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第2話:ウォスリー漂流記~後編~

 ふかふかのベッドで横になっている。炎に照らさているコンクリートの天井がぼんやりと目に写る。次第に意識が戻ってくる。体を起こすと、炎を焚き起こしているベンとリンの姿を目で確認した。どうやら自分はまだ生きているようだ。あれほど出血したにも拘らず、生きていたというのだろうか? 横腹が痛む。



「起きたのか? おい、まだ起きるなよ! さっき荒療治したばかりだぞ!」

「え、何かあったのか?」

「ウォスリー、臨時で対処をしたの。無理して動くとまた傷口が開くよ」

「そんな……じゃあこのままでいれと言うのか?」

「リン、何を言ってもわからないだろうから、とりあえず処置してくれ」

「わかった」

「お、おい! 何をするつもりだ!?」

「動くな。そう言ったはず」



 目が覚めた時から痛む左横腹にリンが手をあてる。するとその箇所から、とても鮮やかで眩しい光が放出されはじめた。ジジジと電子音みたいな音がやや耳障りだが痛みはなく、むしろ痛みがどんどん和らいでいくようであった。



 これが今ベンの言った荒療治という奴なのだろうか? 荒療治だという割には、何のデメリットも伴わない治療になるだろう。いや、何かの代償を払うような仕組みにでもなっているのか? 疑えば疑うほど疑問は尽きない。




 だんだんと意識がハッキリしてくるなかで、ウォスリーは死の恐怖を実感したあの瞬間を思い出した。そうである。あれからウォスリーは助かったのである。今となっては傷ひとつどころか、血痕ひとつも残ってない。全てを思い出した時に、この事実が最大の疑問となった。だがこの光り輝くリンの魔術に、解決の糸口があるような気がしてきた。いや、それしかないだろう。



「そうやって救ってくれたのか?」

「?」

「その光っているの。それも能力か? それでオレの怪我を治してくれたのか?」

「だったら?」

「いや、ありがとう。それが言いたいだけだ。ベン、生意気言ってごめん」

「どうも。治ったら色々話してやるよ。今はしっかり治せよ」




 ベンの「治せよ」から10分ぐらい経過して、身も心も軽くなった状態になる。ウォスリーは背中をぐっと伸ばした。これを快適というのだろう。


 「ありがとう」


 そう言うと、机の上に置かれている肉料理をベンが指さした。皿の上に乗っている焼かれた肉は、どうやら先程倒した狼のものらしい。美味だと言えるものではなかったが、長らく空腹だった為か美味しく感じる。



 リンはウォスリーの治療後「出てくる」と言って、さっさと外へ出て行った。ベンは「オレも休ませてくれ」と言うので、ウォスリーと替わってベッドで横になった。まだ1日も経ってないがどこかこの世界の生活感覚が身に馴染んでくるようだ。そう言うとなんだか可笑しい気持ちにもなるが。



 ベンはベッドで休もうとする前に、小型の無線機とボールペンと、小さなノートをウォスリーに手渡した。リンやアイザックから、無線が来たら応じて欲しいと言う。「ここのことはよくわからないが?」と言うと「無線で言ったことをそこのノートに書けばいい」と返してきた。大して難しいやりとりはしないのだろう。




 ベンが休んでいる間、ウォスリーは退屈な時間を過ごした。本棚に置いてある本を読もうとしたが、どうやら専門用語ばかりの難しい本ばかりなのでパスした。いびきをかいて睡眠をとるベンを見るとやや苛立つが、自分もそうだったのだろう。




 何もすることがなかったので、本拠地近くの入浴場などの部屋を見てまわった。入浴場にはドラム缶と、その下に薪が置いてあるのみだった。「まさか?」と思わず言葉にしてしまったが、おそらくそうなのだろう。ここでの生活で、贅沢な待遇は期待できそうにない。便利な能力を持っていても、画期的な生活の改革などはできないらしい。他にも木材の保管場所や様々な機械が置かれている倉庫などがあったが、これといって良い意味で驚くような場所は見当たらなかった。最高に心地よいところは、本拠地に設置してあるベッドしかないだろう。ため息が出るなかで、ウォスリーは本拠地から離れたひとつのドアに対面した。開けようとしてみたが開かない。鍵がかかっているようだ。何かの研究室だろうか?



