第3話 弱さが罪でないのなら
翌日、如月千風は朝からここ第一新宿高校に来ていた。
当然と言えば当然のことだが、いかんせん彼が学校に遅刻しないことはごく稀なので、クラスメイトもびっくりだ。最近では学校に来ない日も続けてあったことも相まってか、その驚きに拍車をかけていた。
クラス中がざわめいている。ちなみにこのクラスに千風の幼馴染み––––時枝このははいない。
彼女がいるのは隣のクラスの一組だった。
第一新宿高校は全学年共通して一クラス三十人構成だ。三年から順に三十人、百二十人、三百人と総勢四百五十名と学年が上がるごとに生徒数が減少するシステムになっていた。
というのも、一年次にある程度の者を第一級魔法士にしてからは、数を減らしより質の高い技術を少人数制で教えていくためだ。
このようにしているためか、第一新宿高校が《十二神将》を多く輩出した理由の一因なのではと、多くの学者が述べている。
そんな第一新宿高校で彼は一年二組にして、三百人中三百位と底辺の中の底辺の称号を欲しいままにしていた。
クラスメイトの男が言った。名前はわからない。覚えようとも思わない。
「うわ、アイツ昨日あんだけ言われといてまた来てるぜ!」
「本当だ、ウケるんだけど! 何、真面目になっちゃったとか?」
「まじかよ災害でも来るんじゃね? なんつって」
あはははと何がそんなに楽しいのか、バカどもは腹を抱えて笑っていた。
そして笑い者にされている当の本人はというと、寝て……いなかった。しっかり起きて、窓の外の曇り空をつまらなそうに……本気でつまらないと思っている顔をして、見上げていた。
と、彼の側に近づく者がいた。昨日千風を馬鹿にした次席の男子生徒だ。
先ほどの喧騒が嘘のように教室が静まり返る。
それもそのはず、彼のことを知らない人間はこの学校にはいない。なにせ彼は全学年共通模擬戦闘試験における上位六名で構成される生徒会のメンバーであり、さらにはたった一人で通常型のカラミティアの討伐に成功した実力者なのだから。
そんな将来を約束された優秀な人間がなぜ、成績最下位の千風に構うのか? 疑問に持つの者も多いはずだ。
名前は確か……。
頑張って思い出そうとするも、千風の記憶の片隅にさえ存在しなかった。
名前も覚えられていない超優秀な男が口を開く。
「やあ、確か千風くんだよね? キミに話があるんだけど?」
「あ? 誰だお前? 悪いが俺は忙しいから他をあたってくれ」
千風は話を聞いてたのか、聞いていないのか、虫を払いのけるように手をヒラヒラさせた。
男の癇に障ったようで、額の辺りに青筋が浮いていた。
「穏便に済ませてやると言ったんだ。あんまり駄々をこねるなよ、ペテン師が」
どうやらこの男は彼の存在にどこかで感づいたらしい。
男が指を弾く。展開速度が尋常じゃなかった。恐ろしく速い。世界から、正確には二人の空間以外から音が消える。振動除去の魔法【クウェークバスター】だ。
「とぼけるなよ、昨日のアレ。お前、魔法使っただろ? たまたま視覚強化の魔法を使っていたのが幸いした。 魔法を介してでさえ気づくのが遅れた。お前何者だよ?」
「魔法? この俺が? 冗談はよしてくれ、俺の成績は知ってるだろ、使ったこともないよ。あんたこそいいのか、みんなが見ている所で、俺みたいな雑魚に関わって」
「安心しろ、こちらの会話は聞こえないようにしてある。それに僕はこんなクソみたいな学校の評価に興味はない」
男はニヤリと笑い、平気でそう発言した。親やクラスメイトが聞いたら、思わずひっくり返ってしまう。
ここでは評価が全てなのだから。でも彼はそれには全く興味がないらしい。
つまりこの男は千風にとって相当厄介な相手になるだろう。全力で疑いに来てる、加えてかなりの実力者だ。なにせ千風は最低評価にもかかわらず、学校に来ているのだ。普通ならそんな愚かなことはしない。さっさと退学して違う道に進む方がよっぽど利口だ。
「もういい、単刀直入に聞こう。如月千風、お前は強いか?」
それに千風は、あくまで道化を演じ続けた。
「俺はごく普通に弱いだけだ。こんな雑魚に何を期待して––––」
