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十六の春  作者: 五十鈴スミレ
第二章
12/14

その五 誕生日はおもいの結晶を



 さぁて、と私は準備万端でそれをかまえる。

 一、二の、三!

 パーーン!! と気持ちいいくらいの破裂音に、ヴィーがはっとしてこっちを向いた。

 よし、本から視線を奪うの成功。基本無表情のヴィーを驚かせてみたくて、ずいぶん前にお小遣いで買ったクラッカーは無事に役目を果たしてくれた。


「おめでとう私! ありがとう私! 世界が私の誕生日を祝福してる!!」


 突然の奇行の説明をすることもなく、私は高らかに宣言する。

 そう、今日はついに私の誕生日。しかも日をまたいだばかりの真夜中だ。

 誕生日パーティーは今日の夜にすることにして、まず先にお祝いの言葉を頂戴しようという魂胆だった。

 まんまるになっていたヴィーの赤い瞳が、細められ、そしてひそめられていく。


「あ、やめてそんな冷たい目で見ないで! 心折れる!」

「別に……」

「うるさくして申し訳ない! どうせヴィーは私の誕生日とか覚えてないだろうし、とりあえず私が騒いで知らせてあわよくばお祝いの言葉をもらえればっていう浅知恵だったの!」

「アーシャの思考は理解できない」


 あ、そのセリフ、つい最近も聞いたばっかり。

 はぁ、とため息をつくヴィーに、本気で心が折れそうになる。

 ヴィーにおめでとうを言ってもらおう計画、さっそく暗礁に乗り上げてしまった。

 私、そんなにわがままなこと言ってるかな? 誰だって誕生日は祝ってほしいものだよね?

 そりゃあたしかに、本を読んでいたのを邪魔したのは悪いと思う。日付が変わる瞬間に祝ってほしかったから、ヴィーが寝ちゃわないよう好きな本をそっと置いておくというトラップを仕掛けたのも私だ。まんまと引っかかってくれたのはいいけど、声をかけても反応がないくらい入り込まれたのは悲しかった。いや、それも自分本意な考え方かな……。


「だ、だって……こ、こここ恋人なら、おめでとうって言ってもらっても、バチは当たらないでしょ?」

「よくわからない」

「うううう……」


 泣きたい。泣いてしまいたい。いっそ大泣きして哀れみと共にお祝いの言葉をもらうべきか。いやでも、それはずるな気がする。

 私はヴィーが好きで好きで大好きで、ヴィーも私のことが好き、なはずだ。

 先月想いを通わせたばかりのはずで、私たちは恋人同士のはずで、むしろ一緒に住んでるから夫婦みたいなもののはずなのに。

 やっぱり、わからないよ、ヴィー。

 ここ最近胸の奥深くに根づいている不安が、じわりじわりと思考を侵食してくる。

 あなたの、私への想いは、どんな形をしているの?

 それは私が抱いているものと同じ? 少しは似てる? それとも、まったく違う?

 私が愛の告白だと捉えた、ヴィーの『特別』って、何?