 そのとき腰元にぶら下げた無線機から、ジーッジーッと無線が入った。



『メーデーメーデー聴こえる!? こちらリン。至急応答を!』

「はい。ウォスリーです」

『ウォスリー? なんで貴方が? ベンは今何をしているの?』

「今休んでいるよ。その間はオレに無線機を持っていて欲しいって……」

『そう……ではベンに伝言をお願い』

「わ、わかった」

『アイザックが死んだ。至急A―99まで来て!』




 リンの伝言後にプツッと無線が切れた。突然の出来事であった。リンの声質も落ち着きがないようだった。ここに来て間もないウォスリーも、何とも言えない不安と恐怖に駆られた。これから一体どうなるというのか……?



 急いで本拠地に向かいベンを起こした。リンの伝言を話すとベンは血相を変え、すぐに無線機を強引にとりリンと交信した。どうやら何かに襲われて胸に大きな傷を被っていたとのことだが……かなりベンも興奮して動揺していたせいか、あまり会話の流れを掴むことができなかった。ベンより「ここで待っていろ! 絶対に外には出るなよ!」と言われたので、ただひたすら本拠地内にて待つことにした。それからしばらく、何とも表現のできない恐怖心に怯えた。ベンは帰ってくるのだろうか?



 焚き火のバチバチという音が静かな空間に響き渡る。



 3時間ぐらいは経ったのだろうか。ベンとリンが帰ってきた頃には、再びベッドに横になっていた。言いつけ通り本拠地からは一歩も出ていない。しかし、ここで寝てばかりと言うのも情けない話だ。何か自分にできることがあればいいが。



 リンとベンはひどく疲れているようだ。ベンから「リンを休ませよう」と提案があったので、リンを休ませることにした。だいぶ時間が経っていたからなのか、焚き火の炎がとても小さくなっていた。ベンが、焚き火のスペースに薪を放り込み点火した。炎が小さくなることで不安になっていたウォスリーにとって、非常にありがたい恩恵であった。そのことを知っていったのか、ベンも「すまんな」と作業が終わった後に声をかけてくれた。しかし、それ以降は口を閉ざしたままだ。無理もない。まだ小さい男の子と女の子である。頼っていた存在が亡くなったのはショックが大きい筈だ。でも、だからこそウォスリーは黙っていられなかった。



「アイザックが死んだって?」

「ああ」

「どうして死んだんだ?」

「お前に知る必要があるか?」

「あるよ。オレだって仲間の一人の筈だ」

「何も出来ないくせに偉そうなこと言うんじゃねぇよ!」



 ベンの怒鳴り声が基地中に響きわたった。ベッドで寝ていたリンも起き上がる。その後はただ静かな時間が流れた。次第にウォスリーの涙が流れた。一粒と二粒。そして、降り出す雨のようにそれは止まらない。わかってはいた。仲間だと認めてもらえる程の存在になってはいない事など。それでも、落ち込んでいるベンとリンに少しでも何かをしたくて話をかけたつもりが……余計であった。リンが無表情でこちらを見ている。ベンは俯いたままで何も喋ろうともしない。ウォスリーは自分の不甲斐なさを嘆くばかりだ。なんて女々しい。情けない。それから刻々と時間が過ぎていった時、ベンの一言で時が止まった。




「最後の狼をやったのはお前だよ」

「え?」

「覚えてないのか? 無理ない。噛みつかれた後だったからな」

「どういうことだよ?」

「お前の『能力』で狼を吹っ飛ばしたんだ。覚えてないか?」

「オレに能力があるのか?」

「ああ。間違いない。さっきは何もできないなんて言って…………すまん」

「ハハ、なんだよそれ? 全然実感湧かないよ」

「ウォスリー、今から目に力をいれてオレを睨め。いいか? しっかり睨めよ?」

「え……おい! どうするつもりだ!?」



 次の瞬間にベンがウォスリーに殴りかかろうとした……と思いきや思い切り壁に叩きつけられた。瞬間的な出来事だった。今ここで何かが起きたのは間違いないが、それが何なのか全くわからない。不思議な感じだ。



