#6 安住の地『アイン』
▼安住の地『アイン』
早朝、次の街『アイン』を目指し、まだ霧の掛った村『ニケ』を六人は旅立った。
上空は、少し肌寒い程に風が吹き抜けていくが、太陽が昇るにつれてそれも落ち着いて来ていた。
「『アイン』ってどんな街なんだろう。やはり、『トリナ』の傍にあるだけに危険な街と化しているんでしょうか?」
薫は、朗に話し掛けた。
「それはあり得るだろう。もしかすると、すでに支配下になっている可能性もある」
珍しく眉間に雛を寄せて朗は答える。
「いえ……そんな事はないと思われます。あの地は、聖地です。そう簡単には敵の手に落ちてはおりますまい」
セリエは、そう確信を持って答える。
「何でそんなに自信を持っていられるんだい?」
その会話のやり取りに、セリエの側まで翼龍を近付けて金太は問う。
「あの地は、私の同胞が守っています。それゆえそう信じているのです」
「同胞って、あの、ルカ様ですか?」
見知っているかのように訊くレオナール。
「ルカ様とは?」
少し大きな声で朗が尋ねる。上空の風は山の谷聞に向かう程強くなって行き、会話が聞き取りづらくなって来ていた。
「私の幼馴染みです。今は聖地『アイン』の地で修行しながら、街を守っているのです。ここ最近運絡が途絶えているのが心配ではあるのですが……便りがない事は逆に心配のない事と思っています」
本当は心配なのであろう。少し上の空ぎみである。
「……にしても、こう霧が濃いいと、視界が見えづらいな……」
金太はほやいていた。
「この谷を越えた所に、『アイン』の街はあります……今暫く御辛抱下さい」
この確かに濃い霧を、目障りに感じているのかセリエはそう言った。しかし、何時になってもその霧は晴れなかった。
「変だな…この霧……ちっとも晴れないぞ?」
膨陶しいとばかりに金太は愚痴っていた。
その視界の奥に、黒い物体がちらりと見えた時、事の事態に気付いた。
「しまった!これは罠です。高度を下げて下さい!」
事の次第を感じ取ったセリエは叫んでいた。しかし、事態は遅かった。
「何これ……急に眠たくなって……」
薫は決第に頭の中が真っ白になって来るのが分かった。
「これは鱗粉。何で気付かなかったのかしら……ダメ……この空気を吸っちゃ……」
セリエ自身にもやがて眠気が襲う。そして、急降下して行く五体の翼龍の群れ。
「うわー!!」
という叫び声とともに五人の意識は次第に消え失せて行った。
「お目覚めですか?勇者の一行よ」
凛とした声で、目覚める五人。
「……ここは?」
まだ覚醒し切れないかのように薫は、手で目を擦ろうと腕に力を入れようとした。が、両腕を上げるかのようにして、鎖で繋がれている事に気付き『ハッ』とした。
辺りを見回す。
湿った地下牢のような石壁に囲まれている事に気付き、五人はどうしたんだという風に狼狽していた、その時、
「ここは『アイン』の街外れの地下です」
と、澄んだ声が再び響いて来る。
「その声は……ルカ?」
聴き覚えのある声に、セリエが落ち着いて問いかけた。
「セリエ。お久しぶりね」
声は聴こえど、姿が見えない。
「あなた方には悪いのですが、ここで足止めをさせて頂きます」
「何故あなたがこんな事をするの?私達は先を急いでいるの!あなたの耳にも既に『ミルトン』より伝令が届いているはずでしょう?」
セリエは問い返す。
「ええ。勿論聞いているわ。でも、あなた達に私の主、『リザード』様の邪魔はさせないわ」
「何を言っているの!もしかしてルカ……あなた……」
思いもよらない言葉に戸惑うセリエ。
「お察しの通りよ……私はあなた達の敵になったの。私が愛する『リザード』様の御ために!」
そう言った声が真上から聴こえて来るのがハッキリと分かった時、五人は頭上を見上げた。 そこには鉄格子越しに、一人の女性が、見下ろしていたのである。
「何故……愛するって……じゃあ、ヴァイスは?あなた達結婚して……この地で一緒にいるはずじゃ……」
言葉をつまらせながらも、セリエは問いかけた。
「そんな人もいたわね……何となく覚えてるわ。そう言えば伝えてなかったのね。彼、死んだわ。この地に訪れた『リザード』様の手に掛って」
「えっ?」
セリエの顔が、凍り付いたかのように蒼白になった。
