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最終話 超高校級の災害殺し

なんとか締め切りに間に合いました。


最終話です。楽しんでいただければ幸いです。

 如月千風が目を覚ますと、視界には見知らぬ天井が飛び込んできた。正確には一週間前は知らなかった、だが……。


 意識の不明瞭な彼の耳に男の声が聞こえた。親友の蓮水氷室だ。


「だーからっ! 僕は言ってるでしょ?何でわかんないのさ」


「うるさいうるさい、うるさぁ〜〜い! そんなことはどうだっていいの!」


「ちょっと、一旦落ち着きなさいよ飛鳥。千風も寝てるんだし?」


「このはは黙ってて!」


 ぴしゃりと、二の句を紡がせない剣幕な表情。


「え? え〜〜!」


 ギャーギャー、ピーピーとお前ら小学生かよ、と思わずツッコんでしまいそうな不毛な言い争い。


 そんなどこにでもある、何てことのない日常。千風一人蚊帳の外で、茶番のような光景が繰り広げられていた。


 彼らがいるのは氷室が所属している組織の一室だった。


 千風が大方予想した通り、氷室もなんらかの組織には所属していたようだ。それがまさか災害研究機関(CSI)と並ぶ二大組織の気象庁だとは思いもしなかったが。


 まあ彼の高校生離れした実力を考えれば、不思議ではないのかもしれないが。


 何はともあれ、彼が気象庁に所属していたことが幸いしたのは確かだ。


 千風はみんなに起きているのがバレないように寝返りをうった。窓の外を眺める。


 澄み切った青空、吹き抜ける風。さわさわとした葉擦れの音に鳥のさえずりが合わさり、あまりの心地よさに思わず眠りそうになって。


 ぼんやりと、窓の外にも俺たちがいるなーなんて柄にもなくクソ恥ずかしいことこの上ない物思いに耽ってみたりと、千風の心中は忙しかった。


 どうやらこんな穏やか過ぎる日には心の中まで愉快になるらしかった。


 まだまだ続きそうな言い争いに長いため息を吐いた千風は、氷室たちから聞いた一週間前のことを思い出すことにした。


 ***


「ぐあっ!?」


 千風に無理矢理レムナントから追い出された氷室は、閑散とした住宅街に戻って来た。


 アスファルトに顔面を打ちつけた彼は赤くなった鼻をさすりつつ、周囲を確認した。


 やはり千風はいない。自分だけ戻って来たのだ。あの場に親友を置いて、のうのうと生き残ってしまった。


 アスファルトめがけて拳を強く打ちつける。皮膚が破け、血が滲む。痛いとか痛くないとか、熱いとかそんなことはどうだっていい。


「くそっ、どうしてこんな仕打ちを!? あんまりじゃないか? キミにとって僕は……」


 友達じゃないのか? そう言葉を続けようとして止める。違う。そうじゃない、友達だからこそ、彼は自分を逃したのだ。


「わかってる、わかってたさ……。でもそれは僕だって同じなんだ。僕もキミを救いたいから、救いたかったからあの場に残ったんだ。なのにこんな一方通行、僕は絶対許さない。何がなんでもキミを救ってみせる!」


