#11 真実の泉
▼真実の泉
「ピチョーン」
と水が跳ねる音に気付き、システィーナは目を醒ました。いや醒ましたと言うのは実際問違いなのかもしれない。
「今夜何かが起こる」
という気配が蠢いていた。
ティァラとメイジに危険が迫っているという不安。それがシスティーナの心にあったからであった。眠りの浅い眠りの中、システィーナは、ベッドから身を起こして、小屋から外に出た。外は、涼しい風がそよいでいる。その風に誘われるかのように、泉へと足を運んでいた。
泉は静かに絶えず浦月の光を浴びて『キラキラ』と輝いていた。
「取り越し苦労よね……」
そう思い立ち、きびすを返す瞬聞辺りの木々がざわめいた。
「お待ちなさい、システィーナ」
透き通った声が、風に乗って辺りに響く。
「!?誰!?」
システィーナが、その声の主を捜そうと辺り中を見回した。
「ここです。泉の中」
その声の通り泉の方へともう一度足を伸ばした。そこに映っているのは、美しいいでたちの長い髪をした女性であった。
「貴女を呼んだのは他でも有りません」
落ち着いたその声は語る。
「『聖女様』……?」
驚いてその泉に向かって問いかける。
「あなたは、このままで良いのですか?黙ってこの状況をほっておくつもりなのですか?私はあなたに使命を伝えるためにやって来た訳ではありません……貴女の意志を聞きたいが為に現れたのです」
「……」
「事実、今のこの地の主導権は『リザード』に委ねました。しかし、負の力に目覚めてしまったあの子を、このまま私は見てはいられないのです……どうかあの子を負でも正でもない頃に、この地が光り満ちる頃に戻したい。それには貴女の力が必要です……この意味は分かりますね?」
と、一つまばたきをする『聖女』
「……はい」
「覚えている事とは思いますが、今はシスティーナ。あなたがこの世の『聖女』なのです」
その言葉に、右の手の平を『ギュッ』と握りしめる。
「分かってます……『聖女様』しかし私には『リザード』を許す気持ちが無いのです。もちろん判ってはいます。『リザード』の正の力は私達『聖女』の力である事を……そして負の力は、妖魔のもの……あなたが、『魔王』と恋をして、そして産まれたのがこの世に必要な存在『リザード』である事も……これから私がしなくてはいけない事も!」
悲痛に叫ぶ声が『ピシッ』とした空気にまぎれて、そして消えた。
「やはり、貴女は『聖女』の立場としてのみの感覚しか、産まれてないのですね……もちろん、そうしてしまったのは、私なのだということも……」
と、寂し気に語る『聖女』。しかし、
「それでは問います。このまま、負の世界を築く事に賛成なのですか?もしそうならこの地を出る事は適いません……でも、もし、正の世界を望むのであれば、私に着いて来なさい……今すぐ『リザード』のもとに連れて行きます。十分な選択をする時問はあげられませんよ。時は一刻を争う所まで来ているのですから……」
『聖女』は泉に、勇者の一行と、『リザード』の戦いを映し出した。
「これは……」
「もう、戦いは始まっているのです……これは負の力が、正の力を十分に上回った結果です。どうしますか?此処で一生を過ごしますか?それとも……」
一瞬画像が揺れた。それはもう時間が無い証拠でもあった。
「……判かりました。覚悟は出来ました。行きます。私を、『リザード』の元にお願いします」
そうシスティーナが答えると、
「今、この泉をあの地につなげます。システィーナ、泉にお入りなさい。そして、月を掴むのです」
次の瞬間『聖女』は月を泉に映す。システィーナは、その泉に静かに身を投じた。そして大きな月を掴もうと手を伸ばしたのであった。
黒装束が、この暗闇の中舞う。
それは、あらゆる光を浴びながら、ゆっくりと、シャープな弧を描きながら。その周りには、光の勇者が立ちはだかっていた。
「どうした?お主達の力はこの程度しかないのか!?」
はやし立てる『リザード』。
「くっ」
これ以上どうする事も出来ず、金太が歯がみをする。この人数で、あれだけの攻撃で『リザード』にまだ一太刀さえもダメージが与えられない。
「何なら我から出向こうか!?」
と、腰にさしている剣の柄を握りしめ、そして、躊躇なく引き抜いた。辺りに妖気が走る。それに気付く朗。
「金太!引け!」
と大声で叫んだ。妖気を放つその剣は、黒々とした妖しい光を伴って、金太の顕上に輝いていた。
「ちっ!」
その事に気付いた金太は、間一髪でその剣を『サラディン』で、防いだ。
でもその力は金太を押しつぶすかの勢いで覆いかぶさって来るのである。
「ほう。よく防いだな?でも次の攻撃はどうかな?」
その剣を手前に引くように滑らせ、横から金太目掛けて斬り付けようとした。
その時『フッ』と辺りに光が走った。
そのことに気付いた『リザード』はその光の元凶に目を馳せた。眩しい光。それは、この部屋の暗闇をも消し去ろうとするくらいに、輝いていた。
「『リザード』よ、お前の力はこの私が、打ち消してあげるわ!」
光に包まれた、その光の中から一人の女性が現れたのである。
「システィーナ!」
「システィーナ……さん?」
