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十六の春  作者: 五十鈴スミレ
第二章
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その四 この熱は愛しの彼の現行犯



 なんて、勢いよく家を飛び出したはいいんだけど。

 現在、私は家の裏にある畑の前で、体育座りをしながら赤い花を眺めていたりする。

 これからだんだん日が沈んでいく時間に、一人で森を歩く勇気なんてないし。ヴィーの前にいられなかっただけで、心配かけたいわけじゃないし。

 相変わらず私にはヴィーの最強のボディーガード魔法がかかったままだけど、まあ一応ね。


 ぐすぐすと鼻を鳴らしても、葉擦れの音がかき消してくれる。

 去年の秋、ヴィーに別れを告げられた日にすべての花が首チョンパされていた畑は、種が残っていたのかちらほらと赤い花が咲いている。

 夕日に照らされた赤い花が、一層鮮やかさを増してキラキラ輝いているよう。

 大好きな花だから、見ていて慰められるのに、ヴィーとの思い出の花だから余計に涙が止まらなくもなる。

 最近、涙もろくなってる気がするなぁ。

 ヴィーに別れを告げられて、離れている間も、何度涙を流したことだろう。

 十年の間、ヴィーの前で泣いたことなんて数えられるくらいだったはずなのに。いや生理的な涙ならいくらでもあるけど。そういうことじゃなく。


 涙が落ち着いて、嗚咽も治まって。

 ちょっと冷静になってくると、やっぱりヴィーに悪いことしたなって気持ちもわいてくる。

 ヴィーはたぶん、好きかって聞かれたから、正直に好きって答えただけなんだろう。

 それは、嘘とかごまかしなんかじゃなく、ちゃんと気持ちのこもった言葉で。

 ただ……私が、そこに込められた想いの種類の違いに、勝手に傷ついているだけで。

 ヴィーにはなんにも、落ち度なんてなかった。


「ごめんね、ヴィー」

「何を謝るの」


 独り言のつもりで落としたつぶやきに、声が返ってきて私はぎょっとした。

 おそるおそる振り返れば、そこにいたのは当然ながら、ヴィーで。

 まさか追いかけてきてくれるとは思っていなかったから、どんな顔をしたらいいかわからない。

 だって、ヴィーはこれから出かけるところだったし。とっくの昔に採取に行ったものだと思ってた。いつも研究第一のヴィーが、一度決めた予定を、私のために取りやめるとは思ってもいなかった。


「ヴィ、ヴィー……」


 彼を呼ぶ声は、泣いた直後ということもあって、小さくかすれたものになった。

 どうにかヴィーの耳には届いたみたいで、彼はゆっくりと近づいてきた。

 また、私の中で期待がふくらんでいく。

 ヴィーの眠たげな無表情からは、何も読み取れない。

 それでも、彼が研究よりも私を優先してくれたという事実が、私の心を震わせる。


「アーシャ」


 目の前で膝を折ったヴィーは、私と目線を合わせて、何かを確認するみたいにじっくりと見つめてきた。

 ドギマギする胸を押さえながら、私もじっと見つめ返す。

 しばらくお互い無言で見つめ合っていたかと思うと、ヴィーが無造作に手を伸ばしてきて、


「へ?」


 おでこが、コツン、とくっついた。


「――――っ!?!?」


 ギャーーーー!!!

 私は内心大騒ぎの七転八倒だ。なんなら転がるだけで森を抜けられそうなレベルだ。

 悲鳴が声にならなかったのは、驚きすぎて息を止めてしまったから。

 いきなりなんなの! デレ!? これもデレなのヴィー!!


「うん、熱はない」


 ヴィーはどうやら純粋に熱を計ろうとしていただけらしい。

 と、理解したところで混乱が収まるわけでもない。

 唐突のおでこコツンに、人間にとって当たり前のはずの呼吸すらままならない。


「ヴィ、な、ど、これ」

「ん、熱が上がってる……?」


 そんなん、いきなりこんなことされたら当然でしょーー!!

 叫びたくっても声が出てこない。パクパク口を開いては閉じる。まるで餌を求める鯉のように。


「脈拍も速い。具合が悪いなら寝たほうがいい」

「だ、だいじょぶ……」


 額をくっつけたまま、気づけば手首まで握られていた私は、息も絶え絶えにそう答える。

 おでこコツン。おでこコツン。乙女なら誰もが憧れるおでこコツン。壁ドンとお姫様抱っこと手の甲にチューと並ぶくらいの萌えシチュ。

 何を隠そう少女小説は私のバイブルだ。小さな村じゃ流行りが過ぎた頃に流れてくる古本くらいしか手に入らなかったけど、乙女がときめくものに流行りなんて関係ない! もう乙女とか少女とかって年じゃないけどさ!