 とはいえ、一度レムナントに介入した人間は最低でも半日は再侵入ができない。


 半日、それは今の千風にとっては絶望的な時間だと言えるだろう。いくら彼が強いといっても、半日耐え忍ぶのは不可能だ。


 ––––なら、僕がすべきことはただ一つ。救援を呼ぶしかない。幸い僕は《十二神将》と面識がある。


「とりあえず学校とCSIに……」


「……むろ、むろってば! ちょっと氷室聞いてるの!?」


 脳を全力でフル回転させている放心気味な氷室の耳にすぐとなりから鼓膜を破りかねない、こんな状況でどこか懐かしさを感じてしまう怒鳴り声が聞こえた気がした。


 緋澄飛鳥、彼の通う高校のクラスメイトだ。その彼女が女の子が振るっていい速度を完全に振り切った平手をかましてこようとしてきて、


「あうっ!」


 逆に彼女の華奢な腕をぐいっと捻り上げ、彼女の背後に回り込んだ。


「飛鳥か? まったくお前はこんな時でもブレねーのな。簡単に感情的になれるほど頭が愉快なお前が今はうらやましいよ」


「ちょっと! ソレは私を遠回しにけなしてるでしょ?」


 むすっとした飛鳥が氷室の拘束をたやすく解き腰に手をあてた。


「……いや遠回しもなにもそのままの意味なんだけど? 相変わらず頭が弱いのは変わらないのな」


 嘆息混じりに肩を竦め、アホな飛鳥に構っていると話がまったく進まないので彼女のとなりにいる、黒髪の美少女の方へ注意を向ける。


 黒髪を白のリボンで結わえた少女が軽く会釈し口を開いた。


「どうも、氷室さんですね? 私のことは知ってると思うので、話を続けさせてもらいます」


 もちろん知っていた。第一新宿高校で彼女を知らない生徒の方が少ないだろう。


 時枝このは。時枝家の令嬢にして成績優秀者だ。


「飛鳥さんから話は聞きました。事前に伝えられていた情報とは全く異なるカラミティアが確認されたと。そして今、あなたが無理矢理レムナントから追い出されたところを鑑みるに、それを行った人がまだ残っていることも。そしてあなたがその方を、私の大切な幼馴染みを救おうとしていることも、今のあなたを見ていればわかります」


 彼女の話を要約するとこうだ。


 いち早く異変を感じた千風に助けられた飛鳥は現実世界に戻った後、すぐに学校へと連絡したみたいだ。


 予想を遥かに上回るカラミティアが出現したと、自分たちの力ではまるで太刀打ちできなかったと。しかし学校からの指示は現状維持せよ、との事だった。いや、それが不可能だと告げたのに、何を言っても聞いてはくれない。その後通信は途切れたらしい。


 次に飛鳥は緊急時に連絡を許された、現場で指揮を執る生徒に与えられた通信端末でCSIへと救援を求めコンタクトをとったが、それもあえなく失敗した。


 困り果てた彼女だったが、うんうんと頭を唸らせると、ある考えに至った。それは今朝のホームルームで担任の言っていたことだった。自分たち以外にも、担任の言っていたことが正しいのならば一組の生徒が他のカラミティアの討伐に向かっていたはずだ。


