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十六の春  作者: 五十鈴スミレ
第二章
13/14

その六 言葉は音にして初めて伝わる



「目、腫れてる」


 涙が落ち着くまで、ヴィーはずっと抱きしめていてくれた。そのぬくもりがうれしかった。

 なのに、もう大丈夫、って離れた途端にコレだ。


「ヴィーのせいよ」

「ふうん」


 私の答えに、ヴィーはどこか満足そうに笑う。笑うって言ってもちょっと目尻が下がってちょっと口端が上がってるくらいなんだけど。

 まったくどうしてそこで喜ぶんだ、ヴィーは。

 不躾な指摘に水を差されて、文句のひとつも言いたい気分だった私は、むうっと唇を尖らせる。


「それ、貸して」


 言われるがままに結晶のネックレスを手渡すと、ヴィーはそれを私の首にかけてくれた。

 胸元で輝く結晶は、やっぱり少しあたたかい。


「ん、似合う」

「~~~っ、ずるい!」

「何が」


 何がって、何がってそれよそれ! というかヴィーの存在全部がずるい!!

 超絶鈍いのにこうやってツボを押さえてくるところも、微笑みひとつで負けたーって思わされちゃうことも。

 私はずっとヴィーの手の上でころころ転がされてる気がする。

 それが嫌じゃないんだから、むしろこれ以上ないくらいしあわせなんだから、しょうがないんだけどさ。


「だいたい、誕生日知ってたなら言ってくれたってよかったじゃない」


 ここ最近の頻繁な採取も、長時間部屋にこもっていたりしたのも、研究じゃなくて私のプレゼントを作ってくれていたわけで。

 もしそれを事前に教えてくれてたら、私は少しも悩んだりしないでウキウキランランウッフフンとしてられたのに。

 何も知らずに悲劇のヒロインみたいに自分に酔って、空回りしてたことが恥ずかしい。


「プレゼントはサプライズがいいって言ったのはアーシャだよ」

「……私、そんなこと言った?」

「四年くらい前に」

「いつの話よ! なんでそんな話になったのかも覚えてないわよ!」


 記憶をひっくり返してみても、全然まったく思い出せない。

 たしかに、いつもの私ならそういうことを言いそうな感じはするけども!

 ていうかそんな昔の、私の記憶にないくらいどうでもいいような話を、ヴィーが覚えてくれてるのがうれしすぎるんだけど何これ夢じゃないよね?


「サプライズ、うれしくなかった?」

「う、うれしくなかったらあんなに泣いたりしないでしょ……」


 タイミング的に素直に認められなくて、ボソボソと小さな声になってしまった。

 それでもちゃんと聞こえただろうに、ん? とヴィーは不思議そうに首をかしげる。


「た、誕生日のこと以外にも……さっき私が聞いたこと、色々勘違いしてた私も悪かったけど、全部ヴィーの言葉が足りなかったんだからね」

「だって、聞かれなかったし」

「そりゃ……そうだけど」

「アーシャがそんなこと知りたかったなんて知らなかった」


 ケロッと悪びれることのないヴィーは、本当に聞かれなかったから言わなかっただけ、なんだろう。

 それで私がどれだけ悩んだかも知らないで!

 聞けなかった私も悪いから、ヴィーばかり責めるのは間違ってるってわかってるけど、わかってるんだけど!


「私が不安に思ってたことは?」

「知らなかった。何が不安? あと、勘違いってなんのこと?」


 そ、そこからか……。

 私はヴィーの理解力の低さを甘く見ていたらしい。

 興味ないことに関してはびっくりするくらい無知なのがヴィーだ。こと人間関係において、人の気持ちを推し量ろうという考えすらそもそもないんだろう。

 ヴィーにとっては、目に見えるもの、耳で聞こえるもの、感じ取れるものがすべて。

 そんなヴィーだから、優しくするつもりもなく助けてくれた過去があるんだって思えば、もうあきらめるしかない。


「……そうよね、ヴィーだものね」


 私は、そのままのヴィーが好きなんだから。

 激ニブなヴィーにも伝わるように、伝えていくしかない。


「アーシャも知ってるだろうけど、僕は人付き合いなんてしてこなかったから、言ってくれないとわからない。読心術もないし」

「うん、そうね」

「でも……アーシャを、もっと知りたいとも、思ってる」

「うん、私もヴィーに知ってほしい」


 そっと手を伸ばして、ヴィーの両手をすくい取る。指先から伝わるものもあるようにと願いながら、私よりも冷たい体温を感じる。

 たぶん、私は両思いになってから、怠りすぎていた。

 言葉にすると……すべてなかったことになってしまいそうで。失うのが怖くて、身動きが取れずにいた。

 でも、それじゃあダメなんだよね。


「ヴィーの気持ちがわからなくて、勝手に不安になってたの。ちゃんと、聞けばよかったのよね」

「聞いてくれたら、なんでも答える」


 嘘がつけないヴィー。ごまかすのも下手くそなヴィー。

 唯一有効な黙秘権すら放棄するんなら、きっと本当になんでも答えてくれるんだろう。

 それなら、私が一番聞きたいことは、やっぱり。


「……ヴィーの好きって、どんな好き?」


 この一ヶ月以上、数えきれないくらい思い浮かんだ疑問を、口にする。

 言葉にしてみれば、拍子抜けするくらい簡単なことだった。

 ヴィーは真剣な表情で私を見つめ、ぎゅっと手を握り返してくれた。


「ずっと一緒にいたい。一緒にご飯が食べたい。傍にいてくれないと落ち着かない。名前を呼びたい。名前を呼んでほしい。いつもばかみたいに笑っててほしい。泣いてほしくない。触れたい。キスしたい。抱きしめたい。ぐちゃぐちゃにしたい。どこにも行かないでほしい。閉じ込めたい。僕だけを見ていてほしい。僕だけに笑ってほしい。僕より先に死なないでほしい。僕と……」

「す、ストップ、待って、待たれよ……」

「まだ、あるのに」

「も、もういいです……わかりました……!」


 温度上がったよ!! 体感で二度は確実に上がったよ!! 頭から湯気出そうなくらいだよ!!!

 両手でヴィーの口を塞ぎたいくらいなのに、あいにくとというか恥ずかしながらというか両手はヴィーに握られたまま、離してくれそうにない。

 いつも眠たげな瞳の奥に、そんな熱い想いを秘めていたなんて、予想だにしていなかった。期待していた答えの百倍は威力があった。

 それは、その“好き”は、まず間違いなく私の知ってる気持ちと同じもの。

 ちょっと、だいぶ、問題発言も混じっていたような気もするけど。

 ヴィー、実はわりと愛が重いの……!?


「アーシャ」


 まだ赤いだろう顔のまま、私はヴィーと視線を合わせる。

 名前を呼ばれると、どうにも無視できないのは本当にずるいと思う。なんでも言うことを聞いてしまいそうだ。


「ずっと、僕だけを好きでいて」


 ああ、でも、そんないじらしいお願いなら。

 言われなくったっていくらでも叶えてあげちゃうんだから。


「好き、だいすき。ずっとずっと、ヴィーだけよ」


 私は満面の笑顔で、ヴィーに抱きついた。

 ヴィーがどんな表情で受け止めてくれたのか、今の私なら見なくても正確に想像できる。



 きっと、いとしいいとしいって顔だろうって。







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