。古い本が並べられ、その隣に壊れた時計や古いおもちゃが数点置かれていた。

 少し歩いていき、ムーを残してオレだけ戻った。

「これ、いくらですか?」

 置き時計だ。手の中に握れるほど小さいサイズだが、長針が折れている。

「銀貨1枚」

 うずくまるように座った男は、顔も上げずぶっきらぼうに言った。

「この時計、動きますか?」

「動かない」

「針が折れて、動かなくて、銀貨1枚?」

 さりげなく、値下げを要求する。

「デザインで売っている」

 負ける気配はない。

 オレは渋々と財布から銀貨1枚を出して時計を買った。

 ゆっくりとムーのところに戻る。

「ほいしゅ」

 ムーがポシェットに時計を突っ込んだ。

 他にも自動点灯のランプをひとつ手に入れた。

 便利なので人気の商品だ。売り手は使い方がわからなかったようで激安で売っていた。

 丁寧に回ると、昼近くになった。

「そろそろ行くか」

 まもなく出る、ニダウ着の定期便の馬車に乗れば、夕方には帰れる。

 オレとムーが広場から出ようとしたとき、高らかにラッパが吹き鳴らされた。広場の正面にある時計塔のテラスから、貴族の男が姿を現した。

「これより、広場を閉鎖する。全員動かないように」

 ガチャガチャと金属音が響き、鎧を着たダイメンの兵士たちが広場を取り囲んだ。

 広場はざわめいたが、貴族の男が上空に向かって魔法を放った。上空で破裂音を繰り返す。音が止まると広場は静かになっていた。

「我々はある盗難事件を捜査している。品物を持ち出した者はこの広場にいることがわかっている。その者を特定するので動かないで欲しい」

 広場の全員が動きを止めた。

 上空に魔法道具の投影板が浮かび上がった。

 そこに映された画像は壮年の女性。背景は屋敷の壁らしき蔦のレリーフのある石壁。その前を前屈みで何かを持った女性が歩いている姿だ。

「わ、私ぃーー?」

 驚いた声が響いた。

 一斉にそっちを見る。

 個人で露店を出している区画で店番をしていた女性が驚いた顔で投影板を見上げている。

 ダイメンの兵士たちが女性を取り囲んだ。

「蔦のレリーフの壁ですから、スタンフォード様のお屋敷ですよね。確か先日屋敷をお訪ねしました。頼まれて不要品の引き取っただけです。盗んだりしていません」

 ダイメンの兵の後ろから、テラスにいた貴族が姿を現した。

「話は別の場所でゆっくり聞こう」

「何かの間違いです。私は盗んでいません」

 騒いでいる女性を兵士が引っ張っていった。

 喧噪は続いていたが、オレとムーは広場を離れた。乗り合い馬車の時間が迫っている。急いで、馬車乗り場に向かって走った。




「お帰りなさい。遅かったですね」

 深夜過ぎ、店の扉を開けると、シュデルが言った。カウンターで杖を磨いている。起きて待っていてくれたらしい。

「馬車に乗せてもらえなかったしゅ」

 先に乗ったオレは無事通過した。ムーが乗ろうとしたところ、大きさからムー・ペトリであることを疑われ、チェックされてバレた。

「しかたないから、ムーが現世召喚でブルードラゴンを呼び、乗って帰ってきた」

 現世召喚の成功率はほぼ100パーセント。

 ブルードラゴンを移動に使えれば楽なのだが、そうできない理由がある。

「どこまで大丈夫でしたか?」

「中間地点過ぎまでは頑張った」

 呼ぶのは調教されたブルードラゴンではなく、野生のブルードラゴンだ。当然だが乱暴な飛び方をする。

「今日のドラゴンしゃんが、メチャ下手だっただけしゅ」

 ムーが酔うのだ。ムーが意識を失うとドラゴンのコントロールができなくなるから、その前に地上に降りなければならない。降りてからしばらく動けないから、オレが背負って歩くことになる。