「痛ェ……ほら、これがお前の能力さ。まだ赤いな? ほら、鏡を見てみなよ」

「え? ああ。わかった」



 ウォスリーはすぐに、壁に掛けてある曇った鏡を覗いた。そこには目が赤く光る自分の顔が映し出されていた。あまりにも突然のことだったので、すぐに理解はできなかったが、要するにこの赤い目で睨むと攻撃ができるというものらしい。



「これは凄いな……」

「ああ、お前だけの能力だ。多分な。それを使いこなせば一人前だ」

「そんなことできるのかよ?」

「できなくちゃ困る。これからはアイザックがいないからな」

「…………」

「心配するな。これから訓練して強くなっていこう。頑張ろうな。ウォスリー!」



 ベンが万遍の笑みを浮かべた。それにつられて、ウォスリーも笑顔になっていた。リンもハッキリとではないが、どこか微かに微笑んでいるように見えた。この時この瞬間にウォスリーは「仲間になれた!」と思えた。それは確信と言ってもいいものだった。絶望的な状況から希望を編み出したとき、人間は想像以上に分かち合える生き物なのかもしれない。少なくともウォスリーはベンの言葉に優しさを感じ、素直に喜びと嬉しさを覚えたことは言うまでもなかった。




 次の日から本格的にウォスリーたちの活動が始まった。ウォスリーにとっては訓練の日々だと言おうか。狼や熊の狩りを行いながら、交代制での入浴に睡眠。どれにしてもウォスリーにとっては新感覚での体験ばかりで、慣れるまで多少の日にちはかかったが、段々と体が何もかもを覚えてくるようだった。




 最初は狩りをするにも、ベンとリンのフォローで何とか参戦できていた。しかし時間が経つにつれ、自分が最前線に立って戦い、10匹以上の狼も2m以上の熊も難なく撃退できるまでになった。やがて、ウォスリー一人が狩りに出撃する日も増えるようになった。自信を持って言えることではないかもしれないが、ウォスリーの能力は最強の力となっていた。



 ウォスリーの能力そのものは当初、睨みつけた対象物などを離れた場所などへ吹き飛ばすというものだった。しかしその精度を上げてくにつれて、その本質が判明してきた。目のある対象物と能力発動時に視線を合わせることで、自由自在に対象物を操れるというものだったのである。日々の狩りの訓練の中でそれは証明され、ベンやリンを実験台にしても同様の効果を発揮したところから確定した。



 もちろん目の能力だけが向上したわけではない。火を発火する能力も傷を治癒する能力も、日々の鍛錬のなかで習得をし、ベンたち以上にそのパワーを発揮するようにもなった。このように戦闘能力に関して、ウォスリーはわずか1ヶ月という期間で皆を抜きん出るまでに至った。この成長ぶりにリンは無感情のままであったが、ベンは日々感心を示していた。