「彼も本望だったと思うわよ。『リザード』様の手に掛って死ねたんだもの」
両腕を開いてみせるルカ。
「一体何を言ってるの……あなた達愛しあってたじゃないの!」
「愛してたわ……でも、私は強い人が好きなの。それに、人の物を手に入れたくなるくせがある。セリエ。あなたが、ヴァイスの事を愛してた事くらい知っていたわ。それに、ヴァイスも、あなたの事を……だから奪い取った!本望だったわ」
「ルカ……それじゃ……」
「私はセリエ、あなたがうらやましかった。何でもそつなくこなし、私が欲しいと思った物を手に入れて……そんなあなたが妬ましかった。でも今は違う。私はあなたを見下ろす事ができる!」
そういい飛ばすと、安堵するかのように息を吐くルカ。
「私があなた達二人を祝福した、その気持ちは嘘じゃなかったのよ!?私は、二人が幸せになれるんだったらそれで良かったの!それなのに、あなたはそんな事を考えていたの?嘘でしょう!?」
そんなルカの様子に、今までの思い出を否定されたようで……セリエの瞳に涙が浮かんでいた。
「嘘じゃないわ。本心よ。これで分かったでしょう?私はこんな人間なのよ!」
「う、嘘よ!」
『ジャラリ』と、鎖が擦れる音が鳴る。次から次へと思い出される光景。
同じ村で育ち。同じ学び場で武道を習い。そして、笑いあったり泣いたり……
そんな事が脳裏を掠めている時、最後の言葉を掛けられ、絶望の縁から突き落とされたのである。
「これで『リザード』様の世が来るわ。あなた達はここで朽ち果てるの!それじゃ。次会う時は、マーグメルド(死界)でね?」
と、言うと、高笑い声を残してルカはこの場から立ち去った。
後には幽かに梟の鳴き声が聞こえていた。
『ニケ』の村を後にしたバルバスは、この濃い霧の中、ひたすら後の五人との待ち合わせの街、『アイン』へと足を向けていた。
見えづらい視界の中、空中を時々確かめている。飛び立った、金太達の翼龍の足取りを確認していたのであった。
村を抜け、辺りは木の覆い茂った、森に出た。翼龍は、『アイン』の街への途中、渓谷に差し掛かっていた。
しかし、更に濃くなる霧にバルバスは、方角を誤らない事も念頭にただひたすら駆け抜けて行く。
「ん?」
途中、霧が空から降り注がれて来る物だと気が付いて、足を止めた。
息苦しくなり、口を覆い隠している服の一部を触り、確認をする。
「…これは……」
触った指先に付く粉。それに気付き、空を見上げる
先程まで軽快に飛び進んでいた翼龍の群れが、視界から消えていた。そして大きな蝶の群れを発見したのである。
「しまった。罠だ!」
そう思った時、大きな音が五つと地響きが辺りに起こった。
「ちっ……」
森の中、辺りに舞う砂煙りと、木の葉の波。
今、金太達がその場所に落ちた事を知ったバルバスは無我夢中で駆け出したのであった。
その翼龍の落ちた地点に辿り着いたバルバスは、木の上からその様子を確認した。
金太達は、翼龍の背中に倒れている。
「御無事のようだ……」
足をその場へと運ぼうとした時、空から先程の大きな蝶の群れが舞い降りて来たので、足を止め様子を伺うことにした。
「お前達よくやった!あとは、我々が、この者達の始末をする。だから帰って休め」
と、蝶の背中から降りて来た一人の女が指図をしているのが目にはいった。
その者の指示で、蝶は飛び立っていく。
後に残ったその女と、配下であるのであろう男達は、翼龍の背中から金太達を引きずり降ろし、近くに潜めていた馬に仰向けにして担ぎ上げている。
「この倒れている翼龍は、近くの木にでもつなぎ止めておけ!」
またその女が指図する。どうやらこの女が首謀者だとバルバスは悟った。
指示を承知したかのように、その通りに動く配下の者達。五人を全て馬に乗せ終わった時、女を先頭にその馬と、配下の男達は移動し始めた。
「ん?あの女……どこかで見覚えが……」
あらゆる過去のデーターを引き出そうとバルバスはその馬が行く道を追いながら思考を巡らせていた。そして、
「あの女……確か、聖地『アイン』を守るべく派遣された。ルカ殿……」
思い出したのである。聖なる地へ赴く者たちの中にこのルカがいたことを……
「これは、何か聖地『アイン』で起こっているな」
確信したバルバスは、慎重に後をつけることにした。
既に霧は晴れ、ルカ達はさらに西へとひたすら進む。
