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第1話 宵闇に紛れる風

 ––––都内某所。時刻は午前二時。


 朝の喧騒がうそのような静寂。街灯には光に吸い寄せられた虫の大群。


「はあ、はぁあ……コッチは眠いってのに」


 一人の少年が、文句を垂れながらも静まり返った住宅街を走る。突き当たりを右へ曲がり、路地裏を突き進む。


 切れかかった電灯、古びた看板、カラスが食い荒らしたのか、至る所にゴミが散らかっていた。


 少年が足を止め、人差し指でコンコンと顳顬(こめかみ)の辺りを軽くたたく。


 すると、彼の右眼を覆うように半透明のゴーグルのような物が現れた。投影光学魔法を搭載した特殊な装置だ。


 それを使って何もないはずの目の前をじーっと見つめる。と、頭の中に電子音が流れた。投影が始まる。


 先ほどまで風情の欠片もなかった路地裏に一匹のバケモノが姿を見せた。金色の馬だ。体軀には天を突くように伸びる雄々しい一対の翼。周りが一瞬で昼の明るさと同じになる。それはひと昔前まで幻獣と呼ばれていた生物だった。


「……こちら【サウザンド・ウィンド】、対象との接触に成功しました。幻獣型、天馬(ペガサス)と思われます」


 彼は額に脂汗を滲ませながら、左耳につけた別の通信機にそう告げた。


 しわがれた、心配そうな声が頭の中に直接返ってくる。


「『そうか、幻獣型か……。 マズイな、お前一人でやれそうか?』」


 声の主がそういうのも無理はない。災害の元凶、カラミティアは所属する型によって三つに分かれていた。


 一級魔法士十人がいれば死者を出さずに殺せる、通常型。日本に十二人しかいない最上級魔法士、《十二神将》が一人いれば殺せる幻獣型。最後に過去一度だけ観測された神獣型。《十二神将》七人の犠牲の上にようやく討伐に成功した。歴史的大災害と呼べるだろう。


「そうですね、見たところ雷の台風(サイクロン)ですし不可能ではありませんが、時間がかかると思うので半径十キロにサイレントの魔法を頼めませんか? こちら側で倒します」


