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#9 『トリナ』

▼『トリナ』


「そろそろ『聖女様』の力が及ばない地域に入るよ!気合い入れていってよね!」

 ルーティーは、バルバスの肩口から顔を覗かせて表情を変えた。

 走り続けるこの道のりを振り返る。

 始めは俊足のバルバスに、ついて行こうとしていたのだが、結局体力が持たずルーティーは、ハルバスに捕まる形で休息に入った。

「そうか、分かった!」

 バルバスの意識は、その先の事に集中し始めていた。

 流れて行く景色。それは何だか、幻の中にいるようでもあった。

「この辺は、トラップが多いんだ。あたしが言う所を通って!右、四十五度!」

 その言葉に、上手く交わして行くバルバス。目に見えない物達が、今何かを伝えていたような気がした。

「そのまま真直ぐ!」

 ルーティーは、確実な道をバルバスに伝える。

『ヒェンヒュン』と風を切る音が辺りに響いて行く。

 時には木の上を通り抜けるため、木の葉が『カサカサ』と鳴る。バルバスは、それでも走っていた。ただひたすら、自分の使命の為に……


 そんな時問が続いてゆき無事、開けた城下町へと辿り着いたのである。それは太陽が西に傾き、赤い夕日を身体に感じる頃であった。

 城下町。

 そこは、何処の街とも変わらない様相であった。

 ただ違っていたのは、人が往来している訳ではなく、今まで出会ったような怪物が道のまん中を何事もなく、平然と行き来していた光景がそこにあったことである。

「なんだここは……」

 そう呟きながらバルバスは、その怪物達の横を歩いていた。しかし襲ってこようとする物はいなかったのである。

「此処が『トリナ』……妖魔達が生活する街だよ!」

 ルーティーは、静かに語った。バルバスはこの不自然きわまりない街を、観察するかのように見渡した。

「我は夢を見ているのか?」

 ゆっくりとした足取りで進むバルバス。

「夢じゃないよ。こうやって、毎日を過ごす妖魔達は、主、『リザード』の恩恵を得て、この地に住み着いている……何の夢を見る事もなく。ただひたすら生きている」

 ルーティーは、バルバスの身体から離れ、そして、解説を始めた。

「本当の所、こいつらには何の悪意もないんだ……街に住み、自らの生活をするために必死なんだ。それは、人間のそれと変わる事はないのは見ての通りだね」

 道に並んでいる市場。そこで買い物をしている怪物達。

 その姿は、人間のそれと変わらない。

「それでは、我達を襲って来るあの怪物達は?」

 バルバスは混乱していた。

「『リザード』の為に働く傭兵達だよ。それは、生きて行くための糧になる」

 こんな姿の怪物達を見て、バルバスは自分達がしている事に疑問が生まれ始めていた。でも打ち消さなければならないと頭を振った。

「取りあえず、『リザード』を倒す事が優先だ。ルーティー!『リザード』は、何処にいるんだ?」

 歩く事をやめ近くの曲り角に入り込んだバルバスは、耳打ちするように問いかけた。

「『リザード』はこの先の『トリナ』の塔に住んでいるよ……乗り込む気?」

「ああ、視察が我の使命だ!近くまで行き、どういう構造になっているか見なければ勇者様達に報告が出来ないからな」

 腕組みをし、考え込んでいるバルバス。

「わかったよ。それじゃ、近くまで行ってみよう……付き合うよ!」

 そうして、この街の中枢部へと足を運び始めたのである。

 ふと空を見上げた。すると、さっきまで夕暮れだった空は、夜を迎えるかのように、紫色に黄昏れていた。

「今夜が勝負だ……出来れば、ティアラと、メイジに出くわせればよいのだが……」

 しかしバルバスの思惑は、無と化した。何処にも、それらしい人物には出くわさなかったのである。

 ただ、足をすすめるバルバス。そして賑やかになって来た街。どうやら夜行性の怪物達が足しげく通い始めたようである。

 バルバスは、往来のまん中で立ちどまる。

 その先には高い塔が聳えていた。


「バルバス、そろそろ、『トリナ』に着いた頃だろうな」

 そのころ、金太達一行は、二日目の野営で休み始めていた。

「歩き始めてちょうど結界を抜けた所だ。安心できないから今日も、当番制で見張りをしような?」

「はい。今夜も私達が、先に番を致します」

 食事を済ませたセリエが、そう言い出した。

「了解。それじゃ、何かあったら起こしてくれ!」

「承知致しました」

 すると、昨日と同じように金太達は、木にもたれて、仮眠を取りはじめる。

「なあ、セリエ。なんで『聖女様』はこの地に結界を張ったんだと思う?」

 寝息をたてている金太達をよそにレオナールがセリエに問いかけた。

[システィーナさんの言う通り、この地に起こる事を予知してじゃないかと思うが、今となっては当の本人がいないから断言など出来ないな……」

 考えるかのように膝の上に肘を置き答えるセリエ。

「予知ですか……それなら、『リザード』の事も予知してたのでしょうか?」

 あぐらをかいたレオナールはそうしていてくれたら良かったのにとも言わんばかりにぶっきらぼうに答えた。