途中、ルカが振り返る。
気付かれたのか……と、木陰に身を潜めるバルバスだったが、ただ振り返っただけに留まり、また先を急いでいくルカ達に、バルバスは再び後をつける。
それは夕方になった今でも続いた。
そして空に、月が昇る頃、大きな洞窟に辿り着いた。そこで、ルカは馬から降り金太達を運び入れるように指示している。
「こんな所に、勇者様達を捕らえて何をする気だ…」
闇に潜み、バルバスは金太達を救い出す算段を考えていた。
「今飛び出す事は危険だ。勇者様達を連れ出す事はあの女、ルカがいては上手く事は運ばない……」
そう思い立ったバルバスは、ルカ達が静かにこの場所を立ち去ってくれる事を待っていた。
梟の鳴き声が辺のに開こえ始める。既に、配下の者達は洞窟を出て来て、馬を走らせていた。
しかし、一向に、ルカは現れなかった。暫く息潜めるように岩場の影でバルバスはその時を待ち望んでいた。そして、やっとルカが現れたのである。
何だか意気消沈しているようで肩を落として出て来たルカは、洞窟の前で一度立ち止まった。そして洞窟の穴を振り返って、暫くの聞立ち尽くしていた。
「何をやっているんだ?」
バルバスは洞窟内での事の成りゆきが分からないまま、ルカが立ち去るのを待っていた。
五分程立ち尽くしていたルカは、やっと何かの決心をしたのであろうか?肩に力を入れ、その洞窟を後にして、馬に跨がりこの場を離れたのである。
その馬がバルバスの視界から消え去った時、初めて行動を実行に移したのであった。
洞窟の中は暗く、湿っほい空気が辺りに充満していた。
足元は階段のようになっていて、松明を持ったバルバスは、足元を踏み外さないように素早く駆け下りていく。途中、幾つもの鉄格子越しに、怪物が閉じ込められているのを目撃することとなる。
「何処にいるのだ……?」
こんな中に、閉じ込められているのかと考えると、よけいに心配になって来る。
どんどんと足を進めて行く。そして、最下層に来た時、人の声を聴いたのであった。
しかし辺りは石壁だけで何処にも人影が見られなかった。そして、声が足元から聴こえて来るのに気付いた時、地面に少し変色した部分を見付け、その部分を取り払った。
「勇者様!?」
鉄格子越しに鎖に繋がれた五人をバルバスは確認した。
「その声は、バルバス!?」
金太は驚いたような声で叫んでいた。
「今、お助け致します。暫くお待ち下さい」
バルバスはそう言うと、足元のその鉄格子を取り外そうと手を掛けた。
『ギシッ』という響きの音が木霊する重たいその鉄格子を持ち上げ、近くに立て掛けた。そして近くにあるローブを下に垂らし、『スルスル』と、下に降り立ったのである。
「お待たせしました」
礼儀良く跪くバルバス。
「よく此処が分かりましたね?」
一息つくかのように息を吐くと朗が問うた。
「勇者様達が、連れ去られている様子を確認しておりましたので……遅れて申し訳ございません」
跪いたまま、バルバスは答えた。
「ありがとう……助かった。済まないが、この鎖をはずしたい、手を貸してくれ。オレの懐に、剣の柄が入っている。それを取り出して、オレの右手に握らせてくれ」
その言葉に従い、バルバスは剣の柄を取り出し金太の右手に握らせた。すると、炎が辺り一面を浮き立たせ燃え上がったのである。
金太は、その剣を自らの右腕に繋がれた鎖に向けて斬り付けた。するとその鎖が焼けただれて、『ジャラリ』と切り落とされたのである。それから自由になった右半身を使い、左腕の鎖も切り落とした。自由の身になった金太は他の四人の鎖を切り落として行った。
こうして自由の身となった五人は、近くに立て掛けられた自らの武器を手に取っていたのである。
しかし、一人セリエはその行動をせず、ただ立ち尽くしている。その様子に気付いたバルバスは何かがここであった事を悟った。が、それをよそに、
「ところで此処は?」
レオナールがバルバスに問いかけた。
「『アイン』の近くの洞窟です。先程、ルカ様がこの地を離れ、『アイン』へと戻られたようですが」
簡潔にバルバスは、答えた。
「『アイン』へ?」
朗は間いかける。
「何やら思いつめた御様子でした」
「……思いつめた?」
セリエの指先が『ピクリ』と動いた。
「ええ、この洞窟の入り口で何やら考え事をしていたようでした」