 距離はここから直線距離で六、七キロ。そう遠くないはずだ。


 一組の生徒指揮官、つまりこのはに連絡したところ、すでに一組は討伐に成功しているとのことだった。それから飛鳥は事情を説明し今に至るとのことだった。


「なるほどね……いつもアホだけどこうゆう時の行動力は素直に尊敬するよ」


「む? また私をバカにしてる……。でも許したげる、私を助けてくれた落ちこぼれクンがピンチみたいだし?」


 皮肉を込め飛鳥がそう言った。


「うーん、つまり学校もCSIも頼れないと?」


 二人がコクリと頷く。何か方法はないのかと、このは。


「大丈夫、僕の仲間に連絡する」


「仲間……ですか? しかしあなた程度の仲間ではたかが知れて––––」


「あはは〜中々きついこと言ってくれるね。でも安心してよ、いい加減な人達だけど実力に関して言えば千風に近いと思うよ?」


 しかしその言葉にこのはが若干反応したことには氷室は気づかなかった。


 彼は制服の上から三番目のボタンをちぎり取る。精緻に偽装を施された気象庁に繋がる小型の通信端末だ。


「もしもーし? 成宮先輩、聞こえてる?」


『––––っ氷室か! ちょうどよかった。今から聞くことをよく聞け!』


 いつもの先輩からは想像もつかないあまりにも逼迫した状況に、氷室は怪訝な表情を浮かべた。


『お前、今すぐそこを離れろ! そこはマズイ、上から《十二神将》が向かってるという情報が––––』


 そこで先輩からの声が途絶した。


「先輩? クソ––––ッ!?」


 変わりに空中で閃光が爆ぜた。咄嗟に制服を脱ぎ去り、三人の視界を覆うよう放り投げる。


「二人とも敵だ、注意しろ!」


 声を張り上げ注意を促す。このはの瞳が驚愕に揺れる。


「うそッ!? なんでこんなところに《十二神将》が!?」


『あちゃー遅かったか。理由は後で話すからとにかく全力で逃げな』


 さらっととんでもないことをこの男は言ってのけた。


「逃げろって? 《十二神将》相手にかよ! それに仲間もいるんだ。だから––––」


『そこにいる二人だろ? 今そっちに向かってる。二人ぐらい保護してやるからお前は逃げろって』


「あうっ!」


 飛鳥の呻き声に振り向くと、いつの間に移動したのか《十二神将》の男が首を捕まえていた。


「ちぃッ! 離れろよ」


 氷室は男に接近し、視界から消えるようにしゃがみ前転。男の足元から顎めがけて垂直に踵を叩き込む。


「へ〜君は結構、筋がいいみたいだね」


 瞬き一つせず、足を掴まれ投げられる。相手は《十二神将》なのだ、こんな子供だましな技が通用するはずがない。ここまでは予想通り、だがここからはいけるはずだ。


 こんな体勢のままナイフを投げることなど想像もつかないだろう。制服のあらゆる場所に忍ばせたナイフを左右の指間に四本ずつ、計八本取り出し男に投げる。


「くらえ!」


 八本の死線が陽光に照らされ鈍色に煌めく。


 が、半分はもう一人の三十代半ばほどの男によって叩き落とされた。骨に響くような重い警告。


「まったく爪が甘いのはどうにかしろ、情けの四本だ」


 教育の一環なのか、男はナイフの半分をあえて見送った。


「んーガキに本気になるのもどうかと思いますけどね」


 氷室の、ナイフの方には一目も触れず、飛鳥を壁にしてもう片方の指を鳴らす。


「な––––ッ! やめろ!」


 ナイフは一直線に彼女の首へと吸い寄せられて行き、キンッ! 綺麗に四度と甲高い金属音が鳴り響き、しかし半透明な壁が生まれ彼女を傷つけることはなかった。


「あはは〜っ! その絶望に歪んだ顔いいねー。てめーみたい半端なガキの攻撃が当たると思ってんのか? 俺が魔法を使ってなかったら、お仲間はお陀仏だぜ? はははははは!」