「その時は、まだ産まれていなかったのであろうな……でも予兆はあったのかもしれない」

 確かにそう言う事だと、頷ける話ではある。

「『リザード』は人問なのでしょうか?」

 ふとした疑問。

「私達が見た感じだと人間のような感じはするが……二足歩行をする人間の皮を被った怪物なのかもしれない」

「何処で産まれたのだろう?そして、何故、『聖女』の心の臓の事を知ったんだろう?」

 レオナールは、次から次に感じていた事を吐き出した。

「そう言えば、疑問だわ…」

 セリエは、その事にやっと気付いたかのように手を打った。

「そう。あいつ、『リザード』の存在事態不自然なんだよ……果たして、倒す事なんて出来るのでしょうか?」

「それは、骨身にしみてる……あの時の『リザード』の余裕ははかりしれないから」

 互いに背を向けあっている二人だが、その緊張感は、辺りを飲み込んでいる。

 そんな時、衣が擦れる音と、笛の音が聞こえて来た。

 その方向に立ち上がり、目を見張るレオナールとセリエ。

「何だ?この笛の音は!?」

 レオナールが、そう言葉を発した時、地面が盛り上がった。

『ビシビシッ』と地面が後方からひび割れて来る。そのひび割れは道のまん中で断層を作っていた。

「うわっ!」

 その揺れに堪えようとする二人。片足と片手を地面に付く。そして、気付いた時には金太と、薫がその断層の盛り上がった方にいた。

 引き裂かれた五人。

 起きたての金太達は、事態をまだ把握できてなかった。いや、レオナール達二人にも、この事態が読み取れなかったのである。

「御機嫌如何ですか?勇者の一行よ!」

 まだ、少女だと行っても申し分ない二人が暗闇の中から薄絹のローブをなびかせて現れたのである。目を見張る五人。

「もしかして、システィーナさんの?」

 薫が、揺れる地面に跪きながら問いかける。

「いかにも、私達はシスティーナ姉さんの妹!」

「ティアラ!」

「メイジ!」

 名乗りをあげる二人。しかし深く被ったロープのせいで、顔をおがむ事は出来なかったが二人の姿はまさしく魔法使いのそれであった。

 そして笛を吹いていたのは、どうやらメイジのようである。

「メイジ!私がこちらの二人を片付けるから後の三人をお願いね!」

ティアラはそう言付けると、未だ盛り上がってくる断層の金太と、薫に対峙した。

「わかったわ。ティアラ!こっちは私に任せてちょうだい!」

 頷くと朗、レオナール、セリエに対峙するメイジ。

 十メートル程の高さにまで達する地割れが収まる頃、ティアラとメイジは魔法をくり出そうとお互いの杖と笛で、攻撃を始めたのである。

「ちょっと待って!貴女達がしている事は人聞を苦しめる事になっているのよ!?」

 戦う体制を何とかとどめようと薫は、自らの体制を取り直して叫んでしまった。

 それに対し、

「のんきに構えていると痛い目にあうわよ!クラックオペレーション!!」

 ティアラが地面に向かって杖を振り降ろす。すると金太と薫を裂くかのような地割れが起こる。

『グガガガガガ…』凄い音が、周りに響く。とび退く金太と、薫。

「ちょっと待て!話を聞け!」

 金太もまだ戦闘体制に入れずにいた。

「私達はシスティーナさんの意志もあって、貴女達に危害を加える事は出来ないの!だから、今一度、話し合いを!」

 薫は説得するかの勢いでまくしたてた。

「話し合い?そんなもの無用だわ!私達の心は決まっているの『リザード』様の世が、これからの、新しい世界!」

 ティアラは再び杖を地面に振り降ろした。

 またしても裂ける地面。今にも、足場が崩れ落ちてしまいそうである。

「しょうがない、薫!ここは、一度、戦闘体制に入れ!」

 金太は、後ろに控えている薫を振り返り叫ぶ。

「でも!?」

 薫は、どうしてもその気になれない。

「いいから、言う通りにしろ!このままではオレ達の足場がなくなる上に、任務の遂行も出来ない!」

 その言葉に、金太が言わんとする事が頭の中に閃いた薫は、自らの杖を握りしめた。

「我が守護精霊ウンディーネの王よ!私に力を貸して下さい。行け!モーションフォービット!!」

 杖の真珠からティアラを束縛するためのリングが、放出される。

 動きが止まるティアラ。

 その瞬間、金太は懐から『サラディン』を取り出し、ティアラ目掛けて突っ込んだ。

 崩れて行く足場を上手く交わしながら突進して行く金太は『サラディン』の柄でティアラのみぞおちに一発街撃を入れる。

「うっ!」

 身体をくの字に曲げるティアラ。その身体は、前のめりになり金太の前に崩れ落ちた。

 それを抱きとめる金太。

「こんな事で……」

 ティアラは『ポツリ』とこほしながらその意識は遠のいていったのである。

「金太先輩!こんな手荒いことして大丈夫なんですか!?」

 駆け寄る薫。

 金太の腕の中にいるティアラは静かに目を閉じていた。

「ああ手加減しているから大丈夫だよ。今の内に、朗達に合流しよう!」

「この高さの断層を下りるんですか!?」

 薫は下を眺めながら答える。