淡々と答えるバルバス。その言葉にセリエ以外の四人は、顔を見合わせて、先程までのセリエとルカのやり取りを思い起こしていた。
「……考え事?」
再び、『ポツリ』と問いかけるセリエ。
何やら、思いを巡らせているようである。
「ええ、そして、決心したかのような面持ちで、入り口を後にされました」
その時、
「あの莫迦!」
いきなりの大声に驚く五人。
「どうしたんです?セリエ殿!?」
事の成り行きを知らないバルバスは心配して声をかける。
「あれからどれだけ時間が経ってる?ルカの奴……死ぬ気だわ!」
セリエは、近くの岩壁に拳を叩き付けた。
『ガラガラ』と、崩れる岩。
「どうしたんです?セリエさん!」
薫は、今さっきまでの事でセリエとどう接して良いか解らななかったが、やっとここで、話し掛ける事が出来た。
「我が儘だとは承知しております。でも今すぐ、此処を離れましょう!そして、『アイン』の宮殿に急ぐのです!手後れになる前に!!」
セリエは言うと、先程、バルバスが降りて来たローブに手を掛けて上り始めた。何事か分からないが、その後に続く金太達。湿った階段も、ものともしない勢いで駆け上がるセリエ。そして、他の鉄恪子さえも目に入らない様子で入り口の外に駆け出したのである。
後に続いていた金太達は、バルバスの松明に導かれながら続いた。
もう夜半である。真っ黒な空を星が覆いつくしていた。
やっと入り口の外に出た金太達は、外に出ているセリエの背中を見ていた。
「『アイン』の宮殿はどっちなの?」
振り返る事さえしないで訊いて来るセリエに、
「その前に、一体何があなたをそうさせているのです?セリエ殿?」
何も知らないバルバスは、落ち着いた様子で問いかける。
「バルバス……」
金太は躊躍ったかのように声をかける。しかしそんな事を気にかけるな。という風に、セリエは話を切り出す。
「きっと今、この『アイン』の地に、私達の目的の敵『トリナ』の『リザード』とやらは来ているんだわ……そして、そいつを倒すために、ルカは……」
拳を握りしめてセリエは震えていた。
「死を覚悟して、オレ達抜きで戦いを挑もうとしている?」
事の次第を……セリエが言いかける後を繋いで、朗は言った。
「そう言う事なら、急こうぜ!」
金太はセリエの背中に手を掛けて走り出す。
事を察したパルバスは、
「そう言う事でしたら、急ぐ必要がありますな……こちらです」
駆け出すバルバス。その後を追い掛けるように走り出す五人。
今、やっとセリエの心は正気に戻った。そして、竹馬の友の為にあのルカの言葉が嘘である事を確かめる為にこの場を立ち去ったのである。
そんな折、ここ聖地『アイン』の宮殿では何やら慌ただしく侍女達が動き回っている。
きらびやかなまでもどことなく落ち着いた広い部屋が幾つもある宮殿。しかし今その部屋の一番広い間で、黒装束の男が一人椅子に腰掛けている。顔は同じく黒いベールで覆い隠されて、見る事は適わない。
「『リザード』様。よくぞお越し下さいました」
正装をした一人の女が膝を付き、一礼をする。
「で、ルカ。我が欲している聖女の魂は見つかったか?」
ゆったりと構えた『リザード』が、話し掛ける。ゆうに、ニメートルはあるであろう巨体。しかしその身体からは、お香を焚きしめた衣装を身に付けているのであろうか?香りが一瞬辺りに広がった。
「申し訳ございません。捜してはいるものの、御期待に添える者は見つかりませんでした」
跪いていた姿勢から、その椅子に近づいて行くルカは、腰に下げている布袋から数十個の珠を取り出し『リザート』に献上しようと、手の平に乗せていた。
「ふむ……どれも、聖女の魂ではないな……しかしこれは、我がコレケションとして頂いておこう」
その差し出された珠を椅子に座ったまま手に取り、懐へと忍ばせる。
「今宵は、『リザード』様が訪れた祝いの席を御用意致して居ります。御存分に楽しまれて行って下さい」
立ち上がり、ルカは掌を叩く。すると、扉が開かれて二列に並んだ侍女達が部屋へと御馳走を持って入って来た。
一番始めに入って来た侍女が、『リザード』の目の前に来ると、跪き、盆に乗っている盃を差し出す。その腕は震えていた。その盃を受け取った『リザード』を確認すると次の侍女が、盃に酒を注ぐ。そのナミナミと注がれた酒を、一気に飲み干す『リザード』。その様子にどよめく周りの者達。
