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第4話 絶望の果て、二人の今際

 教室に稲妻が走り、魔方陣が生まれる。移動用の転移魔法陣だ。


 円がグルグルと回り、波紋を作りながら教室を丸ごと覆うよう広がる。三度の明滅。長い詠唱を終えた担任の声。


「くれぐれも無理しない程度に頑張ってきてください。ではでは〜」


 刹那、教室から生徒が一人残らず姿を消した。


 ***


 視界に光が戻り、彩色が宿る。


 雨が降りそうな曇り空。驚くほど閑散とした住宅街。


 近隣の住民はすでに避難を終えたのだろうか。


 日本におけるカラミティアが観測された場合の措置はおもに三つだ。


 一.災害研究機関(CSI)による、近隣住民への避難命令及び建築物保護結界の構築


 二.情報解析と攻略難度の提示


 三.発生地に近い魔法士への討伐依頼


 そして今回は第一新宿高校の一年一組と二組の生徒に依頼が来たわけだ。


 とはいえ、最悪の場合逃亡も許されている。要はプロが来るまでの時間稼ぎみたいたものだ。


 人間達の敗北条件はカラミティア発生から三十六時間の経過、つまり災害が起きて国民が死ぬことだけだ。


 それだけは避けねばならない。


「みんな、ちゃんといる––––?」


 一応飛鳥が首席なのでこの場を指揮するのは彼女だった。


「皆無事のようです、飛鳥様」


「そう、ならいいわ。目標地点はここからおよそ二百メートル。そこに空間の乱れがあるわ」


 カラミティアが出現するのは現実世界と表裏一体の関係にあるもう一つの世界––––レムナントだ。そこを次元の裂け目(ゲート)を介してこちら側に侵入し災害を巻き起こす。


 だから千風たち魔法士がカラミティアと戦う場合は、ゲートを通ってレムナントで戦わなければならない。こちら側で戦ってしまえばいくら結界が張ってあろうと、甚大な被害を被ることになる。


「着いた。いい? ゲートが開いたら手筈通り動くこと。それじゃあ始めるわ、みんな離れて!」


 コンコンと飛鳥がこめかみの辺りを軽く叩く。彼女の右眼を覆うように半透明なゴーグルが現れる。それで空間の乱れを見る。


「––––次元解析、完了。––––侵入経路探索、完了。行くわよ!」


 それに皆が一斉に魔法を唱える。千風も遅れて詠唱を始めた。


「今宵の雨は天使の宴、歓迎されしは傀儡の器、仮初めの精神は光を欺き––––ペネトレイション!」


 刹那、千風の、皆の肉体が淡くきらめき、粒子状に細分化される。そして次元の歪みへと吸い込まれカラミティアのいるレムナントへ。


 ***


「ぐ……」


 千風は頭の中に直接響く痛みを堪えながら、モノクロから次々と彩色の戻る景色に目を向ける。


 そこに在ったのは、情報とはまるで違う絶望だった。


 目の前に広がるのはただの平原。だが、その穏やかな風景が一変する。


「た、たすけ––––ッ!」


 悲痛に顔を歪め助けを求めるが、声が途切れる。一瞬の出来事だった。男子生徒の喉が裂け血が噴き出す。


「ひ、ひぃ〜〜っ!」


 やはり言葉はそこまで。今度は存在そのものが消し飛んだ。


 次々に築かれていくクラスメイトの骸の山。彼、彼女らの首が飛び、胴が舞い、膝が笑いその場に頽れる。


 地獄絵図とはまさにこのことを言うのだろう。


 上がる血飛沫、絶叫、轟音。そのどれもが刹那的に途絶え、しかし繰り返された。


 首はひしゃげ、頭が潰れ、骨は砕ける。人の死が奏でる地獄の音色。


「どういうことだ!? 緋澄!」


 千風が彼女の胸ぐらに掴みかかる勢いで問いただす。


 訳のわからないのは彼女も同じだった。彼女もこの状況を理解できていない。予想外なのだ。


 普段の自信に溢れまくった彼女からは想像もつかない、絶望が張り付いて引きつった表情。


 予期もしない最悪の事態に、隊列もなにも、この場の指揮はボロボロだった。


「うそ––––!? どうして? 」


「チッ! 狼狽えてる時間はないぞ、緋澄! さっさとテメェの従者連れて逃げろ!」


 バケモノの猛追を捌きつつ、周りを探る。


 ––––クソッ! 蓮水のバカはどこにいる?