答えが気にくわないらしく、男がすぐに魔法を展開した。ここで初めて千風は驚愕した。彼の動きは先ほどの数倍は速い。しっかりと制御され、研ぎ澄まされた死なない魔法。それでも受ければ重傷は免れられない。
今ので大体の力がわかってしまう。彼は幻獣型も相手にできるだけの実力を備えていた。
急所を避けたり、魔法を使ってしまえば当然ばれる。実力が割れるか、意識が飛ぶか。
千風は迫り来る魔法をぼーっと眺め、あっさり後者を選ぶことにした。
だが、彼の意識が飛ぶことはなかった。代わりに身体が飛んだが……。魔法を解除した男に殴られたのだ。
「ぐあっ!?」
「呆れた、僕の見込み違いだったようだね。お前は本物の雑魚だ。だから避けれないんだろ? 弱者を病院送りにする奇特な趣味は俺にはない。別に弱いのは罪じゃないからな」
そう言い残して立ち去っていった。世界に音が戻る。
殴られた頬に痛みと熱を感じる。口が切れ口内には鉄の味が充満した。
千風は思う。本当に弱さは、強くないのは罪じゃないのだろうか? 弱い自分を偽りたいだけじゃないのか? 弱ければ仲間の力がいるし、守ってもらわないとあっさり死ぬ。足を引っ張って仲間に危険が及ぶ可能性だってある。
何度も何度も、嫌というほどこの身で経験してきたのだ。弱ければ本当に助けたい人、一人さえ救えやしない。
だから、
「弱いのは罪だよな〜」
自嘲気味に笑ってみせるが、その声は誰にも聞こえはしない。もう皆千風なんかには興味がないらしい。
と、教室の前扉が開き、スーツ姿の二十代半ばほどの女性が入ってきた。このクラスの担任である。
「はーい、みんな席に座って。ホームルームを始める前に、重要な話があるわ。災害研究機関(CSI)からカラミティア発生の通知が来たわよ!」
瞬間、教室中に緊張が走る。無理もない。担任がわざわざそれを知らせてくるということは、現場はすぐ近くなのだ。
「流石にみんな分かってるわね。そうよ、ここから西へ三キロと、南に六キロほどの場所にカラミティアが現れたわ。今回は私たちが前者を後者は一組が担当することになったわ!」
だがその言葉に喜ぶ者は一人もいない。これから死地に向かうのに喜べるはずがない。
前の方で手が挙がる。首席の赤髪ツインテールの女だった。彼女の髪の色は魔法の副作用によるものだ。
魔法の中には体内に宿すことで爆発的な力を発揮するものがある。それには髪の色が変わったり、耳が聴こえなくなったりなど、最悪死ぬ場合の副作用も伴うが。
そしてそういった魔法はどれも複製することが出来ない。つまり彼女もまた、一人もしくは数人でカラミティアに挑み、原型魔法を持ち帰った実力者だった。
「先生、質問ですが、その……私たちの担当するカラミティアの災害指標、それと種類、属性はなんでしょう?」
担任が生徒名簿の間に挟まった指令書に目を通していく。
「今から話すわ。みんな落ち着いて聞いてちょうだい。今回のカラミティアは通常型・風属性の台風。属性一致だから、心配しなくてもそこまで強くないと思うわ。CSIの出した災害指標はレベル5。あなた達なら油断しなければ誰も死なない!」
それを聞いたクラスメイトはほっとしたようだ。
カラミティアには属性が一致する場合とそうでない場合の二パターンがある。地震でいえば土属性がそれにあたる。他の火、水、風、雷などと比べると格段に攻略難度が下がるのだ。
一般的にはレベル1〜10までが通常、11〜15が幻獣、16〜18は神獣に区分され、上の二つは実質存在しないようなものだ。というのも過去最高難度と言われたカラミティアを18としたからだ。
レベル5。確かに20まである数字から見たらかなり低いと言える。だがいくらライセンスを持っていても実践経験の浅い生徒の集まりだ。それに三十人もいたら統率するのは困難を極めるだろう。死なないと断言できる根拠は全くない。
「出立は今から一時間後、三キロ程度なら転移魔法陣で纏めて転送するから開始五分前には席に座っていること。それじゃあ一旦終わるわね、解散!」
皆が戦闘の準備やらトイレやらで浮き足立つ。そんな中、千風はやはり机に突っ伏していた。
すると、赤髪のツインテールをゆらゆら揺らしながら、一人の少女が近づいてきた。
それを彼は、なんだか今日は絡んでくる奴が多いなあと半眼でみつめていた。
