始まり 両思いは思ったより甘くない
第二章、全7話予定です。
両思いってどんな味?
焼き立てふかふかのパンの味。
彼のために甘めに作った卵焼きの味。
ピンクの花弁入りのクセが強めのハーブティーの味。
それと……
乙女がこぼす、ちょっとしょっぱい涙の味。
なーんてね! 乙女なんて言ったらまたヴィーに突っ込まれちゃうけどね!
どうせ突っ込むなら別のものにしてほしいよね、なんてアラごめんなさい破廉恥だったわねオホホ……。
とかそんな、下世話な冗談が口を突いて出てくるくらいには、もう若くはないんです。
私、半年ほど前に十歳分も若返ってしまった、精神年齢二十六歳のアーシャと申します。
つい先日、めでたく十年越しの恋が実りまして。
祝!! 両思い!!!
神様仏様ヴィー様ありがとう!! 姐御肌の先輩もパン屋の店長さんも前から何かと気にかけてくれた村長さんもみーんなありがとうありがとう!! 私、しあわせになります!!!
って、テンションマックスでウキウキランランウッフフンとしていられたのは最初の十日くらいのもの。
都行きは取りやめにして、町でお世話になった人たちにお礼を告げ不義理を詫びて、ヴィーと一緒にこの森へ帰ってきた。
ちょうど長期休みをもらったところだったから、急にシフトに空きを作ることにもならず。また遊びに来てね、ってみんなにこやかに送り出してくれた。願掛け効いたじゃない、なんて先輩もきれいに笑ってくれた。
半年もお世話になったのに、別れはあまりにあっけなかった。今度伺うときは急遽用意した菓子折りなんかじゃなく、もっとちゃんとしたものを包んでいこう。
半年ぶりに家に帰ってくると……熊が大暴れでもしましたか? ってくらい家中荒れに荒れてた。いっそ惨状と呼んでもいい酷さ。
ゴミはまとめることもしないで全部放置だったし、料理なんてしないで食材をそのまま食べてたみたいだし、実験が失敗したときのものか焦げた布とか割れたガラス容器まで片付けられてはいなかった。ベッドの上すら本が散らかっていて、ヴィーがこの半年どこで寝ていたのか聞くのが怖かった。
私が来る前はずっと一人で生活してたはずなのに、って呆然としたけど、十年も他人に任せっきりにしてたら家事の仕方なんて忘れるよね、研究以外興味ないヴィーだもの。
一日かけてなんとか住める状態にまでして、細かいところは毎日少しずつ整えていって。
そうこうしているうちにひと月が過ぎて、なんていうか……両思いの感動が薄れていって……。
あれ? 私たち本当に想いが通じ合ったんだっけ? ってなってるのが現状です……。
というかね! 家のことにつきっきりになってた私も悪いんだけど!
そもそもヴィーが前と全然変わらなすぎてね!?
相変わらずいつも眠そうな顔してるし、必要最低限しかしゃべらないし、エロ本もどこにも隠してないし! ってそれは関係なかった。
恋が実ったんだからそれでいいじゃないかと思うかもしれないけど、私としてはですね、やっぱり言葉とか、態度とか、欲しいんですよ。ちゃんと私のことが好きなんだなって実感したいんですよ。
なのに、なのに、なのにっ……!
私、まだヴィーに一度も、『好き』って言われてないんだけど!?
ううっ、また悲しくなってきた……。
「ヴィー、パンおいしい?」
「うん」
現状では『好き』どころか、『おいしい』の一言を引き出すのすら苦難する毎日だ。苦難どころか連敗記録を伸ばし中なんだけどね。
ヴィーはわりと甘党だ。パンも、おかずも、ちょっと甘めの味つけにしてある。だから、おいしいとは思ってもらえてるはず。
だけどヴィーはどこかうわの空の返事を返すだけ。たぶん今の彼の頭の中では薬の調合のシミュレートが行われてる。
こういうとき、邪魔をしないほうがいいのはわかっていながらも、寂しくてつい声をかけてしまう。
「マカロニサラダは?」
「うん」
「お、お茶も……?」
「ん」
あ、ついに一文字になった。一文字になりましたよ奥さん!!
