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十六の春  作者: 五十鈴スミレ
第一章
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その二 新生活はストーカーの影あり



 ヴィーの魔法によって遠くの町まで飛ばされてから、早四ヶ月が経過していた。

 生まれ育った村と、そこから少し離れた森とその周辺しか知らずに二十六年を生きてきた私には、当然ここがどこかなんてすぐにわかるはずがなかった。

 ひととおり泣いたあと、道に迷ったということにして適当に情報収集した。目を赤くしていたために同情してくれる人が多かったのが、ありがたくて申し訳ない。

 この町は、元いた森からずーっと東南に行ったところにある大きめの町。国の中心にある都を挟んでちょうど反対側だ。国境から都に行く中間地点になるらしく、物流も盛んでそれなりに栄えている。

 十六歳まで暮らしていた村と比べるのも失礼なくらい、人もいっぱい、物もいっぱい、建物もでかい。

 ヴィーもずいぶんと暮らしやすそうな町を選んでくれたものだ。もちろんこれは皮肉だ。


 十年を返すと言っていた言葉どおり、私は十年若返っていた。

 正確に十年分かはまではわからないものの、まず肌が違う。髪質も違う。胃の強さや無茶できる範囲なんかも全然違う。

 十六歳と自称するのは、十歳もサバを読むみたいでとても恥ずかしかったけど、今の私はどっからどう見ても二十六には見えないんだからしょうがない。

 こっちに来た当初、実年齢を言って変な顔をされたとき、色々とあきらめましたとも。冗談だってごまかすしかなかったよね。


 ヴィーは本当に、一から十まで全部用意しておいてくれた。

 大きなカバンには、服も下着も日用品も雑貨も本もアクセサリーも、お揃いだった湯飲みの片割れも、女の子には必要不可欠のあれやこれやまで全部まとめて入っていた。それ以外にも新しい服が三着ほど足されてたり、新生活で物入りだろうからと少なくない額のお金が入っていたり、至れり尽くせりだ。

 物入りも何も、ヴィーの用意してくれた一人暮らし用の部屋には家具も全部そろっていたわけで。お給料が出るまでの最初の一ヶ月間、食費として少し使わせてもらったくらい。その分も今は全額戻して、使わないようにしまってある。


 仕事先はパン屋さん。用意されていた紹介状を持っていったら、即採用された。店長いわく、ヴィーには恩があるらしい。ちょうど人手も足りなかったようだけど。

 今のところ、調理場のお手伝いに販売、店内清掃まで、その時々で臨機応変に動いている感じ。と言えば聞こえはいいけど、つまりは雑用スタッフといったことだ。

 紹介状には、おいしいパンを焼く子、と書かれていた。そんなに私のパンが好きか、ヴィー。うれしいような悲しいような。

 もう、ヴィーに私のパンを食べてもらう機会は、ないかもしれないのに。


 そんなセンチメンタルなことを考えつつも、日々は過ぎ去っていく。

 ヴィーのいない時間が、だんだんと日常になっていく。




「……なーんか、視線を感じるんですよね」


 休憩時間、仕事場の先輩に私は相談を持ちかけた。

 相談っていうほどでもない世間話みたいなノリだけど。

 いや、うん、世間話にするには微妙な話題だっていうのはわかってる。でも危機感を覚えるほどのことじゃないからと、私はのほほんと構えていた。


「自意識過剰じゃない?」

「先輩キツイ」


 バッサリと一刀両断されて、私は乾いた笑みをもらす。

 歯に衣着せない物言いにはヴィーで慣れたから、これくらいどうってことないけどね。

 私のそういうタフさを、先輩はわりと気に入ってくれているみたいだった。


「だって、アーシャを見る前にまず私を見るものじゃない?」


 さっぱりきっぱり、先輩は悪びれることなく言う。

 冗談を言っているような調子ではなく、心からそう思っているのだと見て取れる。


「そうですね、先輩のそういうとこ好きですよ」

「あらありがとう」


 私の軽々しい告白に笑みを浮かべる先輩は、たしかに美女としか表現できない美貌の持ち主だ。

 銀にも見える金髪は月のように優しくはかなげな輝きで。紫色の瞳は先輩をミステリアスに彩り。口元にあるホクロは最高に色っぽい。

 かと思えばたまに豪快に笑って、格好いいようなかわいいような。ギャップ萌えというやつか。


「まあ、趣味の悪いストーカーもいるかもしれないものね。もし困ったことになりそうなら任せなさい」


 まったく、頼りになる姐さんだ。実年齢だと私のほうが年上なのは内緒内緒。

 こういう意外と面倒見のいい点も、私が先輩を好きな理由のひとつだったりする。ついていきやすぜ姐御、とか思っちゃう。いや私が本当についていきたいのはヴィーだけだけど。

 先輩は仕事だってちゃんと真面目にこなす。先輩の仕事は主に接客と販売。単なる雑用係の私と違って、お客さんの相手を一手に引き受けてくれている。お店の看板みたいなものだった。


「任せたらどうなるんです?」

「誘惑して、ちょん切る」

「ヒエッ……」


 にんまり、と悪い魔女のような笑みを浮かべる先輩に、私は悲鳴を飲み込んだ。

 男のアレなんて、見たことあるのがヴィーのだけだから、つい彼で想像してしまって、血の気が引いた。

 ダメ、ゼッタイ。ヴィーのものはちょん切らせません。


「冗談よぉ」


 カラカラと明るく笑う先輩には、どうにも勝てそうになかった。

 おかしいなぁ、私が先輩に相談していたはずなのに、どうして私のほうが疲れてるんだろう。


「……もしそうなっても、穏便にお願いします」


 視線の主が、ちょっと危ない感じの人だったとしても、先輩に頼るのは最終手段だなぁ。

 今のところは外に出ているときにたまに視線を感じるだけで、ものがなくなったりだとか、あとをつけられたりだとか、そういったことは一切ないし。

 他所者が気になる、とかそれだけのことかもしれない。ここまで栄えてる町でそんなこと思う人がいるのか、あんまり現実的ではないかもしれないけど。

 まあ、たぶん、何があっても大丈夫だ。

 今の私、けっこう無敵状態だから。


 そのことに気づいたのは、こっちで暮らし始めて一ヶ月が過ぎたころ。

 寝坊して仕事に遅れそうだった私は、注意力散漫で階段を盛大に踏み外した。

 落ちる! と身構えて……ぽかんとした。

 私はまったく痛みも衝撃も感じることなく、下まで降りていった。まるで、すべり台みたいにするすると。

 頭の中がはてなで埋め尽くされて、その日の私の仕事っぷりがひどかったのは言うまでもない。

 その他にも、料理で油が跳ねても火傷をしなかったり、タンスの角に足の小指をぶつけそうになって寸前で意志関係なく急停止したり。


 そこまで行くとさすがに私も察した。

 あ、ヴィーの仕業だなって。

 きっと、放り出すことになった私が一人でやっていけるか心配で、お手製の防御魔法でもかけてくれたんだろう。

 もう、防御なんて域は越している。私は勝手にボディーガード魔法と呼んでいたりする。

 危機感の足りなさはその魔法の弊害かもしれないけど、実際どうにかなってしまうんだろうから、さらに恐ろしいものだ。

 まったく、過保護な魔法使いだ。

 ……まったく。







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