「今宵はこの宴を大いに楽しむとするか、ルカよ、心配り有り難く受けるぞ!」
その言葉に、次々と注がれる酒。そして運ばれて来る食物。始めは恐る恐る近づいていた侍女達も、この機嫌の良い『リザード』の様子に少し打ち解けたのか、自然と振る舞えるようになっていた。
その様子に安堵したルカは、その部屋を離れ、自室へと向かった。
そして、この日の為に用意していたのであろう剣を部屋の机の引き出しから取り出し、一度強く握りしめる。それから懐に収め、再び宴の席へと戻ったのである。
その頃。金太達一行は、『アイン』宮殿を目指し、ひたすら走っていた。
先頭は、道先案内をするバルバス。彼の、足音もしない足取りを後ろから目で追いながら、その後を付いて行く四人は、意識してか、足音は小さかった。
月ももう、天空へとさしかかっていた。辺りは梟の鳴き声しか聴こえない。
しかし、事を急ぐ金太達は、ただひたすら『アイン』へと向かっていた。
―早まるな!ルカ!―
セリエはただ、ルカの事を思っていた。
あれだけ自分の事をけなし、失望させたルカ……しかしその心中を考えると、セリエは自分自身が腹立たしかった。
―何故気付かなかったのか……―
そう、どれだけ心を痛めてあんな事が言えたであろうか?きっと、はかりしれない程の気持ちを押さえての事であったであろう。
堅く唇を噛んで、セリエは考えていた。
そんな折、
「此処を抜けると、『アイン』の街です」
静かな声でバルバスは言った。少し坂になった道を走り抜けると、眼下にまだ、明かりが灯った街が見渡せた。立ち止まる六人。
「いよいよだな!」
金太は気合いを入れる。
それに答えてレオナールが、
「はい。勇者様!」
と、答える。そしてこの坂を一気に駆け下りる六人。それぞれの心が今一つの心になる瞬間であった。
「どうですか?宴はお楽しみになられておいででしょうか?」
部屋に戻って来たルカは『リザード』に話し掛ける。
「おお、ルカか……そなたもこちらに来い!我が盃を受けよ!」
近くにいる侍女の手から一つの盃を取り上げて、ルカに手渡す。
「有り難き幸せです……」
『リザード』の手からルカの盃に酒が注がれた。
「そう言えば聞いておるぞ。勇者の一行を捕らえたとか?明日にでもその勇者の顔を拝みたいのだが、良いか?」
誰の口からその噂を聴いたのであろうか?きっと、この宴の際に侍女の誰かが口にしたのであろう事だけしか今では分からない。
『リザード』はかなり酔っているようだ。顔は依然として見る事は適わないが、少し陽気になっているように感じる。
「さすが、情報通ですね。確かに勇者の一行は、この私が掴らえました」
ルカは、謙遜するかのように答える。
「で、何処に捕らえているのだ?この我を倒そうと考えている莫迦な一行を見ておきたいものだ!」
高笑いする『リザード』。
「この街の外れの岩山に、閉じ込めて居ります。ぜひ御覧下さい。そうですね、今夜、今からでも艮いですよ?」
突然一歩後ろにとびのき、ルカは懐から一本のダガーを取り出し、そして身構える。
ざわめく一同。今までドンチャン騒ぎしていた侍女達は、そのルカのいる場所から恐れおののいて辺りに散る。
「これはどういうつもりだ?ルカよ?」
ゆっくりと立ち上がる『リザード』。巨体が落ち着いていて異様な雰囲気をかもし出していた。
そのリザードの近くにいる侍女達も、一斉に身を引いた。こぼれる酒や、食料が辺りに散らばる。
「私も、武道家の端くれ。そして、この聖地『アイン』を守るべき者。その事はお分かりでしょう?」
覚悟を決めたルカの横顔から、静かな怒りが込み上げているのが辺りの侍女にも分かるくらい、今のルカは、ただならない表情をしていた。
「ふははは。武道家が剣を持って、我に向かってくるとは笑止!しかも、後の事も考えずこれしきの酒で我を倒せるとでも思っておるのか?莫迦者め!」
左腰に下げている剣の柄を右手で掴み静かに引き抜く『リザード』。その剣は妖しく弧を描いた。
「どう思われようと、この地を。皆の者を守るため今まで私は働いて来た!しかし今日こそは、刺し違えてもお前を倒すぞ!覚悟は良いな?『リザード』!」