「これくらい、大した事なんてない!気は持ちようだ!荷物の中にローブがある。それを近くの木に巻き付けろ!急げ!」

 そう言うと金太はティアラを抱えて立ち上がった。

 その様子を見届けてから薫は、荷物の中のロープを手繰り近くの木に巻き付けて、断層の下へと投げる。

「準備できました!」

「それじゃあ薫、先に行け!下りたら、オレが抱えて下りるティアラを受け止めろ!」

 そう言われると金太の言葉に従ってその通りにした。

「ドジね。ティアラは……」

 メイジは横笛を片手に眩いた。そして、ロ元にその笛を近付けてメイジは吹く。すると、辺りの木々がざわめき始めた。

「何だ?この得体のしれない妖気は!」

 禍々しい気を感じ、朗が声を上げた。

 まるで、木に足が生えたかのように一斉に動き始めたのである。そして小枝が、波打つかのように自在にくねり、朗達に向かって攻撃し始めたのだった。

「賢者様!」

 セリエが叫ぶ。朗は、その小枝に捕まり手足の自由を奪われでいた。

「セリエ!何とかしろ!」

 レオナールが叫ぶ。

「何とかって言ったって、こうグニャグニャと動かれたら、この私の拳を持っても、攻撃ができない!レオナールお前が何とかしろ!」

 木に向かって拳を打つセリエ。しかし、何の衡撃も与える事が適わない。

「こんなにいっぺんに来られたら、僕も太刀打ちできないよ!」

 ボウガンを構え、次から次へと矢を放つレオナール。しかし、イマイチ利き目がない。

 そんな三人を覆い潰すかのごとく迫って来る木。

「ざまーないわね!潰されておしまい!」

 メイジが叫んだ時、木々を薙ぎ払う炎が、辺り一面を襲った。

「何!?」

 その炎のある方向を見るメイジ。

「能書きはそこまでだ!今オレの手の中にティアラはいる!」

「このへんで諦めた方が身の為だわ!」

 その金太の横に薫が立ってそう忠告する。

「ちっ……そんな子の事なんか、どうでも良いわ!私は私よ!」

 口の端を釣り上げながら答えるメイジ。

「何を言っているの!?あなたの姉妹でしょう!!」

 こんな事を言うなんて思ってもいなかった薫だった。

 焼き払われた木々の中心にいる、レオナールや、朗、セリエもそのメイジを冷たい目で眺めていた。

「姉妹だろうが、何だろうが、『聖女』として生き残ることができた方が強いのよ!」

 くだらないと吐き捨てるメイジ。

「何故そんなに、『聖女』でありたいの?そんなに、『リザード』が大事なの?」

 薫は、血の繋がっている姉妹なのにまるで憎みあっている、敵であるかのようなこのメイジの態度に怒りに近いものを覚えた。

「あんたね?『リザード』様が、もう一人の候補がいるって言ってたのは!?」

 今度は、突然の敵意。それを感じ取った薫は、

「何だかそんな事を言われたわ!でも、私は、そんな事で『リザード』なんかの思い通りにはさせない。冗談じゃないわよ!」

 薫は、手を広げ、ありったけの感惰をメイジにぶつけていた。

「『リザード』様は立派な方よ!私達人間。そして、妖魔を大切に思って下さる方……あなた達はもっと『リザード』様の事を知らなければならないのよ!」

 何も迷いがない言葉を吐き捨てながら、一歩後ろに退くメイジ。

「『リザード』を?」

 金太はティアラを抱えたまま問いかける。

「そうよ。良い機会だわ……教えてあげる。『リザード』様は『聖女様』と、『魔王』の間に産まれた子供なの。そして、この蝕まれた、世界を復興して下さる方!そのために、この地を守られてそして、永遠の命を手に入れなければならない人物!」

 笛を片手に握りしめているメイジはそう語った。

「この世界を復興する……?」

 先程まで手足の自由が効かなかった朗が、片膝を付きながら、今立ち上がった。

「そうよ!人間は妖魔の存在を否定し、そして、その世界を壊そうとしている!そんな事はさせないわ!」

「……」

 これには黙り込むしかない五人。

 今、誰もが思っている事。それは、何が正しいのか身からなくなった……ということ。

「ティアラは、あんた達に譲るわ。好きにしたら良い。だけど私は、あんた達の手にかかるつもりはないわ!明日、私は『聖女』としての時を待つ事が先決なの!その前に、あんた達に会って痛い目に合わせたかった……ただそれだけよ!」

 捨て台詞を吐くと、笛を構え吹く。

 その音色は透き通っていた。そして、メイジは闇に身を隠すように、姿を消して行ったのである。五人は、その方角を見詰めながら、呆然とただ立ち尽くしてしまっていた。


 歩き続けて、もう何時間になるであろうか?バルバスは、天高く光っている月を眺めながらそんな事を考えていた。

「ほら、もうすぐだよ!」

 肩ロから顔を覗かせて、ルーティーは、囁きかける。

「ああ、分かってる」

 眼前に聳え立つ塔を見てバルバスは返事をした。

 周りは、あの繁華街のような光景はなくなり、森が広がっている。その奥には、切り立った細い崖のような一本道が幅ニメーター有るか無いかという感じに塔の裾まで繋がっていた。まるで、この塔は自然に隆起して出来上がったもののようであった。

