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十六の春  作者: 五十鈴スミレ
第一章
4/14

その四 過去はいまだ色鮮やかに



 私が十六歳に若返ってから、半年。

 ヴィーの姿を見なくなって、ヴィーの声を聞かなくなって、ヴィーに抱かれなくなって、半年。

 この町にも春がやってきた。

 二度目の十六の春だなんて、少し……だいぶ複雑だ。

 春は出会いと別れの季節、と一般的に言うけれど、ここでもご多分にもれず。

 規模の大きめの花祭りが行われるらしく、この時期はどの店も休業して、代わりに屋台を開く。

 私の仕事場のパン屋ももちろんそうで、焼きたてのバンズに肉や野菜、玉子を挟んで売るんだという。

 この時期の稼ぎは普段の1.5倍にもなるんだそうで。稼ぎ時ってことだ。


 まあ、焼くパンの種類が少ないからいつもより手間が少ない上に、屋台は狭いので人手はあんまり必要ない。

 先輩は接客のお手伝いに行くらしいけど、単なる雑用の私は長期休みをもらった。

 無駄遣いしていなかったから手持ちに余裕があったし、直前に春のボーナスももらったし、一週間ちょっとのお休み分、給料が出なくても問題はない。

 そして私は、前々から計画していたことがあった。

 この機会に都に行ってみよう、と。

 つまりは一人旅だ。


 どうしてそんなことを考えたかって言うと、別にそれほど深い理由があるわけじゃないんだけど。

 何をしていても、何を見ても、頭を離れない人がいる。

 このおかず好きだったな、とか、この本は前に読んでいたな、とか、この花は薬になるって教えてくれたな、とか。

 新しく構築された日常の中で、それでも彼を忘れられないなら、いっそのこと非日常に旅立とう、と。

 単にそれだけのことだった。


 行き場所を都に定めたことにも理由はない。

 この町から都までは、直通の馬車で一日半。安い馬車だと乗り継ぎが必要で、寄り道もするため、二日近くかかる。

 花祭りは都では時期がずれているらしく、このタイミングで町から都へ向かう人というのは多くない。

 その分馬車の運賃も下がっているから、と理由をつけたけど、花祭りを全力で楽しめる気がしなかったから逃げてきたようなものでもあった。

 だって、花祭りだ。

 一年中咲いてるくせに春の花の代表格でもある、あの赤い花だって、嫌になるほど見かけるだろう。

 私は今、あの花を見て、笑顔になんてなれない。




「……って、思ってたのに」


 目の前に広がる赤一色の花畑に、私は思わずため息をついた。

 馬車の乗り継ぎ場所で待っていると、馬車が遅れる、という知らせが届いた。

 その場で待っているのも暇だなぁ、なんて散策に出てしまったのがいけなかったのか。

 一番見たくなかった花の大軍に、総攻撃を受ける羽目になった。

 気力を根こそぎ奪われた私は、その場に座り込む。

 どうせ乗る予定の馬車はまだ三十分以上来ない。

 どこで待っていようが私の勝手だ。


 赤い、赤い、煮詰めたイチゴジャムみたいに真っ赤な花々をぼんやりと眺める。

 一番見たくなくて、でも、一番見たかったのかもしれない。

 赤は、好きだ。

 大好きな人の、瞳の色だから。

 そしてこの花は、私が彼を好きになった、きっかけだから。



  + + +



 ヴィーは、なんの前触れもなくふらっと、私の住んでいた村にやってきた。

 この村から少し離れたところにある森の奥の奥、そのまた奥に彼が住んでいることは、噂で聞いて知った。

 この村に最後にやってきたのは十年以上前だ、ということも。

 そのときから姿が変わっていない、ということも。

 魔法使いが長命なのは知っていたけれど、その森に住む魔法使いは百歳を軽く越えるのだと、村中が噂していた。


 ヴィーがやってきたのは、育てていた花を実験の失敗で大量に枯らしてしまったからだった。

 畑で栽培するために、それとまったく同じ花を買いに来たのだという。

 私の村の名産でもある、赤い花。

 わりとどこにでも咲いている花だけど、この村のものは中でも色艶がよく、生花はもちろんポプリや、押し花にしてしおりにも使われていた。

 ヴィーはその花を薬作りと研究に使うらしく、ならわざわざここの花でなくても、と誰もが思っただろうけれど、文句を言う村人はいなかった。儲けは儲けだからだ。


 その赤い花は、がくから上、もしくは花びらだけを売買することも多かった。染色にも広く使われるためだ。

 花をまるごと大量に、という注文はそう多くはない。大口の注文に、小さな村は沸き立った。

 そして、その花を用意することになったのが、私だった。


『状態を自分で確かめたい』


 そう言ったヴィーのために、二人で畑に向かい、ひとつひとつ確認してもらってから、根を傷つけないよう土ごと花を掘り上げた。

 ヴィーの持ってきた大きな大きな鉢に土を敷き、とりあえずの避難場所とする。

 彼の名前を教えてもらったのも、このとき。敬語はいらないと言われたのも。

 私にとってヴィーは、ただのお客さんだった。ずいぶん整った顔立ちをしているなとか、花と同じ色の瞳がきれいだとか、全然表情が動かなくてもったいないとか、そんな感想を持ちながらも。