 カラミティアにはそれぞれ属性があり、さらには災害の種類によって難度が変わってくる。


 よってカラミティア討伐難易度は所属型、災害の種類、属性の総合的評価を加味し、レベル1〜20の災害指標に定められている。


 声の主が楽しそうに言った。バシバシ膝を叩いている音が聞こえた。


「『かっかっか! そうかそうか、やはり天下の【磨羯(カプリコーン)】は言う事が一味違うわい!』」


 少年は【磨羯(カプリコーン)】と言われ、見るからに嫌そうに顔をしかめた。


「その呼び名はやめて下さいよ、私は–––ッ!」


 通信している最中に天馬がこちらに気づき、襲いかかってきた。


「とりあえず、通信切りますね。それと天馬の魔法(マギア)は私が貰います」


「構わん、ただし無理はするなよ。お前に死なれては困るからな。最悪放棄してもいい、だから死ぬのだけはカンベンしてくれ」


 ブツンッ、まるで筋肉が断裂したような音と痛みを頭に残して通信は切れた。


「っ〜! 相変わらず慣れない痛みだ。さて、お前はいったいどんな魔法(お宝)を秘めてる? その腹ん中掻っ捌いてみてやるよ!」


 少年の顔が狂気に歪む。口角が異常なまでに吊りあがり、普段の温和そうな彼からは想像もつかない圧倒的な殺気が膨れ上がる。


「グルルルゥアアア!!」


 天馬が嘶き、彼の頭上にバチバチと放電する光源が放たれる。


「はっ! 遅え、ンなモン当たるかよ!」


 鼻で笑って、身体をわずかに左に逸らす。


 バリリッ、雷撃がアスファルトを穿ち、黒煙が立ち込める。煙が晴れたときには少年の姿は消えていた。


「グルルルゥ?」


 避けられたと認識したのか、首をかしげキョロキョロと辺りを見回している。


「バーカ、こっちだウスノロ!」


 やたら好戦的な少年はさっきの仕返しとばかりに天馬の頭上をとった。急いで声のした方を振り返る天馬だが、そこに少年の姿やはり存在しなかった。


 タタッ、タタッ。線のように細い影が狭い路地裏の壁を蹴り、飛び跳ね、縦横無尽に駆ける巡る姿は宵闇に紛れ、目で捉えることは敵わなかった。


 天馬はとうとう動きを止めた。


「もう少しぐらい粘れよ、バケモノが」


 幻獣型だからと期待していたが、とんだ肩透かしだ。


「あーあつまんね、もういいや。期待した俺が馬鹿だった」


 冷たくそう吐き捨てた。膝を曲げ全体重を足に向け、解放する。壁の崩れる音が聞こえ、少年の身体が加速する。


 少年の右手を包む淡い光。瞬間、彼の右手には身長を越える紅の刀身を持った細剣が握られていた。


 彼の後ろを立体的な影が追う。一瞬にして天馬に肉迫し、腕を限界まで引き絞る。放つ。


 バケモノはまるで反応できていない。紅き死が首を貫く––––はずだった。


 少年の瞳に光が灯り、驚愕に目がこれでもかと見開かれた。


 確実に仕留められる間合い、距離、タイミング。だがなぜか、細剣の切っ先は空を切った。


「な––––ッ!?」


 刹那、雷を纏った天馬が少年の背後に現れた。少年は渾身の一撃を宙に放った後だ。つまり今、この瞬間だけは身動きが取れない。


 回避行動が取れない少年を嘲笑うように、バケモノの放った絶対的な死が八方から襲いかかる。


「クソッ!」


 全弾が少年の身を包みこむように被弾。轟音と共に辺りに膨大なアスファルトの破片が四散した。


 少年を仕留めたと確信するやいなや天馬が鬨の声を上げる。


「ブルルルゥアアアー!」


「俺を殺したと思って喜んでるとこ悪いけど、ソレ俺の幻影(レプリカ)ね。じゃ、今度こそチェックメイト!」


 少年の腕が、はたまた細剣が消える。否、消えたと認識させられる速さで放たれる。


「グ、ガッ? 」


 掠れ声を残してあっけなく絶命した。


「はあ、バカだなー。あれだけ走り回っといて何も仕掛けてないわけないじゃん? カラミティアってのはこぞって知能が低いわけ?」


 細剣を放り投げ指を弾くと、現れた時と同じく、途端に消えた。


「全く、『戦闘において最も警戒すべきは背後を取った後の背後』って小学校で習はなかった? ……なんて、俺も習はなかったけど」


 制服のポケットから懐中時計を取り出し時間を確認する。いまどき懐中時計なんて骨董品(アンティーク)を使っているのは、彼くらいだろうが……。


 時刻は午前四時。確かに若干だが、空が白み始めて来た気もする。


「うわ〜こりゃ今日の学校も寝て終わりだな。でもまあ、激昂状態で討伐できたから良しとするか」


 カラミティアから取り出せる魔法(マギア)にはレアリティと呼ばれるものがある。もちろん災害指標の高いカラミティアほど質の高い魔法が得られるのは言うまでもない。ただそれに加え、激昂状態で討伐することにより、活性化した状態の魔法を手にできる。


 つまり同じカラミティアは討伐するなら、できるだけ激昂状態で討伐するのが今の日本におけるセオリーだった。


「さてとどんな魔法が手に入るかな? まあ雷魔法だろうけど」


 うきうきしながら、少年は天馬の腹をどんどん掻っ捌いて行く。


「おっ、あった。どれどれ」


 内臓に紛れ一際大きな輝きを見せる小さな球体が現れた。手を翳し契約(インストール)を始めた。


「主を失いて、暗き悠久の痛みに苛まれしマギアの霊体よ、今此処にこの瞬間を以って我、如月千風を主と認め隷属せよ」


 呼応するように球体が明滅を繰り返し宙に浮く。ゆっくりと近づき、少年––––如月千風(きさらぎ ちかぜ)の胸に進入した。


 ドクンッ! 途端に血液の流れが加速する。鼓動が早鐘を鳴らし、目は充血し全身に熱を帯びた痛みが駆け巡る。


「う、ぐぁっ!? ああああぁ、はぁ、はあ……。でもこれでやっと……」


 呼吸を整える。赤い鼻水を乱暴に拭う。


「俺はまた少しだけ強くなれたかな? この––––あぁコレ、ダメな奴だ」


 そう呟いて、完全に明るくなった空を見上げる。


 どこまでも澄みきった青い空、その空を掴むように右手を伸ばし……しかしそこで如月千風は意識を失った。


 そして今日という歯車が軋むことなく廻り始めるのだ。人々が笑って、泣いて、喧嘩して、それでも訳のわからないまま死ぬことのない平和な日常が。


 東京を、日本を、そしていずれは世界を股にかける高校生の、今日も仮初めの平和を魅せる一日が始まった。

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