 ある日、基地本拠地内にてリンがベッドで休んでいる時のこと、ウォスリーとすっかり慣れ慕うようになったベンが狼の肉を頬張りながら切り出してきた。



「なぁ、ウォスリー、今ここで聞いておきたいことはないか?」

「え? なにを今更。オレに教えてない事があるって言うのか?」

「ああ。ある。むしろ今のお前なら話さなきゃならないだろうな」

「なんだ?」

「アイザックのことさ」



 その名前を聴いた時に、焼肉を掴もうとしていた手が止まった。思い返せば、あの日からあまり話題に出てこなかった名前だ。ベンとリンにとっては親同然の存在だと思っていた為、ウォスリーからその名前を口にすることはずっと控えていた。それがベンによって為された。これまで気にはなっていても、敢えて尋ねなかったことである。それ程ベンと信頼関係を深めたと言えるのかもしれないが、心して聴く必要があるように思えて仕方がなかった。……とは言え、ここで長らく生活してきたウォスリーだからこそ予測できることもあった。ウォスリーたちの住む世界は雪の降る氷の島であり、そこに内在する巨大な地下コンクリート建造物がウォスリーたちの住処だ。そしてそこからの外地をABCの3つのエリアに分けて、基地付近の1から岸辺付近の100の単位で認識している。簡単に予想できることだが、100に近ければ近いほど猛獣たちが多く生息し、その猛獣の大きさと凶暴性も1付近と比べ物にならないものになる。つまり、A―99付近の猛獣に殺られたと考えるのが妥当だが……余計な予測抜きでベンの話を聴こうと腹を決めた。




「ずっと気になってはいたよ。教えてくれるのか」

「ああ。今のオレたちはお前抜きじゃやっていけないからな」

「そんなことないだろ? 全員が必要な存在さ。お前もリンも」

「お人好しめ。教えてやるよ。アイザックをやったのは“リヴァイアサン”だ」

「リヴァイアサン?」

「この島に稀にやってくる旅人。その旅人のほとんどがオレたちの仲間になって、ここで狼や熊を狩って生活するようになる。まぁ昔は旅人のまま狼や熊の餌食になる馬鹿もいたが、それはどうでもいい。問題はだ。オレたち狩人の死因にある。そう。その死因のほとんどがヤツによるものだ」

「リヴァイアサンってヤツによるものか?」

「ああ。間違いない。今オレたちA~Cのどのエリアでも30以上先には行ってないし、風雪がちょっとでもあれば外出を控えている。そうだよな?」

「ああ。そうだ。それがリヴァイアサンと関係しているのか?」

「ああ。奴が近づけば近づくほど、雪と風が強くなるそうだ。オレは残念ながら一度も出くわしたことがないけど、オレの知る限りだけでも5人は殺られている。胸に大きな傷がついて体中に渡って切り込まれているのが、ヤツに殺られた姿さ。アイザックの話によると、巨大なトカゲやら蛇やらのような生きものらしいが、いかんせん巨大な化け物らしい。そこらの狼とか熊とかとはワケが違う。誰一人倒したことのない最強のモンスターさ」

「アイザックは遭遇して挑んだのかな……」

「どうだろうな? 10年も生き延びた野郎だぞ。何回も出くわすたび逃げるのを繰り返していたと聞いた。お前は知らないだろうけど、アイツの能力はどこからでも巨大な炎を放てるというものだったんだ。それもオレたちの火とは桁が違うほどのものを。まぁ、お前は1日しか会ってないから知らないのだろうけど、オレもリンも憧れる強さだった。そのアイザックが弱腰になってしまうほど。そんな化け物だぜ。お前、出くわしたら逃げるに決まっているだろ?」

「余程強いなら逃げるだろう。でもベン、それをオレに話してどうしたい?」

「いや、どうしたいって、知って欲しいと思ったから話しただけだ……」

「なぁ、ひとつ聴いていいか? アイザックはここで何を研究していたんだ?」

「!?」



 ベンが目を見開いて言葉を止めた。どうやらウォスリーは核心に触れたようだ。アイザックの話を始めた時から妙な感じがしていた。そう。リヴァイアサンのこと以上に伝えたいことがあると直感で推測したのだ。この反応を見る限りで、それが図星だとウォスリーは確信した。



「教えたくないのなら教えたくなったときでいい。でも気になるな。正直」

「お前は恐い奴だな。アイザックを思い出す」



 ベンが焼けきった肉をとり、口に運び頬張った。ひと休憩入れてから話したいと言うのでそれに合わせた。ここに来た時から、ずっと思っていたことではあった。ベンは“鍵”を持っている。今日は色々なことを話してくれそうな感じがした。



「お前は旅人だったころの自分を覚えているか? 船に乗ってこの島に来た頃を。あ、いや、その話はいいのだが、どうやらオレたちは船に乗る以前からどこかで生きてきた。ぼんやりとだが、その記憶があるはずなんだ。なんとなくの感覚でさ」