「熱いスープを用意しておきました。どうぞ、食堂…………」

 シュデルの目がムーを見ている。

 いや、ムーではなく、ムーのポシェットを見ている。

「どうされたのですか?」

「ゾンビに見つかったしゅ」

「どうやって手に入れたのですか?」

 シュデルがムーをにらんだ。

「買ったしゅ」

「売りに出るはずがありません」

「本当しゅ」

 ムーがポシェットをゴソゴソとかき回した。とりだしたのは、蚤の市で買った壊れた時計。

「ほいしゅ」

 カウンターに乗せた。

 そして、オレの向かって言った。

「ベロベロだから、大丈夫しゅ」

「シュデルの影響は受けないのか?」

「受けたら困ります。これは【始まりの時計】です」

「【始まりの時計】?」

「店長が知らなくても当然です。魔法道具ですが特定の一曲しか流すことしかできません。それ以外はただの時計です」

「なんか、安そうだよな」

「古魔法道具としての売値は、銀貨1枚が妥当だと思います」

 蚤の市の店主の値つけは妥当だったようだ。

「ふふふっー、でも【始まりの時計】だから、金貨に変身しゅ」

「ムーさん、笑っている場合ではありません。これはどこのですか?」

「教えてあげないしゅ」

「現存している国のでしたら、大変なことになります」

 青ざめたシュデルと楽しそうなムーが対照的だ。

「あのな」

「店長、どうしましょう」

「とりあえず」

「とりあえず?」

「オレに【始まりの時計】が何かを教えてくれ」

 一瞬ポカンとしたシュデルだが、すぐに説明してくれた。

 ルブクス大陸の東にある一部の地方では、領主になると親しい領主たちがお金を出して【始まりの時計】をプレゼントする風習があるらしい。”時の流れが終わるまで、あなたの国が続くように”という意味があるらしい。

 問題なのは時計ではなく、時計に内蔵されている音楽らしい。必ず作曲家に依頼して、新しく作らせた荘厳な曲が流れるようにするらしい。それを戴冠式に使うことがルールらしい。曲は【始まりの時計】ごとに違う。【始まりの時計】を失うと、次の領主の戴冠式に曲を流せなくなってしまうことになる。

「店長、本当にこの【始まりの時計】を蚤の市で手に入れたのですか?」

「おっさんが座って売っていた」

「途絶えた家のものでしょうか。でも、家が途絶えた時には時計は壊すものなのですが」

「そういえば、ダイメンで盗難騒ぎがあった。ダイメンでは使わないのか?」

「使いません。ダイメンの周辺の国でも使われないと思います」

「そうなると………」

 シュデルがどこの国かわからない。時計に手がかりがない。

 それなのに、ムーはどこの国か目星がついている。

「シュデル、紙がないか?」

「これを」

 カウンターの下からメモ帳を出した。

「こんな花を見たことないか?」

 ムーが貰ったベレー帽の刺繍の小さな花を描いた。

 絵は下手だとわかっているが、他に伝える方法がない。

「もしかして、これでしょうか?」

 シュデルが書き直した。

 6つの丸い花弁。やけに大きな雄しべが3つ。

「あ、これだ」

「ロブロスの紋章です」

 シュデルがカウンターの下から地図を出した。

「ここです」

 小さい。

 シュデルの言うとおり東の端のほうにある国だ。地図に書かれた領土から名前がはみだしているくらい小さい国だ。

「ずいぶん遠いよな。なんで、ダイメンにいるんだ」 

「ダイメンの正妃はロブロスの王室の方です」

「あ、そうなんだ」

「これはロブロスの【始まりの時計】の可能性が高そうですね」

 外が騒がしくなった。

 真夜中だというのに、強い明かりが窓から差し込んできた。馬車がとまる音。

 足音が店に近づいてくる。

 シュデルが時計をカウンターの下に隠した。

 扉が開いた。

「ロブロスの【始まりの時計】はあるか!」

 ものすごい勢いで怒鳴った。

「こんな夜中にお疲れさまです」

 魔法協会災害対策室室長のガレス・スモールウッドさんだ。

「ダイメンでロブロスの【始まりの時計】が消えた。戴冠式を控えていることから緊急で魔法協会に遺失物探しの依頼が出た。調査したところロブロスの王子が落として壊したので、暖炉に隠した。暖炉を掃除した屋敷のメイドがゴミとして出した。引き取った女性が蚤の市で見知らぬ男に売った。その男は蚤の市で別の露店を出しており、見知らぬ若者に売ったそうだ。その若者は茶色髪に茶色い目、洗い晒しの服以外特徴らしき特徴がないそうだ。ウィル、ロブロスの【始まりの時計】を買ったか?」