これってあれですよね。返事が面倒になったんですよね。わかりますよ十年以上一緒にいればね。
一文字でも返事してくれるだけマシかな……そこは前よりも一歩前進してるのかな……小さな一歩だけどね、ホロリ。
ヴィーからしてみたら騒音でしかないかもしれないけど、ご飯中くらいちゃんと頭を休めてほしいなぁ。
や、あわよくば私の相手とかしてくれちゃわないかな、って気持ちもやっぱりあるんだけどね! 自分に嘘はつけない!
「あ、アーシャ」
「……っ! はいっ!!」
ヴィーのほうから声をかけてくれたのがうれしくて、しかも名前を呼んでくれたのがうれしすぎて、返事は思わず大きな声になってしまった。
何、何、何!? 今まで言葉が足りなかった分、一日一告白とかしてくれちゃったりする!?
そんなわけないってわかってても、一瞬で私の頭の中は春色の花畑に染まっていく。
私も見つめるヴィーの真っ赤な瞳も、どことなーく甘さを含んでいるような……いる、ような……いや、含んでると思いたい……んだけど……。
「今日は夕ご飯はいらない。必要な材料を採ってくる」
どうやら一ミクロンも含んでなかった模様。脳内花畑はまた一瞬で枯れ野原だ。
知ってましたよーだ。なんて拗ねたくなる気持ちはひとまず横に置く。
「そんなに遠くに行くの? お弁当持っていく?」
つれない想い人に万全のサポートをするのが、押しかけ女房としての腕の見せどころといいますか。
ここ半年、不摂生な食生活を送っていたヴィーに、少しでも精をつけてほしいし。
あ、別に精っていうのはアッチの意味ってわけじゃなくて、いやソッチの意味でも全然かまわないんだけど、ソッチはあくまで副産物っていうかそのね!
「いらない。先に寝てていい」
ヴィーの冷ややかな声は、それが遠慮から来るものじゃないって、言葉よりも雄弁で。
無理やりテンションを上げようとしてた私は、またまた空回り。
「そう……」
押せ押せゴーゴーの私も、さすがにこれ以上は何も言えなかった。
想いが通じて、ひと月が経った。その間、私は変わらず押しかけ女房として家を整えて、ご飯を作って、ヴィーにちょっかいかけて。
ヴィーは変わらず研究、研究、研究の毎日。甘い言葉の一つもなければ、恋人としての触れ合いだって、一切なかった。
こんなんじゃ、私がいる意味、ないじゃない。
意味なんて最初は必要としてなかったのに、私がしたいからやってるだけだったはずなのに。
“両思い”っていう夢みたいな立場が、私の心をくもらせる。
本当はね、わかってはいるんだよ。
ヴィーは嘘をつけない人だ。つかないんじゃなく、つけない。嘘をつくっていう考えすらきっと頭にない。
終わりにしようって言ったときだって、取り乱してたから気づかなかったけど、あとになって考えれば何一つ嘘はついていなかった。
ヴィーはたぶん、ちゃんと、私のことが好きなんだろう。
でも……不安なのは。
ヴィーにとっての“ちゃんと好き”って、どういうものなんだろうって。
私とヴィーの“好き”は、本当に同じものなのかなって。
……私は、ヴィーの“好き”で、足りるのかなって。
好きになればなるほど、期待すればするほど、欲張りになってしまう自分がいる。
一方通行だったら、まだ自分の気持ちだけを大事にしていられた。
両思いになれたからこそ、同じだけの想いを返してほしくなる。
片思いだったときは、もし好きになってくれたらそれだけで幸せだって、思っていたはずなのに。
もうすぐ、私の二十七歳の誕生日。
そんなこと、きっと、ヴィーは知らない。