 汚い言葉遣いに家畜を見るような腐った目、下品に口角を吊り上げ嘲笑う。


 二十代前半の男の実力は凄まじかった。驚異的な洞察力、無詠唱での魔法構築、どれもこれもが自分を遥かに超えた力。


 おまけにこの男はまだまだ余裕なのだ。今の氷室にもう攻撃の手段はない。男は飛鳥を人質にとり、氷室の行動を制限したのだ。


 さっきのは警告。そして恐らく次はない。加えて氷室の足元には構築済みの魔法陣、足が浮いた瞬間発動するタイプの術式が組み込まれている。


 余裕ぶっこいてるように見せかけ、こちらを誘っていた。それにホイホイとバカみたいにおびき寄せられた。完敗だ。これが《十二神将》、圧倒的だった。


 白い外套を羽織った三白眼の男が口を開いた。


「そう落ち込むことはない、坊主。シンが言ったように筋はいい。相手が悪かっただけだ」


「クソッ、こんな時千風だったら二人とも救えたはず……ってなに弱気になってるんだよ僕は。彼を救うって決めたじゃないかッ!」


 拳を固く握る。まだ諦めるわけにはいかない。


『千風ってまさか!? そうか、そうゆうことか! 氷室三秒だ、三秒だけ時間を作れ! そしたら後のことは俺がなんとかしてやる!!』


 成宮の声がかすかにボタンから洩れた。


 ––––三秒くらいなら僕にだって……。


 氷室は拳を握り潰す。爪で手のひらを突き破り、血を魔法陣へと垂らした。


 それは以前成宮先輩に教わったものだった。


 ピチャンッ、一滴二滴、三滴と。刹那、魔法陣が紅く明滅しガラスのように砕けた。


「血壊印!? ガキが、どこでそれを覚えた!?」


 シンと呼ばれた男の顔がそこで初めて歪んだような気がした。


「うおおおおッ––––ッ!」


 雄叫びと共にアスファルトを踏み砕く。魔法は使えない、なら拳だ。今の自分のありったけをあのスカした野郎の顔面に叩き込む。


十二神将()を前にしてそんだけ動けりゃ上出来だ。けどよ、もう少しだけ先を読め。なんのために魔法を封じたと思ってる?」


 上体を捻り、全体重を乗せ拳を加速させる。けどこのままじゃ当たらない。読まれているのだ。


 視線を飛鳥の方へ向ける。だがやはり、シンは惑わされない。


 シンの拳の方が先に眼前へと迫る。避けられる速度じゃない。


 刹那、周囲を包む眩い光が爆ぜた。この光はそうだ、帰って来たのだ。アイツが、如月千風が。


 シンが一瞬だけ、本当に僅かだが拳を緩めた。この一瞬を見逃さない。千風が作った、この一秒を。


 ––––ああ、またしても僕は千風に救われてしまった……。


 氷室の口元に緩やかな笑みがこぼれる。


 シンの腕を掴み、投げ下ろす。拘束していた腕が外れ、飛鳥が宙を舞う。


「このは、飛鳥を頼む!」


 それにもう一人の男に倒されていたはずのこのはが、動き出した。


「私を名前で呼んでいいのは千風だけだけど、今回は特別許してあげる〜」


 彼女はいたずらっぽく笑って飛鳥を抱き抱えた。


「ぐあっ––––!?」


 簡単に身体が飛んだ。口に広がる錆びた鉄の味。殴られたことにさえ気づかなかった。


「てめーよくもやってくれたなあ、オイ? もういい死ねよ」


 怒りを露わにしたシンが高速で何重もの魔法陣を構築した。


 チラッと横を見たが千風は倒れ伏している。


「あ––––クソがッ! まだ千風を救わなきゃいけないのに……しくじった!」


 轟音を鳴らし、雷槍が放たれた。


「やべっ! 死ん––––ッ!」


「そこまでにしなよ、シン」


 制するような声が後ろから聞こえた。同時に雷槍へと逆方向から飛んできたナイフがぶち当たる。


 バチィッ! ナイフは雷槍を纏いシンの方へと返っていった。


「間一髪ってところだね、氷室。間に合ってよかった」


 氷室に向けてウィンクをしてくる好青年。成宮だった。


 今回ばかりは流石に死を覚悟した矢先の出来事だった。なんというか、初めて先輩らしく思えた気がする。


「……タイミングよすぎですよ先輩。でも、助かりました」


「ヒーローは遅れてやって来るってよく言うし? まあ、冗談はさておき、コッチも色々と大変だったんだ」


「成宮ァ! てめーCSIと戦争でも始める気か!?」


 怒りむき出しのシンに対して成宮はあくまで冷静だった。


 呆れ顔でかぶりを振り、


「やれやれ、始めるもなにも最初に部下に手を出したのはソッチの方だろ? なんならここで片付けてやってもいいんだぞ、シン? ……見逃してやると言ったんだ。私の部下を痛ぶって遊んでた今のお前に私を倒せるだけの力はないだろ?」