「こちらに」

 シュデルがカウンターの上に乗せた。

「あったぁー」

 叫んだスモールウッドさんが安堵の表情を浮かべた。

「よく当店にあると、おわかりになりましたね」

 シュデルが微笑んだ。

「ロブロスの王子の護衛についたダイメンの魔術師3人組が『白い髪の小さな魔術師に会った』と言ったのだ。ロブロスの紋章がついたベレー帽を被っていたので、最初は王子と間違えて、次にベレー帽を取り返そうとしたら燃やされたと言っていた。王子とムーの身長はほぼ同じだ。もしかして、桃海亭の極悪コンビが来ていたのかもしれないと思い、蚤の市の関係者と乗り合い馬車に聞き込みをしたところ、ムーらしき人物が乗り合い馬車に乗ろうとして追い出されたという情報を得て、ここに駆けつけた」

 よほど、焦っていたのだろう。オレ達が目の前にいるのに【極悪コンビ】と言っている。

「お疲れのようですね。美味しいお茶を入れますから、一息ついてからお帰りになってはいかがですか?」

「そうしたいのだが、急ぎの用事がもうひとつある。帰らなければならない」

 ローブの袖から、厚手の布を取り出した。カウンターに広げると時計を置き、丁寧に包み始めた。

「タンセド国の王妃が園遊会でティアラを盗まれた。どうしても行方がつかめないと私のところに応援の要請がきたのだ」

「魔法探索や占いでは見つからなかったのですか?」

 シュデルが心配そうに聞いた。

「魔法がかかっていない普通のティアラだった為に、探索にかける目印がないのだ。占いにも出なかったそうだ」

「それは大変ですね」

「王家に代々伝わる由緒ある品だけに王妃は半狂乱だ。魔法協会には『まだ、見つからないのか』と毎日、矢のような催促だ。おかげで、災害対策室の私まで駆り出される始末だ」