「飛鳥様、こちらに––––ぐぼぉあ!?」


 飛鳥に手を差し伸べようとした女生徒が、背中から食い破られるようにして弾けた。


 死んだのだ。仲間が、さっきまで笑い合っていたはずなのにこうもあっさりと。


 生温かい従者の鮮血を浴びた彼女の目が見開かれる。が、それもすぐに終わる。諦めたのだ。こんなバケモノを相手に戦えるはずがない、生き残れるはずがないと。


 確かにこのバケモノは常軌を逸していた。というかそういう次元とは別のナニカだ。レベル5なんてまるっきりの嘘だった。それでも、今は事実として受け止めなければならない。生き残りたければ、死にたくなければ、必死に足掻いて足掻いて……醜く這いずってでもこの状況をなんとかするしかない。


「オイ、緋澄! 聞いてんのか? 生き残ってる連中集めてとっとと離脱の準備だ!」


 今まで出したことがない怒鳴り声を撒き散らし、必死に吠える。


 自分でもわからない。何故そんなことをしているのか。本当に生き残るつもりがあるなら、自らに叶えたい野望があるなら、ここにいる赤の他人とも呼べる馬鹿共を置いて、一人で離脱する以外の選択肢はあり得なかった。


 だがそれを知っていて、彼は選ばなかった。もう嫌なのだ、見たくない。知っている誰かが、目の前で絶望し殺されていく。最後に残るのはいつも自分だけ。そんな理不尽な世の中に嫌気がさしていた。


 蓮水氷室はいいヤツだ。アレはあいつなりに、遠回しに守ってやるからチームに来いと言っていたのだ。


 そして緋澄飛鳥も同じだった。孤立した俺に死なないようにと手を差し伸べてくれた。二人共根は、どうしようもないほどお人好しなのだ。


 だから彼は、如月千風は喉が張り裂けそうな声を上げた。どうしようもないお人好しのバカ共を救うために、最悪も最悪、折角助かる命をかなぐり捨ててまで、仲間を助けるために踏みとどまった。


 ––––ははっ俺もどうしようもないバカだ!


 そこで、依然ぼーっとしたままの飛鳥の元へ、バケモノの視線が傾いた。


「あっ––––!」


 掠れた声を上げるだけで、彼女は動けない。


 バケモノの腕が凄まじい速さで迫る。周囲の空気を絡め取り、風が刃と化す。


 低く冷静に、しかし効果が期待できる限界の速さで、千風が魔法を唱える。


「クソッたれが! ––––大いなる精霊、風の巫女。我が詰めるは彼我の距離、百を十に、十を一に、一を(ゼロ)に––––」


 千風の全身が煌びやかな淡緑色に色めき立つ。


 右足で軽く地を捻る。と、足元に空気の膜のようなものが生まれ、それを潰す。刹那、彼の身体が宙に浮き爆発的に加速した。


退()いてろよ、バカが!」


 一瞬にして飛鳥とバケモノの間にもぐりこみ、彼女を思い切り蹴り飛ばした。


 きゃっと女の子らしい声が聞こえるが、とりあえず無視する。


 千風の指先が空間に円を描き、中心部に軽く触れる。その部分だけが切り取られたかのように沈んだ瞬間、彼の右手を包む淡い光。


 そして右手には身長をゆうに越える紅の刀身を持った細剣が宿っていた。


 バケモノの腕と紅い細剣が交錯するが、予想以上に重く腕を伝って脳を揺らす。堪らず仰け反り、後躍。上手く勢いを殺し距離を取る。


「はあ、はあ……とんでもねえな」


 制服がズタズタに裂け、身体中に赤い線が走っていた。


 薄ら笑いを浮かべる。今回は本当にマズイかもしれない。


 改めて狐みたいな尻尾の三本生えた鼬のようなバケモノを見た。体長六メートルに及ぶ巨大な体躯、全身に纏うは視認性の黒い風。恐らくあの風にみんなやられたのだろう。あらゆる属性にある程度の相殺効果を発揮する制服がまるで意味をなしていなかった。