「さて、お手並みを拝見しようじゃありませんか?どんなふうに乗り込むのかをじっくりと!」

 ルーティーは面白そうにバルバスの肩口から飛び立った。すると『ボッ』と、淡い光が辺りに広がった。

 その細い道を歩き始めるバルバス。一歩踏み間違えると、まっ逆さまに奈落の底に落ちて行ってしまう。

 そんな中バルバスは、ルーティーの先導を確実に見詰めながら集中していた。そして、その裾野に辿り着くとそこにはドアらしい一角が有る事に気が付いた。

 しかし、そのドアは押しても引いても、開かれる事が無く、バルバスは、どうしたものかと考え始める。

 よく見ると、岩肌に何かの機類が有る事に気が付き、

「おじさん。これ……何か有るんじゃないかな?」

 ルーティーの灰かな光で照らし出すその機類は、四角くて、薄っぺらいものであった。

「あのな……おじさんじゃなくて、お兄さん!もしくは、バルバス。そう呼んではくれまいか?」

 いい加減『カチン』と来たバルバスはついに本音を明らかにした。

 そんな時、後ろから足音が聞こえて来る事に気が付いた。ヤバイと判断したバルバスは、塔の周りに繋がる道へと足を伸ばした。そして、ルーティーを自らの懐へと忍ばせる。

『モゴモゴ』と何かを言っているルーティーであったが、それを押さえ付けた。

「静かにしろ!何者かがやって来た!!」

 小声で語りかけるバルバス。

「どうだ?守備は?」

 その姿なき声が辺りに聞こえて来た。

「守備は上々!十個の魂を手に入れて来たぜ!」

 もう一人のその者が語る。

 どうやら『リザード』への献上品を持って来た者達であるようだ。

「へっ!そんなものか、オレは二十個だぜ!」

「何!?負けた……」

 だんだん姿が明るみになって来る。とかげを大きくした姿の二足歩行の怪物であった。その二匹が、ドアの所にやって来る。そして先程の四角い機類の所に手の平を当てた。

 しばらくすると何やら声が聞こえてドアが開かれたのである。その開かれたドアは、二匹の怪物が通り抜けると程なく閉まった。

「あの装置が認識するのか……」

 事の次第が分かったバルバスは、静かになったそのドアの方へと足を向ける。

 そして見上げるバルバス。

「しかし、掌紋を得るにはどうすれば良いのか……次の獲物を生け捕るか……」

 そう考えたバルバスは暫くその場に待機をした。

 しかし、このドアにやって来る獲物はいない。

 それでも待ち続けているバルバス。今では眠さを通り越して頭は冴え渡っていた。

「おじさん……」

 懐からピョコッと顔を出すルーティー。

「……」

「わかったよ〜バルバスさん!」

「何だ?」

「やって来る獲物より、出て来る獲物を待った方が、得策だと思うんだけど?」

 この事の成りゆきを見ていたルーティーは、助言のつもりでそう言った。

「……その方が早いかもな」

 一理あると気持ちを新たにするバルバス。

「すり変わる。か……」

 その考えに及んで、ドアが開く瞬問を待ち構える。月は、もう、西へと沈みかけるそんな明け方であった。

『シュン』と開いた、ドア。その瞬間をバルバスは見逃さなかった。瞬時に怪物のみぞおちに一発食らわせると、倒れかかる怪物を、片手に抱き近くの茂みに隠す。

 そして変化の術を使い、その怪物の姿を模して、再びドアの前へと足を進める。

「でな……」

 と、語りかけて来るもう一匹の怪物。バルバスと入れ代わった事に気付かないその怪物に話をあわせるように、

「何だ?……っと悪い、忘れ物して来たんだ。先帰ってくれないかな?」

立ち止まり、バルバスはその怪物に言葉を返す。

「なんだ?忘れ物?そんな物したか?」

 ちょっと訝しげに問いかけて来るその怪物。

「そうなんだ……悪いけど待ってなくて良いから先帰れよ!すぐ済むから!」

 未だ不思議そうな表情を見せている怪物であったが、

「判った……んじゃ、先帰ってるからな」

 振り返ったその身体を再び戻る方に向ける怪物は、『ドスドス』という音を残して立ち去っていった。

「やるじゃん!?」

 肩に乗っているルーティーはこの一部始終を見て喜んでいる。その様子に『ホッ』と肩をなで下ろすバルバスは再び、ドアの前へと足を伸ばす。

 四角い機類。そこに手の平を当てる。すると、

『確認致しました。中にお入り下さい』

 という機械的な言葉が流れて来て静かにドアは開かれたのである。


 中に入ると中央に柱のような岩肌が立ちはだかりその周りに階段が蝶旋状に連なっている。

「下に行ってみよう」

 バルバスはそう小声でルーティーに囁く。それはきっと上に繋がる階段は、『リザード』がいる部屋への道だと思ったからであった。

『ドスン。ドスン』

 辺りに響き渡る足音。

 それもしょうがないなと、バルバスは思った。この動かしにくい身体は思うように前へと進まない。せめてこの足音だけでも何とかならないであろうか……と思うバルバス。

 そんなこんなで地下の部屋へと辿り着く事が出来た。また入り口と同じような機類が、そのドアの前にある。バルバスは、その機類に手を差し出した。

『ウイーン』と、開かれるドア。

 そこでバルバスが見たものは、心の臓を配列している妖魔達の姿であった。

「こ、これは……」

 一瞬額に汗が滲む。

 透明な珠から取り出している心の臓。そしてそれをベルトコンベアーに乗せて、次の妖魔がその心の臓をガラスのようなカプセルに入れている。そのカプセルは、またもや、ベルトコンベアーに乗せられて移動しそのカプセル内に液体が注ぎ込まれている。まるである種の工場のようであった。

