小さな英雄達の話
明け方。生まれてくる朝。俺達にとっては死ぬかも知れない、朝だった。
街を、歩く。昨日までとは、違う街。
フードを深く被り顔を隠す。いつの間にか、習慣になっていた。通りを歩きながら、人々の会話からこの国の状況を見て取る。
「聞いた?もうすぐカコウ国が攻めてくるって噂。」
「ああ、聞いたよ。ここ最近、北も南も力をつけてきたからな。俺達、どうなっちまうんだ?」
「まあ、お偉いさん方がどうにかしてくれるさ。今までもそうだったんだ。」
「そうよね、私達が心配したってどうこうなるもんじゃないわ。」
「きっと大丈夫さ。」
「まあ最近、税金も増えたし物価も上がりっぱなしってのは、困るけどな。」
思っていたより、この国は深刻な状況に陥っているようだ。
この盆地で、四方を強国に囲まれている俺達の国は古くから、東西南北4つの国に何度となく侵略を受け、滅亡の危機にさらされてきた。
それでも属国にされたり奴隷扱いにされてしまったことはあったが、なんとか生き延びてきた。
それなら、まだいいと、言えるのだ。
俺達が本当の自分の血を捧げた十字架のペンダントを首から下げ、共通の大剣を持ち、それぞれのモチーフの指輪をはめ、純白のマントを羽織っていた時と、状況が今、酷似している。
4つの国が全て繋がってなかなか屈しない、何度も何度も蘇ってくるこの国を滅ぼそうとしていた時と。
普通、どこか1国と戦争になる場合、慣例的に大々的に軍事パレードを行い、民の士気をあげる。
民に“強い国だ”と一生懸命アピールしながら。
だがここ何十年かの平和に完全に民はボケている。
先の大戦を知る者はほとんど死に、今はその息子たちの治世。
しかも、民は知らないようだが国王は死の床にいるらしい。
ボケた息子どもとボケた民たちの国は、あまりにもろい。
おそらく本当はもう侵略は始まっており、息子どもはどうすることもできずに今頃は自分たちでも助かるために逃げる手段をしているというところか。
税金が高いのも、物価が高いのも、侵略してくる国々に言われて、差し出したのだろう。
「この金で、手を引いてやる。」と。
そんな甘い話があるのなら、この世に戦というものはきっとないだろう。
だから今度は自分達の金が足りなくなって、民から巻き上げる。
このままいけば、いつか破綻するということを、彼らは知らない。
金は、吸い取れば吸い取るほど出てくるものではない。それすら、彼らは知らないだろう。
民の不満は高まり、街は荒れる。貧しさに死にもので溢れる。
それは昔も見たことのある光景。
そうやって信頼関係が切れた国は、もうただの入れ物でしかない。
そしてそれを、国とは呼ばない。
内から崩壊したこの箱は、少しの時も必要とせず消滅するだろう。
数十年前、そんな時に、そんな腐った箱をそれでも愛した俺らが立ち上がった。
まだ10といくつかの年で、俺らのこれからの時間と引換えて大きな力と剣を授かった。
楽しかった
嬉しかった
誇らしかった
大切なもののために戦うことが、こんなにも血を沸かせることを、この時初めて知った。
とても懐かしい気持ちがひさしぶりに心のドアを叩いた。
街を通り抜け、野宿に備えられる場所を探す。
幸い近くに大きな森があったので、しばらくはここに暮らす。
少し開けた川沿いに人の気配がする。
そっと近づくと、見た目には俺と同じくらいの少女が舞っていた。
思わず言葉を失う妖艶さを持ちながら、はっとするほどの強さが見える。
長い髪を無造作に結い上げ、布地面積の少ない服を着ている。
そして振り向いた彼女をみて、俺は言葉を失った。