 図星なのだろう。男に先ほどまでの余裕は一切なく、全身が強張っているのが目に見えてわかった。それだけ目の前にいる先輩は強いらしい。


「チッ、覚えてろ––––」


「ああ、そういうのいらないから。一々覚えないよお前のことなんて。そんな負け犬みたいなチンピラ発言をしてるからいつまでも成長しないのさ」


 いつの間にやら成宮に昏倒させられていた、白い外套を羽織った男を抱き抱え、あっさりとシンは姿を消した。


 脅威は去った。何はともあれ、とりあえず一件落着だ。


「はあ〜つかれたー」


 緊張が解けた瞬間どっと疲れが増し、全身冷や汗でびっしょりしていることに氷室は遅まきながら気づいた。


「氷室、休憩するのはもう少しだけ後にしてくれ。状況は思ってるよりずっと悪い。もしかすると本当に戦争に発展しかねないくらいにはね?」


 成宮はバツが悪そうに、そう告げた。


 氷室は重い腰を上げ、素直に従うことにした。なにやらただならぬ雰囲気が漂っていたのは彼も薄々だが気づいていたのだ。


「わかりました。時枝、飛鳥のこと頼む。僕は千風の面倒を見るから」


「りょーかい、ですっ!」


 このはは元気よく敬礼を決めた。


 頭を掻きながら、氷室は思ったことを口にしてみた。


「……ええっと、時枝ってそんなキャラだっけ? 学校で聞く噂とは全然違うんだけど?」


「あーそういうこと聞いちゃう感じかー。蓮水クンてば女心が全然わかってないよねー。別に〜シリアスな状況で深刻そうな顔してほしいならそうするけど……?」


 彼女も今の状況がかなり深刻な問題であることは重々承知だった。その上で彼女なりに励ましていたと、つまりはそういうことだ。


 恥ずかしいなら無理する必要はないだろうに。


 顔を若干朱に染め、そっぽを向いてしまったこのはがいたたまれなくなり、氷室は思わず彼女に礼を詫びた。


「僕のことは氷室でいいよ、過程はどうであれこうして共に危機を乗り越えた間柄なわけだし? 僕もこのはって呼ぶからさ」


「ええーっ、呼ぶのはともかく呼ばれるのはな〜。なんてね! 冗談だよ、よろしくね氷室クン」


 長い間張り詰めていた緊張がようやく解けた瞬間だった。


 しばらく蚊帳の外だった成宮がパンパンと手を鳴らした。


「さ、お互い聞きたいこともたくさんあるだろうけど、ひとまず気象庁に戻ってからだ」


 その言葉を皮切りに、氷室達五人は閑散とした住宅街をあとにした。


 ***


 あれからどれだけ過ぎたのだろうか? 正直ぼっーとしてたから定かではない。けど軽く一時間は経った気がする。


 なのに、なんの口論をしているのか、わからないし興味もないが、どういう訳かいまだ三人の言い争いは続いていた。


「だーからっ! 僕は言ってるでしょ?何でわかんないのさ」


「うるさいうるさい、うるさぁ〜〜い! そんなことはどうだっていいの!」


「ちょっと、一旦落ち着きなさいよ飛鳥。千風も寝てるんだし?」


「このはは黙ってて!」


 ぴしゃりと、二の句を紡がせない睨みつけるような表情。


「え? え〜〜!」


 …………。なんだかろう、ついさっきも同じような……というか、一字一句違わない完璧なまでのデジャブだった。


 千風は恐怖を覚えてしまう。


 まるでタイムリープ、時間遡行の魔法をかけられたみたいだった。もしそうだとすれば、脱出するのにかなりの時間がかかるだろう。


 窓の外を見る。さっき見たよりも心なしか陽射しが強い。魔法は使われていないみたいだった。


「でもまさか、千風が《十二神将》の一人だったとはね。成宮先輩から聞いたときはびっくりしたよ。そりゃあ僕じゃ足元にも及ばないわけだ」


 氷室はたははと笑い一人で勝手に納得している。


「それを言うなら氷室だって気象庁の幹部らしいじゃない? このははこのはで時枝の人間だし……なーんか私だけただの凡々人って感じ。首席だーとか言って踏ん反り返ってたのが、すっごい恥ずかしいんですけど!?」