「つかまって」

「え? て、えっ――!?」


 やっと開放されたと思ったら、すぐさま体勢がかわって、こ、ここ、これは……。

 お姫様抱っこですよーーー!! 萌えシチュ二連チャン来ちゃいましたよーーーー!!!

 研究一筋のヴィーが、なんでお姫様抱っこなんて知ってるの!? もしかして私の小説読んだ!?

 もう、驚きすぎて、口から飛び出した心臓で凧揚げができそうだ。うん、我ながらよくわからない例え。


「ヴィー! 下ろして!! お、重い! 私!」

「たしかに重い」

「そ、それはヴィーがもやしだから!!」

「耳元で騒がないで」

「だ、だって……っ!」

「おとなしくして。暴れると落とすよ」


 むしろ落とされてもいいからこの羞恥プレイから逃げ出したいくらいだけど、ヴィーの言葉はついつい聞いちゃう。私、躾けられてる……。

 おとなしくヴィーの首に手を回すと、ヴィーはヨシとばかりにひとつうなずいてからゆっくり歩き出す。それは振動を与えないようにとかって理由じゃなくて、単純に私が重いからなんだろうな……つらい。

 私を抱えたまま魔法で戸を開けて、家に入って、私の部屋に向かって。

 ベッドの上に降ろされると、そのままヴィーが押し倒してきて……なんてことはもちろんなく、布団をかけられた。


「ほら、ちゃんと寝て」


 ぽんぽん、とかけ布団の上から軽く膝を叩いて、本格的に寝かしつけにかかろうとしている。

 何このおいしい状況。ヴィーはお世話をされる側であって焼く側ではなかったはず。

 常にないごほうび展開に、このまま寝ちゃってもいいかなって気になってくるけど、いやちょっと待て、結局何も解決してない。

 意思に反して勝手に横になろうとする身体に鞭打って、誘惑に抗う。


「ち、ちがっ、ほんとに具合悪くなんて……」

「じゃあ、何」


 何、と聞かれてしまうと。

 正直に答えるだけの勇気がなくて、言葉に詰まってしまう。

 たぶん、ヴィーは私が泣いた理由に全然気づいてない。それどころかこの様子からして、気にもしていないかもしれない。

 追いかけてくるまでも時間差があったし、戻ってこないからちょっと心配になって、くらいの気持ちだったとしてもおかしくない。

 採取だって、私が戻ってから行くつもりだった、とかさ。ありえそう。

 ふくらみにふくらんだ期待から、自分で空気を抜いていく。じゃないと、後がつらいから。十年もの間、そうやってヴィーに恋をし続けた。

 でも、もう、それがだんだんと難しくなってきてる。

 一度……叶ったと、思ってしまったから。


 私の身体に添えられていたヴィーの腕に、手を伸ばす。

 きゅっと、その袖を少しだけ握った。

 言葉にできない想いを込めて、煮詰めたイチゴジャムみたいな瞳をただ見つめ返す。

 私は、ヴィーが好き。恋愛的な意味で好き。

 ヴィーが一番で特別で、唯一。


「……アーシャ?」


 こてん、とヴィーは首をかしげる。

 無表情だけどいつもより目が開いているから、私の行動を不可解に思っているんだろう。

 当たり前のように、名前を呼んでくれるようになった。

 それだけのことが息もできないくらいうれしくて、なのに、それだけじゃ足りない欲深な私がいるから。


「ヴィー……」


 震える声で名前を呼んで、そっと目をつぶった。

 触れてほしい。キスしてほしい。大丈夫だって言ってほしい。震える身体を抱きしめてほしい。ヴィーの気持ちを、信じさせてほしい。

 好きで、好きすぎて、身動きが取れないくらいの不安を、消してくれることを願う。

 かすかな吐息を唇に感じて、肌が歓喜で粟立った。

 速まる鼓動の音を聞きながら、じっと待つ。じっと、じっと……。


 あ、あれ? さすがに遅くない?

 不審に思いながら薄目を開けてみると、そこにはもうヴィーの姿はなくて。

 逃げられた、とようやく私は気づいた。


「ヴィーの、ばかーーーっ!!!」


 どこにいたって聞こえるくらい、めいっぱい叫んでやった。

 さすがにうるさすぎて、自分の耳まで痛くなるほど。

 ヴィーはやっぱり戻ってくることはなくて、私は怒ってるのか悔しいのか悲しいのかもよくわからずに、そのまま不貞寝した。

 精神年齢がだんだん身体の年齢につられてる気がする今日このごろだった。







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