 そのカプセルは、中央の岩肌の穴に次々と運び込まれて、蓋をする、そして暫くすると再び穴を開き、また次に二十個くらいのカプセルが入れられて、再び穴に蓋がされる。

 この繰り返しが行われていた。

 その様子をドアの前で見ていた時、

「ちょっと君?」

 バルバスに声を掛けて来る蟻の巨大化した怪物。

「あ……」

 あやふやな声を漏らすしか出来ないバルバス。

「君はさっき来たんじゃなかったか?」

 不審げに問いかけられる。

「はい。すみません……あの、落とし物を致しまして……」

 いかにも、困っているという様子で話し掛ける。

「落し物?それは何だ?」

「えっと……ゆ、指輪を落としたようなんです。妻にばれたら……」

 焦っているバルバス。

 その様子に、一応気を使っている様子で、

「待っていろ。落とし物係に聞いてやる」

 カウンターのようなその場所を離れて、奥の方に入っていく怪物。

「よくそんな嘘つけるわね……」

 黒装束の下に身を寄せているルーティーは、バルバスに呆れたという風に声を掛けた。

「そんな事を言われてもな……時と場合という事も有る……」

 そんな細々とした会話の中、こちらに向かって歩いて来る先程の怪物。

「何をぶつくさ独り言をいっているんだ?どうやら落とし物の届けはないらしい。もう一度、来た道をよく調べてみるんだな」

 素っ気無く突き放されたバルバスは、

「そうですか……分かりました、そうしてみます」

 あっさりドアを出た。そして再び階段を上がって行ったのである。

 暫くすると入り口であった所に戻って来た。そこでバルバスは力尽きたかのように腰を降ろした。

「ちょっと、バルバスさん!こんな所で座っていてもしょうがないじゃん!」

 何時の間にかルーティーは懐から顔を出していた。

「しょうがないではないか。この身体は動きづらいんだぞ!」

 ルーティーの頭を指で撫でながら、答えるバルバス。

「だったら変化を解けば良いじゃん!?」

 腕組みをして『ブクッ』と膨れ面のルーティー。

「そうしたいのはやまやまなんだけどね、そうも行かないんだ。あの外で伸びているやつの意識が戻るまではこの姿のままでいなければならない……」

 顎と思われる所に手を持って行くバルバス。

 そこに、入りロからの侵入者が現れた。どうやら少女のようである。

 しかし、バルバスに気付く事もないその少女は何やら不機嫌そうな表情で、上に行く階段を上って行く。

「あの顔、どこかで見た事が有るような」

 その後姿を目で追いながらバルバスは考えをまとめようとしていた。

「確かにどこかで見たんだ……」

 と、考え込んでいる時、

「あれ?あの子システィーナに似ているよ?」

 と、ルーティーが、囁いた。

 その言葉でやっと思い出したのである。

「ティアラ?いや、メイジか?」

 とにかく二人のどちらかだと分かった瞬間バルハスは、元の姿に戻った。

「あっ、バルバスさん!元に戻ったよ!」

「ああ。外の奴が目を醒ましたんだ!行くぞ!」

 今上って行った少女を追い掛けるように忍び足でバルバスは行動に出たのである。

 それは、もう東の空が明るくなって来た頃であった。


「おい、金太。この子目を醒まさないぞ?」

 朗は、近くの盛り上がった岩にティアラを寄り添わせる。

「手加減はしたんだぞ?」

 金太は、ティアラの前に跪き、手の平をティアラの額に持って行く。五人は、先程起こった事の始末を終えて、暫くの間休息を兼ねて、ティアラが目を醒ますのを待っていた。

「力加減、誤ったんじゃなければ、きっとかなり、疲れていたんじゃないでしょうか?」

 薫が咳く。

「きっと、『聖女』として自分がそうであれば良いと、この所寝るのも惜しんで、この地を守って来たのでは有りませんか?」

 セリエが、その薫の言葉に対しそう結論付けるように言う。

「今日がその日だろう?よほど、『聖女』になることを夢に見ていたんだろうなぁ」

 レオナールが、『ボソリ』と呟いた。

 今まさに五人の頭の中で、『聖女』という単語が引っ掛かっていた。

「『聖女様』と『魔王』の子供が『リザード』か……どういう経緯なんだ?」

 金太は、近くの岩に肘を付きながら考え込む。

「それは、『聖女様』と、『魔王』が愛し合ってたんじゃないかな」

 ありふれたことを言う朗。

「愛?まさか……無理矢理の間違えなんじゃないの」

 金太は否定した。人聞と、怪物のロマンスなんて考えられないとでもいうかのように。

「……いえ、本当よ」

 その時ティアラの目蓋がうっすらと持ち上がった。

「人間と妖魔の橋渡しをする運命の子供。それが『リザード』様なのよ」

 岩から少し身をよじるように身を起こすティアラ。

「おい!大丈夫か?」

 そんなティアラに対し、金太自身がやった事なのに心配し問いかけた。

「平気よこのくらい……それで。貴方達も『リザード』様に付く気になった?」

 しかし、尋ねられて答えられない五人。

「決心できないの?」

 再びの質問に、

「もしそうであったとしても私達は、今のこの状況を覆す事など出来ない……だってもう罪のない者達の血が流されたんだから!」

 薫はそう答える。許せるものでは無い。

「ふん……貴方達は本当に何も分かってないからそう断言するのよ!人間に弾圧されている動物達は何を望んでいるのか?それさえも、考えずただ自分達の欲望の為に生きてるじゃない!」