気を集中させるルカ。辺りに磁場が出来たかのように、オーラが漂っているように周りの者達には感じられた。
「ふん。良いだろう……今まで可愛がっていたお前だが、何時かの男のように、切り捨ててくれる。お前には、我がコレクションになる資格はないから思う存分、いたぶる事ができるわ!」
『リザード』の剣先から、黒い電磁波が『ビシビシ』という音を立てて放たれる。
「みんな、今すぐこの部屋から逃げろ!そして、莫迦な私の事など忘れて、生き延びてくれ!」
ルカは無我夢中で叫んでいた。
そのルカの様子に、侍女達は一瞬戸惑っていたが、言われた通りこの部屋を後にした。
「薄情なものだな……?」
あざ笑うように『リザード』は語る。
「賢いの間違いだ!」
セリエの心中も他所についに戦闘を仕掛けるルカであった。
宮殿へと足を運んでいた金太達は、突如、勢い良く走り出して来る女の群れに気付き立ち止まった。
「何の騒ぎだ?」
金太は驚きの余り、目をこらした。しかし、
「ついに始まった!」
一番に駆け出すセリエの表情は、堅かった。
「始まった?って……」
薫は、先をいくセリエの背中に付いて行くように駆け出した。
「ルカって言う女が、『リザード』に、戦いを挑んだんだろう……」
その様子に、気付いて朗が走り出す。
「急がないと!」
レオナールが、次に続く。
その横を、一番の俊足バルバスが追いこして行く。
「待てよ!オレが一番先にいく!」
とてつもなく勘違いしている金太は、訳も分からずに後に続いた。そして、逆行して来る人の群れの中、足止めを喰らいながら駆けて行った。そしてついに、宮殿の中へと足を運んだのである。
「ルカ!」
セリエは大声で呼び掛ける。次々と開いて行く部屋のドア。しかし、どこにもルカの姿はなかった。そして、最奥の部屋のドアが開かれている事に気付き駆け込むセリエ。そして一歩遅れて来る五人。
その先に見たものは……心臓を一突きにされたルカが、黒ずくめの『リザード』によって高く翳されていたのである。
「誰だ?お前達は?」
深く鈍い声で問いかけられる。そして、床に叩き付けられるかのように降ろされたルカ。その反動で飛び散る血飛沫。
そして一目敵でルカに、駆け寄るセリエ。
「ルカ!」
セリエが必死の思いで抱き起こしている。
その様子を、虫けらが何かやっているとでも言うように、妙な目で眺めている『リザード』
「ルカ!しっかりして!」
セリエは、ルカの頬を軽く叩く。ルカの口の端から今迄ルカの身体で息づいて来たであろう血が流れ落ちている。
「ああ、セリエか……ドジっちゃったよ」
やっとの事で、目を開いたルカは霞んで来る視界の中セリエに語りかけた。
「何でこんな無茶を?私達に一言でも言ってくれれば良いじゃない!?」
真剣な表情でルカを包み込むように抱くセリエ。
「ごめんなさい……でも、私一人で、この件は始末したかったの……セリエ……あんな事言って、ごめんなさい」
もう、気力だけで保っているルカは瞳を閉じた。
「あれは全部嘘でしょう?本当に莫迦なんだから……」
そう言うとセリエは、ルカの頬を包むように手の平を当てた。目元に涙が溢れている。
「ふっ……それでも半分は嘘。でも半分は本当よ……でも、セリエの事、本当の親友だと思っているわ……それは嘘じゃないわ…」
息が荒くなって、ついにはうめき声を上げるルカに、
「待って!私が、何とかするわ!」
薫がセリエの肩口から顔を覗かせた。
そして、『生命の杖』に、念を込める。すると、虹色の光が、ルカに向かって注がれた。一時的にバリアのようなドームがルカの身体を包み込む。
「これで、少しは楽になるはずよ……」
「ありがとうございます……」
セリエは、薫を見上げて礼をいった。そして、
「ルカ!今暫くそこで見守っていて!あとで全て聞くわ。こうなったらこの決着は、私達がつける!」
セリエはそう言うと、勢い良く立ち上がったのである。
入りロ近くにいた金太達は、すでに、戦闘態勢に入っていた。
「お前が『リザード』か?それより名前は、訊いた者が先に答えるもんだぞ!」
自分の背丈よりも遥かに高い大男を見上げて、その『リザード』の前に歩みながら金太は言う。
「それは失礼したかな?いかにも我は『リザード』だ。で、お前達は誰だ?」
血の付いた剣を拭いつつ『リザード』は改めて問いかけてきた。