 どう頑張っても中学生ぐらいにしか見えない、飛鳥が棚の最上段にある、黒いファイルに綴じられた調査書に台を使って手を伸ばすが、それでも届かない。


 感情的な彼女は二重の意味でご立腹のようだ。


 そんな彼女をあやす母親のようなこのはが調査書を手渡した。


「もう、そんなカリカリしないの」


「こ、子ども扱いするな!」


 そんな、人が寝ていることをまるで考慮していない騒がしい面々に苦情しつつ、千風は思いっきり呆れ顔を露わにしながら、口を開いた。


「ま、お前が凡々人だってのは否定しようもないけどな!」


「なにおぅ! あんたに何がわかるの、よ?」


 くわっと鬼のような狂面をこちらに向けた飛鳥がなにかに気づいたように最後に疑問をつけた。


 遅れて氷室とこのはも千風を振り返った。


「ったく、お前らがあまりにも五月蝿すぎるからこっちはおちおち寝てもいられない」


 悪びれた素振りも見せず、三人は千風をみてニヤニヤと笑うだけだった。


「なんだよ? お前ら気持ち悪いぞ?」


 氷室が一昔前に流行ったゾンビ映画のようにゆっくりと近づいて来る。なんだか手もそれっぽい。


「千風! お前の負けな!」


 いきなりそんなことを言われ、どう反応していいのか千風は困ってしまう。


「は? えーっと、言ってる意味がまるでさっぱりなんだが……?」


「あははは〜本当にテンパってるじゃん。頭痛が痛いみたいな事言ってんぞ?」


 バチンッ、額にデコピンを喰らった。赤くなった額を押さえ、


「今はデコが痛い……つーかなんだよさっきから! 本当意味わかんないんだけど?」


 それに応えるようにこのはが続けた。


「あのね、千風が寝ている間に勝負をしようって話になって……負けた方がお昼ご飯を奢る、ね? ちょっと前に一回千風起きたでしょ? そっから勝負は始まって、どっちが先に根を上げるか……で、千風が先に私たちに話しかけてきたから、千風の負けね」


 ––––つまり、なんだ? 俺の知らないところで勝手にゲームが始まって、知らない間に終わったと。わけわかんねえ。


 千風はとりあえず、疑問に思ったことを聞いてみた。


 ハイ、千風クン。なんて教師の真似事をしてるアホな氷室は無視しつつ、


「その、俺はんな話聞いてないんだが? これは仕様か?」


 それにズカズカと寄ってきた飛鳥が無い胸を張って、嬉しそうに笑った。


「当然でしょ? あんたには言ってないもん」


「……。うん? 無茶苦茶腹立つのはこの際置いておこう。それで、お前らの負ける条件はなんだったんだよ?」


「それは、あれさ。千風が寝たフリを断念する前に僕たちの会話が続かなくなったら、負け。千風があんまりにも寝たフリを続けるから危うく心が折れかけたよ。……でもまあ、負けたのは千風だしー? ご馳走になりますっ!」


 氷室はわざとらしく、いただきますのポーズを取った。


「はっ、吐かせよ。そっち側に個々の負けってのがないんだが?」


 千風の言葉は無視して氷室はドアの方へ行ってしまう。


「なーんかこう言うのっていいよね〜青春してるって感じ? 僕たち一応学生だしさ、それらしいことしてもバチ当たんないと思うな? じゃ、近くのファミレスで待ってるから〜」


 そう言い残して彼は行ってしまった。飛鳥も「あっ、まって!」と慌てたようについて行く。


 ぴしゃり、スライド式のドアが閉まる音。室内に残されたのは千風とこのは、そしてあれほど騒がしかったのが嘘みたいな静寂。


 外から流れてくる穏やかな風。それに乗って一枚の木の葉がベッドの上に降り立った。


「……よかった、万年ひとりぼっちの千風に友達ができて。蓮水氷室に緋澄飛鳥、二人とも本当に千風のこと心配してたんだよ?」


「……わかってるよ、悪い奴らじゃないことぐらいは。あいつらは自分の身を危険にさらしてまで俺を助けてくれた正真正銘のバカ(お人好し)だからな」


「その、まだ怖い……?」


 失うのが、とは彼女は続けなかった。いつもいつも肝心な所はぼかすのだ。それがこのはの優しさではあるが。


「怖くないと言ったら嘘になるさ。失うのは怖い、当然だ」


 千風は過去を振り返る。大切な仲間、家族、同僚に恩師。幾度となく大切な人達を目の前で失ってきたのだから。


「でもさ……もう過去に囚われるのはお終いにしたんだ。あの日にしっかりお別れは伝えてきた。これからは前を、未来をしっかりと見つめていきたい、と思ってる。だからさ、そのためには……大切な仲間にはそばにいてほしい。俺の手が届く所に、守れる範囲にずっと––––」


 今までずっと関わらないようにしてきた。そうすれば自分の中で大切な人にはならないから。失わないで済むのだから。でも、それは違った。自分に嘘をつき続けてきただけだ。辛い現実から目を背ける言い訳が欲しかったに過ぎない。