「人は皆、自分の事で手が一杯なんだよ」

「そうだ、動物を殺して食するのは、食物連鎖の一部だぞ!」

 レオナールと、金太は答える。

「食物連鎖?そんな域を越えてるじゃない!何をして来たか思い出して御覧なさい!気持ち悪い、得体が知れないからと言って、殺して来たでしょう!違う?」

 ティアラはまだ覚醒し切れない身体をもたげて、そう力説する。

「人間は、人間ではない者達に何も優しく接すると言う事をして来ていない。なんとも、情けない種族かしらね!?」

 と、吐き捨てるティアラ。

「その点に関しては、オレ達は否定できないかもしれない……」

 朗がふとそう答える。確かに偏見というものを人間は持っている。それは隠し切れない事実である。

「貴方は少し話ができるようだわね……」

 ティアラは、朗に向かって視線を送り、そうのたまった。

「しかし、話し合いで片が付く事ではないのか?こんな遠まわしにやっていても、誰も分かってくれないぞ!」

 朗が、静かに諭す。

「こうでもしない限り、人間は気付かない。いえ、こうしていたとしても気付かない!だいたい話し合いに誰が出て来るの?そしてどう決着をつけると言うの!?」

「それは……」

 誰も返答が出来ない。沈黙が走る。

「答えられないでしょう?そうよ、人間は、答えを目の前にしてただ、呆然と事の成りゆきだけを見詰めているの!何もせずただ呆然と!そして、貴方達のような存在を当てにしてのうのうと生活している」

 朗は考えていた。この世界ではなく、自分達の世界の事を。

 人種差別。高齢化社会、幼児虐待。そういったあらゆる問題のことを。次から次へと明らかになって行く問題に対して、オレ達人類はどう対処しているのであろうか?それに対する答えは見つけだせたのであろうか?いや見つけだせてはいない、しかし、努力はしている。そう、しているはずなのである。

 そんな時、

「分かった。ティアラ、お前の言いたい事は飲み込めた……ならば、その話し合いを、オレ達が付けよう……それならば、問題はないだろう?」

 金太が、そう切り出したのである。

 救世主。勇者の一行の話ならば、きっと、『ミルトン』の王も話を聞いてくれる。そして、各国に伝令をまわせば、きっとこの状況を丸くおさめる事はできるかもしれない。

「そうね、殺されてしまった私の友も、そうする事で今のこの世の中をより善くして行く事ができると言うのであれば、本望かもしれないわ」

 セリエはちょっと覇気のないような瞳でそう語った。

「本当にそれで良いの?セリエ!?」

 薫は納得がいかないかのように問いかける。

「ええ。それで、全てが落ち着くのであればこの話に乗るわ」

 セリエは、今度は意志をハッキリと伝えるように、視線を薫に向けた。

「分かったわ。セリエ……貴女がそう言う以上……これ以上は私は何も口を挟まないわ」

 ついに薫も意志を固めた。

「そうと決まったら、明日は『トリナ』の『リザード』に話を付けに行くぞ!」

 金太は締めくくった。

「それで異存はないか?ティアラ?」

 その言葉に頷くティアラ。

「ならば、少し休め!お前ろくに休んでないんだろう?」

「……明日は私の運命がかかっているんだもの……『リザード』様にこの命捧げるために、今はできる限りの事がしたいの」

 そう語ったティアラは、『フッ』と肩の力を抜く。

「君のお姉さん……システィーナさんが心配していたよ。一度顔を見せてあげれば良いんじゃないのか?」

 朗は優しく問う。

「ええ。そうしたいんだけど……私は、あの結界を抜ける事が出来ないの……何度か試した事が有るんだけどね。受け入れてはくれなかった」

 そういうと、静かに目を閉じた。そして、ティアラは静かな眠りに誘われていったのである。

 残された五人は、その言葉を不思議に心に止めた。

 自分達が通って来た道を仮にも『聖女』でも有るかもしれない者が、あの結界を乗り越えられなかった?しかもシスティーナの妹だと言うのに?

 次から次に溢れて来る疑問。それを感じ取っていたのである。

 何のための結界なのであろうか?

 どうして作られたのであろうか?

 他の怪物達も通る事が出来ないとでも言うのだろうか?考え出したらきりがない。

 しかしそうこうしている内に夜が明ける。そしてティアラが目を醒ました頃金太迷は、『トリナ』を目指し旅立ったのであった。


「ちょっと、バルバスさん。このまま行くと、『リザード』の部屋に行っちゃうんじゃないかな?今はまだ御対面は早すぎるんじゃないの?」

 懐に隠れているルーティーは、ひそひそと問いかける。

「シッ……分かっている。その辺を探り出すためには、今は危険も覚悟している。なんなら、お前は此処で待っていても良いんだぞ?」

 忍び足のバルバスは、ただひたすら前を歩いて行くメイジに悟られないように後を付けていた。

「そんな事言ってないよ!ただ、気を付けてね。って言いたかったんだよ……でも、都合が良かったね。この壁は?」

 螺旋階段の中央にあるそそり立っている壁。それは、ドア一つない壁であった。

「まあ確かに、この壁には感謝だな。何たって、後ろを振り向かない限り、我の事は知られないで済む」

 案外簡単に後ろをつける事ができるから越した事のない物であった。

「さあ、少しの間此処で黙っておれよ。もう少ししたら何が起こるか分からないからな……」

 念を押すと、懐を押さえるバルバス。

『ムギユッ』

 一言ルーティーは漏らすと、事の次第を受け入れて黙り込んだ。

 何処までも続く階段。一体どれだけの距離を歩いたであろうか?