「オレ達か?オレ達は……」
言いかけて、懐から剣を取り出し、念を込める。すると、柄から鍔が飛び出して業火の炎が『ブオッ』と燃え上がった。
「勇者の一行だ!」
その言葉に、それぞれが身構える。
「ほう……それは面白い……しかし、今のお前達で、我に立ち向かうとはちょっと図に乗っているのではないか?」
不気味な声で笑い『リザード』は答える。
「何言っていやがる!何なら試してみるか!?」
金太は巨体の『リザード』に向かって突進し、剣を振り切る。
それを軽く交わす『リザード』
「ちっ」
振り向きざまもう一度切り掛かる。しかし虚しく剣は空を切る。
「我が守護精霊シルフの王よ!我に力を貸して下さい!受けよ!ウィンドトルネード!」
突然の光の渦と竜巻きが辺りを取り巻いた。
「行け!」
レオナールがボーガンの矢を放った。うねる風にまぎれて、矢は鋭く『リザード』を捕らえた。
しかし、その飛んで来る矢を左手一本でつかみ取ると『バキッ』と二つに折る。
「くそっ」
舌打ちするレオナール。
すると直ぐさま薫が、
「我が守護精霊ウンディーネの王よ!私に力を貸して下さい。いけ!モーションフォービット!」
補助魔法を仕掛けた。青白いリングが『リザード』の動きを封じるかのように飛んで行く。
「よし!」
セリエが飛び出し、相手の鳩尾に一発拳を入れる。その波動で地鳴りが鳴り響く。
「今、我に何かやったか?」
しかし微動だにしない、『リザード』。一歩とび退くセリエ。
「莫迦な!?完璧に決まったはず!?」
呆然と、立ち尽くす五人。
「我に任せよ!勇者殿!」
五粒の球を『リザード』に投げ付ける。そして、クナイを持って突進するバルバス。
球は床で弾け、煙りを上げる。バルバスは敵の心臓を目掛けてそのクナイを突き刺した。金太は、そのバルバスの背後に隠れて突進し『サラディン』を振りかぶる。そして突き刺した。確かに手ごたえは感じた。なのに、
「今日の所はこの辺で引き上げよう。余興は楽しかったぞ?しかし、まだまだ、力を付けていないな……」
『リザード』は煙幕から顔を覗かせる。
しかしその堂々とした姿は明らかに無傷のものであった。
「……なんだと……どう言う事だ?確かに手ごたえが……」
と、金太は眩く。
「手ごたえね……これの事か?」
よく見ると、懐に入れた珠が身替わりとなって切られていた。
「これが無かったら、さすがの我も危なかったかもな……しかし、運は実力のうち。次会う時を楽しみにしておるぞ!」
『リザード』は窓辺に立ちマントを翻そうとした時、一瞬立ち止まった。
「ん?」
薫の姿に何かを感じたようである。ジッと薫を見ていた。
「お主、名は?」
視線の主が自分だと気付き、
「私の事?」
こんな時に何を聞くと言いたげに問い返す薫。
「そうだ……」
「私は、一之瀬薫。魔法使いよ!」
「ほう……こんな所にもいたのか『聖女』よ!勇者の一味にいようとはな?次会う時にはその魂確かに貰い受けるとしよう!ではさらばだ!」
一瞬の事であった。薫の顎を捕らえしゃくり上げるかのようにした『リザード』は、その手を引っ込めそう言うと立ち去ったのである。
後にはただ呆然と立ち尽くしている六人がそこにいた。
「何がさらばだ。だ!」
『リザード』の立ち去るポーズをまねした後、腕組みをして壁に寄り掛かる金太。
「今戦えってもんだよな!くそっ!」
爪を噛みながらそんな負け惜しみを言う辺り子供じみている。
「いや……あのまま戦っても、きっとオレ達に勝ち目はなかっただろう……」
朗は、そんな金太を冷静にしようとそう宥める。
「少し静かにして頂けませんか?集中できません!!」
薫は『生命の枚』を、ルカの胸元に当てて念を込めている。未だ、虹色のドームを形作っているその中で、ルカの治療を行っていたのであった。
「魔法使い様……私の命……もう尽きるのでしょう?」
ルカは、そう薫に問いかけた。
実の所、もう手の施しようがなかったのである。しかし薫は、何とかできる所まではやり遂げようと思っていた。
「じっとしていて……ルカさんの体力の消耗が激しくなるから……」
何時の間にか、涙声になってしまっている自分に気付き、そんな自身が情けなくなる。
「あなた様が……『聖女様』だったのですね?」
と、にっこり微笑むルカ。その頬はほんのり赤く染まっていた。