その女性が誰であるのかが分かり、皆の動きが止まってしまった。
「ティアラ……遅くなってごめんなさい」
システィーナは、ティアラを優しい瞳で眺めてそう言った。
「システィーナ姉さん……」
ティアラの声を聞き、安心したシスティーナは『リザード』に向かって、
「待ってて、今、『リザード』の力を弱めるから」
と言うと、右の手の平を前に差し出す。
「我命じる。この場を取り巻いている負なる力よ。我が力の元に跪け!我光の申し子なり、闇は光があってこその世界なり!」
唱えると、手の平に刻まれた紋章が光りはじめる。紋章の通りに浮かび上がったその光の線は光の束となり『リザード』目掛けてまるで翼があるかのように飛び立つ。
「何!?まさか、お前が……!?」
その光を浴びながら、『リザード』は、身を退けようともがいた。が、引き寄せられるかのように、光の渦に身を投じたのである。
その光に包まれる『リザード』は、うめき声を上げながら、その場にうつ伏した。
「どういうことだ……お前が『聖女』だなんて……計算に入って…いなかった……」
『シュン』という、音を伴いながら、蒸気する『リザード』その『リザード』に駆け寄るかのようにシスティーナは、身を解き放った。
「私の魂を譲るわ!受け入れなさい!」
虹色に輝く光が閃光となり煌く。その瞬間、システィーナの身体が宙を舞った。そして美しく散ったその身体は、静かに床に倒れ込む。
唖然と見守っていた一同であったが、倒れ込んだシスティーナに気付き、その身体に駆け寄った。
「システィーナ!」
バルバスを先頭に、駆け寄った一同は、その身体を抱き起こす姿を見守る。
「システィーナ姉さんが『聖女様』だったなんて……」
今でも信じられないティアラは膝から崩れ落ちた。しかし、駆け寄ったシスティーナの鼓動は既に止まっていたのであった。
そんな中、その様子を静かに見守る者が今、この場所にいた。朗である。
朗は次第に小さくなっていく『リザード』の身体を見守っていた。そして、
「何してるんだ、金太!今だ!『リザード』を切れ!」
その言葉に『ハッ』とした金太は、目の前に倒れ込んでいる『リザード』目掛けて『サラディン』を振り上げた。
『ザンッ!』という音と共に、手ごたえが感じられた。しかし上がるはずである血飛沫が上がらない。変わりに、黒い煙が立ち上った。
「……これは?」
金太は『サラディン』を構えたまま立ちつくす。
『貴方が切ったのは、負の我です』
そう言いながら膝をつき立ち上がる『リザード』。
「ありがとうございました。我は負の力に負けて、正の力の中に沈んでいた状態だったのです……それが今やっとゼロの状態に戻りました」
立ち上がった『リザード』は、見た目三歳くらいの子供のような姿をしていた。大きな青い瞳が金太を静かに見上げていた。
それを、見下ろす金太。
「ゼロ?」
問い返す。
「そう、正でも負でも無い、始めとなる力。無の存在」
そう言うと悲しそうな瞳で金太を見詰める。次第に辺りは澄んだ光に覆われた。そして『リザード』は、何かを吹っ切るかのように金太を背にして階段を上り椅子の前に来ると、手を置く肘掛にあるスイッチらしきものを押した。
『ブーン』と言う音がして、辺りの壁が透明になった。
すると、その透明な壁の中に数百個の心の臓がホルマリン漬け状態になって登場したのである。
「!?」
一瞬の吐き気が金太達におこった。
「これが、負の我を作った元凶だ。そして我は、こうして生き続けて来た」
壁際に近づき『リザード』は、また一つのスイッチを押した。
『ドバーッ』と第一の透明な壁が解き放たれ、勢い良く流れ込んで来る水。それは第二の透明な壁の前で止まった。
次第に水嵩が減って行き、そして、その壁の向こうは空洞と化した。
「何をやったんだ!」
金太が拳を振り上げて問いかける。
「全てを無に……そうしなければこの磁場が歪んでしまう……我がまた負の我になってしまう……」
金太達一行を背にしたまま答える。
「何を言ってる!?自身がした事にはちゃんと責任を持てよ!?」
金太は突然の事に自分でもわからずそうロ走る。
「そうしたいのは山々だ……しかし我にできる事はこれ以上はない……全てを無にする事……それしか我は学んでいない」
「つまりは何か?ゼロの状態は、全てを無にするカを発動する要因であるとでも言うのか?」
システィーナの側にいる朗が問いかける。
「そう。無に還す力……それしか学んでいない……何かを造り出す事など我は学んでいない……」
その場に崩れ落ちる『リザード』。
「ならば自らに問いかけろ!今は『聖女』であったシスティーナが、お前にはついている……つまり彼女から学ぶ事ができるはずだ!正の力が、彼女の魂に同化しているのなら、何かを託してくれるはずだ!」
朗は冷静に事態を把握していた。近くに有るシスティーナの遺体。それが何かを伝えたがっているようで……
「正の力……我はこの力に包まれていたかった……母上の力に憧れていた……しかし我は、憎んでさえいた……何故我をこの世に産んだのか!」
『リザード』の言葉には悲哀が篭っていたのを誰の耳にも判ったのである。