「ちょっとあなた! 私がわざわざ出向いてあげたんだから感謝しなさいよね! 聞いてるの?」
––––私って誰だよ。お前なんか知らねえよ。
千風がめんどそうなので無視を決め込むと、予想どおり突っかかってきた。やっぱり面倒だった。
なにごとかとクラスメイトが……略。
女の方を見ると、突然無い胸を自信満々に張りながら、自己紹介を始めた。
「私を見てその態度。いい度胸ね、私のこと知らないんでしょう? 」
あんたの胸は残念だがな……などとは口が滑っても言えないが。
「いいわ、教えてあげる。私は緋澄飛鳥。そこであなたに提案というか、救済の話をしに来たわけ」
魔法によって染め上げられた緋色の髪を小鳥の柄の髪留めで纏めた少女。なんというか見た目通りの名前だった。
先ほどの男と違い感情的な彼女は扱いやすそうだったので、千風はあくびをかみ殺しながら、誘導するように問いかけた。
「なんで首席のあんたが俺なんかに構うんだ? もっと優秀な奴いるだろ。ほら、なんだっけ? さっき俺に話しかけてきた奴とか?」
「あなた本当に何も知らないのね、彼は蓮水氷室。ついでに教えといてあげると、このクラスは大体三つに別れてるの。私たち緋澄のグループと氷室のグループ、そしてあなた以外から構成されるそれらに属さない集団」
やっぱり、聞いても無いこともベラベラと喋ってくれた。扱いやすい。
「さっき氷室のやつと何か話してたでしょ? で、殴られた。ということは理由はどうであれ交渉が決裂したと見ていいわ。無能なはずのあなたに氷室がなんらかの可能性を見いだした。それだけであなたには価値がある。だから私の仲間になりなさい!」
ビシッと自信満々に人差し指を突きつけてくる。思いの外頭の回転は速いらしい。
「悪いけど、さっきも言ったように俺はただの役立たずでクズな––––」
「あなた今の状況分かってる? 氷室に殴られたあなたは簡単に言ってしまえば孤立しているの。知っての通り、カラミティアと戦う場合、チームを組むのがセオリーだわ。そんな中あなた一人戦場に立たされて生き残れる自信があるのかしら?」
つまり飛鳥が言いたいことはこうだ。今このクラスで力を持ってるのは実質、緋澄と蓮水の二つ。そのうち蓮水には殴られ、残りのグループには千風を守れるだけの余裕がない。だから、死にたくなければ私たちのチームに来い、と。そういうことだ。
普通ならこう解釈しただろう。だがひねくれ者の千風は違った。
––––そう見せかけて実際には『蓮水が気にかけるほどの人材を命を保証してチームに取り込める。そうすればより蓮水との差が開き、学校の評価も上がる』といったところか? 中々に冴えた頭を持ってるな。
だからこの提案には乗らなければならない。このまま道化を演じたければ、蓮水に気取られぬよう、飛鳥の真意に気づかないふりをして、命欲しさにさも提案を受けるよう見せかけなければ。
そうすれば、この程度のことにも気づかないのかと蓮水に思わせることができ、なおかつ飛鳥には従順な部下だと認識させられる。
蓮水を欺き、飛鳥をだます。退屈な学校生活を送ってきた千風にはなんとも刺激的で甘美な青春を築けそうだった。
青春の意味がまるで違うことに彼は気づいていないのはこの際置いておこう。
––––ああ楽しみだ。自分が頭の良いと思ってる連中を出し抜くのは本当に楽しい。さて、二人はどんな顔をして俺を見ることになるのかな。
ニヤけそうな口を咳払いでごまかし、差し出された飛鳥の華奢な手を握る。
「確かにあんたの言う通りだ。よろしく頼むよ」
「そう、利口な子は嫌いじゃないわ? 私の従順なペットとして働きなさい」
飛鳥は残念な胸を張り、嬉しそうに千風を見下した。彼女の側に二人の男女が寄り添う。彼女にはお嬢様気質があるようだ。
「飛鳥様、そろそろお時間です。どうか席に」
「飛鳥様、今回も我々が––––」
「当たり前よ、私を誰だと思ってるの? ちゃっちゃと倒して、ちゃっちゃと魔法を奪うわよ! それじゃ、後で私の所に来るのよ?」
こうして、千風や蓮水、飛鳥たち高校生の、災害を殺して日本を救う、異色の学校生活が始まった。
うーん……中々文字数が安定しない。
というか日に日に増えていってる気が……。