 ただ、私に気兼ねなく話しかけてくれる存在に、心が浮き足立ってはいたかもしれない。


『きれいな手ね』


 ヴィーの手を見て、私は驚いたものだ。

 この赤い花に触れる機会が多い人は、みんな一様に手が荒れている。

 研究に使うと聞いていたから、てっきりヴィーもそうだと思っていた、のに。

 ヴィーの手は、手荒れのての字もなかった。


『この花、きれいなんだけど……きれいだからかな? ほら、こんなに手が荒れちゃって』


 私は苦笑しつつ、土で汚れた手袋を外した。

 指先にいくにつれて皮が剥け、赤くなり、ところどころに蕁麻疹のあるボロボロの手。お世辞にもきれいとは言えない。

 草花が毒を持つのは、外敵から自分を守るためだという。

 くすみも濁りもない純粋な赤は、自然界であまりに目を引くために、花びらに何かしらの毒を持っているんだろうと知られていた。

 手袋をしていてもある程度しか防げないため、誰もがあきらめとともに受け入れていた。


 ヴィーは私の手を、無表情のまま見ていただけだった。

 顔をしかめられなかったことに、また少し救われた。

 この花を扱う仕事は、こうして手が荒れるという難点があるため、実入りがいい。

 子どものときに親を亡くした私が、親の残してくれた家で暮らせる収入を得るには、この仕事しかなかった。

 村の住人の中に、私を哀れんでくれる人はいる。施しをしようとしてくれる人もいる。

 みんな、私を『哀れな子ども』として見ていた。

 それも優しさなのだとわかっていても、腫れ物に触れるような扱いは、あまりうれしいものではなかった。


『荒れない方法、あるよ』

『……え!?』


 ヴィーがそう言い出したのは、必要な分の花をすべて用意し終え、どうせならと一緒に食事を取っているときだった。

 私の焼いた白パンと、カブのポタージュ、甘辛く煮たゴボウと鹿肉という、そのときの精一杯のもてなしをした。

 まったく表情の変わらないヴィーが、白パンを食べたときだけは少し驚いたように目を見開いた、気がした。気のせいかもしれなかった。

 そうして食事が一段落つくころに、先の言葉。


 にわかには信じがたかった。

 赤い花による手荒れは、この村の多くの住人が悩まされているものだった。

 名産だけあって、赤い花に関わっている村人は多い。この村できれいな手をしているのは、きっと半数にも満たない。

 中でも私の手はそれはもうひどいものだったわけだけど。

 私は食いつくように、ヴィーに詰め寄った。


『花にさわったあと、油を手に塗って、少し置いてから流すんだ。この花の毒は、水や湿気と親和性が高い。熱には弱いから染色の時には毒が死ぬけど、水で洗っていたら悪化するだけ。油で遮断して毒を殺すんだ。あとは、少し高いけど、花に触れるときはビニール製の手袋をするといい。毒を通さないから』


 ビニールとは、十年ほど前にある魔法使いが作り出した素材で、最近では様々なものに加工して使われている。

 けれど村のみんなに行き渡らせられるほど、安いものではない。

 油を塗る、というのは自分が食品になったようで不思議な感じがするが、多少の出費にはなるものの充分実現可能なレベルだ。


『少し置いて、ってどのくらい?』

『一分か二分くらいかな。適当で大丈夫』

『このこと、他の人たちにも教えていい?』

『好きにすれば』


 ヴィーは無表情、というよりやる気のない眠たげな表情で、それでも問いにはちゃんと答えてくれる。

 ぶっきらぼうだけど、優しい。

 ずっと、おそるおそる向けられた優しさしか知らなかった私には、新鮮で、とても魅力的に思えた。


『あと、これは花のおまけ』


 懐から透明な何かが入った瓶を取り出して、ヴィーはそれに短く呪文を唱えた。

 瓶が光を吸収して、心なしか中の液体も星が散りばめられたようにキラキラしているように見えた。

 その瓶を、ヴィーはためらいもなく私に差し出した。


『黄色い花から取った油。毒を殺すだけじゃなくて、肌に優しい成分だから、ちゃんと使ってれば半月で治るよ』

『い、いいの?』

『手荒れが悪化して、このパンが食べられなくなるのは惜しいからね』


 ヴィーの言う黄色い花は、ここより南の地に咲く有名な花のことだろう。

 食用油としても化粧品としても優秀で、少量しか取れないために高値で取り引きされるらしい。

 そんな高価な代物を、たかが白パンと天秤にかけるのもおこがましい。

 気を使わせないための、彼なりの気遣いだろう、と私は理解した。


『ありがとう、ヴィー!』


 飛びつかんばかりの勢いで、私はお礼を言った。

 こんなに明るい声を出したのは、こんなに心が浮き立つのは、いつぶりだろう。

 彼が森に帰ってから、早速、村の人たちに手荒れの対処法を伝えた。ついでにというかこっちこそ本題というか、転居についても話をつけた。

 行くあてがあるのか、と言ってくれた村長は、本当に私のことを心配してくれていたんだろう。このときになってようやく村の人たちの善意を受け入れることができた。

 でももう、決めてしまったから。

 私は、ヴィーのお嫁さんになるんだって。


『今日から押しかけ女房やらせてもらいます!』


 ヴィーと出会った半月後、彼のおかげですっかりきれいになった手で、私は森の家の戸を叩いた。

 これが二度目の対面。これまでに見た表情は少ない。無表情。眠そうな顔。驚いた顔。

 そして、今回新たに見ることができた表情は、心底面倒そうな顔、だった。







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