「ああ。今まで黙っていたが。船に乗っていた記憶はある」

「そっか。じゃあ話が早い。どうやらオレたちは、ここに来るまでに記憶をリセットされているということだ。アイザックの研究は二つあって、ひとつはこの島の分析。もうひとつはこの島から……この世界から抜け出す方法を見つけることだ」

「!?」



 思わずウォスリーは息を飲んだ。これまで考えないことなどなかった。しかしアイザックの研究がまさかそこに繋がっていると思ってなどもいなかった。ここで一生を過ごす覚悟を決めようとしていただけに、ベンの話は実に衝撃的な事実の連続であった。



「お前はどれだけその研究のことを知っているんだ?」

「さぁ……アイザックがどれだけオレに教えてくれているのかによるだろうが、オレが大まかに知っているのはたった二つだ。この世界はオレたちが昔いた世界とは、まるっきり別世界だということ。そしてこの世界には“創造主”が存在するということ。まぁ、ここからは推測の話だが。この基地で見つけた本とかにやたら“GOD”という文字がある。これが即ち創造主を意味しているとヤツは、アイザックは予想していた。オレはここに来た時13歳だったから、右も左もわからずアイザックの話に納得するだけだったが」

「創造主か……というかお前、年齢がわかるのか!?」

「ああ。オレが来たのは約5年前。1800日が過ぎた。その時に13歳だった」

「そういえばオレは……18歳。いや! オレもここに来た時から知っていた!!」

「それも研究の成果とからしい。旅人はそれから年月が過ぎても形が変わらない」

「そうなのか……? リンも年齢があるのか?」

「アイツは10歳で2年経って……12歳かな。元々年齢不詳みたいなものだが」

「確かに。いや待て。年齢はともかく、『ここから抜け出す方法』って何だ?」

「そこだよな。アイザックは『ある』と言っていた。創造主とコンタクトをとる。おそらく生前のヤツの話を思い出すとそうなのだが……創造主なんて見たことのない奴がいるとお前想定できるかよ? ここで普通に生活しているだけでもさ、リヴァイアサンの犠牲になるっていうのに……」

「この基地にアイザックの研究室があるな?」



 ウォスリーの問いかけに、ベンが目を見開いて黙った。いよいよ真相に近づいたようである。ベンは今まで、ウォスリーやリンに何かを隠して背負っていた。そのことは、アイザックが死んだあの日から薄々感じていたことだったが……。



「基地内にたった一箇所だけ鍵がかかっている場所があるな?」

「ああ。ちゃっかり知っているのだな」

「ここに来たばかりの時に色々見てまわったのさ」

「その時に知ったのか? ああ。そうだ。そこがヤツの研究室だよ」

「お前が鍵を持っているのだな?」

「そうだ。入ってみたいのかよ?」

「もちろん。でも、お前が嫌なら無理強いはしないさ。お前が開けるまで待つさ」

「ケッ! お前が同い年だなんて皮肉な偶然だよな」



 ベンが最後の肉のひと切れを頬張り、静かに立ち上がった。



「ついてこいよ。一緒に真実を確かめに行こうぜ!」



 ベンが微笑む。きっと今日まで、真実と向き合うことができなかったのだろう。「お前が同い年でオレは嬉しかったぞ」と言い、ウォスリーはベンの後に続いた。



 ジャラジャラとたくさんの鍵がついたキーホルダーの中から、ベンが小さな鍵を取り出して鍵穴に差し込みドアを開けた。これまで入ったことのない部屋だ。妙に高まる緊張の鼓動が止まらないようだ。そしてベンがドアを開けたその瞬間、ウォスリーは何とも表現し難い強い衝撃に駆られた。





「川西!?」





 咄嗟に出た言葉であった。部屋には、十数体の氷の水晶に閉じ込められた人間の姿があった。怪我などはしていなく綺麗な姿のまま保存されているが、どれも皆ウォスリーたちと同じユニホームを着ていた。十数体のレプリカには老若男女様々な人間が入っているが、その奥の方に置いてある十代の女隊員のものが先に目に入ってしまい、そこから生じる驚愕の感情にただ言葉を失っていた。同時に、魚住純一としての記憶も一瞬にして戻ってしまった。高校に電車で通い、情報室でパソコン部メンバーと駄弁る自分。高層マンションの18階に住む自分。ありとあらゆる記憶が、走馬灯のように頭の中で駆け巡る。しかし、この状況だからこそ理解ができなかった。何故川西がこんな所でこんな姿でいるのだろうか?