「おい蓮水! いるんだろう? てか、気付かれてるぞ!」


 千風が見えないが、確かにそこにいる氷室に向かって叫ぶ。


「はあ〜キミ、なにバラしてんのさ? 今の絶対背後取ってたでしょ?」


 狐鼬の背後に現れた氷室が、足元を巧みにくぐり抜け千風の隣に立った。あきらかに不機嫌そうである。


「それで、キミはあのバケモノの視線に感づいてたと? ほんと何者なのさ?」


 まるで知っていたような口振り、平坦な声音。彼はこのバケモノを相手にまだ諦めていないらしかった。


「聞くが蓮水、お前はあのレベルを相手にしたことがあるのか?」


 肩を竦め、楽しそうに笑う。


「あはっ、まさか? 流石にアレはないなぁ〜。見た所13はあるでしょ? マズイなあ〜、本当にマズイことになった」


 そうは言ってるものの、この絶望的な状況に全く屈していない。それどころかへらへらと笑い、この状況を楽しんでいるようにさえ見えた。


 氷室は今確かに、レベル13()と口にした。それはつまり、過去にレベル12のカラミティア(幻獣型)を相手に生き延びたことがあるということだ。


 しかし普通の高校生にはそんなことは出来ないはずだった。だから千風の頭の中にふと、ある考えが浮かぶ。


「なあ蓮水、お前《十二神将》あるいはそれに準ずるだけの力を持ってるだろ? だからこんな状況でこうも落ち着いていられる、違うか?」


 恐らく彼は後者だろう。高校生が《十二神将》にいるという話を千風は聞いたことがなかった。


「あはは中々鋭いなあ、キミの言葉を借りるならこんな状況で、ね? でも残念、半分は正解で残りの半分は––––っと」


 軽やかに片手でバク転を決めると、バケモノの腕を掻い潜る。


「落ち着いているってのはちょっと違うね。こうでもしないと自分の感情を抑えられない。ただのビビリだよ。……それでも僕がまだ希望を見い出せてるのは、キミのおかげだよ。キミは僕らなんかとは本質的に違う、本当に落ち着いてる。呼吸は驚くほど静かだし脈に至っては死んでるかってぐらいに止まってる。僕には()えるんだ」


 氷室の瞳にはターゲットポイントのような紋様が浮かんでいた。


「そうか。じゃあそんなビビリな蓮水に耳寄りな情報だ。あのバケモノは少なくともレベル16。お前が最低でも十六人はいないと殺せない計算になるわけだ。どうだ絶望的だろう? いや的はもう余分も余分。最早絶望そのものだ。どうだ笑えてきただろ?」


 鼻で笑い、ニヤケ顔の千風は最悪な事実を突きつける。


 カラミティアのレベル11〜20はそのレベルが一つ上がるたびに危険度が二倍に跳ね上がる。だから蓮水が過去に経験したであろうカラミティアの十六倍の強さは秘めているわけだ。


「––––ッ!? うっわ〜〜なんか色んな意味でショック。僕の実力はキミの十六分の一にも満たないわけだ。はあ、キミあれでしょ性格悪いとか言われない?」


「ははいつも言われてるさ」


「やっぱりね、だ〜からいじめられちゃうんじゃない?」


「いじめてきたのはお前だけどな。で、どーだ? いじめてきた奴に、学年最下位の雑魚より実は弱かった感想は? おまけに助けられちゃうんだぜ? 道化だよなー。だから早く行けよ、弱いヤツは足手まといだ。雑魚は雑魚なりに尻尾巻いて逃げてればいい。そういやどっかの誰かが言ってたな、弱いのは罪じゃない、だっけ?」