 時計を包み終わり、持ち上げようとしたところで包みが崩れた。

「おっと」

「よろしければ、僕が包みましょうか」

「頼む」

 シュデルが早い手さばきで綺麗に包んでいく。

「盗まれたということですが、園遊会ならば警備はされていたと思うのですが」

「しかたない。空から盗まれたのだ」

「空からですか?」

「ロック鳥だ」

 ロック鳥。

 ムーがスモールウッドさんの手を突っついた。

「ボクしゃんが樹状召喚でロック鳥を集めてあげるしゅ」

「その手があったか!」

「ロック鳥に恨みがあるしゅ。ブワッと集めてあげるしゅ」

「ロック鳥を集めてたとしても、巣に王冠を持ち帰っていれば、捕まえただけでは見つからないな」

 スモールウッドさんが腕を組んだ。

 オレは足下においた背嚢から、ロック鳥の喉にあった物を取り出した。

「スモールウッドさん」

「ん、どうした?」

「これ」

「こ、これは!」

 ロック鳥の乾いた唾液がついている王冠を強く握った。

「どうしたのだ!」

「昨日の朝、空き地で目覚めると隣にムーがいなくて………」

「いなくて?」

「代わりにロック鳥がいて、ロック鳥のクチバシにムーの服があったので、蹴飛ばして口を開けさせたら、ムーの代わりに王冠がありました。金になるかと取ってきました」

「よくやった!」

「金になるかと……」

「そいつしゅ!そいつが、トイレに起きたボクしゃんの背中をくわえて飛び立ったしゅ!」

 ムーの鼻息が荒い

「餌ですね」とシュデル。

「朝食だな」とオレ。

「ウィルは狙われなかったのだな」とスモールウッドさん。

「店長は脂がありませんから」とシュデル。

「なるほど」とスモールウッドさん。

 シュデルが綺麗に包んだ時計を、スモールウッドさんの前に置いた。スモールウッドさんが商品の椅子をカウンター前に移動させて座った。

「シュデル。お茶を入れてもらってもいいか?それとこれも包んでくれると助かる」

 王冠をカウンターに乗せた。

「少しだけお待ちください。先にお茶の用意をしてまいります」

 シュデルが食堂に消えた。

「スモールウッドさん」

「わかっている。金になるようにしてやる」

「ありがとうございます」

 お茶を飲んだスモールウッドさんが帰って、数日後、分厚い手紙が3通届いた。

 ロブロス王国から時計を見つけてくれた礼状。手紙だけ。

 タンセド公国の王妃からの礼状。王冠を見つけてくれたお礼。手紙だけ。

 スモールウッドさんから、ロブロスは小さな国で財政が苦しく、わずかな蓄えも戴冠式で消える予定なので、礼金なし。タンセド公国はプルゲ宮の後始末で財政が厳しいので、礼金なし。分厚い手紙には2国の財政状況が詳細に書かれていた。

「金にならなかった」

「喜ばれたのですから、それで良いかと」

「本音か?」

「できれば、時計を買うのに使った銀貨1枚は返していただきたかったとは思います」

 読んだ手紙を封筒に戻すと、シュデルが文箱に入れてカウンターの下に入れた。

 店の扉が荒々しく開けられた。

「ウィルしゃん、手伝うしゅ!」

 飛び込んできたムーが怒鳴った。

 再び店を飛び出していく。

 急いで店を出た。店の扉のすぐ先の地面に凝った魔法陣が描かれていた。直径は30センチと小さいが、オレが見たこともない変わった記号がいくつも書かれている。

「発動させるしゅ!」

「待て!」

 オレが静止の声をあげる前に、ムーの魔法陣が輝きだした。

 オレは振り返りキケール商店街の通りに向かって怒鳴った。

「ムーの魔法陣が発動しました。急いで逃げてください!」

 たちまち商店街から人が消えた。逃げた人々は近くの商店の中から、こちらを伺っている。

 魔法陣の輝きは増していき、円柱状の光が空に伸びていく。

「こいつは何だ?」

「特定召喚の魔法陣しゅ」

「特定召喚?」

 ムーは通常の召喚は呪文と印で行っている。女神とか悪魔とか異次元に直接通路を開くときなどは魔法陣を書くが、今回のはそれらとは様子が違う。

「条件を設定したしゅ。一昨日の朝、ベケルト街道周辺に現れたロック鳥を呼んでいるしゅ」

「もしかして、お前をくわえた鳥を探しているのか?」

「そうしゅ!ウィルしゃんは見ているはずしゅ。ボクしゃんを食べようとしたロック鳥か、確認して欲しいしゅ」

 オレ達が話している間にも魔法陣は光り続けた。

「あのロック鳥を召喚して、何をするんだ?」

「もちろん、復讐しゅ!」

 光の柱の中にぼんやりとした影が現れた。

「来たしゅ!」

 輝きが薄れると見覚えのある姿が現れた。

 ムーが短い指でさした。

「ウィルしゃん、こいつしゅか?」

「こいつだな」

 ふっくら、丸まる太ったロック鳥だ。

「わかったしゅ。ボクしゃんの怒りの……………」

 桃海亭の扉が開いて、シュデルが姿を現した。

「店長、騒がしいようですがどうかしましたか?」

 オレは地面に描かれた魔法陣を指した。

「ムーが召喚していた」

「ムーさんはどちらに?」

「あそこだ」

 オレは上空を指した。

 ロック鳥がムーをくわえて、遠ざかっていく。

 くわえられたムーが手足をばたつかせて、何かをわめいている。

「餌ですね」

「昼食だな」

「夕食までに戻られるでしょうか?」

「復讐が果たせたら、帰ってくるだろ」

「その時はぜひ、勝利の証を持ち帰って欲しいです」

「ロック鳥の肉って、うまいのかな」

 ニダウに正午の鐘が鳴り響いた。


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