「おい、ウォスリー、お前はコイツを知っているのか?」

「ああ。なんて言えばいいのか……死んでいるのか?」

「ああ。ここにいるのは全員リヴァイアサンに殺られた奴らだ」

「死んでいるのか? どこにも怪我なんてしてないぞ」

「傷は治癒能力で治している。この水晶化も。ここでは墓を作れないからな」

「ベン、お前は知っているのか? かわに……いやコイツを」

「知らないな。おそらくオレが来る前の狩人だろう。お前はなんで知っている?」



 何の言葉も出なかった。全てを思い出したからこそ、この状況を冷静になって受け止めることなど到底できなかった。目の前で起きている事実に愕然として、フラつくように魚住はしゃがみこんだ。



「おい! どうした! 何があった?」

「すまん。ベン。ちょっとでいいからオレをそっとしてくれ……」

「わかった。オレは戻る……落ち着いたらお前も戻れよ。それから話を聴こう」



 ベンが立ち去り、魚住はただ一人アイザックの研究室に残って自問自答を繰り返した。何故自分がこのような世界にいるのか? 元来の現実の世界はどうなったのか? 謎が謎を呼ぶ。ついには終わりのない迷宮に入ってしまいそうだ。



 立ち上がって、川西の遺体が入った水晶に触れる。



 どうしてこんなことに。川西もここで闘っていたのだろうか……




 時間がしばらく経って、本拠地に魚住が現れた。右手には書類を持っている。アイザックの研究書だ。表情は沈んでなどいない。むしろ血気だっているようだ。



「おい。もう大丈夫なのかよ?」

「ああ。大丈夫だ。それよりベン、大事な話がある」

「なんだ? リンを起こしたほうがいいのか?」

「いや、リンには後で話す。文句を言うとしたらお前ぐらいだろうからな」

「なんだよ? 聞いてもないのにわからないだろ?」

「リヴァイアサンを倒しに行きたい」



 ベンが驚いた顔をする。無理もないだろう。今までその恐怖から目をそらしてきたからこそ、研究室に入らなかったのだ。しかしここまで話をしたからには、話を止めることができない。魚住はベンと目を合わして話を続けた。



「この島から……いやこの世界から抜け出す方法は創造主と会うことだ。その為には、リヴァイアサンを倒すことしか方法はない。信じたくないだろうがそれが事実だ。だから、今までの狩人たちはリヴァイアサンに挑んできた。そして死んだ」

「それはあくまで推測だろ!」

「嘘だと思うならこれを見ろ」



 魚住がベンに、アイザックの研究書を投げ渡す。ベンがその研究書を受け取るが、研究書を開くことができない。それどころか、手が微かに震えていた。ここが寒いからなどではない。魚住はその理由をわかっていた。わかっている。だからこそベンにはちゃんと話す必要があった。



「今言ったことは、そこに全部書かれている。それにオレは全部知っている」

「全部知っている?」

「ああ。なんせこの世界は……」

「?」

「いや何でもない。どのみちオレはリンに話したあと行くぞ」

「お、おい! そんな死に急ぐことはないだろ! アイザックの二の舞じゃないか!」

「お前今なんて言った?」

「!」



 全てが明らかになった瞬間だった。



 ベンが黙って下を向いて肩を落とした。



 顔をあげると目が赤く光る魚住がいた。



「私も行く。怖いならばここで留守番しているといい」




 気がつくと、魚住とベンの後ろにリンが立っていた。左手に大きな銃器を持っている。よく見ると研究室に置いてあった物である。連続して起きる衝撃にベンは思わず「うおおおお!」と驚いて尻もちをついた。