「あはは、笑えないよ。でも確かにそうだ弱い奴は逃げてりゃいい、無駄に頑張らなくたって、強い他の誰かが救ってくれるんだから……。あー糞が、ムシャクシャする! いいさ僕もここに残ってやる。でもって二人でこのバケモノ倒してとっとと帰ろうぜ」


 氷室が蒼みがかった黒髪を両手でぐしゃぐしゃにした。なにやら彼の中で決意が固まったみたいだ。


「は? 何言ってんの話聞いてたか? 帰ってママのおっぱいでも吸ってろよ」


「嫌だね! どうせキミは一人で危ない橋を渡るつもりなんだろ。……僕は今までずっと退屈だったんだ。無能な教師に、つまらない授業、張り合いのないクラスメイト。そんな毎日が永遠と続く日常。飽き飽きしてたんだ、そんな時偶然路地裏でキミを目撃した。学校とは違う本当のキミを」


「うっわ覗き見かよ、趣味わりー」


 おちゃらけてる千風を無視して氷室は続けた。


 もう彼は千風のフザけた態度が、緊張をほぐそうと必死に頑張ってるだけのただのお人好しに見えていた。


「それから僕はキミを試すことにした。案の定ただの無能っぷりを見せられたけど。……キミは何者なんだい? 僕はそれが知りたい、だからキミをここで死なせるわけにはいかない。一緒にこの状況を切り抜けよう、千風!」


「いきなり呼び捨て……まあいいけどさ。正直あのバケモノは強い。一人じゃ到底敵わない。だからお前の協力が必要だ」


「ん、お前って誰? 名前言ってくれないとわからないな〜」


「ウゼー。……蓮水、頼む力を貸してくれ」


「名前だよ、な・ま・え! 僕らもう運命を共にするほどの友達だろ? 友達どうしは名前で呼ばなきゃ!」


 ニヤニヤと氷室は口ごもる千風を見つめ、手を差し伸べる


 千風はこれまでにないほど限界まで顔を嫌そうに顰め、それでも自らの顔がみるみるうちに赤くなるのを感じながら、


「とことんウザいな。わーったよ! ……氷室、俺一人じゃダメだ。協力してくれる仲間が必要だ。力を貸してくれるか?」


「あはは、お互い様ってことで。もちろん協力するさ、どうせ生死の瀬戸際、全力を尽くすしかないでしょ?」


 ここにいるのは千風と氷室、そして狐のような鼬のバケモノだけだった。クラスの連中は脱出したのだ。


「ああ、もう充分に時間は稼いだ。行くぞ、俺は日本とか都民の命とかそんなものはどうだっていい。俺たち二人が生き延びるために戦うぞ!」


「なーんか段々千風のことがかわいく見えてきたような……こうゆうのなんだっけツンデ––––」


「うるせー! 氷室は見たところサポートが得意そうだから後衛でサポートしてくれ。……じゃあ行くぞ?」


「うん」


 言葉はそれだけ。しかしそれで充分だった。


 目の前に立ちはだかるのは絶対的な脅威。かつて人類が手も足も出なかった概念そのものだ。けれど今では災害は殺せるのが周知の事実。彼らの手中には、その術がある。


 二人が同時に魔法を唱える。


「氷室は死なせやしない! ––––天馬が示すは神の威光、悲愴を費やす雷槍の雨––––」


「千風は僕が守る。––––すべからく巡るは氷瀑の魔女にして時の王、二律背反の獣は赦しを請う––––」


 刹那、無数の紫雷が天を覆い、景色がまるで時間を凍結したような白銀に染まる。中央では波並みにうねる黒い風。


 そんな現実では絶対起こりえない幻想的ファンタジーな光景。終末の世を示唆する悪魔の警鐘。


 しかしそれは紛れもない現実で……。禍々しくも神々しい三色の天災が鬩ぎ合う。


 必死に抗う彼らの今は、この時だけは……。


 二人の今際を死神さえもが固唾を飲んで、見守っていた。

推敲は全力でしていますが、万が一誤字脱字等がありましたら、報告してくれると幸いです。

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