「こんなに歩くくらいだったら、この近代的な設備を応用してもっと簡単に上れるような階段を用意すれば良いものだ」

 小首をかしげるかのようにして一瞬思うバルバス。それがどういうものかは別として。

 所々、外側の壁が窓の働きをしていて、外の風景が見渡せる。今はもう雲海の中に入っているくらい上り詰めていた。そして、日ざしが目に痛い。もう夜は明けていたのである。

 昨日から寝る事を惜しんでの行動で、バルバスの足は鉛のように重かった。それでも、精神力でこの事を振り切っている。

 そんな時、バルバスは中央に有る壁に身を隠す。眼前にいるメイジが、行き止まりの壁の所で止まったからである。

 その様子を眺めているバルバス。

 立ち止まったメイジは、腰から笛を取り上げて吹き始めた。

 すると、眩い光が辺りに飛んだ。目をこらして、バルバスは何が起きているのかを見ようとしていた。メイジが吹くその笛から出る音色が微妙に震えをもたらす時何もなかった壁が、光の中で『ゴゴゴ……』という音を伴い開きはじめる。

 その中からは白色の光が溢れていた。

 逆光の光の中に消えて行くメイジ。その姿を消える前に捉えようとバルバスは駆け出した。

 しかしその行動は虚しく途絶えたのである。

 次第に収まる光の海。その残りの光を浴びたバルバスは空を抑いでいた。閉ざされた扉。そしてたった独り取り残されたバルバス。メイジの姿はもう此処にはなかったのである。

 暫くの問ただ呆然と、立ち尽くしていたバルバスであったが暫くすると意識を現実へと馳せた。

 そしてこの事を勇者に伝える事が先決なのだとその時思ったのである。

「消えちゃったね……」

 先程までの事を見守っていたもう一人の生き物が此処にいた。

「ああ……一度外に出よう。そして勇者様達が来るのを待とう……この分だと容易には、この先辿り着く事は出来ないようだからな」

 バルバスは今来た階段を足早く駆け下りる。そして、近くに有る窓というには粗末な穴から身を乗り出した。

「ちょっと……どうするのさ!?」

 懐にいるルーティーは、突然の、バルバスの行動に驚いて問いかける。

「入り口は、我の力ではもう開く事は出来ない。だから、こうやって、外に出るのだ!」

 そういうと、クナイを取り出して外の壁に突き立てる。まるでロッククライミングを楽しむかのように、この雲海の中、身を投じた。

「しえ〜っ!まさかこんな高さを下りるっていうの?もう少し下まで階段で下りたら良いんじゃないかな?」

 ルーティーは慌てて忠告する。

「鉢合わせがなければな」

 念のために早めの大事を取っての事だと告げる。

「分かったよ!じゃあ、あたしも自分の羽使うよ」

 そう言うと、ルーティーは、懐からよじ上り、羽をはばたかせる。

「悪いな。気を使ってもらって……」

『ズンズン』と下りて行くバルバスは少し身動きが取りやすくなった身体を上手く使って地上に向かって下りはじめる。その周りを飛び回るルーティーは、バルバスを励ましながら、降下して行くのであった。

 そして、バルハスが無事地上に着いたのは、太陽も真上に来た頃であった。

 先程までの重労働で、バルバスの額から汗が吹き出していた。

 切り立った崖の一本道を通り抜け、昨日の繁華街へと足を向けていたバルバスは、不自然な光景を目の当たりにしていた。

 地上には一匹も怪物の姿が見られない。

「何だか、不思議な夢でも見ていたかのようだ……」

『ボツリ』独り咳く。

 そんな、バルバスの右肩に腰を降ろすかのように止まったルーティーが、

「昼間は、あいつら休んでいるんだよ。夜行性だから。でも、こう見ると殺風景だね」

 辺りを見渡すかのように手を額に持って行く。

「……」

「ねえ、ちょっと休もうよ!バルバスさんも昨日から一睡もしていないでしょう?今の内に休んでおくのが良いよ!勇者様達もじきに着くだろうから?」

 バルバスの顔を見上げながらルーティーは、黙っているバルバスにそう助言する。

「ああそうだな。まだ、今一つ考えが纏まらないが、そうするのが得策だろうな」

 はやる心をなだめながら、バルバスは今自分にできる事がなんであるのかを考え始めていた。そして、

「ルーティー。ありがとうな?」

 少しはにかみながら肩口に止まっているルーティーに『フッ』と、笑いかけた。

 そして、確実に勇者と出会える場所を探し当てて、バルバスは繁華街の壁に寄り掛かり静かな眠りに就く。そんなバルバスを見守るかのように、再び懐に身を寄せたルーティーも、眠りに入ったのであった。


