武王、動く
「じい! 暇だ! 踊れ!」
ここはレインス王国。武と知を尊ぶ国。
王を一年に一度の国民総出の武闘大会で決める国。
参加資格十六歳から優勝し、十年連続で武王の玉座に座り続ける長い黒髪の美丈夫が叫ぶ。
「最近はとんと戦話がありませんなあ」
王を内政の面でサポートする大臣もまた、知識が優秀な人物から一年毎に選ばれる。
この国にはある意味で身分など存在しない。国民全員が王に付き従う兵士たちである。余談だが冒険者ギルドもこの国には一切ない。傭兵も雇わない。その者らに頼る弱き者がいないのだ。そういう者はこの国ではすぐに死ぬ。
奴隷ですら王や大臣に成り上がれるチャンスがある。
大臣は元は別国で奴隷でありながらもここに流れ着き、四十年連続で大臣に居座っている男である。
どちらも天才。化け物同士の会話はどちらも退屈に飽いている事がありありとみてとれた。
強き国であるので、どの国も貿易以外では無干渉を貫いている。
レインス王国も自分から戦争を仕掛けるのを法で禁止している。
力は守る事に行使するべきであるという考え方が根付いているからだ。
しかし、今のレインス王国は天才が治めている。
二人の天才はどちらも退屈が極まり、血に飢えていた。
そこに一つの情報が飛び込む事になる。
「はぁはぁ失礼します!……伝令です!」
一人の兵士が扉を開き王の前に頭を垂れた。
「なんだ! 事件か!?」
ウキウキした様子で兵士に問いかける王。
「はい! 町が壊滅しました!」
「どこがじゃ?」
大臣が聞く。
「ゲルニカという一ヶ月後に我が国に属する事になった町です! 山賊団に襲われまして! 逃げる者も他の潜伏していたらしい山賊に追い剥ぎにあったりと被害が多数です」
「なんだ……まだ属してない町か……」
残念そうに呟く王。
「王よ。これは使えますぞ」
ニタリと笑い、王に大臣が言う。
「どういう事だ?」
「我が国の西隣にメディア王国がありますな? この騒動をメディア王国のせいにして、戦争を仕掛けるのです」
「……なるほどな。面白そうだ」
「はい。この国で属国はともかく、属する町に関心を向ける者などはなかなかいませんからな。騒動が起こり、あそこはこの国に属してたのかと後から分かるぐらいで」
「そうだな。俺も知らなかった」
「王よ。準備は出来ています。命令を」
「ああ! じい! これからメディア王国に戦争だ! 領土を増やすぞ! 山賊とやらも兵を差し向けて殺せ!」
「かしこまりました!」
「おっと。忘れてた」
王は腰に差してある剣を抜き、伝令の心臓を突き刺した。
「カハッ!」
「いつまでも王と大臣の話を聞いているんじゃない。俺は強いから王様かかってこいという意思表示かと思ったぞ?」
「そうですな。伝令は報告したらすぐに下がるのが基本ですじゃ。そやつはそれを怠った。当然の結果ですな」
伝令は強き王に、下がれ、と一言だけ声をかけていただいたくてただ待っていた。
それに気付く者はここにはいないが。
強き者に並び立つのは強き者でしか認められない。また今日もこの国で弱き者が一人死んだ。
それがこの国である。
「どこまで退屈を紛らわせてくれるか楽しみだ!」
王は笑う。
伝令を斬った事で、王は知らなかった。
三十にも満たない数で町を壊滅させた山賊団を。
逃げ惑い、メディア方面に逃げる者を追い剥ぎしながら旅をする三人の男女の存在を。
王はまだ知らない。