「戦闘意識が薄いな。敵は背後からでも攻撃を仕掛けてくる。用心をしなさい」

「ハハッ。確かに。覚えてないけど、またお前の蹴りを喰らうのはゴメンだな」

「おい! こんな時に冗談交わしている場合かよ!」

「冗談じゃねぇよ。仇を打ちに行くのさ。アイザックの!」

「!?」



 魚住の赤く光る目と真剣な表情。そして心の奥底に響いた言葉がベンの何かを変えた。間違いはないだろう。魚住は戦闘に入る時に瞳の能力を発動するのだが、いま目を赤くしているのはベンに対してではなく、これから戦う宿敵に対してのものだ。それがわかった途端に、ベンの両目からあふれ出る涙があった。



「く……ぐそ! 泣いてなんかいねぇ! 泣いてなんか!」

「おいおい。オレに能力を教えてくれたのは誰だ?」

「え?」

「覚えてないか。随分前の話さ。あの時オレも泣いたよ」

「お前が泣いた?」

「ああ。あの時のオレは弱かった。ここまで強くしてくれたのはお前のおかげだ」

「そんな……う……」

「泣きたい時は泣けよ。その方がかっこいい。お前が同い年で本当良かった」



 ベンの嗚咽が漏れた。同じ18歳とは言っても、もしかしたら精神的なものはその容姿同様に未だ13歳なのかもしれない。そうならば、アイザックの死だけは色濃く残ってしまうものなのだろう。長らく生涯を共にしたのなら尚更……



 魚住はリンに話しかけて、一旦ふたりで下水道廊下に出ることにした。



「ふぅ。しばらく待つな。男は一度泣くと止まらない生き物だぞ」

「そう。それがどうか知らないけど、答えてくれる? 貴方はウォスリー?」

「ああ。でもここに来る前の記憶が戻ったからな……別人に見えるか?」

「ええ。少し。研究所から出てきてからが変だ」

「お前に言われたくないけどな。お前もアイザックの仇討ちで参加か?」

「違う。仇討ちのようなものだけど……」

「川西のか?」

「カワニシ?」

「いやいや。ここではカーラ・アバルキンだったな」

「!?」



 リンが驚いた顔をした。どうやら魚住の憶測が当たったようだった。



「なんで貴方が彼女の名前を?」

「ベンが持っているアイザックの研究書に書いてあったからさ」

「それで?」

「オレも知りたい。ベンが入隊する前に死んでいるのに何故お前が知っている?」

「!」

「悪いな。こんなこと喋っていると、オレも余計わからなくなるばかりだ。本当のことは、リヴァイアサンを倒してからゆっくり話してやる。少なくともオレのことだけは信じてくれ。必ずリヴァイアサンは、お前らと力を合わせて倒してやるから」



 常時無表情のリンが、黙って魚住を見つめた。しばらくして「わかった」と言い、腕を組んで目を閉じた。つくづくよく分からない女の子だが、どこか川西を思いだすキャラクターだ。この世界では川西は死んだことになっているのだが……現実ではどうなっているのだろうか? 何か真実のようなものがボンヤリと脳裏に浮かぶのだが……。



 魚住がリンに続き腕を組んで目を閉じた瞬間「ドカン!」という轟音が鳴った。



 目を開けると、足元に鉄の屑が散らばっていた。この色からしてドアの破片だ。



 犯人は言うまでもなかった。リンは無表情だが、魚住は呆れた顔をした。


「あ~スッキリした! もういつ出発してもいいぞ!」



 魚住もリンも無反応だ。



「おい! なんか言えよ! オレがすごく虚しいじゃんか!」

「いや、あまりにも唐突だなって……」

「そこは『弁償しろよ』とかお前らしいふてぶてしさがあるだろ? ウォスリー!」

「そんなキャラだったかオレ? それにオレはうお……いや、そうだな。オレはウォスリー・スウィーニーだ! 只今からリヴァイアサン撃退作戦を開始する!! 臆病者はいらない! いるのはオレと共に戦う狩人のみだ!! 準備はいいか!?」

「承知した」

「どんとこい!」






 こうして、少年少女たちの命を賭けた闘いがはじまった。







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