「ここが、『トリナ』の街?」

 夕暮れの中、繋華街の大通りを金太達一行は、ただただ足を進めていた。

 行き交う怪物。それを不思議そうに眺めているそんな中、ティアラに一礼をする物達が後をたたなかった。

「慕われているんだな」

 こんな待遇が不思議で、ティアラに向かって金太は言葉を掛ける。

「ここの妖魔達は私を『リザード』様に忠実な『聖女』だと思っていますから…」

 この道中、ロ数が少ないティアラは、簡単明瞭に答えた。

 此処までの道のりの間、暗黒魔法や怪物は、一つも金太逢に襲い掛かる事なく無事な旅をしていた。それもこのティアラによるものである。

 そんな時、

「勇者様!」

 姿無き声が聞こえて来た。そして、その声の主がバルバスだと気付くのに、時間はかからなかった。周りの怪物達の狭間からバルバスの姿が目に入った時、

「よっ!バルバス!」

 金太が駆け寄る。そして、無事な姿に六人は感激の対面をしていた。

 そんな中、辺りは怪物達のドンチャン騒ぎで、いっそう花を咲かせている。

「無事で何よりだったな。バルバス!」

 金太はバルバスに肩を組みながら近くの飲食店に入る。

「はい。勇者様達も御無事で何よりです」

 七人が座れる場所を確保し、一つのテーブルを囲んでいた。

「ところで、そちらの方は……」

 ティアラが、不思誰そうに問いかけた。

「ああ、紹介がまだだったな……」

 向き合った二人を挟んだ位置にいる金太は、紹介をしようと声を掛けた時、

「お前は……ティアラ?いや……メイジか?」

 先程から気に掛かっていたバルバスが、驚いたかのように問いかける。

「私は、ティアラ」

 短い自己紹介。そして、訝しげに見詰めている。

「我はバルバス。お前の姉システィーナの、幼馴染みだ」

 バルバスは、不思議そうにティアラを見詰めていた。

「ああ……思い出しましたわ。あのバスバスさんですか?」

 幼い頃の記億を辿りながらティアラは、ミルクの入ったカップを取り上げながら答える。そして先程までの緊張感をほぐす。

「それじゃ……塔で見たのは、メイジだったのか……」

 テーブルに肘をつきバルバスは、このティアラが何故此処にいるのかを金太に問いかける。 そして、そのことについて語り始めた金太とその他の者達。

 これまでの経緯の報告もかねて語り始めたのである。

「なるほど……では我々は『リザード』に話をしに行く形を取る事になったのですね……その橋渡しをしてくれるのがティアラであると……」

 ティアラを眺めてバルバスは、言葉を切る。

「そう言う事になった。このまま真意を知らずして乗り込むのは問違っているという判断でまとまったのだ」

 朗は、手っ取り早くそう答える。

「それに内部に詳しい者がいれば、安心出来るしな」

 金太はサバサバと答える。その言葉に、

「ちょっと勇者様!その言葉はあんまりです!」

 ルーティーが今までのバルバスの苦労が水の泡であるかのような言い種に『カチン』と来てそう言い放った。

「こらっ!ルーティー。勇者様に何という事を言うんだ!」

 テーブルの上に座っているルーティーを指で軽く弾く。

「ええーっ。でもー!!」

 膨れっ面のルーティーに、『めっ』と顔を寄せるバルバス。

 そんな二人の様子に、良いコンビだとでもいうかのような笑い声が上がる。

「いや、悪かった。謝るよ。許してくれるかい?バルバスも、苦労していろいろな情報をありがとう……にしても、メイジは、その後どうなったんだろうな?」

 と、金太は話しを元に戻した。

「それは『リザード』様の元に向かったのです……『リザード』様の住む館に」

 ミルクの入ったカップを置きながらティアラは率直に答えた。

「『リザード』の館?」

 六人は声をそろえて問い返した。

「そう。『リザード』様は異次元の館にお住まいなの。だから、私達の魔法でその道を作らない限りその次元に入る事は適わない。バルバスさんに魔法のその力が働かなかったから、中に入る事が出来なかったのよ」

 もの静かに答えるティアラ。

「ティアラ。お前達の魔法は、暗黒魔法なんだろう?それって白魔法とは全く別物なのか?」

 金太は問う。

「違うといえば違うんだけど。全く別物とは言い切れないわ。だって白魔法を今では使っていないけど昔、私は使っていたのだから」

 要は、応用なのだと言いたげであった。

「それじゃあ、朗や、薫も使えるようになるというんだ?」

 その言葉に即返す金太。

「出来るんじゃないかしら?要素さえ有れば……って、使いこなしたいの?」

 静かに朗と薫の方に目をやる。

「いえ……私は、いいわ。今のままでもまだ、修行が足りないんだから」

 薫は自分の才能に自信がなさげにそういう。

「オレもだ。暗黒魔法を使うまでに到っていない一朗も静かにカップを置きながらそう答える。

「きっと使わない方が良いわ……」

 ティアラは何かを言いたげに、そう語った。

「所で、そろそろ行きませんか?外も暗くなって来た事だし」

 ここで、セリエが話に入り込む。

 その言葉に『ビクリ』とするティアラ。何だか怯えているようである。

「どうしたんだ?」

 ふと、テーブルを離れようとした時に気付いた朗は、ティアラの肩に触れる。それを、払い除けるかのようにティアラは肩を揺らした。

「いえ……何でも有りませんわ……」

 その様子を不自然だと見極めた朗は静かにティアラの行動を目で追っていた。その先には青白い顔のティアラがいる。

 しかし、

「さあ、行こうぜ!要は『リザード』と真っ向から話をすれは良いんじゃないか。簡単じゃん!!」

 もう張り切っている金太の言葉が、周りの空気を盛り上げる。その空気で、一瞬ティアラの先程までの表情が変わった。


―……気のせいか……―


 朗はみんなの足取りを追って歩き始めたのである。


『聖女』よ来れ。我が『聖女』よ……そして今こそ、我が力となり、光と影を一つにしようぞ。此の地で一つになろうぞ……


 ティアラの脳裏に流れる調べ……それはこの地に着いてからいっそう深く脳裏に響き渡っていた。

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