 このはや氷室、飛鳥と過ごしてようやくそれに気がついたのだ。


「じゃあさ、今なら私の、屋上で言おうとしていたことの続き、聞いてくれるよね?」


 それはあの夕焼けの屋上で、かつての千風には聞く度胸も資格もなかった言葉だ。だから千風はその言葉を聞かないように、逃げた。


 けど今は違う。数日の差でしかないはずなのに、彼らと出会ったことで自分は大きく成長したのだ。


 千風は優しい微笑を浮かべ、ゆっくりと頷いた。


 このはがあの日を再現するように言葉を紡いだ。


「だからさ、私を仲間として認めて欲しい。ただの幼馴染みじゃない、本当の仲間として千風と一緒に居たいから。千風を支えられる、よき仲間として」


「ああ、よろしく頼むよこのは」


 彼女が頬を朱に染めながら差し伸べてくれた手を握ろうとして、


「はい、ちょっと待ったぁ––––! なーに二人でコソコソ青春しちゃってるのさ? 僕らも混ぜなよ」


 二人のやかましい仲間が戻って来た。


 なんだろう、氷室は青春って言葉が使いたいだけなのじゃないだろうか? 飛鳥にいたっては妙にうんうんと納得し、このはの手を取ると泣き始める始末。


「うわーんこのはっぢぃー私はもう感動しだよー」


「こ、このはっち!? ヘンなあだ名で呼ばないでよ。って鼻水、鼻水。もう〜〜」


 このははこのはで戸惑いながらも、ハンカチで飛鳥の鼻を拭ってやっていた。


「お前ら何でここに? ファミレスはどうし––––」


「どうしたもこうしたもあるか! 千風、僕らは仲間なんだろ? ならこの際、はっきりしておこう。仲間なら、助け合い、協力し合う。決して一方通行な仲じゃない、違うか?」


 氷室たちのことを仲間と認めるなら、助けるだけじゃなくて、頼れと。協力させろと、つまりはそういうことだ。


 飛鳥がいつの間に泣きやんだのか、鼻をずずっとしながら手を差し伸べてきた。このははニッコリしたまま。


 そして氷室も微笑みながら手を出してくる。


「はははっ、お前らも頑なだよな。俺の負けだ」


 それに千風は楽しそうに、本当に楽しそうに三人の手に手を重ねた。


「よっしゃあ! 千風も負けを認めたことだしさっさとファミレス行くか!」


 なんて言ってすぐに部屋を飛び出していった。


「お、おう!」


 それに続くように飛鳥もぴょこぴょことついて行く。数日前のお嬢様はどこに行ったのだろうか。


「あ、オイ! 俺は別にそっちの負けを認めたわけじゃ––––って、まあいいか。ほんと騒がしい奴らだな」


「ふふふ、でも千風すごい楽しそうだよ?」


「そ、そうか? 自分じゃ気づかないが? ……しゃーない、とりあえずファミレスでも行くか!」


 千風はベッドの上で軽く伸びをした。


 もう、色々と諦めることにしよう。考えるのはそれからだ。


 ここまで来るのになんだかんだで色々な事があった。大切な人を失ったり、学校ではぼっちになってイジメられたり、でもってそんなイジメてきた煩い馬鹿どもが今ではこうして仲間だ。あーだこーだと他愛もない話をしながらも、今後のことを一緒に考えていくのだ。


「なんかもう、色んなことがいっぺんに起きてわけわかんねえよ。ほんと人生ってのはなにがあるかわかんないもんだな……」


「ふふふ、何ソレ? 千風、おじいちゃんみたい」


「うるせー。ほら行くぞ!」


「うん!」


 そして今日という歯車が軋むことなく廻り始めるのだ。人々が笑って、泣いて、喧嘩して……そして千風たちが青春を謳歌する平和な日常が。


 これは東京を、日本を、そしていずれは世界を股にかけ、災害殺し(ミューティレーター)とまで呼ばれるようになる高校生の、如月千風と蓮水氷室、時枝このはに緋澄飛鳥。四人が学生らしく青春を謳歌し、裏では世界を救うというなんとも奇妙な学園生活を始めるキッカケとなった、出会いの物語だ。

ここで超高校級の災害殺しは一区切りを終え、完結となります。


まだ千風たちの物語が読みたいと思って下さる方がいるのであれば、それは物書き冥利につきることです。


好評であれば、長期連載も考えていますが、それもしっかりと構想を練ってからになりそうです。


最後になりましたが、ここまで読んで下さった皆様、本当にありがとうございました。また皆様とお会いできることを祈って終わりの言葉とさせていただきます。

ではでは〜。


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