プロローグ
いつものように叔母夫婦のパン屋でバイトをして、いつものように粉だらけの顔を冷たくなった手で拭いながら帰宅する。
小さな鞄とパンの入ったビニール袋を片手に、街頭がオレンジ色に照らしてくれる秋の夜道をのんびり歩き、家々が立ち並ぶ見慣れた風景を流し見ながら、静かに羽を鳴らす虫の音をバックミュージックに鼻歌を奏でてみる。
フンフンと鼻を鳴らすだけのご機嫌メロディーが、夜空に紛れて吹き抜ける風に飛ばされるのを心地よく感じ、もう片方の手を胸元に寄せた。
丸い小さな粒を指先で撫で、その感触を楽しみながら明日の予定はどうしようかとぼんやり考える。
お酒買って帰ればよかった、なんて呟きながら家路を歩む。
いや、堂々と買って飲んだ事無いとは言えないが、その歳になるのは明日から。なので小さな声でちょっと強気に呟き鼻歌を再開した。
真っ直ぐの道を進みあと少しで曲がり角、とこれまたいつもの場所で自称親友の為に一時立ち止まった。
「こんばんは。今日の朝ぶりだね」
近所のわんこに話しかけるのを毎日の日課としている私は、立ち止まりついでにささやかなおしゃべりを始める。
キュンキュンと私の持つパンの入った袋に興味を持つのは、甘いパンの匂いのおかげか。わんこは私にパンを頂戴と可愛いおねだりをする。ああ、可愛い。
「だめだめ、これは私の大事な命綱だからね。あはは、パンじゃなくて私に甘えてよー。このわんこめっ」
柵越しに柔らかな毛並みを撫でながら、思わずポロリと寂しい本音を零す。
しかし、今日の私はご機嫌なのだ。明日の誕生日の相談をわんこにしつつ、思考はまた明日へと飛んで行く。
そう。明日は私の誕生日を、一人きりでのんびりと過ごすはずだった。
はずだったのに。
私の平和な日常を見事に木端微塵に壊してくれたのは、いったい何処のどいつだ。
はたまた神様は、私を何の試練に施そうとしているのかは---解らないが。