「さっきも言っていたようだけど……『聖女様』って一体?」
セリエはルカに問いかけた。その様子を見守る後の四人。
「『聖女様』の魂を身に付ける事が出来れば『不死の命』を……つまり『永遠の命』を手に入れる事ができる……という『リザード』の、受け売りの言葉ですが……その者をさすのです」
ルカは、吐く息を荒くしながら答える。
「永遠の命?」
朗は問いかけた。
「そう。『リザード』はその少女を探していたのです……そして、うっ……」
苦しそうな喘ぎ声。
「ルカ!」
ドームの外で、セリエは心配そうに呼び掛ける、
「……そして、その『聖女様』を捜しに、この聖地『アイン』に赴いた……しかし、始めのうちは、荒らし捲っていた『リザード』に対し私達も抗戦していたのですが、我が夫、ヴァイスや、その他の大勢の聖者を殺した後、この地は荒れ果てたのです。そしてもう……対抗する力は残されていませんでした」
静かに聞き入る六人。
「そこで『リザード』に協力を惜しまず、その……『聖女様』を見つける事を条件に、この地を荒らさないようにして欲しいということで……協定が結ばれたのです」
『グフッ』と、血を吐くルカ。薫の表情は、これ以上は無理だと悟り必死で涙を耐えていた。
「『聖女様』は、強い心を持った者……そして、処女でなくてはならない……だから、少女は特に狙われるのです……確か『トリナ』の『リザード』の本拠地には、その狙われた少女達の魂が多く補完されている……いわゆるコレクションなのですが……この先の道中、もっと、厳しい試練が待っていると思われますが……十分気を付けて下さい……」
ついに、瞳を閉じるルカ。首を振る薫。
「セリエ……先にマーグメルドで待っているわ……でも早く来ちゃダメよ……」
うっすらと微笑んでがっくりと垂れた頭。
「ルカ!」
既に解き放たれたドームに、セリエは駆け込みルカを抱き起こそうとした。しかし、もう力のないルカの身体は『ダラリ』としている。それでもその顔の表情は、安らかな微笑みを携えていたのである。
「ルカー!!」
啜り泣くセリエの肩が悲しみで震えていた。
「……ごめんなさい」
薫は只一言そう言うと、その場を立ち上がり壁に寄り添った。ついには、鳴咽が部屋中に響き渡る。
今、一つの魂が天に昇って行くのを感じながら、セリエを残した後の五人はその部屋を後にした。
「許せない……自らの私欲の為に……」
自分自身の危険の事など忘れた薫の顔は、怒りの為に赤く染まっていた。
「でも、今のオレ達にはあいつを倒す事など適わない……」
朗はその薫の肩を抱きながらそう言った。
「兄貴!だから、何故そんなに冷静に判断しようとするんだ!そんな事は覚悟の上のことだろう?だけどオレ達はやらなきゃいけないんだよ!」
金太は、そんな朗の肩を引き寄せて強引に振り向かせる。その朗の表情を見た時、金太は一歩後ろに退いた。
「判っているさ。明日から修行を兼ねて、旅をする。急がなければならない事は承知しでいるが、翼龍は使わない!足で、『トリナ』へと向かいますよ!」
朗は、普段見せない怒りを込めた表情でそう言い切った。
「そうなると、薫の身は特に気を付けなければならない……この意味は分かりますね?」
その言葉に、頷く金太。レオナール。バルバス。
「賢者様の言いたい事は分かります」
レオナールは同意する。
「きっと、これからの旅は魔法使い様を狙って来る輩が増える事でしょう」
バルバスも然り。
「もちろん薫も、その事を念頭に置いておいてもらいたい」
朗は、薫を振り向かせてそう言う。
「片桐さん……」
その顔に戸惑いが見られた。
「わかったね?必ず、単独行動は慣む事!」
言い聞かせる朗にその真意を見つける事が出来た薫は、頷いた。
「私は早く攻撃魔法を身に付けます!そして誰の迷惑にもならないように頑張ります!」
ハッキリとした元気な声で薫は言う。
「明日は、ルカさんの御葬式をして、そして旅立ちましょう……」
朗はそう改めて言うと誰もいない宮殿の一室に足を運んだ。そして他のみんなもその部屋へと足を運んだ。
今でもまだ奥の間で鳴咽が聴こえる。
しかし間もなく、泣きつかれたのであろうか、その声も聴こえなくなった。そしてこの日は、誰も寝つけない夜となったのである。