 片思いの期間が長すぎたせいかもしれない。身体が若返ったって、心が重ねた年月を覚えてる。

 わかりやすく好意を示してくれるような人じゃないってことは、重々承知していたはずなんだけど。

 積み重なった不安が、また涙になってこぼれ落ちそうになる。

 ……やっぱり、わがままになっているのかもしれない。どんな気持ちでも、大切に思ってくれてるならそれだけで満足するべきなのかもしれない。

 でも……そんなの、片思いよりも、苦しい。

 感情の読めない紅玉を見つめながら、くしゃりと顔を歪めたとき。


「どうして僕がアーシャの誕生日を覚えてないこと前提なのかも、どうしてアーシャが言葉だけで満足しようとしてるのかも、僕には理解できない」

「え……?」


 不可解そうにひそめられた形のいい眉。

 赤い瞳の奥に、かすかな憤りがチラついた。

 ヴィーの言葉を飲み込みきれず、固まる私に、彼は懐から何かを取り出して突きつけてきた。

 編み紐でネックレス状にされた、結晶石。


「はい、これ。あの花から色素だけ抜き取って蛍石に込めた、世界でひとつだけの宝石。アーシャは高いものよりも手作りのもののほうが喜びそうだったから」


 透明な結晶の中に、濃淡様々の赤がマーブル状に広がっている。まるで炎のように揺らめいていて、ヴィーへの恋心が熱く燃える私の心のようだと思った。

 石を染めるなんて聞いたことがないから、きっとまたヴィーのデタラメすぎる魔法の力でどうにかしたんだろう。

 両手でそっと受け取ると、冷たいはずの石からぬくもりを感じた。石自体が、熱を放っている。さすがはヴィー。寒がりな私のためにホッカイロ機能まで。

 笑うべきところのはずなのに、火をつけられたのは腹筋じゃなくて目頭だった。


「こんなの、いつのまに……」

「最近ずっと作ってた。なかなか納得行く色にならなくて」


 ああ、ヴィーは凝り性だもんね。きっとたくさん試作したんだろうなぁ。

 知識の詰まった頭を悩ませて、試行錯誤を繰り返して、こんなに、きれいな赤を。

 私のために……作ってくれた。


「もしかして、最近出かけることが多かったのって」

「一番いい色の花を探してた。あの花は日没直後に摘むと一番きれいに色を保てるから」

「じゃ、じゃあお弁当いらないって言ったのは……?」

「一人で食べてもおいしくない」

「理解できないって言ったのは?」

「他人のことを一から十まで理解することなんて不可能じゃないか」

「理解する気もないって言ったじゃない!」

「理解できないから、見てて楽しい」


 ひとつ、ひとつ。疑念が氷解していく。

 聞いてみれば簡単なことだった。ある意味とってもヴィーらしい答えだった。

 私が勝手にヴィーの気持ちを決めつけて、勝手に不安に思っていただけ。

 もしかして、ヴィーはちゃんと、私のことが、好き?


「じゃあ……さわってくれなくなったのは?」

「……アーシャが、大事すぎて」

「何よ、何よそれ……!」


 ずっと抱えていた不安を思うと怒りたいくらいなのに、何も言葉が出てこない。

 握りしめた結晶のぬくもりが、まるでヴィーの気持ちを伝えてくれているようで。

 声を詰まらせる私に、ヴィーはほんのわずか、微笑を浮かべて。


「誕生日、おめでとう。アーシャが生きていてくれて、僕の傍にいてくれて、僕はうれしい」

「……っ!!」


 その表情が、その言葉が、その、気持ちが。

 涙のこらえ方を忘れさせるくらい、私のほうこそうれしくて胸がいっぱいになってしまって。

 ボロボロ大粒の涙をこぼす私に、ヴィーは困ったように片眉を上げた。


「……また、泣く。正直困るんだけど」

「だ、だって、ヴィーがっ」

「誕生日くらい、毎年祝ってあげるよ。十年だって百年だって」


 困惑顔で、いっそ迷惑そうにも見える表情で、ヴィーは甘く優しい約束をくれる。

 うれしくて、うれしすぎて、私は気持ちが向かうままに彼に抱きついた。

 ああもう、ぎこちなく頭なんて撫でられたら、余計に涙が止まらないじゃないか、ヴィー。

 泣かないで、って言うくせに、ヴィーは私を泣かせるのが大得意だ。


 きっとヴィーは知らない。

 今日は私の誕生日で、そして、私が押しかけ女房をしにここを訪ねてきた日でもあるんだよ、って。

 わざわざ日にちを合わせたのは、それだけ特別な日にしたかったっていう乙女ゴコロなんだよ、って。

 そう言ったら、ヴィーはどんな顔をするんだろう。


 あの時、勇気を出して本当によかった。

 あのめちゃくちゃな選択があったから、今がある。


 ヴィーの隣という、居場所がある。







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